廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

都会的なレア・グルーヴ感

2022年05月21日 | Jazz LP (Blue Note)

Donald Byrd / Places And Spaces  ( 米 Blue Note BN-LA549-G )


ブルーノートのこの時代の作品群をそれまであまりちゃんと聴いてこなかったので、ロバート・グラスパーのブラック・レディオを最初に聴いた時に
何でブルーノートからリリースされたのか腑に落ちなかったが、それは私が無知だっただけで、元々こうして下地があったということだった。

"Bitches Brew" が70年、"Weather Report" が71年、"Return To Forever" が72年、という流れに沿うように、ドナルド・バードも70年代に入った
あたりから作風がいわゆるレア・グルーヴ系に移行し始めて、代表作と言われる本作は75年にリリースされている。ウェザー・リポート以降、
白人が始めた音楽のぎこちなさや居心地の悪さと比べて、ドナルド・バードのやった音楽はあまりになめらかで、妖艶で、それでいて爽やかで、
4ビートからの跳躍の度合いが大きいながらも極めて王道的である。

ドナルド・バードはハード・バップ黎明期からメインストリームで活躍してきた生粋のバッパーだが、それでもジジ・グライスと "Jazz-Lab" なる
実験的グループを組んでみたり、ハービー・ハンコックを見出してみたり、と他とは一味違ったことをやってきた人。単純なブルースベースの
音楽だけやって満足するようなタイプではなかった。なので、彼が70年代にやってみせた大きな飛躍は本人してみればあまり違和感はなかった
のだろうと思う。ただ、批評家連中からは「金で魂を売った」などと揶揄されて、当時は相当凹んだらしい。いつの時代も新しいことをやる人は
批判を受けるが、50年が経とうとする現在、これを聴いてああだこうだと言う人はいない。この完成度の高さにただ驚愕するのみである。

ストリングス・アンサンブルが効果的に施されていて、これが音楽に爽やかな風を吹かせているが、適量のブラス・アンサンブル、ダンサブルな
ヴォーカルが、チャック・レイニー、ハーヴィー・メイソンの超強力なリズムに支えられて一体化して高揚感を生んでいる。南米音楽の湿度の高い
暑苦しさや気怠さ、モータウンのようなバタ臭さとは一線を画す、極めて都会的で洗練された感覚で貫かれているのがいい。この何とも言えない
感覚に憧れたミュージシャンたちが後を絶たなかったのはよくわかるのである。

楽曲がとても優れているので、A面もB面もあっという間に演奏が終わってしまう。昔、CDで聴いた時はここまでの感銘を受けなかったが、
こうしてアナログで聴くとやはり何かが違う。当時の空気感や心地よく痺れるような微熱が発せられているようなところがあって、
こればかりはやはりレコードで聴かなければわからない感覚なのだろう。若い人たちが1度は夢中になるのがよくわかる。



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キャノンボール・バンドの凄み(2)

2022年05月15日 | Jazz LP (Riverside)

The Cannonball Adderley Sextet / In New York  ( 米 Riverside RLP 404 )


キャノンボールのセクステット名義で出ているアルバムは4枚だが、そのどれもがライヴ・アルバム。その理由について、オリン・キープニューズは
近年のテープ録音機やマイクの性能の大幅な向上でライヴ会場の興奮の様子がそれまで以上に上手く録れるようになったことを挙げている。
特にキャノンボールのバンドの演奏に対するオーディエンスの熱狂は凄まじく、この様子を録ることがキャノンボールの音楽の本質を把握するのに
1番相応しいのだ、と。

彼がそう考える契機となったのがラティーフが加わる前の1959年10月のサン・フランシスコのライヴハウス "The Jazz Workshop" での
クインテットのライヴ録音だった。当時のサン・フランシスコには彼の基準に適う録音機材が揃った録音スタジオがなかったので、仕方なく
ライヴハウスに機材を持ち込んで録音をしたのだが、このアルバムが見事にヒットした。これが彼のアルバム作りの方向性を決めることになった。

考えてみれば、この時期のリヴァーサイドにはライヴ・アルバムの傑作が多い。ビル・エヴァンスのヴァンガード・ライヴもこうした背景をもとに
生まれたということになるのだから、これもキャノンボールとの縁ということになるのかもしれない。物事は見えない糸で繋がっている。

