廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

寂寥感に感じ入ることができれば

2020年06月28日 | Jazz LP (Enja)

Lee Konitz / Strings For Holiday ~ A Tribute To Billie Holiday  ( 独 Enja ENJ-9304-1 )


ノンビブラートの穏やかな音色が伸びやかで心地いい。とてもリラックスして吹いている。最初から最後まで、歌心で溢れている。私が知っている
コニッツのアルバムの中では、最も優しい音色で吹かれている。

ウィズ・ストリングスといっても大編成ではなく弦楽六重奏がバックなのでイージーリスニングの雰囲気はなく、もっとジャズらしい仕上がりに
なっているのがいい。弦楽のアレンジも変に凝ったものではなく、適度に現代的で過度に甘くならず、ちょうどいい匙加減だ。音の隙間が多いので、
コニッツのアルトがよく聴こえて全体のバランスもとてもいい。

このアルバムの雰囲気はアート・ペッパーの "Winter Moon" に少し似ていて、孤独な寂寥感が全体を覆っている。寂しくならざるを得ない、大人の
男の音楽である。だから、聴く人を選ぶ。この演奏の雰囲気の良さは、おそらく若い人にはピンとこないだろうと思う。自分が若かった頃の感覚を
思い起こすと、きっと途中で投げ出している様子が想像できる。

難しいことは何もしておらず、何かの野心があるわけでもない。老齢にさしかかった音楽家が、永く好きだった伝説の歌い手のことを想って作った、
素朴なアルバムだ。その音楽家の素直な心が感じ取れる。もし、今聴いて理解できなかったら、10年後にもう1度聴いてみるといい。
きっと、あなたが聴くにはまだ早かったのだ。


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短信 Enja 1

2018年10月24日 | Jazz LP (Enja)

Tommy Flanagan  /  Ballads & Blues   ( 米 Enja 3031 ST )


これ、傑作だったんだなあ、知らなかった。 安レコだけど。 Enjaでは "Eclypso" の世評が高いみたいだけれど、私はあれはダメ。 

通して聴いたけど、このタイトルは内容にそぐわない。 ちょっと適当過ぎるよね、これは。 それに、ジャケットもね。

普段は懐の奥底深くに隠している本気が「ギラリ」と光ったのを見たような気がする。

もっとエンヤ盤をちゃんと聴いてみなきゃ、と思った。


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苦み走った復活の狼煙

2018年08月19日 | Jazz LP (Enja)

Joe Henderson / Barcelona  ( 独 Enja Records 3037 )


ジョー・ヘンダーソンをしつこく聴いているけれど、結局手元に残る盤は少ない。 例えば70年代のマイルストーン時代は作品数は多いがその大半が
クロスオーバーなもので、どれも力作だとは思うけれど、1度聴けばまあ十分かな、というものばかりだったりする。 

そういう時、我々は不用意につい「駄作だ」と言って切り捨ててしまうけれど、丁寧に聴いていくと駄作にもそうなった理由がちゃんとあることがわかってくる。
彼の場合だって、別に急にイマジネーションが消えてしまったわけではない。 それは単に時代が別のものを要求したからに過ぎないのだ。 生き残るには
そういうものだって飲み込んで行かざるを得ず、さもなければ消えるしかなかった。 コルトレーンやブラウニーが70年代に生きていたとしても、たぶん同じような
感じだっただろうと思う。 ロリンズ、モンク、エヴァンスを見れば、それは一目瞭然だ。 1970年代は誰にとってもとにかく我慢の10年間だった。

そんな暗黒時代も70年代末頃から変化の兆しが現れ始める。 その第一発目がこの "Barcelona" だった。 巷ではフリー・ジャズのように言われているけれど、
実際は違う。 ピアノレス・トリオで、非常にビターな演奏をしているだけだ。 それまでの鬱憤を晴らすかのように、苦み走ったドライな演奏をしている。
これがとにかくカッコいい。 抑制されて硬質なテナーの音色にシビれる。

なぜ、突然エンヤから発表されたのかはよくわからないけれど、それまでの迷走ぶりが嘘のようなアコースティック・ジャズで、この後は80年代の主流派の復権に
呼応するかのように作品を順調に発表するようになる。 これはその幕明けに相応しい、素晴らしいアルバムだ。 このレコードは音も極めていい。



