廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

未だに謎が解けないレコード

2024年09月16日 | Jazz LP

The Hank Babgy Soultet / Opus One  ( 米 Protone Hi-Fi Records And Recorded Rapes HBS-133 )


ユニオンのセールに出ているのを見て、そう言えばもう何年も聴いていないなあと思い出して久しぶりに棚から取り出してきたレコード。買った当時はよく聴いていたが、
この手のレコードは飽きるとまったく聴かなくなってしまう。おそらく10年振りくらいに聴き返してみると、やはり感銘を受ける内容であることを確認できた。

リーダーの名前も知らなければ他のメンバーもまったく知らない、おそらくはローカル・ミュージシャンの集団で、レーベルも他にジャズのレコードを出してはいないらしく、
とにかく謎だらけのレコードでこういうのは非常に珍しい。にも関わらず、モノラルとステレオの両方をリリースしているらしく、64年という時期を考えれば当然なのだが、
それにしてもその入念な販売状況からもしかしたらこの演奏を残すためにわざわざ立ち上げられたのか?と勘ぐってしまうほどだ。とにかく音が凄くいい。

そういう謎だらけにもかかわらず、欧州ジャズのような楽曲の雰囲気や演奏レベルの異様なまでの高さから一体これは何なのだ?と聴いていいて訳が分からなくなる。
それでも楽曲の出来は当時の欧州ジャズなんかよりも遥かに上回っていて凄いとしかいいようがないし、演奏も誰か名うての名人が覆面で演奏してるのかと思うような
レベルだが、ジャケットの裏面を見ると彼らの写真が載っていてそういうことでもないらしい。

そういう何が何だかさっぱりわからないところが常に居心地の悪さを誘発するが、それでも呆気にとられながらもあっという間に全編を聴かされてしまう。このレコードが
日本で「発見」されたときはそのモーダルでメロウな雰囲気が大ウケしたようだが、大事なのは最後まで一気に聴かせるその勢いだろう。当時のジャズの主流からは外れた
ところでこういう音楽が演奏されていたという事実が驚異的だし、こういう音楽が発売当時に評価されなかったのは当時のジャズ・ジャーナリズムの荒廃ぶりを物語っている。

無名のローカル・ミュージシャンたちが作ったレコードといえばアーゴのレコード群を思い出すけれど、それらとはまったく違う質感の演奏で、アメリカのジャズの層の厚さを
思い知らされることになる。そういうレコードだから稀少盤になってしまうのも無理もないが、ただこれは弾数が少なくて珍しいだけの中身のない稀少盤ではない。
手元にあるのはモノラルプレスなので、これがステレオプレスで再発されたらおそらくは買ってしまうだろうと思う。



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Left Alone の名唱

2024年09月01日 | Jazz LP (Riverside)

Teri Thornton / Devil May Care  ( 米 Riverside Records RLP 12-352 )


リヴァーサイドが作ったヴォーカル作品はどれも1級品で唸らされるものばかりだが、これもそういう1枚。
テリー・ソーントンはデトロイト生まれで50年代から地元でキャリアをスタートさせていて、コロンビアからも何枚かリリースしてはいるものの
作品には恵まれず、広くその名前を知られることはなかった。声質や音楽のタイプは違うけれど、デラ・リースやダコタ・ステイトンなんかと
その存在のイメージが被る。実力と人気・知名度のバランスが悪い。

ジャズ専門レーベルのいいところはバックを務めるミュージシャンが豪華なところだろう。レーベルゆかりのミュージシャンがざくざくと参加
していて、その演奏を聴くだけでも価値がある。このアルバムもクラーク・テリー、セルドン・パウエル、ウィントン・ケリー、サム・ジョーンズ、
ジミー・コブらが参加していて、この時期特有のリヴァーサイド・ジャズの濃厚な雰囲気が立ち込める。

若い頃のデイオンヌ・ワーウィックに少し似た声質でしっかりとしたタッチで歌っていく。選曲が通好みでなかなかシブくていい。
そして、何といってもこのアルバムの目玉はビリー・ホリデイの "Left Alone" が収録されているところだ。ビリー自身はレコードに収録しなかった
のでこの曲を歌唱として聴けるアルバムはそれだけで価値があるが、なぜかどの歌手もまったく収録していない。畏れ多かったのか、それとも
何か別の理由があったのか、そのあたりの事情はよくわからない。ジャッキー・マクリーンの演奏をイメージすると少しその違いに戸惑うかも
しれないが、それでもこの曲特有の哀感にヤラれる。

ゴージャスなオーケストラをバックに歌うものもいいが、こういう我々が普段よく聴いているミュージシャンたちの演奏に囲まれて歌っている
アルバムには格別の良さがある。ヴォーカルと各楽器が等価の存在として不可分に絡み合いながら音楽が築かれていくところが素晴らしい。



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廉価レーベルのオリジナル

2024年08月18日 | Jazz LP (Vocal)

Mel Torme / The Touch Of Your Lips  ( 米 Venise 7021 )