このアルバムも非常に多彩な内容だ。ジミー・ヒース作の名曲 "Gemini" 、旧き良きビッグバンド時代を再現したような重奏のしっかりとしたもの、
映画 "フレンチ・コネクション" の中で流れていたような水面下で悪事が進行している様子を予感させるようなダークな曲想のものなど。
皆それぞれがコンセプトの明確な楽曲ばかりで、1回のライヴでここまで満足させられるセット・リストはまずないだろう。そして、どの演奏も
本当に上手くて、観る側に熱が入るのは当然だ。こんなライヴなら私も観たかった。キープニューズの考えは正しかったと思う。



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キャノンボール・バンドの凄み

2022年05月08日 | Jazz LP (Riverside)

Cannonball Adderley / Jazz Workshop Revisited  ( 米 Riverside RS9444 )


キャノンボールはやはりリヴァーサイドがいい。この前のエマーシー/マーキュリー時代やリヴァーサイドが倒産して止む無く移籍した
キャピトル時代のものはレーベル側の意向が優先されたアルバムが多く、キャノンボールの姿はあまりよく見えない。

それに比べて、リヴァーサイド時代は彼が当時考えていた音楽がそのままパッケージされていて、本当に自由にやっているのがよくわかる。
それはオリン・キープニューズが音楽は音楽家の物だと考えて、彼らの意向を最優先にして自由にやらせたからだ。
そういうのは経営者としては失格だったのかもしれないけれど、音楽プロデューサーとしては最上の資質だったと思う。
それはこのレーベルに残されたアルバム群が証明している。とにかく、このレーベルは傑作の森なのだ。

コレクターたちが相手にしないこの時期のキャノンボールの演奏は、音楽的には非常に充実している。ユーゼフ・ラティーフを加えた3管に
ザヴィヌルのピアノを擁した音楽の質は極めて高く、独自の世界観に満ちている。彼は自身のバンドを持つことにこだわり続けた人だったけど、
メンバーがなかなか安定せず、そのせいで音楽水準を維持させるのには常に苦労していたが、人格者だったラティーフの人柄に惹かれて
バンドに迎え入れてからは束の間の安定をみせた。

オーボエやフルートでオリエンタリズムをグループに持ち込んだことで、ファンキー一色だったバンドのカラーは当然ながら変化する。
このライヴでも、そのミックス具合いが面白いようにわかる。冒頭でキャノンボールがこれから演奏する "Primitivo" という異色の曲が
どういう曲であるかを熱心に解説するところから始まる。そして、2曲目、3曲目は往年のビッグバンド・サウンドのような、とても3管とは
思えない分厚い重奏による楽曲が続き、B面に移ると名曲 "Jive Samba" がカッコよく演奏されたかと思うと、ナット・アダレイの
夢見るような珠玉のバラード演奏が披露され、最後は正統派ハード・バップで幕を閉じるという何とも最高のセットリストだ。
ジャズのライヴ・アルバムとして、こんなにも音楽的に充実した万華鏡のような内容はちょっと珍しいのではないか。
音楽的な引き出しの多さが圧巻だし、演奏力の高さも群を抜いていて、これは本当に凄いバンドだということが理屈抜きにわかる。

そして、ステレオ・プレスの音の良さが音楽のダイナミクスをヴィヴィッドに伝えてくれる。会場の空間表現に長けており、観客の熱気、
演奏家の息遣い、そして何より楽器の音色の新鮮さが際立つ。リヴァーサイドのキャノンボールはステレオ・プレスがいい。



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秀逸な白人ジャズバンド

2022年05月04日 | Jazz LP (Capitol)

The Al Belletto Sextet / Sounds and Songs  ( 米 Capitol T-6514 )


ワンコインでお釣りがくるこのレコードも、聴くとため息が漏れるくらい出来がいい。一応オールド・ジャズのスタイルを取っているけれど、
演奏はものすごく洗練されていて、古臭さは微塵もない。感覚的にはモダン・ジャズで、インストとコーラスによる歌唱が交互に収められている。

アル・ベレットはルイジアナ州立大学在学中に学生ジャズバンドを結成して、その流れでプロとして活動していたようだ。自身はサックスや
クラリネットを吹いていた。彼のスモール・バンドには若き日のドン・メンザが在籍していた時期もあり、キャピトルの次に契約したキング・
レコード時代の録音ではメンザの演奏が聴ける。

