(英語版)
(アラビア語版)
Part II:「エスニック・クレンザー(民族浄化剤)」
52. 長女アナット(4)
『ドクター・ジルゴ』という呼び名は父と娘がつけた符牒である。ロシア新移民として農民の両親と一緒にイスラエルに移住してきた彼は街から遠く離れたキブツで共同生活の洗礼を受けた。しかし彼にとってキブツの共同生活は苦痛以外の何物でもなくその生活にどうしても馴染めなかった。彼はキブツを脱出するため医者を志した。
医者になった彼はロシアの大作家パステルナークの著書に因んで自分のことを『ドクトル・ジバゴ』と自称した。一方、周囲の友人達は偏執狂的で時には二重人格的な言動を弄する彼のことを『ドクター・ジキル』と名付けた。この二つの名前を足して二で割った結果が『ドクター・ジルゴ』という訳である。
「お父様のおっしゃる通り彼は米国に留学して二年前に帰ってきたわ。ところが彼ったら何とシャロームと同じ病院に就職したのよ。でも安心して、お父様。友人から聞いた話では彼はもう妹には興味が無いみたい。二人とも色恋沙汰より自分の研究が大切みたい。」
「『ドクター・ジルゴ』の用件って何だい?」
「うーん。一寸待ってね。」
「彼曰く、ある研究で素晴らしいものを発見したので是非話を聞いてほしい。お父様を失望させることは絶対ありませんからって。彼のメールはこれで何回目かしら。面会を求めるしつこさはシャロームを追っかけたストーカーの頃と変わってないみたい。どうします、お父様?」
『シャイ・ロック』はふと彼に会ってみようかと思った。実は少し前、留学帰りの医学博士があるとんでもないものを発見したらしい、と言う話をかつての部下から聞いていたのである。その『とんでもないもの』がどのようなものかは部下自身も良く知らなかったようで、雲をつかむような話であった。しかしその話はどこかで彼の第六感をくすぐるものがあった。これまで数々の戦闘をくぐり抜けてきた『シャイ・ロック』には動物的カンとでも言うべきものが備わっており、彼は自分のそれに全幅の信頼を置いているのである。
「よし、一度会ってみよう。段取りはお前に任せるよ。」
父の予定表を確かめるとアナットは早速『ドクター・ジルゴ』に返事を打ち始めた。
(続く)
荒葉一也
(From an ordinary citizen in the cloud)
前節まで:http://ocininitiative.maeda1.jp/EastOfNakbaJapanese.html
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