メル・トーメのレコードを探していく過程で懸案となるのは、廉価レーベルからリリースされているアルバムの存在である。

これはジャズに限った話ではないが、アメリカのレーベルにはメジャーレーベル、マイナーレーベルとは別に、廉価レーベルというのががある。
まあマイナーレーベルと言えばマイナーレーベルなんだけど、その中でも際立って資金力が乏しく、粗悪な材質でレコードを製造し、販路も
正規のレコード店ではなくスーパーやドラッグ・ストアなんかがメインだった。カタログの内容も、レーベル独自の企画もあれば別の会社が
録音したものを買ってきたものもある玉石混淆で、訳がわからない。

よく知られているところでは、Royale、Allegro、Tops、Remingtonなんかがあって、これらが暗躍したのは主にクラシック音楽である。
クラシック音楽の世界ではアメリカというのは巨大な未開の地だったのでレーベルや権利関係がいい加減で、そのせいで製作されたレコードも
かなり混乱していたが、だからと言って無視できる存在ではなく、例えばジョルジュ・エネスコのバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ集なんかは
完品が市場に出れば3百万円は下らない値段が付く。そういう中でジャズのレコードも僅かではあるが制作されていて、その中にメル・トーメの
レコードがいくつか含まれる訳だ。

このVeniseという聞いたことがないレーベルから出ているレコードもどうやらこれがオリジナルのようである。デイヴ・ペルのプロデュースで
マーティー・ペイチが編曲と指揮をしているとのことだが、本当かよ?と疑ってしまうような作りのチープさに困ってしまうのだが、更に困って
しまうのが、この内容の素晴らしさである。甘美なストリングスをバックにしっとりと歌い上げたブルー・バラード集で、同時期にベツレヘムから
出された "It's A Blue World" と似た内容だが、こちらの方が出来がいい。完璧に抑制された歌い方で丁寧に歌われる曲はどれも素晴らしくて
聴き惚れる。音もクリアで艶やかで、廉価レーベルのレコードとはとても思えない。





Mel Torme / Sings  ( 米 Allegro Elite 4117 )

アレグロ盤特有のスカ盤の10インチでこれ以上のチープなレコードは他にはない感じだが、これもれっきとしたオリジナル。
こちらは若い頃の歌唱のようで音質もあまりよくないが、これでしか聴くことのできないものばかりで貴重な1枚。
尤も、よほどのメル・トーメ好きでなければ買う必要はないだろうと思う。

どちらもユニオンに出ればワンコインのレコードだが、男性ヴォーカルは人気がない分野なのでレコード自体の回転が悪く、入手は困難を極める。
売れば金になる高額盤は次から次へといくらでも出てくるが、こういう安レコが実は1番難しく、正に10年に1~2度見かければ御の字であり、
これこそが究極の「レコード道」なのではないかといつも思うのである。



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記念すべきプレスティッジ第1号

2024年08月10日 | Jazz LP (Prestige)

Billy Taylor / A Touch Of Taylor  ( 米 Prestige Records PRLP 7001 )


レコードがたくさん残っているビリー・テイラーも、そのキャリアのスタート当時はダウンビート誌のナット・ヘントフが「今日のニューヨークで
最も過小評価されているピアニスト」と嘆くような感じだった。これと言って話題になるような活動をしているわけでもないことから人々の目に
留まることがないだけなんだろうが、そんな彼にレコーディングの機会を提供したのがボブ・ワインストックだった。彼が栄光の12インチ時代の
幕開けとなる7000番台の記念すべき第1号に選んだのはマイルスでもなければスタン・ゲッツでもなく、ビリー・テイラーだった。ブルーノートは
マイルス・デイヴィス、リヴァーサイドはセロニアス・モンク、サヴォイはチャーリー・パーカーだったことを考えると、ワインストックが如何に
ビリー・テイラーに期待していたかがよくわかる。

プレスティッジを巣立った後はいろんなレーベルに録音を残し、知名度も上がっていくにつれて演奏の表情は明るくなっていき、その印象が
一般的なものとして定着しているけれど、プレスティッジ時代はそういうのとは雰囲気が少し違っている。どことなく遠慮気味で謙虚さがあり、
「私のことはご存知ないかもしれませんが、少しでいいでの私の演奏を聴いていってもらえませんか?」と言っているような雰囲気がある。
そして、その演奏は控えめながらも上質で品格があり、エレガントにスイングしている。それでいて音楽の核心へと真っ直ぐに切り込んで
いくような率直さもあって、安っぽいエンターテインメントには決して堕することもなく、才能の飛沫を感じる。

特にこのアルバムはスタンダードを入れず、ほとんどを自作で固めているお陰でいつ聴いても新鮮で、ありふれたピアノ・トリオのアルバムとは
一線を画している。どの曲も耳当たりが良く、穏やかな曲想のものが多い。 自作の "A Bientot" を聴いていると、この人の澄み切った心象風景が
目の前に浮かび上がってくる。誰もそうは思わないかもしれないが、このアルバムは3大レーベルの一角を占めるレーベルの第1号に相応しい。



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ハービー・ハンコックのデビュー

2024年07月29日 | Jazz LP

Herbie Hancock / Jammin' With Herbie Hancock  ( 米 tcb Records TCB 1006 )


ハービー・ハンコックのプロ・デビューはドナルド・バードとペッパー・アダムスの双頭コンボに加わったところから始まっている。その時の記録は
ワーウィック・レーベルから1枚のアルバムとしてだけ残されたが、このセッションには別テイクが残っており、それらがワーウィックが倒産後に
こういう形で1970年に流出した。この頃は既にビッグ・ネームとなっていたハンコックの名前を使ってこっそりと売りに出された半ば海賊盤の
ようなリリースだったようだが、これはワーウィック盤を愛する人にとっては聴き逃せない内容となっている。