セクステットによる軽やかな演奏はウエストコースト・ジャズとは一味も二味も違う清潔さがあり、非常に好ましい。アル・ベレット自身が
ニュー・オーリンズで生まれ育ったこともあり、他の地域のジャズとは感覚が違うのだろう。彼の吹くアルトはアート・ペッパーによく似ており、
これが1つの聴き物になっている。

また、交互に収録されているグループによるコーラスはフォー・フレッシュメンそっくりで、これにも驚かされる。時期的にはほぼ同時代
だろうと思うけど、歌が上手く、アレンジの才能もないとこうはならない。部分部分では誰かに似ている要素で構成されているけれど、
それが物真似という感じがしないところにこのグループの独特の才能を感じる。そしてそれらがまとまって聴けるというお得感も楽しい。

キャピトルの "Kenton Jazz Presents" シリーズは、スタン・ケントン楽団で演奏していたミュージシャンやケントンが推薦するミュージシャンを
取り上げるというコンセプトで始まった録音だが、基本的には白人ミュージシャンで構成されている。そのどれもが明示こそされなかったものの、
当時の主流派であった黒人ジャズへの対抗馬として企画されたことは明白である。こういうレコードを聴いていると、これらが後のウエスト
コーストを中心とする白人ジャズの隆盛の基礎を作ったのではないか、と思えてくる。

そこには黒人ジャズへの、どう頑張ってみてもあんな風にはとても演奏できない、という強いコンプレックスが感じられるし、でも、それでも
ジャズという音楽が好きなのだという独白も読み取れる。キャピトルというのはそういう白人ジャズ・ミュージシャンたちの貴重な受け皿の
役割を果たしていたんだなあ、ということが今になってみるとよくわかるのである。



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大作曲家が歌うと・・・

2022年05月01日 | Jazz LP (Capitol)

Harold Arlen / Sings His Songs  ( 米 Capitol T-635 )


私ももう随分長い間レコード漁りをやっているけれど、未だにキャピトル・レーベルの全貌がよくわからない。
総合メジャー・レーベルなのでジャズのカタログは少ないのかと思いきや、ビッグ・バンドやヴォーカルは知らないタイトルが今でも出てくる。
ジャズがメインのマイナー・レーベルの話は多くの人が語るけど、このレーベルのことを語る人はいない。

このレコードも初めて見た。大作曲家本人が自身の歌を歌うもので、こういうのはプロの芸ではなく余技だから、「困ったな・・」という感じで
あるのが正直なところだけど、この雰囲気のあるジャケットを見ると素通りすることはできない。

古き良き時代に作られた大スタンダードばかりで、どちらかと言うと地味で渋めの曲が多いけれど、ジャズ・ジャイアンツが好んで取り上げた
楽曲が多く、その曲もすぐにあの演奏・この演奏、というのが思い浮かぶだろう。

特に美声ということもない歌声で思い入れたっぷりに歌っているのが可笑しいけれど、それなりに聴けて悪くはない。
まあ、あまり分析的に聴くようなものではなく、こんなレコードがあるんだ、という軽い驚きをもって聴いていればいいのだろう。
キャピトルもまさか売れることは思って制作してはいないだろうけど、それでもこういうレコードも作っていたのだから、
ある意味で裕福な時代だったのだろうと思う。採算度外視でもレコードが作れた、幸せな時代。そういう時代のジャズは傑作が多かった。



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クロード・ソーンヒル まとめ買い

2022年04月24日 | Jazz LP



エサ箱が干ばつ期のアフリカ大陸並みに干上がって久しい。もう1本釣りすることは叶わないので、こういう買い方をすることが多くなった。

1枚480円で大半がシールドのソーンヒルが纏めてエサ箱に入っていたので、全部根こそぎ拾って来た。ラジオ録音のものは全番号が揃っている
わけではないけれど、こういう機会でもなければ手に入ることはない、それなりに厄介なレコードたち。ビッグ・バンドは人気がないから、
出れば例外なく安いけれど、これがなかなか出回らない。

