廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

無名で居続けることの素晴らしさ

2021年09月25日 | Jazz CD

Tim Siciliano / In The Attic ( 米 Creative Improvised Music Project CIMP #381)  Tim Siciliano / Live From The Past (米 Endeavor Records EV-1401)


こんなに情報がない人も珍しい。1958年ニューヨーク生まれとのことだが、だとすると、これらの演奏は40代の頃のものということになる。
メディアに取り上げらることなく、こうして黙々と優れた演奏活動をしている人は星の数ほどいるだろうが、彼もその中の1人かもしれない。
権威主義が蔓延する日本では、彼のような人はこの世に存在しないにも等しいのだろう。

ピアノなどの鍵盤楽器のいないトリオで、ギターの魅力が最大限に発揮される。誰からの影響も感じさせない、それでいてジャズのスピリット
剥き出しの、素朴でありながらも熱い演奏が繰り広げられる。スタンダードはほぼ取り上げず、オリジナルの楽曲メインでの勝負。

こんなにひたむきな演奏はそうそうあるもんじゃない。いい意味で古いジャズ・ギターの様式からは脱却していて、それでいてメイントリーム
ど真ん中の、カッコいいジャズ。気が付くと、夢中でギターのフレーズをひたすら追い駆けている。

ギターって、いいなあ、と素直に思わせてくれる。そういう意味では、ジャズというカテゴリー感からは簡単に飛び越えて、
ロックやフュージョンのギター名盤たちに匹敵する何かを感じる。音楽とは、本来、こういうものだと思う。

高名になり、大手レーベルと契約すると、定期的にアルバム制作ノルマが課されて、あれやこれやと手の込んだ企画を考えなければ
いけなくなる。そうすると自然な発露が失われていき、音楽も乾いた内容へと干上がっていくだろう。
そういうことから解放されるには、こうして自由な立場で音楽をやるしかないのかもしれない。

マイナーであることと引き換えに手に入れることができた、ありそうでなかなか見つからない、得難いジャズ・ギターのアルバム。



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新しいクラシックとして

2021年09月08日 | Jazz CD

John McLaughlin / Time Remembered ~ Plays Bill Evans  ( 米 Verve 314 519 861-2 )


1993年のイタリア録音とのことだが、こんな録音があったなんてまったく知らなかった。マクラフリンのいわゆる「名盤」を聴いていると、
なんとなく説教されているような気分になって途中で投げ出してしまうことが多かったから、いつの間にか視界の外の人になっていた。

4本のアコースティック・ギターにアコースティック・ベース・ギターを加えた五重奏をバックに、マクラフリンもアコギ1本でエヴァンスの
作曲した楽曲を奏でる内容。きちんとツボを押さえたプログラムが組まれている。

聴いてみて、これが驚いた。まるでウィンダム・ヒルのウィリアム・アッカーマンかマイケル・ヘッジスですか? という感じの音楽なのだ。
それらをもっと洗練させた、切子細工のクリスタル・グラスのような質感。ひんやりと冷たく、どこまでも透き通っている。

楽曲の骨組みはバックのメンバーに任せて自身はアドリブのリードを取るけど、これがうるさくなくて見事に音楽的。
バックの演奏も恐ろしく上手く、アンサンブルには一糸の乱れもない。物凄く高度にまとまっている。

そして肝心なエヴァンスの音楽としての仕上がりだが、曲想を的確に表現していて、ちゃんとエヴァンスの香りが漂う雰囲気に溢れている。
そういう意味で、このアルバムは合格点を取れているのではないか。これを聴いていると、エヴァンスの作った楽曲の素晴らしさが改めて
浮かび上がってきて、これらは新しいクラシックとして残っていくのだろうと思う。最近、ジャズ・ミュージシャンのオリジナル楽曲を
集めたアルバムを聴く機会が多いけど、彼らの作曲家としての側面を評価するこういう作品群が作られるのは大変意義があると感じる。
アドリブ一発、みたいな聴き方だけがジャズの聴き方ではないのだ、ということを現役ミュージシャンたちが教えてくれるのだ。

30年近く前の録音にもかかわらず、録音も秀逸。上品な残響が響く中、ギターの音色が非常にクリアに録られていて素晴らしい。
"Waltz For Debby" における出だしのメロディーなんて、まるでエヴァンスのピアノの音のようで、細心の注意を払ってギターが
演奏されているのがよくわかる。手抜き一切なしの、マクラフリンが本気で臨んだエヴァンス・トリビュートだった。



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木曜日のテーマ、とは何か

2021年09月04日 | Jazz LP (United Artists)

Benny Golson / & The Philadelphians  ( 米 United Artists UAL 4020 )


ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のミュージシャンが集まって作られたアルバム。パーシー・ヒースはノースカロライナ州生まれだが、
その後すぐにフィラデルフィアに引っ越したから、ギリギリセーフ。どの国でもそうだが、人は出身地にこだわるものだ。出身地を知ることで
その人となりがなんとなくわかるような気がするから不思議なものだ。フィラデルフィアはワシントンD.Cとニューヨークのちょうど中間にある
都市で、文化レベルの高い街だったから、優秀な人材が輩出されるのは不思議ではない。スタン・ゲッツもフィラデルフィア出身だった。

メンツからはバリバリのハード・バップを想像してしまうが、意外と落ち着いた雰囲気の仕上がりになっている。音を弾き過ぎず、抑制された
ピアノをレイ・ブライアントが弾いているのがこの佇まいに貢献している。この人は管のバックにいる時にこういう知的な側面を見せる。
更に "Calgary" というオリジナル曲を提供しており、これが印象に残る佳作だ。

この時期、ゴルソンはリー・モーガンと共にジャズ・メッセンジャーズに加入していて、その流れでこのアルバム制作時にモーガンを呼んでいる。
ジャズ・メッセンジャーズというユニット形式の音楽をやっていた影響があったのだろう、モーガンはその場だけのジャム・セッション時に見せる
爆発的なソロは取らず、グループの調和を優先するような抑制された演奏に終始する。デビュー時には高らかにラッパを鳴らしていたが、
そういう子供じみたスタイルからは脱却しつつある時期で、それはブレイキーのバンドの中で学んだのだろう。ベニー・ゴルソンが作った
クォリティーの高い楽曲群や優れた編曲の中で演奏することで、音楽的感性も磨かれていっただろう。

そういう風に、参加しているミュージシャン一人ひとりの個性や成長の過程がよく見えるのがこのアルバムの特徴といっていい。
ゴルソンの知性ある音楽性がベースになっているので、ここで聴かれる音楽の元々のクオリティーの高さはもちろんのことだが、
真の実力派ばかりが集まっての演奏は圧巻だ。

そして、このアルバムの魅力のコアとなっているのは "木曜日のテーマ(Thursday's Theme)" である。デューク・ジョーダンが作る曲にも
通じる孤独な哀愁漂うメロディーに、どうすればこんな魅力的なタイトルが付けられるんだろう? と感心させられる語感が素晴らしい。
ここで聴かせるレイ・ブライアントの優美で物憂げなソロは絶品で、楽曲の素晴らしさをこれ以上なく後押ししている。

果たして、木曜日のテーマとは一体何だったのか? この曲を聴いた人は、誰もが自らにそう問いかける。



コメント (4)
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