goo blog サービス終了のお知らせ 

まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

道徳心の欠如

2006年10月13日 | プンプン
 大声でしゃべる若いお母さんが二人、ベビーカーを押して、各駅停車に乗り込んできました とにかく、乗ってきたとたん、その車両の人達が思わずギョッとして振り返るほど、大きな声なんです

 いやでも、会話の内容は聞こえてきます 確かに・・・彼女達は「母親」なのですが、もし、彼女達が2台のベビーカーの前で立っていなければ、100%、母親の会話であるとは思えないでしょう 2年ほど前、「やまんばメイク」とか言われた渋谷のギャル達が、テレビのマイクを向けられた時に語っていたあの「ことば」です

 各駅停車の電車ですからね、一つ一つ駅に停車するわけです。そして、もちろん、そのたびに乗車する人、下車する人がいるわけで、ドアの前にデデーンと2台ベビーカーと止め、その前で大声でしゃべっている彼女たち4人、お客様の邪魔にならないわけがありません。
 しかし、とっても不思議?呆れる?呆気にとられる?だったのは、彼女達には、完全に乗降客が見えてはいないようだった、ことです つまり、世をすね、世の中の人を敵対視し、反感を持って乗降客の邪魔をしようとしているのではないのです。要するに・・・自分達以外のものは、何も見ていない、見えていなのでしょう

 ターミナル駅に近づいた頃、ベビーカーの男の子「1」が、おとなりのベビーカーの男の子「2」に悪さをしに手を伸ばします 結構、やる気モードで、ぎゅっと掴む、という感じでしょうか
 すると、男の子「2」は、これまた弱いのです 掴まれただけで大泣き オチビちゃんのわりには、ものすごーく大きな声
 ところが・・・「2」のママ、「何やってんのよー、バーカ 弱っちーなあ、なんだよー」と爆笑し、息子の「2」に「泣くのはやめなさい!」とか「わかったわかった でも、大声で泣くのはご迷惑です」などとは、ひと言も言われない・・・

 いやー・・・
道徳心の欠如、なのでしょうね まあ、まわりの人間が見えず、自分の世界をカプセルに入れたままで歩いているような人であれば、道徳心、という言葉さえ、理解できないのかもしれません

 超ミニスカートの制服姿のままで、足を開いて座る・・・公共の乗り物の中で、平気で靴下を履き替える・・・おにぎりを食べる・・・お化粧をする・・・
 このあたりの、「道徳心0娘達」がマスコミで賑々しく報道され、批判を受けるようになってから、そろそろ3,4年、でしょうか。
 その時代に、もし、その子が高3だったとしたら???
 あり得る、あり得る あの時にワルワルの主人公だった少女「A」は、男の子「1」、男の子「2」の母親に成り得る年齢でしょう

 きゃーーーーー 道徳心のない母親では、よほど改心しない限りは、道徳心のある子供に育てることは不可能でしょう

 私は、これから増え続けるであろう「0(ゼロ)ママ」達を想像するだけで、お腹と頭が痛くなりました
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

その場に相応しい良識を!

2006年09月01日 | プンプン
 「ママー、もう出たい・・・出るよ
そう言って、さっさとお風呂から飛び出していった二人 幼稚園の年長さんと、年少さんくらいに見える兄弟は、身体を拭きもせずに、出て行ってしまいました
 きっとお母さんは「待ちなさい」と追いかけるのかと思いきや・・・  「ママだってゆっくりお風呂に入りたいんだから」とぷっとふくれて叫んだかと思うと、お母様はザブーンと湯船に。まわりにおられた年配の方々も、呆気にとられているようでした

