昨日、年に一度の仕事で例年のように琵琶湖線に乗車しました。米原駅からの途中、彦根駅を通過しますが、小高い山にはかつて戦国時代に石田三成の居城であった「佐和山城址」や井伊家の居城「彦根城」が目に映ります。私ごとですが、彦根は亡き父が半世紀以上前に、新婚旅行中の夜間に崖から転落するような自動車事故で、父は瀕死の重症を負い、後妻となるべき女性は即死という、我が家にとっても後の災難のきっかけとなった場所でもあり、私自身の子供の頃に刻まれた記憶として未だに思い出す次第です。人生はすべて一瞬の「たら、れば」によって、その後の展開が大きく変わります。両親とはかけ離れた人生を送ってきたことが、現在の自分自身にとっては正解だったようにも思えます。さて、愈々本日を持って18年度も事実上終了しますが、過去は過去として教訓にしつつ、明日を夢見て歩んでいきたいと考えております。
私は先端技術に興味があるとともに、歴史が大好きです。今朝、4時に起床してラジオに登場された方が、私もファンの一人である歴史学者として有名な静岡大学名誉教授の小和田哲男氏でした。数々のNHK大河ドラマの歴史考察を担当されてきた方ですが、氏の講演会の録音で、初耳の話ばかりでした。また小和田氏の弁は歴史の古文書は多くが勝者の論理で書かれているとのことで、敗者にスポットを当てた大河ドラマが作られる予定だと述べられていました。戦国時代の武将、明智光秀も、本能寺の変を起こして最後は羽柴秀吉に滅ぼされ、裏切り者とされていますが、肯定的な様々な説も現実には多々あります。私としても、この明智光秀を中心とした綿密な史実に基づいた歴史ドラマが世に出ることを大いに期待しています。個人的には戦国時代の石田三成などもドラマ化していただけたらと考えます。歴史は綺麗ごとばかりではないので、裏話のほうが却って興味があります。物事は視点を変えてみると、全く違った発想が生まれます。今後、日本人に必要とされているイノベーションも同様だと思います。
かつて前職の時の札幌勤務時代に、同じ熊本県出身で地元企業に勤めている方と知り合いました。北海道に長く住んでいる方は、九州に実家があれば遠方なので郷愁を感じるものです。お客様のその方からは同郷の好もあり、かつては会社が信頼を無くし、取引が断絶ていたにも拘らず、特別に可愛がってもらっていましたので、頭が下がる思いばかりでした。営業というものは、会社の看板に頼るのではなく、自分自身という人間を売り込む仕事だと気付いたのも当時の経験があったからです。話は変わりますが、当時の北海道と九州の行き来は、羽田で飛行機を乗り換えての飛行ルートでしたので、帰省するにも時間とお金がかかり、サラリーマンでも家族を抱えて滅多に行ったり来たり出来る余裕は無かったと思います。会社も退職防止が手段の一つだったのか、意外と北海道には九州出身者の方が多かったように思います。私もその1人だったのですが、私はやがて転職して本州へ引越しすることになったのですが、当時は会社への影響も考えて、すべてのお客様には転勤することになったと、上司と一緒に挨拶回りで申し上げた手前もあり、その後、親しくして頂いたお客様と敢えて連絡を取ることもしませんでした。今になってみると懐かしい思い出ばかりですが、歳月の経過は早いもので、今は世代も変わり、かつての時代の痕跡も殆ど無いと思います。前職に於ける私自身の若かりし年表として、自分の記憶の片隅に自己満足としてあるのみです。
昨夜たまたまTVで、経済同友会の小林喜光代表幹事と早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄氏がキャスターとの間で議論を展開するBS番組を拝見しました。両人とも私自身が日頃から注目していた人物でしたので、60分近く双方の議論を聴けて正に幸運でした。常にメディアでも歯に絹を着せぬ物言いをされる小林氏と、注目の大学ビジネススクール若手研究者における平成30年を振り返った日本経済に対するご両人の考察は、私自身の考えを整理する上でも大変参考になりました。小林氏は平成の日本経済を「敗北の30年」と称されています。企業人としても異色の方なので、歯切れのいい物言いが特徴です。企業経営の第一線から退かれて、経済界に君臨されている今も現役の企業人ですが、平成の日本経済30年に対する見方は悲観的でした。一方の入山氏は、バブル崩壊後の就職難の時代を経験してきた世代で、大学でも明日のベンチャー育成を担っている方らしく、日本の若者への最後の期待感というものが感じられました。昭和から平成に生きてきた私自身も小林氏の意見には大変同感しています。過去を後悔しても仕方が無いので、過去の失敗を教訓として道を切り開いていきたいと思います。
人間には、「良い遺伝子と悪い遺伝子」が有ります。
どんな人にも良い遺伝子が潜んでいて、50%は周囲から育てられ、50%は本人の努力で開花したものだと思います。
一方、悪い遺伝子も潜んでいて、ある日突然に発癌性のある遺伝子として体内に発生する場合があります。
良い遺伝子は上手く伸ばし、悪い遺伝子は出てこないように、日々予防するしかありません。
スポーツ選手も卓越した遺伝子を持っていますが、それをどう育てるかが問題です。
一般人も皆、良い遺伝子と悪い遺伝子を持っていますが、それぞれの活かし方を考えれば、幸福な人生を歩むことができるのではないでしょうか。
どんな人にも良い遺伝子が潜んでいて、50%は周囲から育てられ、50%は本人の努力で開花したものだと思います。
一方、悪い遺伝子も潜んでいて、ある日突然に発癌性のある遺伝子として体内に発生する場合があります。
良い遺伝子は上手く伸ばし、悪い遺伝子は出てこないように、日々予防するしかありません。
スポーツ選手も卓越した遺伝子を持っていますが、それをどう育てるかが問題です。