著作権に抵触しないように各楽曲の曲名はすべて別の名前に変えられていて、更に原盤には収録されなかったスタンダードも含めて、これと
ワーウィック盤の2枚を聴くことで、この時のセッションの全容が把握できるようになっている。各曲はテーマ部の管楽器のパートはカット
されていて、ハービーのソロから始まるように編集されており、なかなか手の込んだ隠蔽の跡が見て取れる。

この時の演奏は5人が5人とも何の屈託もなく実に気持ち良さそうに伸び伸びと演奏しており、彼らの爽やかな心象風景がきれいに描かれている
ところが1番の魅力。何と気持ちのいい若者たちだろう、とこちらの心が洗われるような爽快感のある音楽であるところが素晴らしい。

ハービーの演奏から始まる楽曲を聴いていると、ハービーはデビュー当時から既にハービー・ハンコックだったんだなあということがわかる。
それまでのピアニストたちとはまったく違うタッチ、新鮮なフレーズ、そのどれもがバド・パウエルの呪縛とは無縁のまったく新しい語法で、
このピアノを聴いたドナルド・バードは新しい時代の扉が開くのを感じたのではないだろうか。

このアルバムは1970年にリリースされているが、既に大スターとなっていたハービーにあやかっての作り方となっていて紛らわしい。
ただ、音質は良好で音楽はしっかりと楽しめる。後年スペインのFresh Soundsから色違いのジャケットでVol.2という体裁で出されたはずだが、
あちらは音質が期待できないのでこれで聴くのが1番いいのだろう。








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本格派のモダン・ジャズ

2024年07月21日 | jazz LP (Atlantic)

Harry Lookofsky / Stringsville  ( 米 Atlantic Records 1319 )


ジャズの世界でヴァイオリンと言えばステファン・グラッペリやジョー・ヴェヌーティ、レイ・ナンスが頭に浮かぶが、彼らの音楽はモダンからは
距離があり、日常的に聴こうという気にはあまりなれない。そう考えると、モダン・ジャズに正面から取り組んだヴァイオリンと言うと、
おそらくはこのアルバムが唯一のものかもしれない。ハープやフルート、オーボエなんかでジャズをやっているアルバムはそこそこあるのに、
ソロ演奏に向いているヴァイオリンのアルバムがほとんどないのはよく考えると不思議だ。

このアルバムはハンク・ジョーンズ、ミルト・ヒントン、ポール・チェンバース、エルヴィン・ジョーンズがバックを務める本格派のモダン・ジャズで、
全体的に素晴らしい音楽が展開される。特にハンク・ジョーンズの演奏が光っており、"Somethin' Else" で聴けるような音数を抑えた漆黒のシングル
トーンが見事だ。ずっしりとした重量感のあるサウンドで、腰の据わった素晴らしいジャズが聴ける。

冒頭の " 'Round Midnight" がダークな雰囲気の名演で、原曲の曲想をうまく生かした展開はこの曲の数ある名演の中に列挙される。この曲はその
曲想が素晴らしいので、変に崩して演奏してもらっては困る。よく取り上げられる楽曲だがそれをわかっている演奏は意外に少ないので、これは
貴重な演奏である。

ヴァイオリンだけでは単調になると思ったか、管楽器を少し入れた演奏も含まれるが、飽くまでも軽いオブリガート程度のサポートでしっかりと
ルーコフスキーが主役の演奏となっている。演奏に重みを付けるためにテノール・ヴァイオリンも使っていて、なかなかよく考えられた構成にも
なっている。ヴァイオリンだけが目立つことなく、全体的に厚みのあるしっかりとした音楽になっているところが非常に素晴らしい。

西洋音楽の主役であるヴァイオリンもジャズの世界では肩身が狭かったのか、これだけのアルバムが作れるにも関わらず、この人のアルバムは
この1枚だけで終わった。もともとジャズという音楽はクラシック音楽の要素の流入を頑なに拒んできたようなところがあるし、当時は聴き手も
敢えてそれを望まなかったのだろう。でも、私は寺井尚子のデビューアルバムは大傑作だと思うし、決して親和性が低いとは全然思わない。
今後はもっと増えて欲しいと思う。



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廃盤レコード店の想い出 ~ 川崎TOPS編

2024年07月13日 | 廃盤レコード店

Harold "Shorty" Baker / The Broadway Beat  ( 米 King Records 608 )


ネットを見ていたら、少し前に閉店した川崎の中古レコード店TOPSのご主人だった渡辺さんが亡くなられたらしい、という話が出ていた。
本当なのかどうかは確かめようがないのでそのことにはこれ以上触れず、まだ想い出話をするには記憶が生々しいけれど、それでも楽しく
通ったこのお店への感謝を込めて私の想い出を少し書き記しておこうと思う。