 ちょうど浴室から出るところだった私が脱衣室に出てみると、兄弟二人は、床をしずくでぼとぼとにしながら、あっちこっちに立っては、そこらじゅうの脱衣カゴをくちゃくちゃと探しています。
 そう言えば、お風呂に入ってきた時も、お母さんは二人の息子達に「かかり湯」もさせず、どぼんと浴槽に入る子供達を咎めることもありませんでした・・・
 何だかんだ言いつつも、やっぱり子供好きの私ですが、さすがにこの子供達の様子には閉口し、兄弟に向かって言いました
 「ほらほら、あなた達、見てご覧なさい!きちんとママに拭いてもらってから上がっていらっしゃい あなた達の身体が濡れたままだから、こんなに床が濡れてしまったでしょう?こんなふうになると、みんあ滑って危ないのよ もう一度、ママのいるお風呂に入っていらっしゃい!それに、そのままだと風邪を引いてしまうかもしれないしね
 案の定、子供達は返事もしません 私のほうに顔を向けることもなく、プイと横を向いたまま・・・
 でも、明らかに、上の子の顔には狼狽があります 知らないオバサンに声をかけられ、どうも叱られようだ、ということに対する羞恥と驚き・・・けれど、素直に謝ったり、「うん!じゃあ、ママのところに行って、拭いてもらってくる」と素直に言えるだけの大らかさもない・・・
 典型的な内弁慶タイプ。とてもお利口そうに見える子供達ですから、きっとおうちでは、誉められて育ってきたのでしょう

 その子供達は、その山小屋の中でも、ずっとうるさくしていました
その宿へは、上高地から徒歩で約2時間強。今では「氷壁の宿」として、一般の観光客の方にも人気のある宿となり、山小屋と呼ぶにはお気の毒なほど、洗練された場所になっています
 宿のご主人も、そういう方向転換的な意図もあり、敢えて一般客にも満足してもらえるような設備を整えて、さまざまなお客様を歓迎なさっていますが、やはりそれでもそこは上高地から徒歩でしか行けない山の中の宿であり、家族旅行のメッカである伊豆や箱根のファミリー仕様の観光旅館ではありません 実際には、利用客のほとんどが登山もしくはしっかりハイキングを目的としたお客様なのです。
 そういう状況を思えば、少なくともその場所で、子供がキーキーキャーキャーと騒ぎ、旅行気分に浮かれることは大いに場違いであることは避けられません

 もちろん、下田や伊東の旅館やホテルでも、子供が騒ぐことが歓迎されるわけではありませんし、それが正しく許されることでもありません しかし、やっぱり子供は、旅行に来たハッピーな気分で、ウキウキキャッホーですから、他のお客様のご迷惑になったり、不快な思いをさせたりしない程度であれば、大目に見られて良い部分もあるかもしれません

 それにしても・・・その子供達のご両親は、やっぱり、「親としてのわきまえ」を持つべきではなかったか?と思えてなりません。
「10歳以下の子供の宿泊はお断り」などという規制がその宿になかったとしても、社会人として、親として、そこではどのように振る舞うべきか?子供達に、どのようなことを注意し、どのようなことを禁止するか?しっかりと考え、教えるべきだったでしょう

 帰りの上高地では、こんなこともありました
環境保護のため、現在は、自家用車では入っていくことは出来ない上高地。当然、バスターミナルはいつも人でごった返しています 
 大きなザックを背負った登山客もいれば、パンプスを履いた観光客もいます。みんな、それぞれの思いを持って、その美しい景色と空気を楽しんでいるようです

 そんな中、真っ黒に日焼けしたタンクトップ姿のパパと、ショートパンツ姿のママ、おじいちゃん、おばあちゃんの家族連れがいました。上の男の子は4,5歳。下の女の子は2歳くらいでしょうか。
 
 「パパ、おしっこしたい!」
 「ええー?なんでやねん。ご飯食べた時に、行っとけ言うたのに、おまえが行けへんかったからや!パパは一緒に行ってやれへんでー!おまえが一人で行ってこい!」
 「なあ、ママ、おしっこ!」
 「ママも行ったれへん!一人で行っといで!・・・ほら、あそこがトイレやんか。行っておいで!」