40年代がピーク期だったこともあり、正規録音が少なく、クロード・ソーンヒルが一番好きな楽団だけにそれが残念でならないけれど、
そういう人は私だけではなかったようで、こうしてラジオ放送音源が残されている。1941年の演奏なんてレコードだとSPしかないから
音質面では期待できないけれど、こういう放送録音の場合は意外に聴ける音質なので、逆にこの方が有難いわけだ。

在宅勤務が定着したおかげで聴く時間はいくらでもあるから、レコードなんて何枚あっても困らない。コロナ禍で世の中が様変わりして
レコード供給も聴く側も状況が一変したので、レコードの買い方もそれに準じて変わっていく。



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サド・ジョーンズを堪能できるアルバム

2022年04月17日 | jazz LP (Metro Jazz)

The Jones Brothers / Keepin' Up With The Joneses  ( 米 MetroJazz E1003 )


サド、ハンク、エルヴィンの3兄弟にエディー・ジョーンズを加えたワンホーン・カルテットがアイシャム・ジョーンズやサドの楽曲を
演奏する、というジョーンズ尽くしの洒落の効いたアルバム。単なるおふざけアルバムのように思われているかもしれないが、
私が最も好きなサド・ジョーンズのアルバムがこれである。

トランペットやフリューゲルホーンを持ち替えながらサドのプレイが最も堪能できるのがこのアルバムのいいところだ。
プレーヤーとして評価されることのない彼の演奏力がこんなにも素晴らしいということがとてもよくわかる。

アイシャム・ジョーンズは20世紀前半に活躍したミュージシャンで、"It Had To Be You"、"On The Alamo"、"There Is No Greater Love"
のような陽気なスタンダードを書いた人。サドはゴリゴリのハード・バップをやるようなタイプではないので、そういう意味でも
アイシャムの書いた曲は彼の音楽性に親和性がある。

ハンク・ジョーンズの上質なピアノが全編に渡って効いており、全体が非常に上品なジャズに仕上がっている。
エルヴィンのブラシが音楽を心地よく揺らしており、素晴らしい。全体的に音数が少なく、隙間感で聴かせる音楽になっている。

おまけに、このレコードは物凄く音がいい。ひんやりとした広い空間の中で、輪郭のくっきりとした彫りの深い楽器の音が心地いい。
内容、音質とも深い満足感に浸れる素晴らしいレコードである。



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レーベルは変われど演奏は変わらず

2022年04月10日 | Jazz LP (Savoy)

Curtis Fuller  / The Curtis Fuller Jazztet With Benny Golson  ( 米 Savoy MG-12143 )


トランペットがアート・ファーマーからリー・モーガンに変わったジャズテットとしての演奏だが、この辺りはすべてベニー・ゴルソン人脈
だから、聴く前からどういう演奏なのかはわかるし、実際、その通りの演奏が繰り広げられる。

ファーマーのくすんだ音色がモーガンに置き換わって大丈夫なのか?と心配になるが、面白いことにモーガンはテーマ部のアンサンブルには
加わらず、ゴルソンとフラーの2管だけでテーマを受け持つ曲が多く、そのおかげでジャズテットとしての音楽が維持されている。
ゴルソン・ハーモニーを基調にしたスモーキーな雰囲気が全体に濃厚に漂い、よく考えられているのがわかる。

ピアノがウィントン・ケリーというのもミソで、他の作品に比べると鮮度が高く清廉な感じがする。この人にしか出せない明るく澄んだ音色が
よく効いていて、音楽を一段上へと押し上げるのに貢献している。チャーリー・パーシップのドラムのキレの良さも抜群。

マイナー・キーの楽曲が多く、彫りの深い翳りを帯びた雰囲気に仕上がっていて、すべての人に愛される理想的なジャズとなっている。
録音はヴァン・ゲルダーだが、ここでのサウンドはサヴォイのメリハリの効いたRVGではなく、蒼くくすんだブルーノートのRVGだ。
程よい残響感の中で、憂いに満ちた音楽が鳴り響いている。

私がこれを拾ったのは6年前。盤は新品同様、ジャケットもPost Box表記の無い初版で当時は6千円くらいだったが、近年は全く出てこなくなった。
ユニオンのジャズ担当も「高額買取の中に入れても入って来なくなった」とボヤいており、レコード不足は灯りが見える気配がない。



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サヴォイの良心

2022年04月03日 | Jazz LP (Savoy)