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トップスのことを知ったのはもう十数年前のことで、ネットでレコード店を検索していた中でのことだったと思う。在庫の回転が遅いので
頻繁にお店に行くことはなかったが、四季の移り変わりに合わせて年に4回くらいの感じでお邪魔していた。お店のHPは大体2~3カ月に1度
くらいの頻度で更新されて、新着レコードが店頭に出ていた。最初の何年かはお店に入る時に会釈するくらいだったが、そのうちに少しずつ
お話をさせていただくようになり、後半は毎回小1時間くらい雑談をするようになった。優しく気さくな方で、レコードを買う目的が半分、
雑談する目的が半分くらいの感じでお店に行っていた。

店内の雑然として何もかもが色褪せた感じに最初は面喰ったが、いざ在庫を見ていくうちにこれは尋常じゃないということに気付く。
通ううちに、このお店は国内最高のジャズレコード店だと確信するようになった。

とにかく、各アーティストのアルバムがカタログ番号順的にほとんどと言っていいくらい順番に常時揃っていることが何より驚異的だった。
1枚売れても、いつの間にか欠番が補充されている。買い取りで仕入れたらすぐに店頭に出して、を繰り返すスタイルではなく、店頭には
常時そのアーティストの主要なタイトルは番号順に揃えておく、というポリシーのようなものに基づいてレコードが並んでいた。
もちろん、定番の人気作は何度出してもすぐに売れてしまうので欠番になっているものは多かったが、人気の有る無しや高額低額という基準
ではなく、そのアーティストの作ったアルバムにはすべて同等の価値がある、という考えに基づいて在庫が揃えられているのは明からだった。
だから、あるアーティストのとある地味なアルバムが急に聴きたくなった時にHP上の在庫リストを見るとほぼ間違いなく在庫があるという、
ちょっと他のお店では考えられない買い方ができるところで、そういう意味でここは最高のお店だと私は思っていた。在庫のラインナップは
中古レコード店というよりは、まるで図書館のそれを思わせた。

更に驚かされるのは、それらのレコードの多くが傷のないニアミント状態だということだった。在庫として残っているのは傷盤ばかり、という
他のお店とはまるで違う光景が広がっていた。美品であることをことさら大げさに宣伝する他のお店のようなことは一切せず、美品であることは
当たり前でそれが何か?という感じだった。

値付けは昔の廃盤店のイメージを崩さす、その時の市場価格の動向などに左右されることなく、3千円~8千円あたりが主力帯だった。
高額盤に利益を頼るような売り方はせず、飽くまでもレコード1枚1枚を大事に売っていくというスタイルだった。高額廃盤も少しだがあること
にはあって、店の奥の棚の上にジャケットだけを無造作に少し並べてあった。本当はこんな高いレコードは売りたくないんだけど・・・という
風情で、どちらかと言えば仕方なく出してあるという感じだった。ジャケットだけを古びたビニール袋に入れて立てかけてあるので、中には
湾曲しているものもあったりしたが、そんなことにはお構いなしという感じだった。

渡辺さんのヴォーカル好きを反映してかヴォーカルの在庫が特に充実していて、その物量やラインナップは圧巻だった。ここにくれば大抵の
ものは見つかった。ビッグ・バンドやオールド・ジャズも同様に充実していて、他のお店のように人気が無く売れ残ったから仕方なく在庫がある、
というのではなく、ちゃんと意図して在庫が揃えられていた。

人気のある高額盤や俗に言う「大物」ばかりを仕入れて大袈裟に宣伝して集客するということは一切せず、各アーティストの作品群をレーベル別に
できるだけたくさん揃えて店頭に並べて、それらをリストとしてひっそりと公開し、日々お客さんが来るのを待つというスタイルはおそらくこの
お店以外では見られないスタイルだったろうと思う。渡辺さんに言わせると「全部1人でやっているから大変でそこまでいろんなことはできないよ、
パソコンのこともよくわからないし」ということだったけど、その穏和な人柄の裏には寡黙な哲学が硬い岩盤のように隠れていた明らかだった。

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店を始めた頃はアメリカによく買い付けに行っていたそうで、その時の話を聞くのが面白かった。別に店をやるわけではないけれど、いつか
私もそういう旅をしてみたいと思った。東京の中古レコード屋同士の繋がりの話やお店に来るお客の話や、その他いろんな話をゆるい感じで
よくした。ジャズのレコードが好き、という共通点だけでよくもまあこれだけ話が続くものだと思いながらも、私がそろそろ話しを切り上げて
帰ろうとすると、「そういえば、」とか「ところで・・・」と引き留められることもあったりして、そんな感じだからここに行くときは休日ではなく、
平日に行くようにしていた。

数年前に癌の手術で入院してからはだいぶ気が弱くなったようで、お店を引き継いでくれる人がいないかを探していたりもした。結構問い合わせが
あったらしいけどうまく見つからず、やがては探すのは諦めたようだった。私の印象ではそんなに真剣に探していたような感じではなかったし、
ずっと黒字経営だったことがささやかな誇りだったから、簡単には手放すつもりもなかったのだろう。「どう?買わない?」と訊かれたけど、
そんなお金があるわけないし、来るか来ないかわからないお客を待って店にずっと座っているなんて私にはできないと言うと、笑っていた。

年に数回訪れる程度だったので、行く時はいつもまとめ買いをすることが多くて、毎回1割くらいは値引きをしてくれた。このお店で買ったものは
いつも携帯のメモ帳に記録していて、次に来た時に買おうと思うアルバムを備忘録として書くことにしていた。それによると、私が最後に行った
のは2023年7月1日で、19,000円分買って17,000円に値引きしてくれている。

