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まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

祝賀会とお誕生日

2009年01月10日 | にこにこ
 今日、私は51歳の誕生日を迎えました
今年初めての年長児クラスをしたあと、恵比寿のレストランに向かいました 昨年の11月、無事に小学校受験を終えられた卒業生のお母様方と、慰労会を兼ねたお祝いの昼食会をするため、です。
 
 昼食会の主旨をお伝えしていたお店では、いろいろと工夫を凝らし、お店のご自慢の逸品をご用意くださり、みなで大いに食べ、舌鼓を打ち、おしゃべりをし、笑い、本当に楽しい時間を過ごしました
 お母様達の底抜けに楽しそうな笑い声、お料理をおいしそうに頬張る姿を見ながら、私はあらためて「人は苦労をして、苦労をして、そして、自らの手で幸せな時間を勝ち取るものなのだ・・・」ということを実感しました
 
 小学校受験だけではなく、まさにこれから始まる大学受験、中学受験、高校受験・・・
 それらすべての「受験」では、どの人にも、どの家庭にも、さまざまな「ドラマ」があります。
 その一つ一つは、決して大袈裟ではなく、親と子の、すさまじい葛藤の時間と、たくさんの涙に充ち満ちています。
 とりわけ、小学校受験の場合は、合否の基準がなかなか見えにくいということ、そして、受験生が幼いということで、親にかかる精神的負担は小さいものではありません
 それらをすべて乗り越え、そして、幸いにも学校との縁をいただいたご家庭・・・ 手を伸ばし、求める方向が正しかったからこそ、そのご縁は生まれたわけですが、そこに至るまでには、「お受験」などという造語を使って、小学校受験家庭を揶揄する人達には到底理解できない、多くの苦しさがあったのです。

 世の中には、我が子の努力の結果を喜ばず、親の思い通りの結果にならなかったことに不満を持ったままで、入学式までの日々を過ごす・・・という親がいます
 本来ならば教育の輝かしいスタートであるべき小学校の入学式を、「本当に来たかったのは、この学校ではなかった・・・」などと、我が子のスタートを自ら汚す未熟な親が少なからずいるものです。
 私は、子ども達のために、そういう現実をとても残念に思うとともに、そんな親に、親である資格があるのか?と憤りを感じます

 子どもは、親を選べません・・・小学校のスタートという記念すべき日に、不満を持ったままで臨む親でも、その子は、ずっとその親の子として生きていかねばなりません・・・

 今日私は、食べ、笑い、屈託ない笑顔で大いに話すお母様方と一緒に、すこぶる楽しい時間を過ごしました そして、あらためて、親子で苦労をした末に手に入れた貴重な幸せに、拍手喝采しました 「本当に、おめでとうございます
 今日を迎えるまでに経験された多くのことは、時間がたてば、泣き笑いをしながら思い出す、親子の貴重な思い出となるはずです。

 そして、今度は私が、サプライズの「お誕生日」をお祝いしていただきました 先生のお誕生日をご一緒にお祝いできて、本当に嬉しいです と言っていただけて、私はとても幸せ者です。
 私事ですが、是非、そんな幸せな時間を持てたことを、自慢をさせてください
 人が出会い、貴重な時間を共有し、ともに学び、成長できること・・・本当に幸せですね

 これから、受験のシーズンが始まります。
中学受験、大学受験、高校受験・・・それぞれの受験生のみなさん、受験生のご家庭が、有意義な受験に臨まれますよう、そして、納得のいく結果ではなくても、自分の行動に責任を持ち、すべての時間を生きる糧としていけますよう、心より祈りたいと思います


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大阪のお母ちゃん

2009年01月06日 | にこにこ
 あけましておめでとうございます 
本年も、いろいろなものに目を向け、心で感じたことをお伝えしていきたいと思っております。世の中、急激な不景気の到来で、日頃目にするニュースは暗いものばかり。不況の波は、当然、子育てにも影響してきますね。
 そんな時代だからこそ、心だけは一層豊かに、潤いを持って、日々を過ごしてまいりましょう