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西洋音楽史の絵巻物

2017年03月11日 | Jazz LP (Enja)

Alexander von Schlippenbach / Payan  ( 西独 Enja Records 2012 )


1972年2月に収録されたシュリッペンバッハのソロ・ピアノ。 独奏の作品としてはこれが初だと思う。 そのせいかもしれないし、また、エンヤという
フリー専門ではない一般レーベル向けだからそれに合わせたからかもしれないが、フリーというにはいささか大人し過ぎる内容ではないだろうか。

1曲目は、まるでバッハのフーガ小品のような作品で始まる。 2曲目、3曲目も特にフリー色の強くない曲たちが続き、どうしたんだろう、と首を傾げる
ような感じで進む。 が、A面が終わり、B面へと移っていくと、徐々に無調感や無タイム感や特殊技巧感が現れ始め、最後の曲はお手本のようなフリー
ミュージックで終わる。 なるほど、西洋音楽の歴史を1枚のアルバムの中で絵巻物的に表現しているんだな、ということが最後になって判る仕掛けになっている。
如何にもインテリらしい手の込んだ作品で、まるで歴史上の各ポイントを切り取ったスナップショットを時間の流れに沿ってコラージュした現代アートのようだ。

それは、まるで人気のない静かな資料展示館を思わせる。 入口から入って最初の部屋は最古の時代の不完全な形で発掘された欠片から始まって、王朝期、
爛熟して退廃した文化末期、やがて市民革命が起こり、新たな政権の時代、産業革命、世界大戦、そして近代化。 そういう絵巻物をゆっくりと歩きながら
眺めているような気分になる。

そういう知的に制御されたところが素晴らしくもあり、哀しくもある。 止むにやまれぬ表現衝動のようなものの希薄さの中に欧州フリージャズの暗い未来を
予感させるところがあると感じるのは穿った見方か。

尤も、そこまで先走らなくても平易で聴きやすいピアノ独奏集なので、構えることなく接すれば高名なこの演奏家の実像の一端に触れることができるだろう。



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チェット晩年の傑作

2017年01月03日 | Jazz LP (Enja)

Chet Baker / Strollin'  ( 西独 Enja 5005 )


1980年代のチェットは、少なくともディスコグラフィー上では、音楽家として最盛期だったのではないかと思えるほど、作品が質・量ともに充実している。
そのタイトルの多くは欧州でのライヴを録音したものではあるものの、やつれた容姿とは裏腹にとても精力的に活動していた様子がきちんと記録されている。
自身で作曲をすることはなかったけど、どんな曲であってもすべて自分の音楽に変えてしまうその腕前は他の誰よりも際立っていた。 例えそれがワンパターン
であったとしても、その魅力には抗えないものがある。

このアルバムは1985年ドイツのジャズ・フェスティバルにギターとベースを加えたトリオで出演した際の録音だが、あまりの出来の良さにのけ反ってしまう。
コアなマニアには知られた存在のフィリップ・カテリーヌの凄腕ギターがソロのパートで冴え渡る。 まあ、上手いのだ。 ジャズ・ギターの奏法だけど、
ロックのスピリットを感じる。 そして、チェットのトランペットもとてもきれいでしっかりとしたトーンで吹かれている。 必要最小限の楽器構成にも
関わらず、なんと豊かな音楽になっていることか。 ギターとベースのタイム感が絶妙で、ダレるところが一つもない。 "Love For Sale" にロック
っぽいアレンジを施しており、斬新でカッコいい。 なんだか、晩年のマイルスの音楽みたいだ。 かと思えば、"Leaving" のような静謐で寂寥感に
包まれたバラードも聴かせる。 完璧な演奏だと思う。

更に、このレコードは音が抜群にいい。 ECMとはまた違う方向の音の良さに酔わされる。 クリアーな音場感の中で、3つの楽器のあまりに生々しい音が
部屋の中に3次元のホログラムのように音像を結ぶ。 以前、CDで聴いた時にはこんな風には聴こえなかった。 これにはちょっと驚いた。

これは間違いなく傑作。 晩年のチェット・ベイカーの凄さを垣間見ることができる。 内容とマッチしたジャケットの意匠も見事で忘れがたい1枚。



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