Eddie Bert / Encore  ( 米 Savoy MG-12019 )


白人版ベニー・グリーンとでも言うような持ち味がエディー・バートの良さだろうと思う。サックスやトランペットと張り合うべく
バリバリと吹くことなんて特に興味はないよ、という感じで、のんびりと伸びやかなトーンで横糸を張る。

数少ないリーダー作を出していたのは50年代で、基本的にはビッグ・バンドの中での活動がメインだったようだ。
そんな感じだったから認知度は低く、誰からも相手にされない。まあ、しかたないかなとは思う。
きっと、本人もそんなことはどうでもよかったんじゃないだろうか。
でも、私はこの人のアルバムが結構好きで、事あるごとに引っ張り出してきて聴く。

この人の音色は芯があって、バンド・サウンドの中でも埋もれることがなく、しっかりとよく聴こえる。だから、アルバム1枚を
聴き終えると、「エディー・バートのトロンボーンの音」というものがちゃんと頭の中に残るのだ。ぼやけがちな他の奏者とは
そういうところが違う。カーティス・フラーなんてその真逆で、聴いた傍からその演奏の印象が薄れていくから、大違いである。

このアルバムはピアノレスのワンホーン・セッションと、J.R.モンテローズやハンク・ジョーンズらとの2管セッションの2種類が
収録されている。ワンホーンのほうは陽だまりの中で心地よくうたた寝するような穏やかな演奏で、2管セッションの方は
マイルドで上品なハード・バップ、と表情がはっきりと分かれている。

2管の方はモンテローズがいい演奏をしていて、強い印象を残す。ブツブツと途切れる例の吹き方ではなく、しっかりとフレーズを
紡いでよく歌っている。サヴォイのヴァン・ゲルダーらしい残響の効いた音場感の中で少し甲高いトーンがよく響いている。
楽曲も適度な哀感が漂っていて、印象に残る。この時の演奏は "Montage" の方にも分けて収録されているが、1枚にまとめるべきだった。
モンテローズが主役を喰っている感じがするが、それでもこの2人の相性は非常によく、ジャケットの仲良さそうな雰囲気そのまま。

何度も言って来たことだが、サヴォイはいいアルバムを作る。オジー・カデナという人がセンスがあったのだろう。
サヴォイの良心の結晶のようなアルバムである。



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ライヴ本来の音場感

2022年03月27日 | Jazz LP (Verve)

Stan Getz / Getz Au Go Go  ( 米 Verve V6-8600 )


昨日、新宿で拾った安レコ。そう言えばステレオ盤は聴いたことがなかったなあと思い、値段の安さにも負けて手に取ったが、
これが聴いてみて目から鱗が落ちた。家にあるモノラル盤とはまるで音場感が違う。

ライヴハウスの奥行きや空間があまりにリアルで、聴いていてビビってしまうくらい生々しい。アストラット・ジルベルトの歌声の
透明感も凄く、ゲッツのテナーもピッタリと定位しており、この透き通った空気感は一体何なんだと思うくらい。

このアルバムは64年5月のカフェ・オー・ゴー・ゴーでの録音と、同年10月のカーネギー・ホールでの録音の2つがミックスされていて、
前者の録音はカーネギー・ホールのものと比較するとデッドで当然音場感が落ちる。ステレオ盤が本領を発揮するのは後者の方。
全10曲中4曲がカーネギー・ホールのものだが、この4曲の違いが顕著なのである。ステレオ盤の後にモノラル盤を聴くと、
その音場感のいびつさが気になるようになる。

モダンジャズは50年代が最盛期でレコードはモノラル録音がメインだった時代だから、マニアの頭の中には「ステレオ盤は再発盤」
という刷り込みがあって、それがモノラル崇拝を生んでいる。でも、移行期を経た60年代はステレオ録音に切り替わっているんだから、
ステレオ盤の方が音が自然なのは当たり前。聴き手の頭の中がなかなか切り替わらないだけなのだ。

ヴァン・ゲルダー刻印があるけど、これがどう影響しているのかはよくわからない。MGM盤でこだわるべきなのはモノラルで聴くか、
ステレオで聴くか、である。そして、この盤は明らかにステレオ盤で聴くべきだろう。