渡辺さんはHPに簡単なブログを書いていていつもそれを楽しく読んでいたのだが、その年の12月に体調不良でしばらく休むという記事が上がった。
養生に専念するので再開は未定とのことで心配していたが、春先に店の中がすべて片付けられて店舗は空っぽになった。登るのが大変な急な階段の
先にいつも立っていたエリック・クラプトンのポスターも何もかもがきれいになくなっていた。お店のHPも削除されてしまい、もう見ることは
できない。完全に終わったということなんだろう。最後に話した時に倉庫にまだ在庫が2,000枚くらいあると言ってけど、それらを含めてお店に
出ていたあの大量のレコードはどうなったのだろう。

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ここで買ったレコードはたくさんあるが、このショーティー・ベイカーもその中の1枚。ユニオンで出れば2~3,000円くらいなのはわかっている
けれど、こういうオーセンティックで由緒正しいレコードはこういうオーセンティックなお店で買うのが相応しいので、その倍くらいの値段で
買った。盤もジャケットも新品同様である。こういうレコードは持っているだけで嬉しい。ジャケットも最高だ。

ハロルド・ショーティー・ベイカーがワンホーンで軽快に伸び伸びと吹き切る明るく穏やかなアルバムで、エリントニアンのレコードの中では
私はこれが一番好きだ。"Love Me Or Leave Me" や "Close Your Eyes" なんかでは意外とモダンな横顔が垣間見える。本腰を入れて何年も探さないと
手に入らないタイプのレコードだけど、これでしか聴くことのできない愉楽が詰まった素晴らしいレコード。

トップスはこういうレコードと出会える得難いお店だった。レコードを一通り見ようと思ったら1時間ではとても足りず、時間をかけて何枚か
選んで、渡辺さんと他愛もない話をして、傍のドトールで煙草を何本か吸ってから帰る、そういう穏やかな日々は失われてしまったけれど、
その想い出はレコードと共にいつまでも残るだろう。



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70年代に向けた萌芽

2024年07月06日 | Jazz LP (Prestige)

Herbie Mann, Bobby Jaspar / Flute Souffle  ( 米 Prestige Records PRLP 7101 )


プレスティッジと言えばマイルスだったりロリンズだったりコルトレーンのイメージがあり、演奏者のプレイそのものに集中して聴くことが多い
けれど、ハービー・マンもボビー・ジャスパーもフルートとテナーの両刀使いで、どちらがどの演奏なのかよくわからないこともあり、演奏の個性を
愉しもうという聴き方をするとあまり面白くないということになって駄盤扱いされがちである。ところがこういうタイプのレコードは音楽自体を
味わおうと思って聴くとまったく違った感想が湧いてきて、認識が変わるものである。

冒頭の " Tel Aviv " はハービー・マンが作ったマイナー・キーの曲だが、これがとてもいい。ほの暗く、ゆったりと大きく揺れるような感覚。
テナーはおそらくボビー・ジャスパーだろうと思うが静かに枯れた演奏で味わい深く、トミー・フラナガンのピアノが端正で穏やかで素晴らしい。
プレスティッジらしい、憂いに満ちた曲想に魅了される。この1曲で、このアルバムは名盤確定である。

B面冒頭の " Let's March" も同様にハービー・マン作だが、これもマイナー・キーの佳曲。ここでもフラナガンのピアノがエレガントで素晴らしい。
ウェンデル・マーシャルのベースがイン・テンポでよく弾んでおり、これが楽曲の良さを更に引き立ていて見事だ。

ハービー・マンは50年代からいろんなレーベルに録音があってレコードはたくさんあるけど、それらを聴いてもあまり面白くない。この人の真価が
発揮されるのは70年代に入って以降である。多作家で作品はものすごくたくさんあるので聴いていくのは大変だけど、素晴らしいものが結構あって
驚かされる。フルートという楽器はハード・バップという音楽形式には根本的に馴染まず、その良さを発揮することはなかったけど、音楽が多様化
する70年代以降になるとこの人の独特の音楽センスが花開いた感がある。このアルバムはその萌芽が感じられるところがある。



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たった1枚のリーダー作(2)

2024年06月23日 | Jazz LP

Richard Williams / New Horn In Town  ( 米 Candid Records CJM8003 )


リチャード・ウィリアムスの演奏はいろんなところで聴くことはできるけれど、リーダー作はこの1枚しかない。しかもそれがキャンディドなんて
日陰のレーベルだったこともあり、ここまでたどり着ける人はあまりいない。でも、たどり着けた人は幸いである。何と言ってもこのアルバムは
最高に素晴らしい作品だからだ。ビッグバンドを渡り歩いたそのキャリアが影響したのかもしれないけど、一時期ミンガスのグループにいたことが
あって、その縁でミンガスがキャンディッドへ紹介したとも言われているけど、その辺りの経緯はよくわからない。

共演しているメンバーも彼と同じようなタイプの人たち、つまり実力はあるのにリーダー作には恵まれなかった人たちばかりが見事に揃っていて、
よくもまあここまで、という感じなんだけど、だからこそ一層このクオリティーの高さには驚くことになる。昔はこのアルバムの良さはそこそこ
知られていたが、今では完全に忘れられた感がある。

