すっかりブログの更新が滞ってしまいました
神奈川県は今、考査の真っ只中です。何をしても、なかなか熱中できません。年長児クラスの子ども達の顔が次々と浮かびます。今年も、まどか先生のパワーキャンディーを食べ、おまじないと唱えて考査に向かったであろう子ども達・・・かーみーさーまーっ!!と絶叫したくなります
さてさて。
そんな考査の中。サポートをする側のママ達も、それはそれはお疲れになるでしょう 一昨日、神奈川一斉考査の日の夜には、「私は付き添いをしただけなのに、へとへとになりました・・・」という、たくさんのメールをいただきました
そうなんですよねえ・・・神経を集中すると、頭がパンパンになり、肩に力が入って、本当に疲れますよね
でも
私はここ数年、とっても残念に思っていることがあるのです。それは、何と「つかれたー」「つかれたー」と言う子ども達ばかりが増えたことか・・・
確かにね、考査に臨んだ子ども達は、間違いなく疲れています 一生懸命に聞こう!聞き逃しちゃいけない!えーっと、これはこうで・・・こっちはこうで・・・と、神経を集中し、真摯に考査に向かった子ども達。
彼らは、考査が終わったら、間違いなく「楽しかった」と言って戻ってきたとしても・・・やっぱり、実際にはとても疲れているでしょう
でもね、普段の幼稚園や、保育園の生活では、そんなに「つかれたー」と、眉間に皺を寄せたり、機嫌が絶不調になるような「疲労」にはならないはず、なんですよ
にも関わらず、たった4歳、5歳の子どもが、頻繁に「つかれたー」と言うのは、間違いなく、親が四六時中「疲れたー」という言葉を発しているからにほかなりません。
幼い子どもは、親を見て、親の言葉を聞いて育っていくものです
短い人生とはいうものの、4年間、5年間、毎日毎日、親と一緒に生活をしていると、自然に親の話し方にも似てきますし、親の言うことを真似たり、似たような行動や仕草が身に着くものです
教室に通ってくれている子ども達の中には、とっても上手に「私の真似」をする子もいますよね 私といる時間は短時間、短期間なのに、どうしてそんなふうに上手に真似ができるのか?
その答えは簡単ですよ クラスの中での子ども達、好奇心旺盛で、熱心に集中して私の話に聞き入る子ほど私の真似が上手いのです。なぜなら、そういう子ども達は、私が話している時、私との時間の中にのめりこんでいるから・・・そんな子どもと私との時間は濃厚で、それがたとえ短期でも、神経を集中して私との時間を過ごしているから、私の真似も出来るんですよね
ちょっと話が横道に逸れてしまいました。
とにかく、子ども達は、一緒に生活をしている親の言動、行動をコピーすることによって新しいことを学び、自分のものとして取り入れ、そのことを重ねていくことによって成長していきます。
ですから、結果として、「良い事」も「悪い事(と言ってしまうのは無謀ですが)」もコピーしてしまう・・・
頻繁に「ああ、疲れた」と、これ以上、無愛想な顔はないだとう、というような顔をして、子どもの前でその言葉を連発していたら、当然、子どもはそれをコピーします。
それが良い証拠に、4,5歳の子どもでも、私を相手に「せんせい、あのね、今日わたしね、すごくつかれたのー・・・」と言う時には、あらまあ、あなたもそんな不細工な顔になっちゃうのねえ、というほど、醜い顔をして言うものです
子は親を見て育ちます
よく「親を見れば子どもがわかる」「子どもを見れば親がわかる」と言いますが、やっぱり、それは本当のことです
どんなに取り繕って、立派なことを数々語ってくださっても、子どもの様子を見れば、どんなご両親なのか、ご家庭なのかはある程度は見えるものです
もちろん、子どもは「父」と「母」のDNAを受け継ぎ、生まれてきていますから、お子様を見ていて、父母のどちらに似ているのか?は特定できません。それでも尚、子どもがよく言う言葉、子どもの思考を見たり感じたりしていると、ご家庭が見えてきます
どうぞ、そういうものなんだなあ・・・と、うんうんと頷き、お家で話す言葉には注意をしましょう
基本的に、言葉や言葉遣いは「教える」ものではなく、子どもは生活の中で「馴染んで」「慣れて」使うようになるものです。
子どもだから敬語は使えない!のではなく、子どもが日常生活で、「敬語を聞く機会が少ない」から、その子は敬語が使えないわけです。(サザエさんの息子、タラちゃんが外で大人を相手に話す時、「どこへいくんですかあ?」と敬語を使うのは・・・長谷川町子さん、きっと、そういう子ども像を良しとしていたのでしょうねえ。そう言えば、カツオくんもワカメちゃんも、きちんと敬語が使えましたね)
またまた、脱線です
私はね、「つかれたー!」という子どもが、とってもかわいそうだと思うわけです。「つかれたー」と言ったとたん、何かを精力的にする気力も失せ、前進しようとするパワーも出なくなる・・・たった4歳や5歳、6歳で、こんなことでは、いったいこの先、どうなってしまうんでしょう
三つ子の魂百まで、です。
幼い頃から、何にでも果敢に向かい、いつも明るく前進していく心意気そういう子どもは、そんなに「つかれたー」は言いません
もしあなたが、我が子の理想の将来像に「パワフルな行動力と、疲れを知らない思考力」を求めるのであれば、「ああ、疲れたわー」を頻繁に言わないこと
それに、40歳を過ぎてから、「ああ、疲れたわー!」を頻繁に言っていては、間違いなく心も身体も老け込んでいきますよー はっはっは
神奈川県は今、考査の真っ只中です。何をしても、なかなか熱中できません。年長児クラスの子ども達の顔が次々と浮かびます。今年も、まどか先生のパワーキャンディーを食べ、おまじないと唱えて考査に向かったであろう子ども達・・・かーみーさーまーっ!!と絶叫したくなります
さてさて。
そんな考査の中。サポートをする側のママ達も、それはそれはお疲れになるでしょう 一昨日、神奈川一斉考査の日の夜には、「私は付き添いをしただけなのに、へとへとになりました・・・」という、たくさんのメールをいただきました
そうなんですよねえ・・・神経を集中すると、頭がパンパンになり、肩に力が入って、本当に疲れますよね
でも
私はここ数年、とっても残念に思っていることがあるのです。それは、何と「つかれたー」「つかれたー」と言う子ども達ばかりが増えたことか・・・
確かにね、考査に臨んだ子ども達は、間違いなく疲れています 一生懸命に聞こう!聞き逃しちゃいけない!えーっと、これはこうで・・・こっちはこうで・・・と、神経を集中し、真摯に考査に向かった子ども達。
彼らは、考査が終わったら、間違いなく「楽しかった」と言って戻ってきたとしても・・・やっぱり、実際にはとても疲れているでしょう
でもね、普段の幼稚園や、保育園の生活では、そんなに「つかれたー」と、眉間に皺を寄せたり、機嫌が絶不調になるような「疲労」にはならないはず、なんですよ
にも関わらず、たった4歳、5歳の子どもが、頻繁に「つかれたー」と言うのは、間違いなく、親が四六時中「疲れたー」という言葉を発しているからにほかなりません。
幼い子どもは、親を見て、親の言葉を聞いて育っていくものです
短い人生とはいうものの、4年間、5年間、毎日毎日、親と一緒に生活をしていると、自然に親の話し方にも似てきますし、親の言うことを真似たり、似たような行動や仕草が身に着くものです
教室に通ってくれている子ども達の中には、とっても上手に「私の真似」をする子もいますよね 私といる時間は短時間、短期間なのに、どうしてそんなふうに上手に真似ができるのか?
その答えは簡単ですよ クラスの中での子ども達、好奇心旺盛で、熱心に集中して私の話に聞き入る子ほど私の真似が上手いのです。なぜなら、そういう子ども達は、私が話している時、私との時間の中にのめりこんでいるから・・・そんな子どもと私との時間は濃厚で、それがたとえ短期でも、神経を集中して私との時間を過ごしているから、私の真似も出来るんですよね
ちょっと話が横道に逸れてしまいました。
とにかく、子ども達は、一緒に生活をしている親の言動、行動をコピーすることによって新しいことを学び、自分のものとして取り入れ、そのことを重ねていくことによって成長していきます。
ですから、結果として、「良い事」も「悪い事(と言ってしまうのは無謀ですが)」もコピーしてしまう・・・
頻繁に「ああ、疲れた」と、これ以上、無愛想な顔はないだとう、というような顔をして、子どもの前でその言葉を連発していたら、当然、子どもはそれをコピーします。
それが良い証拠に、4,5歳の子どもでも、私を相手に「せんせい、あのね、今日わたしね、すごくつかれたのー・・・」と言う時には、あらまあ、あなたもそんな不細工な顔になっちゃうのねえ、というほど、醜い顔をして言うものです
子は親を見て育ちます
よく「親を見れば子どもがわかる」「子どもを見れば親がわかる」と言いますが、やっぱり、それは本当のことです
どんなに取り繕って、立派なことを数々語ってくださっても、子どもの様子を見れば、どんなご両親なのか、ご家庭なのかはある程度は見えるものです
もちろん、子どもは「父」と「母」のDNAを受け継ぎ、生まれてきていますから、お子様を見ていて、父母のどちらに似ているのか?は特定できません。それでも尚、子どもがよく言う言葉、子どもの思考を見たり感じたりしていると、ご家庭が見えてきます
どうぞ、そういうものなんだなあ・・・と、うんうんと頷き、お家で話す言葉には注意をしましょう
基本的に、言葉や言葉遣いは「教える」ものではなく、子どもは生活の中で「馴染んで」「慣れて」使うようになるものです。
子どもだから敬語は使えない!のではなく、子どもが日常生活で、「敬語を聞く機会が少ない」から、その子は敬語が使えないわけです。(サザエさんの息子、タラちゃんが外で大人を相手に話す時、「どこへいくんですかあ?」と敬語を使うのは・・・長谷川町子さん、きっと、そういう子ども像を良しとしていたのでしょうねえ。そう言えば、カツオくんもワカメちゃんも、きちんと敬語が使えましたね)
またまた、脱線です
私はね、「つかれたー!」という子どもが、とってもかわいそうだと思うわけです。「つかれたー」と言ったとたん、何かを精力的にする気力も失せ、前進しようとするパワーも出なくなる・・・たった4歳や5歳、6歳で、こんなことでは、いったいこの先、どうなってしまうんでしょう
三つ子の魂百まで、です。
幼い頃から、何にでも果敢に向かい、いつも明るく前進していく心意気そういう子どもは、そんなに「つかれたー」は言いません
もしあなたが、我が子の理想の将来像に「パワフルな行動力と、疲れを知らない思考力」を求めるのであれば、「ああ、疲れたわー」を頻繁に言わないこと
それに、40歳を過ぎてから、「ああ、疲れたわー!」を頻繁に言っていては、間違いなく心も身体も老け込んでいきますよー はっはっは