 さて。
私は年末、不覚にも風邪を引き、散々な年末年始でした
 29日に帰省してからは、あれこれと予定していたお正月の支度やお買い物があり、どんなに具合が悪くても「私2号」はいないわけで・・・手持ちの抗生剤と風邪薬、大量のビタミン剤で何とか乗り切ろうと必死でした
 幸い、元日あたりからはかなり回復傾向にあったので、一応は予定通りのお正月を迎え、どの行事も端折ることなく、無事にこなしました。いやー・・・やっぱり辛かったですねえ。正直、3日の夜に我が家に帰宅し、心底ほっとしました

 ・・・という、不調の大阪でしたが、辛い思いをしながらこなしていたお買い物でも、「大阪」という土壌のおかげで、聞こえてくる地元の親子の会話で和みました
 中でも、絶品のひとつをご紹介しましょう

 梅田というターミナルの通路を歩く母と息子。
母は、両手にデパートの紙袋。息子は年長児程度。小さなビニール袋を持っています たぶん、地下で買ったものなので、お母さんのお手伝いとして持たされていたのでしょう。彼らは、私の真後ろを歩いています・・・
 
 「お母ちゃん、ぼく、おなかすいたわ!なんか、食べたい。・・・なあ、何か、食べよーや!」
 「何?お腹空いたって?何、言うてんのん!そんなもん、気のせい、気のせい あほやなあ。あんなにぎょうさん(たくさん)朝食べてきてんで。そんなにすぐに、お腹すくわけないやん!気のせいやんか
 「あー、そうか、気のせいか そらそうやな。ぼく、ぎょうさん食べたわ
 「せやろ!気のせい、気のせい。さあ、さっさと帰ろな

 いかがですか?
私はもう、前を向いて歩きながら、吹き出しそうになりました 思わずちらっと振り返り、このユーモアたっぷりのお母さんに、心の中で大絶賛をしてしまいました
 時間は1時を過ぎていましたから、本当にこの親子は、実際には、かなりお腹がすいていたでしょう。
 でも、「おなかがすいた」という息子の言葉に「我慢しなさい」とか「こんなに荷物持ってるし、どこもかしこも混んでるし、食べるのなんて無理でしょ」と、現実を語るのは簡単でした。けれど、それでは、親子ともに雰囲気は険悪に・・・
 
 ところが、かなり切実に聞こえた我が子の「お腹がすいた」に対して、お母さんが返した「気のせいよ」というあっけらかんとした受け答えは、まるで漫才のネタのようにスマートで、子どもを「マママジック」にかけるに十分のユーモアたっぷりの呪詛だったようですね

 きっと、このお母さんは帰宅後、「息子のがんばり」に感謝をしていたでしょうし、まさに歩いているその時も、感動もしていたことと思います。
 私は思いましたねえ・・・このお母さんはきっと、帰宅したら、子どもにきちんと「ありがとう!お母さん、助かったわ」と、正直な気持ちをきちんと伝える方だろうな・・・と。

 大阪弁が持つ響きは、それだけで「おもしろい」という人も多くいます。
確かに、そうかもしれませんし、また、多くの芸人さん達を育ててきたユーモアの土壌のせいで、一般の人達も、「かなりの高いユーモアのセンス」を持っているものです
 それが、人との会話を和ませたり、本来ならば強く聞こえてしまう内容をオブラートに包んだり、ちょっと気の利いたものにしてくれることは少なくありません
 
 けれど、決して大阪弁という方言の問題としてだけではなく、大阪では、人と人との関係の中に、どうしても「笑い」を取り入れたがる習性があるのですねえ。それは、親子でも例外ではありません。
 これが、今回の親子の和む会話を生んだと言えるでしょう

 あなたが大阪人ではなかったとしても、親子の会話、子育ての中に、こういう「ユーモア」の心を持てば、じつはあなた自身が親として、カリカリとしないで済むこともある・・・
 ちょっと試してみませんか?

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いよいよお正月

2008年12月27日 | にこにこ
 クリスマスが終わり、いよいよ慌ただしくなってきましたね。
私も、せめてリビングの窓ふきはしたい!と思いながらも、この急激な寒さで結露した窓ガラスを恨めしく眺めています

 さあ、お正月、です 一年の始まり。いろいろな「特別のもの」が盛りだくさんの「お正月」。今では、たくさん端折るご家庭が多くなったとは言うものの、それでも、全く平生と同じ、というご家庭は少ないでしょう。

 さて、そこで・・・
こんな面から、お正月に代表される「季節や行事」について考えてみましょう。
 小学校受験の準備を始めたとたん、ほとんどのご家庭が驚かれるのが「季節や行事」に関する出題が、多くの学校に見られることです。
 昔から、「読み、書き、そろばん」と言われるように、「学習」というものは生活に密着したものではなく、頭脳を使うもの、学問を修めること、と皆が思っているでしょう
 確かに、それは現代でも同じこと。
小学校に入学してから以降の12年間・・・子ども達はひたすら「算、国、社、理」、「数、国、社、理、外国語・・・」と、教えられて学ぶ、という学習が続きます。
 ですから、中学受験、高校受験、大学受験と言うものは、それらの教科の習熟度、理解の深さや応用力が問われます。
 簡単に言えば、中学受験以降の入学試験とは・・・
 「どれだけ習ったことを理解し、それをどの程度まで応用できる能力があるか?」
 が問われる、のですね。まあ、極端な言い方をお許しいただくならば、そこに、「人間性や家庭」というものを見て、それを評価し、合否に反映させようという思考はゼロと言っても過言ではないでしょう

 しかし。
小学校受験というものは、もちろん、子どもの能力を判断し、一通りの評価をするわけですが、実際にはそれと同じくらい、時にはそれ以上に、「その子が、どんな家庭で、どんな親によって育てられているのか?」が重要になっています
 なぜならば、私立小学校とは、そう高らかに謳ってはいないものの、暗黙の了解事項として、子どもの入学と同時に、その子のご家庭、ご両親も、その小学校との関係が生まれ、「○○校のパパ、△△校のママ」などと呼ばれるようになる 言ってみれば「親もその学校に入学した」ことになる、ということです。
 つまり学校は・・・子どもは、入学と同時に教育をスタートさせ、その学校の方針によって育てていけるものの、すでに「完成品」として育ってしまっている親は如何ともしがたい むー、どうしたものか・・・と思っている、ということなんですね。
 まさか、両親と長い長いインタビューをして、「面接向けの猫をかぶった顔」を剥がすだけの時間はないし、まさか、親の常識力テストのようなことはできない・・・

 ということで。
そんな親の人間性、感性の豊かさ、生活の中の潤い・・・そういう「人としての本質」を知るための一つの手だてとして、その親によって育てられている子どもの「季節感、行事の理解」などを知りたいと思っているわけです
 もちろん、行事などは、日本文化に深く根ざしたものですから、そういうものをどれほど大切にし、自分のアイデンティティーに誇りをもっているか?てということも知りたいわけです。
 なぜなら、自分を大切にし、自分に誇りの持てないような人は、我が子の学校を大切に思い、誇りが持てるとは思えない・・・

 きっと、小学校受験における「季節の理解、行事の理解」は、ご家庭が思っている以上に、深い意味を持った考査内容なのですね
 最後の最後は、「春の花、10個言ってご覧!!」式の丸暗記しか仕方はないでしょうが、それでも、やっぱり!です。

 お正月・・・どうぞ、大切になさってくださいね
 そして、今までは深く知ろうとしなかった様々なお正月の習慣やグッズの意味を調べてみて、「そうだっんだね!」「むー、なるほどねえ!」と、子どもと一緒に「知ることの楽しさ」を実感してみるのも新鮮ですよ

 今年も、このブログを読んでくださり、本当にありがとうございました 来年も、どうぞよろしくお願いいたします

 
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サンタクロースがいても、いなくても

2008年12月23日 | にこにこ
 「サンタクロースはいるの?いないの?
毎年、この時期になると、ちょっと大きくなった子どものいる家庭では、こんな話題が持ち上がりますね