このステレオ盤を聴いていてもう1つ気がついたのは、アストラットは "Getz / Gilbert" の時よりも歌が上手くなったんだなということ。
あの時の歌は素人感丸出しだったが、ここでは一端の歌手の歌い方になっている。そういうところもよくわかるようになる。

この演奏はいつどこで録音されたのかには諸説ある。上記データ以外に、すべて8月19日にカフェ・オー・ゴー・ゴーでの録音だったとか、
疑似ライヴだった(確かに拍手が不自然)、という話だが、私が聴いた感じでは音場感が明らかに2種類に分かれていることから、
上記データが正しいのだろうという立場だ。カーネギー・ホールには3つのホールがあるから、おそらく小さいホールを使ったのだろう。



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名ユニットのデビュー作

2022年03月20日 | Jazz LP (Savoy)

J.J. Johnson, Kai Winding / Jay & Kai  ( 米 Savoy MG-15038, 15048 )


ディキシーランドでは主役の一角を担っていたトロンボーンもバップのような音楽には不向きとされていた中、ブレイクスルーさせたのが
JJジョンソンだった。そこに目を付けたサヴォイのオジー・カデナが敢えて白人のカイ・ウィンディングを連れてきてコンピを組ませたのが
Jay & Kai というユニットで、これが当たった。いろんなレーベルにレコードを残し、晩年も事あるごとに共演している。

このユニットのデビューアルバムがサヴォイの2枚の10インチで、同時にジュークボック用にEPも切られていて、積極的に売り出そうと
していたのが伺える。ジャケット・デザインもリード・マイルスとバート・ゴールドブラッドを足して2で割ったようなセンスで、当時の
雰囲気がよく伝わってくる、とてもいいジャケットだ。

音が明るく雄弁なフレーズのほうがカイで、少しくぐもったようなマイルドな音色がジェイジェイで、2人の個性はきちんと聴き分けできる。
この2人の作る音楽はいい意味で軽快で、パシフィック時代のマリガンのピアノレス・コンボの質感とよく似ている。深刻にならず、ラジオ
などから流れてくると思わず身体が揺れてメロディーに合わせて口ずさんでしまうようなところがあり、そこが良かったのだろう。
明るく上質なムードに溢れていて、尖った音楽だったバップ系の中ではホッと一息つけるような心地よさがとてもいい。

ただ、終始そういう牧歌的な雰囲気だったかと言えばそうでもなくて、注目すべき演奏も含まれている。このセッションはベースを当時の
サヴォイのハウス・ベーシストだったミンガスが担当しているが、1曲、彼が書いた "Reflections, Scene Ⅱ, Act Ⅲ"が演奏されており、
これが圧巻の仕上がりになっている。

2管による不気味なイントロの導入から無軌道なピアノのフレーズが絡まり、心象風景のような環境音楽のような抽象画タッチの楽曲が
仕上げられていく。当時のジャズとしては異色の楽曲で、さすがはミンガス、と唸せる素晴らしさ。柔らかい不協和のハーモニーは
エリントンの匂いがほんのりと漂い、非常に印象的な楽曲として異彩を放っている。

そういう音楽的にも満足度の高い内容に加えて録音も見事で、言うことなしのアルバムとなっている。不思議なのはVol.1はRVG刻印があり、
音も非常にヴィヴィッドだが、Vol.2には刻印がなく、音質がややぼやけていること。古い10インチなのでセカンド・プレスというわけでは
ないと思うけど、RVGも忙しくて手が回らなかったのか、理由は定かではない。



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真の実力が発揮された佳作

2022年03月06日 | Jazz LP

The Junior Mance Trio / That's Where It Is !  ( 米 Capitol ST-2393 )


ジュニア・マンスはボビー・ティモンズなんかと一緒で、大抵「ファンキー」やら「ブルージー」の一言でかたづけられてしまって、
それ以上顧みられることはない。このわかったようなわからないような形容のせいで軽く扱われてしまっているのは何とも残念だし、
そもそもこれらが本当に適切な表現なのかどうかも怪しい。

1947年にジーン・アモンズのバンドに参加したのを皮切りに、レスター、パーカー、スティットとの共演、兵役を経てキャノンボールの
最初のバンドのレギュラー・ピアニストを務め、ダイナ・ワシントンの歌伴もやるなど、自身のリーダー作 "Junior" を作るまでに長いキャリアを
積んでいる。その後、リヴァーサイドと契約してトリオ作を多数リリースすることで独立したピアニストとして認知されるようになった。
その次に契約したのはメジャーレーベルのキャピトルで、このアルバムはその時期のもの。