一般人も皆、良い遺伝子と悪い遺伝子を持っていますが、それぞれの活かし方を考えれば、幸福な人生を歩むことができるのではないでしょうか。
今、働き方改革で労働時間の削減を法的に進めようとしているのは、有給休暇の取得も労働生産性においても、一向に産業界の改善の進み方が遅いからだと見ています。労働賃金が諸外国に比べて安いと言われているのも、付加価値や生産性が低いのが主な原因です。それだからと言って、賃金を諸外国並みに足並みを揃えて上げることも急には困難です。産業の究極的なデジタル化はこれからです。5GやLPWAなど通信技術は整いつつあるので、既存の事業変革に手をつけることだと思います。日本はキャッシュレスによる電子決済の進行も遅れていますし、まだまだ現金決済が多かったり、決済方法が少ないのが現状です。考えてみると、有給休暇の取得を法的に義務付けないと企業が動かないというのも変な話です。しかし、これからは罰則も課されますので、現実を変えるには企業も少しずつ変わっていくしかありません。刑法でも他の法律でも、法的な罰則が緩いのもありますが、新しい犯罪に法律が追いついていません。海外では終身刑になる犯罪も、日本国内では、犯罪を犯しても執行猶予付きで、実刑が軽く、保釈金を払えば釈放されたりするのが現実です。先進国でありながら刑法も未整備の部分は多く、類似犯罪が耐えない現状もあります。法治国家として、もっと罰則は厳しくあるべきだと思います。コンプライアンスの遵守が掛け声で終わらないようにしなければなりません。
昨日は兵庫県の淡路島で開催された、2019ワールド・アライアンス・フォーラムinあわじに参加しました。「公益資本主義2050年の国家目標〜天寿を全うする直前まで健康でいられる社会の実現」をテーマとした海外の専門家も招いた国際会議でした。産官学の多くの専門家による医療・ヘルスケア分野における「技術イノベーション」および「制度イノベーション」に焦点を当てたプレゼンテーションやパネルディスカッションによる議論は普段滅多に聞けない話題ということもあり、大変勉強になりました。将来にわたりITが深く関連する分野でもあり、今後、国家の成長戦略としても重視していくべき課題でもあります。センサーやIoTをエコシステムで巡回させることが、広くは公益性、さらにSDGsへも繋がる活動だということです。地方会議は全国から初対面の参加者も多く、希少な縁も得られる機会です。
妻子を連れて31歳の頃に、やむを得ない理由で職種転換して、現在のIT業界へ転職しました。今考えると、安定した仕事と立場を投げ捨て、敢えてリスクのある無茶な人生選択をしたようにも思えます。結果的には、数多くの山谷を乗り越えられましたが、一歩判断を間違えば、家族も犠牲にして、後悔の人生を歩んだかもしれません。しかし冷静に考えてみますと、無茶なリスクを次々に負ったからこそ、今の自分があるようにも思えます。当時は年齢も若かくてバイタリティもあり、困難にもめげない精神力があったからでしょう。もし15年以上も大企業にいたら、保守的になり、敢えてリスクを負うこともしなかっただろうし、中小企業経営者としての経験もできなかっただろうと思います。多少のリスクを負う経験を若い時にしても、決して人生のマイナスにはならないので、学生の皆さん、チャレンジ精神を発揮して、是非とも頑張ってください。
ここ最近、毎年この時期に大学の卒業式に招ねかれています。当の卒業生がどれくらい真剣に傾聴しているのか分かりませんが、学長や学部長による挨拶の言葉が、背後に着席しながらも、とても意味深く感じさせられます。挨拶の中に、日本は民主主義社会なので、社会に出てからも、大学で培った知識をもとに自分で判断して、自分の意見を自由に言えるような人間になって頂きたい、というような趣旨の言葉もありました。昨今、社会のあらゆる分野において、連日のように生々しい犯罪が相次いでいることを大変懸念しています。特に、新しい時代に対しての法的な整備が追い付かないために、様々な犯罪性のある事象が、巷で絶えないような印象を抱きます。見て見ぬ振りをしてはならないとして、犯罪を告発した側に制裁を減免する処置が取られたりするのも、多発する事件の取り締まりが追い付かない現実があるからだと思います。やや話が脱線しましたが、これからの卒業生に期待することは、社会に出て、堂々と自由に自分の意見を言えるような、正義感を社会のあらゆる分野で積極的に発揮してほしい、ということです。
「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょう」という言葉があります。人の悪口を言う人は、逆に人からも悪口を言われるのですが、大概それが分からないのです。ある意味、癖だからなかなか直らないのだと思います。私事ですが、時々従業員が汚した便器の拭き掃除をします。家で毎日便器掃除を実践しているから平気です。進んでやることによって気分良くトイレが使えるし、他の人も喜ぶと思うからです。大学進学の時も仕送りが全く無かったけど、新聞配達で新聞社の奨学金を受けたり、大学でも返済不要の奨学金を戴いたり、寧ろ家庭が貧しくても、人に負けないよう努力しようと思えば、様々な支援制度を受けることができたのです。また現代ではナンセンスな話ですが、大学卒業後の9年間のサラリーマン時代には、休み自体が取りづらく、休日どころか有給休暇も1日たりとも取得できませんでしたが、先輩方も同様に取っていなかったので、別に普通なので不平不満はありませんでした。寧ろ、そのような時代を乗り越えてきたからこそ、今は休みに対する満足感があります。心の持ち方はネガティブよりポジティブの方が気分も良いし、人間的にも成長するに決まっています。自分の不満を愚痴っても、相手に責任を転嫁しても、自分には何の得もありません。