 すると、おしっこ君は渋々、一人でお手洗いのほうに走って行きました 4,5分過ぎた頃でしょうか。おしっこ君、家族の待つところまで戻ってきました。でも、少し様子が変です

 「パパ、おしっこ、あそこではでけへんかった!あんな、机みたいなところに、小さい箱があって、100円入れてって書いてあんねん!ぼく、お金持ってへんから、おしっこ、でけへんやんか!」
 「ウソ言うな、おまえは!ウソつきやなあ!なんでお金がいんねん!」
 「やあ、あんた、もうおしっこ、ちびってしもてるやん!スボン、濡れてるやんかあ!おしっこしてしもたから、そんなウソ言うてんやろ!悪い子やなあ!」
 「おまえ、ちゃんとゴメンナサイって謝らんか!ウソつきは泥棒の始まりやって、いつもパパが言うてるやろ!」
 「ウソ言うてへん!ほんまや!100円、いるねんで、あそこのトイレは・・・」

 彼らの会話が、関西弁だったので、妙にほのぼのと、ハッピーなものに聞こえましたが・・・
 でもね、実際に、上高地の公衆トイレは、すべてが有料トイレなのです あの高地で、屎尿処理をするためには、とても高い技術と費用を必要とします。
 私が子供の頃の上高地などは、当然、ポットン便所で、子供の小指ほどの大きさがあろうかと言うほどの大きなハエが飛んでいたものです それに比べて、今はアルプスの中のどのトイレも、飛躍的に衛生的で、きれいになり、トイレットペーパーまで、備え付けは当たり前のようです

 しかし、そのようにするためには、莫大な費用がかかっているのです
そこで、長野県や松本市、上高地の観光施設では、利用者に理解を求め、ほんの申し訳程度ではあっても、その費用の一部負担を呼びかけているのです。
 このことは、いろいろなガイドブックにも記載され、現地でも多くのところに書かれています

 現在は、ほとんどの場所は当然のごとく、子供連れ、家族連れにも門戸が開かれる時代です
 一時代昔は、子供連れでは敷居が高く、なかなかいけなかった場所も、暗黙の了解のうちに、子供同伴は御法度、というようなところも、今では堂々と家族で訪れたり、利用できるようになっています
 確かに、それはとっても素敵なこと、ですね

 しかし、それでもなお、親は「社会人」として、子供を同伴、同行させるだけの知識や意識、良識を持つべきだと思います
 どこでも、「行きたいから行く」「何の規則も規制もないのだから、誰に咎められることがあろうか?」というのでは、あまりにも動物的です。

 その場に行くために相応しいものは何か?と考えた時、それは「服装や持ち物」だけではなく、「良識」というものも必要である、ということを、是非、大人である親は、知っていて欲しい・・・私はそう思いました
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

窓ふきは好きですか?

2006年08月16日 | プンプン
あなたは窓ふきが好きですか?洗面所の大きな鏡を拭くのはどうでしょう?
年末の大掃除用のコマーシャル、必ずと言ってよいほど「年に一度は大々的に窓を拭いて」などというキャッチコピーがありますよね。あれって、それほど私達にとって、ガラスや鏡を磨くことが大儀だから、に他なりません。
 ところが。
案外、外出先では、我が子がガラスや鏡をさわることには無頓着、という人が多いのには驚かされます。
 一歩家から外に出ると、至る所にガラスがあります。きれいなお菓子が並んだウインドウ、マネキンがポーズするショーウインドウ、オシャレな大きなガラスのドア、etc. そんなピカピカに磨かれたガラスに、べたべたの子供の手のあとがべっちょり。見ただけでも、本当に悲しくなります。
 子供は、どうしても背が低く、視野も狭いために、どんなウインドウにもうーんと近付いて見るクセがあります。一生懸命になればなるほど、こんどは顔まで近付き、息がかかるほどになり、最後は口までくっつく?!
 