よく鳴るトランペットだが、ただ音が大きいだけではなく、優雅で内省的な響きを帯びていて抒情感が濃厚な音色。音程も正確で運指もなめらか。
それらの美点は2曲のバラードで真価を発揮する。よく歌うメロディーで心を奪われる至高の名演だ。その他の楽曲でもトランペットの音色が
印象的で、単なるストレートなハードバップには終わらずワンランク格上げされた音楽になったような感じだ。そこが素晴らしい。

このアルバムは1960年の9月にニューヨークで録音されているが、それはこういう粋なハードバップの演奏ができるのはギリギリの時期だった。
もはや独自の個性が求められる時代であり、いくら音楽が良質であってもそれが他人を押しのけるようなものでないと生き残れないような状況
だったせいでこの後が続かなかったんだろうと思う。このアルバムを聴いていると押しつけがましさのない素直さを感じるけど、こういう人柄の
良さだけではアルバムを作ることは許されなかったのではないだろうか。そう思うと何とも切ない気持ちになる。



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複雑な思い(2)

2024年06月15日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Bud Shank / Bud Shank Plays Tenor  ( 米 Pacific Jazz Records PJ-4 )


バド・シャンクのレコードはたくさん残っていていろいろ聴いてきたが、いいと思えたアルバムは非常に少ない。アルバム作りが下手だったという
ことなんだろうけど、そんな中でこのアルバムは出来がいいと思った数少ない一枚。

まず、楽器の持ち替えをせず、サックス1本でじっくりと吹いたところが何よりいい。正直言って、この人のフルートには良さは何もないと思う
けど、本人は気に入っていたのか、アルバムの中で多用した。でも、これが聴いていてまったく面白くない。早く次の曲に行ってくんねえかな、
と思いながら聴くことになり、面白くないからそのアルバムは聴かなくなるのだが、このアルバムにはそれがない。

そして、意外にもテナーの演奏に味わいがある。音色はズート・シムズに似ていて、フレーズはスタン・ゲッツによく似ている。イメージしやすい
ように説明するとそういうことになるが、それらの物真似をしているということではなく、この人独自の個性として演奏によく表れている。
音色に深みがあり、リズムによく乗る演奏で素晴らしいと思う。ズートやゲッツのワン・ホーンアルバムを聴いた時と同様の満足感が残る。

バックのトリオは当時の常設メンバーで "Quartet" と同じだが、こちらの演奏は悪くない。クロード・ウィリアムソンも別人のような陰影感のある
演奏をしており、音楽全体が上質な仕上がりになっている。このアルバムはワン・ホーン・テナーの傑作と言っていい。

でも、それがアルト奏者だったはずのバド・シャンクのアルバムだと言うところがなかなか複雑なのである。たくさんのアルバムを作る機会があり、
実力も十分あったはずなのに、なぜアルトでこれが出来なかったのかと文句の1つも言いたくなる。これは57年の録音で、彼は60年代に入っても
アルバムを作ったがイージーリスニングの色が濃くなり、ジャズの主流からは遠のいていく。渡欧せずアメリカに残って音楽で食っていくには
そうするしかなかったわけだが、おそらくそれは本意ではなかっただろう。50年代後半のごく限られた短い時期にどれだけの傑作を残せたかで
その後の評価が決まったこの世界で決定打が出なかったのは何とも惜しいことだった。



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複雑な思い

2024年06月08日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Bud Shank / Bud Shank Quartet  ( 米 Pacific Jazz Records PJ-1215 )


バド・シャンクと言えばまずはこれなんだろうけど、このアルバムを語るのは難しい。

バド・シャンクを素晴らしいアルト奏者だと認識したのは、とある動画を見た時だった。(https://www.youtube.com/watch?v=P-keeHBoz8A
ワンホーンで前傾姿勢と取りながらひたむきに疾走する演奏がカッコよく、なんて素晴らしいんだろうと思った。そして、この素晴らしさが
彼のレコードには収められていないのが残念だなあとも思った。

退屈なアレンジものを量産した西海岸のレーベルの中でこのレコードは目を引く存在だ。アンサンブル要員の1人に過ぎなかった彼が群れの中から
抜け出してワンホーンで臨んだ作品で、ジャケットの意匠も素晴らしく、本来であれば名盤となるはずだっただろうけど、そうはならなかった。

まず、バックのピアノ・トリオの演奏が単調過ぎる。クロード・ウィリアムソンの悪いところが出ていて、抑揚も陰影もなく一本調子な演奏は
単調で味気ない。ベースとドラムの演奏も弱々しくて覇気がなく、音楽に厚みがない。この凡庸さが悪目立ちしていて、バド・シャンクの演奏の
良さを感じる上で障害物になっている。

選曲もあまり良くなくて、音楽的魅力に欠ける。演奏仲間のボブ・クーパーやウィリアムソン作の曲を取り上げる気持ちはわかるけど、楽曲と
してはつまらないし、そこにエリントンやマイルスの曲を入れても喰い合わせが悪い。せっかく "All This And Heaven Too" なんていうメル・
トーメも歌ったいい曲を取り上げているんだから、そちらに寄せてもよかったのではないかと思う。曲が良ければ他の欠点をカバーしてくれる
場合もあるのだが、それがここではなかった。

このアルバムは1956年の録音で先の動画の6年前ということもあり、バド・シャンクの演奏は上手くてきれいな演奏ながらもその1歩先の力強さに
欠けていて、演奏の力で聴き手を説得するようなところがまだない。観賞する上では申し分ないけれど、あと少し訴求力があればもっといいのに
と思わずにはいられないところがあるのが惜しい。

まだ若い頃の演奏だから多くは望まず、もっと寛容な気持ちで聴けばいいのはわかっているけれど、退屈な演奏が多いウェストコースト・ジャズの
中では「これは」と期待させる条件が揃っているレコードなので、つい、ぜいたくなことを言ってしまう。そういう複雑な気持ちになるのが
このレコードなのではないか。



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小ネタ集(国内初期盤の音質はどうなのか)

2024年05月30日 | Jazz LP (国内盤)

ケニー・ドーハム / しずかなるケニー  ( 日本ビクター株式会社 RANK 5086 )

音圧が低くこもっているので、ボリュームを上げて聴くことになる。音量を上げると、音像は立ち上がってくる。各楽器の解像度は悪いが、
ドラムの音色が空間に響く様子は再現されている。ただ、全体的に薄いベールをまとったような音質で、お世辞にも音がいいとは言えない。
やっぱりこのタイトルはステレオプレスに限る。




ケニー・ドーハム五重奏団 / ケニー・ドーハムの肖像  ( 日本ビクター株式会社 RANK 5063 )

こちらの音質はまずまずといったところで悪くない。オリジナルと比較してもさほど大きくは遜色ない、と言ってもいいのではないか。
これが出ているならモンテローズの方も出ていておかしくないはずだが、見たことがない。出なかったのだろうか・・・




カール・パーキンス / イントロデューシング  ( 日 JAPAN SALES CO., LTD. TOKYO LPM 20 )

音圧が低く、ボリュームを上げて聴くことになる。音質自体は精彩があるとは言えない。ジャケットはオリジナルに忠実だが、パーキンスの
顔が写真そのままではなく修整されていて、それがなんだが作るのに失敗した人形のような顔になっていて怖い。ただ、盤のほうはフラット
ディスクになっていて、しっかりとした作りになっている。発売元の会社は当時は芝公園に居を構えていたらしい謎の会社で、そのカタログを
見るとファンタジー・レーベルのレコードを主に再発していたみたいだが、なぜかこれやアーゴの "ZOOT" なんかも混ざっている。
これが出ているのであればデックスの方も出ていてよさそうなものだが、見たことがない。




マイルス・デヴィス五重奏団 / シネ・ジャズ/マイルス~ブレイキー  ( 日本ビクター株式会社 FON-5002 )

音質は頑張っていて、オリジナルとさほど変わらない。複数のジャケットデザインがあるが、私はこのジャケットが1番好きである。
このタイトルは10インチで聴くのには向いておらず、12インチか、若しくはCDで聴くのがいい。CDは音が良くて、未発表トラックも
多数含まれていて素晴らしいと思う。元々が端切れのような断片のような楽曲たちなので、未発表トラックと並べても特に違和感なく聴ける。



最近、中古市場でペラジャケを見ることがめっきり減ったような気がする。処分する人が減ったのか、海外に流れているのか、それとも
お店が抱え込んで出し惜しみしているか。いずれにしても、漁盤はずいぶんとやりにくくなった。最後にペラジャケを拾ったのがいつだったか、
値段は覚えていても時期は思い出せない。

以前は仕事帰りに時間が早ければ店に寄って小一時間くらい遊んで帰るのが楽しかったが、それも今は昔。特にユニオンは少し前から
利益追求型へと露骨に舵を切っていて、以前のいい意味での緩さやいい加減さがなくなり、店舗の魅力が色褪せた。今は店舗に行っても、
「おお、これは!」というのがなく、何となく足も遠のきがち。


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たった1枚のリーダー作

2024年05月19日 | Jazz LP (Time)

Tommy Turrentine / S/T  ( 米 Time Records T/70008 )


トミー・タレンタインのリーダー作はこの1枚しかない。40年代からプロとして活動していたが、そのキャリアはビッグ・バンドのメンバーとしてが
メインで、ソロ活動にはあまり積極的ではなかったようだ。トランペットの腕はしっかりとしているのでポツリポツリとサイドマンとして参加
しているアルバムはあるのだが、そのどれもが印象は薄い。弟のスタンレーとは違い、性格的に前に出ようとするタイプではなかったのだろう。

ただ、ここでの演奏をあらためて聴くと、その輝かしい音色や安定したフレーズに「こんなに上手かったっけ?」と驚かされることになる。
瞬発力で聴かせるのではなく、じっくりと長いフレーズで聴かせるタイプなので聴き手に強い印象を残すことがないのだろうが、よく聴くと
演奏力の高さはすぐわかる。でもリーダー作の割には第1ソロは弟に吹かせたりゲストのプリースターにやらせたり、と自身の演奏スペースは
さほど長くなくて、そういうところも彼の印象が前に出てこない要因になっている。

ビッグ・バンドでの経験からの影響か、3管編成で重奏するテーマ部を持つ曲が多く、アレンジの仕方もビッグ・バンドがよくやる処理になっている
箇所が所々見られる。ハードバップの疾走感を表現するよりは管楽器の重奏パートで音楽に厚みを持たせようとするアプローチになっている。
それがここでの音楽をマイルドな印象に仕上げていて、そういうところにもこの人の人柄が反映されているのではないかと思う。

