(英語版)
(アラビア語版)
Part II:「エスニック・クレンザー(民族浄化剤)」
60. エスニック・クレンザー(民族浄化剤)(3)
『シャイ・ロック』は『ドクター・ジルゴ』の言葉を眉根一つ動かさずに受け流して尋ね返した。
「米国留学の成果は出たかね?」
会話の主導権は最初から世知に長けた将軍のものであった。
「はい、今日はその件で閣下のお力を借りたくお伺いした次第です。」
将軍の鷹のような目に射抜かれ、ジルゴは直立不動の姿勢で答えた。
それからしばらくの間、将軍は若い医師の話を黙って、しかし注意深く聞いていた。医師の話は先客の軍医総監から聞いた内容を裏付けるものであった。将軍はジルゴに会うことを決めると直ちに軍医総監と連絡を取り、ジルゴが発見したと噂されている新型ウィルスについて話を聞いていた。そして今、将軍はジルゴの新発見が本物であると確信した。そして彼の発見したウィルスにユダヤ人の将来を賭けてみようと思ったのである。
ユダヤ人こそ選ばれた民であると固く信じている将軍は、約束されたカナンの地で独立したイスラエルがその後数度にわたるアラブ人との戦争にも圧勝し、米国の後ろ盾を受けて世界がその存在を認めるようになったことに満足していた。そして周囲のアラブ諸国に軍事的或いは経済的には絶対負けることは無いと確信していた。
しかしそのイスラエル国内においてユダヤ人とパレスチナ人の人口比率が年々変化しつつあることに彼は懸念を抱いていた。パレスチナ人女性の妊娠率がユダヤ人のそれを上回っているのである。さらに厳密に言えば、同じユダヤ人家族でも血統の違いによって人口の増加率が変わる。即ちソ連崩壊時にロシアから移住した家族に対して退役将軍のようなアシュケナジムの家族は子供の数が少ない。将軍がユダヤ人の純粋な血統と信じるアシュケナジムの比率は下がる一方であり、将来アシュケナジムがパレスチナ人や非アシュケナジムのユダヤ人の中に埋没してしまうおそれがある。それが将軍の心配事であった。
物理的にパレスチナ人を排除することは、かつてナチスが自分たちユダヤ人を地上から抹殺しようとしたホロコーストの再現である。かと言ってアシュケナジムだけを対象に子孫を増やす政策を実施する訳にもいかない。今や社会支配層として豊かな生活を満喫しているアシュケナジムの若い女性たちはいずれの近代国家でもそうであるように多くの子供を欲しがらない。将軍はアシュケナジムの将来に焦燥感を抱いている。
(続く)
荒葉一也
(From an ordinary citizen in the cloud)
前節まで:http://ocininitiative.maeda1.jp/EastOfNakbaJapanese.html
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