 私は、自分が窓ふきや鏡磨きが下手クソだったので、我が子が小さい頃から、人一倍、外出先の「ガラス」には神経を使いました。もしかしたら今でも、少し早めに出社し、自分の勤務するお店や会社のガラスを拭くOLさんはいるかもしれません。いえいえ、朝だけではなく、きっとお店などでは、一日に何度も、ウインドウのガラスを磨かれるのではないでしょうか?
 そんなことを知ってか、知らずか、あまりに、外出先のガラスに無頓着な親が多すぎるような気がしてなりません。

 ガラスのドアにも、必ず取っ手はついています。その部分を持って押したり引いたりすれば、直接にガラスに触れる必要はないでしょう。いやいや、取っ手は高すぎて、子供の背では足りない、というのであれば、そこは「子どもが開けるという想定はなされていない場所」のはずですね。そうであれば、どんなに子供が調子に乗って、走っていって開けたいと言っても、親がきちんと止めるべきです。
 子供はね、みーんなボタンとか、スイッチとか、とっても好きなんです。でもね、我が子を満足させるために、たまたまそこで一緒になった他人に迷惑をかけるのは間違いです。外出先では、できる限り、大人が行動すべきでしょう。だから、ドアを開けるという行為一つとっても、本来ドアな重く、挟まれる可能性もあるもの。子供に開閉をさせることはおかしいこと。

 さあ、どうですか?
ご自分が、ガラス磨きや窓ふきをするつもりになって、外出先での「ガラスや鏡」に、もっともっと神経を使ってみてください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コラコラ、おばあちゃまったら・・・

2006年06月21日 | プンプン
 今日、駅のホームで人を待っていると、到着した電車の中からどっとお客様が降りてきました
 ターミナルになる駅だけあって、昼間の時間でも、結構乗降客はいるものです しばらくして、改札口に上がる階段のところが空いた頃になって、小さなかわいいお嬢さんと手をつないだおばあちゃまがホームを歩いて来られました
 乗り換え客の多い混んだ前方の車両を避け、後ろのほうの車両に乗っておられたのでしょう

 お孫さんと思しきかわいいお嬢さんは、ほとんどの園児が電車通園という有名幼稚園の制服姿 おばあちゃまも、とてもきれいに装っておいでで、いかにも・・・というお二人でした
 当然、私の目はそのお二人をずっと追うかたちになりました。何も、何か落ち度を見つけてやろうなどという意地悪な思いからではありませんよ たんに、とてもすてきなお二人だったので、自然とほほえましく見ていたのです

 ところが・・・やっぱり期待通りやってくれました
私の手前で「はいはい」と言うと、ご自分のバッグの中から大きなキャラメルをとりだし、包みをとって、お嬢さんの口に入れたのです
 大きなキャラメルは小さな口にフィットせず、お孫さんは、くっちゃら、くっちゃら、口を動かしてキャラメルを噛みます・・・ 私に、穴が空くほど見られていることには気づかず、お二人は、私の目の前を通りすぎました あーあ・・・おばあちゃまーーーーという気分でした。

 おばあちゃまのお迎えが、「いつものこと」であるのか「たまたまのピンチヒッター」だったのかは、もちろん私にはわからないことですが、愛らしい制服、制帽、制カバン姿で、あのキャラメルくちゃくちゃ・・・は違うでしょう
 大きなお世話だ、と思われるのかもしれませんが、スーパーでお買い物の親子の中にも、ときどき、私立の小学校の制服姿で、平気で試食用食品を食べているのを見ることがあります ひどい時には、制服姿の子供の横に立ち
、ママまではパクパクと試食中・・・そんなこともあります どう考えても、見ていて「素敵な姿」ではありません