 じつは我が家では、サンタクロースの「後ろ姿を見た」と、真剣に言い張るメルヘンチックな息子がおりました。
 当時は、すっかり兄に右に倣え!の妹も、うんうんうん!と横で神妙にうなづく・・・
 ですから、我が家の場合、こんなふうに説明をしていました。

 「サンタさんはね、10歳まではプレゼントを届けてくれるのだけれど、世界中の国々では毎日、どんどん赤ちゃんが生まれてくるでしょう。だから、増え続ける子ども達全員にサンタさんがプレゼントを配って回るのは不可能なの それで、11歳になったら、サンタさんからのプレゼントはもらえなくなるのよ
と説明をしていました。
 そう、サンタさんは「いる」のです ただ、プレゼントをもらえる権利は、より小さな子達に譲っていくものなのよ、というお約束、ですね

 彼らが、いつまで「サンタさんはいる!」と信じていたのか?ということを確かめたことはありません 実際、そんなことを確かめる必要などないでしょう。私は、心からそう思っています
 
 要するに。
サンタがいると信じていようが、サンタなんていないと豪語しようが、その子に、ほのぼのとした夢のある発想や思考があれば、その子にとっての「クリスマス」は、とても豊かで、あたたかいものに違いない!そう思います
 家族との楽しい時間、クリスマスらしい食事、クリスマスツリー、プレゼント・・・そんな愛情に溢れた両親のお膳立ての前に、子ども達のクリスマスは、ほのぼのとした思い出となる・・・

 私は、幼い子どもに、「サンタクロースというのは、4世紀頃のキリスト教の司教「聖ニコラス」が起源で・・・」などと、わざわざ教える価値を見出してはいません
 なぜなら、サンタクロースは、子どもとって、いえ、世界中の人々にとっての「一つの夢」だと思うのですよ

 キリスト教国家でない日本では、一部のキリスト教信者や、キリスト教をベースにしている学校以外では、クリスマスそのものがあまり意味深いものではなく、あくまで一つの「楽しい冬の行事」です。
 パパサンタさん、園長先生サンタさん、ボーイフレンドサンタさん、トナカイのそりでやってくるサンタさん、サーフィンしながらやってくるサンタさん・・・すべてのサンタさんが、待っている人々にとって、心温まる、幸せな気分にさせてくれる存在であることは確かです。

 サンタさんを信じる子ども達・・・少し成長してくれば、「???」と思うようになるのは当然のこと。
 でもね、私は、常々、「子どもらしい」と「幼稚、稚拙」とは異質のもの、だと考えています。
 年齢相応の能力があり、精神的発達は十分にしていながら、思考がユニークだったり、発想が豊かだったり、愛らしさに置き換えられるような子供っぽさがある子は「子どもらしい子」。
 それに対し、理解力が比較的低く、よって思考力も貧弱で、論理的に物事を考えられない子は「幼稚な子」。私は、そういうふうに定義しています。

 すべての子ども達、ご家庭に、それぞれの楽しいクリスマスがやってきますように

 メリー、メリー、クリスマス!

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つなぐことで、興味を広げてあげましょう!

2008年11月27日 | にこにこ
 先日、始まったばかりの年長さんのクラスで、「季節」のお話をしました
日本には豊かな四季があって、春夏秋冬、それぞれの季節に美しい花が咲き、野菜や果物などの実りがあり、昔から、日本人は祈りや感謝を込めて、その時々で生活に結びついた行事をするのよ・・・と。
 
 ここ数年、あらためて私立小学校受験の考査の中でも、季節の理解、豊かな固有の文化を知る上での四季の行事等に力が入っているようです。これは私の推測ですが、今では各家庭が合理性をより高く評価し、「精神面でのゆとり」である文化的行事などを軽んじる傾向にある・・・ということを、あまり良しとしていない学校の姿勢ではないか・・・

 さて、それはさておき・・・
その年長クラスでは、近年、以前よりもぐっと冬のお花としてクローズアップされてきた「シクラメン」のお話をしました ペーパーの上に描かれた「シクラメン」の絵・・・
 結構、特徴を捉えた絵ではありましたが、だれもシクラメンを認識しませんでした 確かに、チューリップやひまわりのような、とてもポピュラーなお花、とは言えません
 けれど、もうひと月ほど前から、気の早いお花屋さんでは、店頭にシクラメンの鉢植えを置いて、商っていたと思うのです。

 クラスの後、カリキュラムの説明をする時に「お子様方は、シクラメンを知らないお花だ、と言っていましたよ」とお話をしたところ、お一人のママが「大きく苦笑」をされたのでした。
 あらためてお母様からうかがってみると・・・
そのペーパーをする数日前、お母様とご一緒に、お子様は一生懸命に「ガーデンシクラメン」をお庭に植えた・・・のだそうです。
 ですから、ママは、すっかり我が子が「シクラメン」を認識している、と思われるのも当然のことです
 それに、嫌がる子ども、気乗りのしない子どもを相手に、図鑑を広げ、花々の名前を教えたわけではなく、実際にママと楽しみながら、一緒に植えたお花、ですからね。ママの驚きは察することができました

 翌日、そのママからメールがありました。
「つなぐってことの大切さを、実感しました!」と。
つなぐって、何と何を??と思われますか?

 私はよくお母様方に、子どもの身のまわりのすべてが「学び」なんですよ、とお話しします 
 椅子に座り、机に向かって学習する・・・という学習方法は、あくまで「学業」、昔で言うところの「読み、書き、そろばん」です。
 しかし、子どもが幼い間は、そういうとってつけたような学びの機会をたくさん設けるよりも、当たり前のように日々暮らしている中で、子ども達に「知ることの楽しさ」を感じてもらいたい・・・心からそう思っています
 そして、大人、親が、「子どもに伝える、話すことの大切さ」を実感してくれれば・・・まさに、生活のすべてが学びの宝庫となるのですね

 今回のことで言えば、ガーデンシクラメンを一緒に植えるだけで終わらず、その後、町でシクラメンを見つけるたびに・・・
  「あのお花、この間、一緒に植えたシクラメンよ ちょっと大きさが違うし、お色も違うからわかんなかったかもしれないけれど、ほら・・・よく観ると、同じでしょう? ポインセチアの横にあって、きれいねえ。まさにクリスマスが近づいているって気がするわね
 などと、繰り返し「一つの話題」として話してあげれば、きっと、子どもは、シクラメンをより深く認識したでしょう。

 ただね、ママが、24時間体制で、「おーしーえーてーやーるぞー」の意気込みで、「さあ、一つ残らず、おぼえるんだーーーー光線」をビリビリ出して話しているのでは、ちっとも楽しくありませんし、急に会話が色あせてしまうでしょうね

 シクラメン・・・本当にきれいでしょう?
冬になって、お花が少なくなっていく時期に、陽射しのまぶしい窓辺に置かれたシクラメンを眺めるだけで、ほのぼのとあったかーい気分になりませんか?

 そんなお母さんの感性があれば、きっと、ステキな親子の会話の中から、子ども達はさまざまなことに興味を持ち、そして覚えていくでしょう

 この日には、曜日の話しもしたのですよ。
日、月、火、水、木、金、土・・・これを、ひたすら呪文のように唱えさせたとしても、実際に曜日の感覚は身には付かないでしょう
 毎日、毎日、楽しくその日を過ごし、何曜日であったかを会話の中で登場させていくうちに、きっと曜日の感覚も芽生えていくに違いありません

 子ども達に、曜日は「星の名前なのよ」と、簡単に太陽系の絵を描いて説明すると、とっても喜んでくれました
 これも、「曜日」と「天体」を、つなぐことによって、子ども達の興味と意識を広げていったのです。

 いかがですか?真っ白な子ども達との時間って、楽しいですよね

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