今日は生憎の空模様になりました。
この季節には珍しい大粒の雨。
その雨音で目覚めました。
晴れたら出掛けるつもりだったのですが、
それはそれで、何だかほっとしている私がいます。
晴耕雨読とでも言いましょうか・・。
雨の日は家の中で読書でもして、のんびり過ごすのも良いかも知れません。
それに、まだまだ肌寒い位ですから、“雨の日キャンドル” も、
大丈夫ですものね。火が恋しいですもの。
そうそう先日友人から貰った、竹本聖著 『ありがとうの本』 は、
詩集ですから、あれからほどなく読む事が出来ました。
心が、ほんわか温かくなる本でした。
この本は、世の中全てが “ありがとう” で、満ち溢れている事に、
気付かされます。そうなんですよね。
物事の考え方、捉え方、受け止め方一つで・・どちらにだって転ぶのです。
それならば、“ありがとう” と思えるようになりたい・・。~なんて。
とは言っても、これがなかなか難しいのですが・・。
そんな訳で・・。本棚から取り出したのは、ただ “積ん読” だけであった、
渡辺淳一著 『風のように・贅を尽くす』、エッセイです。
何と初版本ではありませんか。
小説ではありませんので、求めてはみたものの、その時は興味がなくて、
そのままになってしまったようです。もう9年も前なのですね。
でも、まだまだそんな本が沢山・・。
それどころか、ダブって買い求めているものも・・。
今でしたら、この帯に書かれています、文章にも大層、惹かれますのに・・。
そして私は勿論、音読です。
この音読に関しましても、島崎藤村の次のような言葉を見つけました。
渡辺淳一のそれと共に、次に並記しますね。
“この所、年に3、4回、外国へ行っているが、 帰って来る度に感じる、どよんとした感じ。 この日本という国全体を覆っている、何か淀んで、 気怠いげな雰囲気の事である―― ~渡辺 淳一” |
“優れた人の書いた文章は、それを黙読、 翫味するだけでなく、時には心ゆくばかり声を上げて 読んでみたい。 我々は、あまりにも黙読に慣れ過ぎた。 文章を音読する事は、愛なくては叶わぬ事だ。 ~島崎 藤村” |
ふと明るくなりましたので、外を見ましたら・・。
まだ降ってはいますが、いつの間にか雨は静かな霧雨になっています。
もうすぐ上がりそうです・・。