それでも音楽の基調はハードバップで、トミーが作曲した "Time's Up" や "Two,Three,One,Oh!" などは哀感が漂う名曲で聴き惚れる。
スタンレー・タレンタインは後年のアクの強いプレイとは違ってストレートに重い音色を鳴らしていて見事な演奏を聴かせるし、普段は田舎臭い
雰囲気のプリースターも明るめの音色でクッキリとしたソロを取っていて、演奏全体の纏まり感や質感は非常に高く素晴らしい。
タイム・レーベルらしく音質も良く、これはいいレコードである。



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Kevin Grayは現代のRVGになれるか

2024年05月12日 | Jazz LP (Milestone)

Joe Henderson / Power To The People  ( 米 Craft Recordings / Concord CR00655 )


Kevin Gray がリマスターして再発されるレコードの勢いがすごい。筆頭はブルーノートのシリーズだが、それだけにとどまらず、痒い所に手が届く
ようなタイトルも手掛けていてなかなか目が離せない状況となっている。本当なら片っ端から買って聴いてみたいところだが如何せん値段が高過ぎて
簡単には手が出せず、大抵は指をくわえて見ていることが多いのだが、このタイトルだけは反射的に手が出た。

数年前にジョー・ヘンダーソンのアルバムを聞き直そうといろいろ物色した時にこのアルバムはどうしても見つからず聴けず仕舞いだった。
最近海外のジョー・ヘンダーソンの値段高騰が凄まじく、右に倣えで国内の中古価格も異常な値段が付けられるようになっており、もう聴けない
かなあとあきらめかけていたところだったので、これには小躍りした。元々60年代末の作りが安っぽくなった時期のレコードだからオリジナル盤
にこだわる必要はなく、却って現代の丁寧な作りのものの方がいい。音質もケヴィン・グレイが関与しているのだから大丈夫だろうと思ったが、
これが大当たりだった。

このアルバムの肝はハービー・ハンコックのエレピで、幻想的で浮遊感溢れるサウンドが凄い。ハービーはエレピを従来のジャズピアノのような
使い方ではなく音楽の背景を描くように使っていて、こういうところがロック的な発想で音楽の建付けが根本から違っている。そういう中を
ヘンダーソンのサックスが硬質に引き締まった音色で切り裂くように鳴っており、快楽的である。全体的には叙情的な雰囲気ながらも芯は非常に
硬派なジャズが展開されていて、そのバランス感が絶妙で素晴らしい。

そういう音楽的な感動を支えるのがこのレコードから流れてくる音質。楽器1つ1つの音が丁寧に磨かれたかのように輝いていて艶やかで、
この音楽の実像がありありと浮かび上がってくる。オリジナル盤は聴いていないので比較はできないが、この音質であれば変にオリジナルなど
聴かない方がいいのではないかと思えるくらいに生々しく仕上がっていて、これは素晴らしいレコードだと確信できる。

日本が復刻する場合はいかにオリジナルに近づけるかという発想になりがちだが、それだと結局オリジナルを探せばいいじゃんということになる。
しかし、Tone Poetシリーズに代表される海外の最近の復刻は既存の音源からまったく別の良さを引き出そうとしていて、根本的に発想が違う。
そこには新しい価値が提供されており、かつてのジャズが別の魅力を携えて蘇えるという創造的な仕事をしている。それは、古いSP録音の音源に
磨きをかけてまったく新しい録音であるかのように仕立て上げたヴァン・ゲルダーのやったことに似ている。今まさにその中心をケヴィン・グレイが
担っているのだろう。彼は新しい時代のヴァン・ゲルダーになれるだろうか?



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小ネタ集(Savoyのセカンドレーベルはダメなのか)

2024年05月06日 | Jazz LP (Savoy)



Curtis Fuller / Imagination  ( 米 Savoy Records MG 12144 )


結論から言うとダメではなく、全然アリである。なぜなら、音がまったく同じだからだ。

上段があずきレーベルでセカンド、下段がマルーンレーベルでオリジナルということになるが、どちらにも手書きでRVGとX20の刻印がある。
盤の違いはオリジナルには浅い溝からあることと貼られているレーベルの種類が違うというだけで、それ以外は特に違いはない。
ジャケットのデザインは大幅に変更されているがどちらもなんだかなあというデザインであるところは一緒で、頼りない感じの作りも同じだ。

音は、当たり前ながら、どちらも同じ音が出てくる。典型的なサヴォイのヴァン・ゲルダーの音で、鮮度のいい音で聴ける。
ヴァン・ゲルダー・サウンドと一口で括られることが多いけれど実はそうではない。ブルーノートのRVG、プレスティッジのRVG、サヴォイのRVG、
インパルスのRVGは皆それぞれ音が違う。ヴァン・ゲルダーはレーベル毎に音質を変えており、且つ同一レーベル内では音質を揃えている。
意図してレーベル・カラーというものを作っていたということで、こういうところにこの人の感性と技術力の卓越性があった。

セカンド・レーベルをきちんと聴いていくと「オリジナルが1番音がいい」という言説は正しくないということがわかってくる。



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