 制服の意味・・・あらためてお考えになったことはありますか?
もともとは「他校(他園)の生徒と区別するためのもの、というものだったのかもしれません。
 しかし、やっぱり制服とは、その学校、その園を象徴するものであり、それを着ることは、単なる一個人が、その学校やその幼稚園の「大きな看板」を背負うこと、を意味します
 制服を脱いだら、単なる4歳児、5歳児、単なる一小学生、単なる一中学、高校生が、その園、その学校の制服に袖を通すことで、個人から「その学校を象徴する人」、いわば公人となる・・・ それが制服着用の一つの意味でもあると私は考えています

 まあ、今の女子高校生のように、「制服」というものが一つのファッションとなり、日曜日に渋谷に行くのにわざわざ制服 それに、どこの学校の制服でもない「なんちゃって制服」なるものも登場する時代ですから、制服の考え方も多様化した?!と言われればそれまでですが・・・
 少なくとも、幼稚園や小学校の時期、まだまだ子供の制服姿が、親の管理下にある場合は、やっぱり、「学校の象徴」という意味あいは大きいはずですし、それを親も十分に認識しているべきだと思えてなりません

 とかく、どこの家庭でも、おじいちゃま、おばあちゃまは「孫に甘い」ものであり、我が子には厳しかった厳格な方々でも、孫には何でも許してしまう・・・というケースは多いものです
 けれど、こと学校や幼稚園などに関しては、あくまで個人レベルの家庭を離れているのですから、当然のこととして、「親と同じ意識」を持っていただきたいですよねえ それが、年長者の格というものでしょうに・・・

 えっ おばあちゃまではなくて、ママやパパであるあなたが、制服姿の我が子に平気でお菓子を与えている?! 
 それは論外ですよー 品格、疑われますよ

 
  類似したブログ 「ママにご忠告!」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

TPOがわからない?!

2006年06月16日 | プンプン
 先日、打ち合わせに行ったあと、近くのホテルのレストランで、簡単に昼食をすることになりました 気持ちよくお食事をした後、キャッシャーまで行くと・・・
 そこには、10人くらいの中年のオバサン(40代~50代前半)が、お財布を片手に列を作っています そこのレストランは、2つの別々のお店が、一つのキャッシャーで会計をするようになっていたので、別のお店でお食事をした私も、その列の最後に並ぶことになりました

 それにしても。
顰蹙をかい、反感をかうことを覚悟の上で書きますが・・・私は、やっぱり違うのではないかと思ったのです
 町の洋食屋さん、百歩譲って、主婦向け雑誌で急に取り上げられた町のレストランであればいざ知らず、ランチタイムとは言え、ビジネスでの利用客も多く、まがりなりにも格式あるホテルのレストランで、個別でのお勘定をしようという発想は、私にはどうしても許せません

 私は、よく子供達に「ここがどんなところかわかっているでしょう?」とか「今は、そういうことをして良い時間ではないわよね?」とかたずねます。なぜなら、子供達自身が「自らの感覚で身につける」ことを非常に重要視しているからなのです

 そういう意味では、あのオバサン達の感覚は、私のクラスの生徒さん達よりも鈍感である、ということになるでしょう
 並びながら、べちゃべちゃと大声でおしゃべり がっはっはと笑い、新たに入ってくるお客様の邪魔になっていることも意識せずに、ずっとぞろぞろと列を崩さずに立っているのです せめて、ご自分のお会計の順番が来るまでは、お財布はバッグの中にしまっておけないのかしら・・・

 ショッピングセンターのフードコートでも、町の洋食屋さんでも、ホテルのレストランでも、装い、立ち居振る舞い、感覚、すべてが常に同じだとすれば、それは悲しいことであり、格好の悪いことだと思えてなりません

 さまざまな感覚は、幼い頃から、肌で感じて育ちます TPOは教えるだけでなく、やっぱり感覚から養われるものであることを、子育て中のご家庭は、しっかり認識して欲しいな、と心から思った出来事でした
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする