廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

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キュビズム採用の意味を探ると

2022年02月11日 | Jazz LP

Jimmy Rowles Trio / Rare - But Well Done  ( 米 Liberty LRP 3003 )


ビリー・ホリデイやペギー・リー、サラ、エラ、カーメンらの歌伴としての活動やゲッツ、ズートらのバックの演奏で名を上げた人だが、
並行して自己名義のアルバムもそこそこ残している。その割にはジャズ・ピアニストとしての名声はさほど高くなく、"シブい人" の代表格
として扱われるのがお決まりになっているが、それはなぜだろうか。

ワレがオレが、という姿勢がなく、終始穏やかな作風だったし、3大レーベルやメジャー・レーベルにも作品が残っていないことなどが
主たる原因なんだろうけど、ただそれだけのせいということでもなさそうである。結構捻りの効いた作品が多い中、50年代に残した
このアルバムがピアノ・トリオとして最もストレートな作風だけど、これを聴くとなぜ彼が "シブい人" なのかが垣間見えるような気がする。

歌伴のスペシャリストらしく、知られざる佳曲で固めたハイブラウなリスト内容を非常にデリケートなタッチで仕上げている。
レッド・ミッチェルとアート・マーディガンの手堅いバックアップも見事で、トリオとしての纏まりは完璧だと思える。
そんな中、彼の弾く旋律を追い駆けていくと、ある特徴に気が付く。楽曲のオリジナル旋律は一くさりだけサラっと弾いて、
あとはアドリブというか、まったく別の旋律が洪水のごとく流れ出すのである。それはさながら別の曲を弾き始めたかのようで、
例えばこれはガーシュウィンの "Lady, Be Good" のはずなのに、まったくそうは聴こえない。ここにギャップ感というか、
まったく別の処へと連れて行かれて途方に暮れてしまうような気持ちにさせられるのである。話をしているんだけど、本当に語りたいことは
全然別のところにあるんだよと言わんばかりで、聴いている方はどこか煙に巻かれたように戸惑うことになる。

意図的にそうしているのか元々の気質なのかはわからないけど、これが音楽にある種の抽象性を帯びさせている。
多かれ少なかれ、ジャズというのはそういうタイプの音楽であることは承知してはいるけれど、観劇の最中、いつの間にか違うストーリーが
あくまでも自然に展開されてしまっていて、あれ、自分は何を観せられているんだろう?と軽い混乱に陥らされる。
この不思議さが彼の音楽の印象を決定付けている。平易な内容にもかかわらず、そこには緩やかな抽象性の世界が拡がっている。

そう考えると、このアルバム・ジャケットに描かれたキュビズムの絵画の意味も理解できるのである。ポピュラーな音楽なのに、
なぜこんな奇妙な図柄が採用されたのか初めはよくわからなかったが、レコードから流れてくる音楽をよくよく聴いていくと、
当時の人も同様の感想を持ったからだったのではないだろうか、と思わざるを得ない。これはベーシストのハリー・ババシンが
プロデュースしたアルバムだが、どこか謎かけが施されたかのような印象が残り、ポピュラリティーを獲得するには至らなかった。

90年代にスペインのフレッシュ・サウンズが "Jazz In Hollywood Series" と題して、ルー・レヴィなんかと一緒に別ジャケットに仕立てて
再発した。この時のジャケットも悪くはないけれど、元々あった不可思議さはどこかへ消えてしまい、別の印象を与える別レコードとなった。


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