Herbie Nichols / Love Gloom, Cash, Love ( 米 Bethlehem BCP-81 )
ハービー・ニコルズはとにかく録音が少なく、理解を深めるのが難しい。 1952年のサヴォイ録音、1955,56年のブルーノート録音、そして1957年の
ベツレヘム録音の3種類しか残っていない。 本人は常にレコーディングすることを望んでいたけれど、彼を支援してくれる人が現れなかった。
このあたりがモンクなんかと違うところで、どうやら人から好かれるところがあまりなかったようだ。 モンク自身、この人のことを評価しなかった。
その奇妙な作風や演奏スタイルから常にモンクと比較されるけれど、モンクが多くの人から愛され、ニコルズがスルーされるのはやはりメロディーへの
こだわりの有無だろう。 モンクはとにかく自身の曲のAメロにこだわって作曲しているけれど、ニコルズの曲は主題が曖昧(というか、ないに等しい)。
ものすごく好意的に解釈すればニコルズのほうが現代音楽的だ、と言えなくもないけれど、さすがにこれは言い過ぎでちょっと苦しい。
サヴォイ盤は未聴なのでどんな演奏なのかはよくわからない。 3枚の中ではブルーノートが一番入手が簡単だが、私は今も昔もこの演奏をどうしても
愉しむことができなくて、結局レコードは処分してしまった。 それに比べて、このベツレヘム盤ははるかに聴きやすい。 スタンダードが2曲含まれて
いることもあるけれど、自身のオリジナル曲もブルーノート盤よりも楽曲としての纏まりが良く、耳に残るのだ。 この盤で演奏される曲には主題らしき
ものが比較的はっきりしているし、演奏の表情も明るい。 ダニー・リッチモンドのドラムが元気よくて、演奏全体もポップな感じだ。 音楽的にはこの盤の
ほうが明らかに優れていると思う。 無理にモンクの名前を持ち出さなくても、少しクセのある、それでいて聴き応えのあるピアノトリオとして愉しめる。
ニコルズのレコードを何か1枚手許に残すのなら、これがいいのではないか。
意味深なタイトル曲のワルツの拍子がなかなか優雅で、スイングしていないにも関わらず印象的だ。 ブルーノートでは聴けないそういう意外な側面が
この盤には刻まれている。 ただ、その声はとても小さく、聴き取るには普段よりも注意を払わなければいけないかもしれないけれど。