どこかのラウンジでのライヴ録音のようだが、観客のたてる雑音が聴こえないことから(アメリカの観客にしてはお行儀が良すぎる)、
もしからしたら拍手は後からオーヴァーダブされたものかもしれない。非常にいい音で録音されているので、彼の繊細なタッチやピアノの
音色の美しさがこれでもかという感じで聴くことができるが、これでわかるのは彼の演奏は物凄く洗練されている、ということだ。

レッド・ガーランドにも劣らないくらいに音色の粒立ちの良さが際立っているし、正確なタイム感と抑制の効いたフレーズに圧倒される。
「玉を転がすような」とはこういうことを言うのだろう。

ブルース形式の曲がメインとなっているが、そのブルース感は上質で、「ブルージー」という語感からはほど遠い。
そういう雰囲気よりも上品なピアニズムが生み出す快楽度のほうが遥かに高い。他のピアニストを寄せ付けない、独自の輝きを持っていると思う。

ジョージ・タッカーのベースもクリアに録られていて、音質的にはパッとしないキャピトルのイメージを根底から覆す高音質が嬉しい。
イージーリスニングっぽいという先入観を裏切る素晴らしいピアノトリオの演奏が聴ける。



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ウクライナの作曲家 レインゴリト・グリエール

2022年02月28日 | Classical

Bolishoi Theatre Quartet / Reinhold Moritzevich Gliere String Quartet No.1, 2  ( 露 Melodiya M10-39653 )


ウクライナはリトアニア、ベラルーシと共に地理的にはロシアと東欧の間にあり、元々立ち位置としては微妙なところにあるせいで、
昔から正反対の価値観の狭間で揺れ動く定めにあった。こういう所で生きていくのは本当に大変だろうと思う。先週からこの週末にかけて
ロシアのウクライナ侵攻のニュースを見聞きしているせいで、この地域とジャズという音楽が結びつかず、レコードを聴く気分になれない。

TVニュースに出てくる専門家やネットに記事をまき散らす識者らの解説にどれだけ触れてもことの真相はまったくわからないし、
プーチンの気持ちもまったく理解できない。核とか第3次大戦という言葉を不用意に使う無神経さが不快だし、長い歴史の時間の中での
いざこざの結果としての出来事である以上、昨日今日の付け焼き刃的知識でどうにかなるような話でもないことから自身の無力さを
身に染みて感じて、出かけても気分は一向に晴れない。

ただ、それでもウクライナという国のことを理解しようと思い、この国と音楽はどういう関係なのかと調べてみると、グリエールが
ウクライナの出身だということが遅まきながらわかった。グリエールなら持っているはず、とメロディアのレコード群を探してみると
1枚出てきたので、この週末はウクライナのことを考えながらこればかり聴いていた。

ボリショイ劇場弦楽四重奏団が演奏する弦楽四重奏曲の第1番と2番。グリエールは室内楽もたくさん手掛けたが、実際にそれらを聴ける
レコードは少なく、これは貴重な記録である。グリエールは他の作曲家たちとは違って国外へ逃げることを良しとせず、ロシア革命の時代を
生き抜いた人だからその音楽遍歴は一筋縄ではいかないけれど、残した弦楽四重奏曲はベートーヴェンやロマン派の影響を強く受けた内容で
聴き易い。ボリショイ劇場管弦楽団のメンバーで結成されたこのカルテットもレコードが多くなく、こうして聴けること自体が貴重だ。
そういう奇跡的邂逅としての記録が残っていること自体が驚きだし、国営レーベルであるメロディアがグリエールのレコードを作っていた
ことを考えると、現在のこの状況がより嘆かわしく感じられてくる。



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ギターを堪能したい時に

2022年02月20日 | Jazz LP

Mike Elliott / Atrio  ( 米 ASI 5003 )


シカゴ生まれのジャズ・ギタリストで、ミネアポリスのローカル・レーベルに数枚のリーダー作を残していることしかわからない、
無数の無名ミュージシャンの中の一人で、これは彼のファースト・リーダー作のようだ。

1974年リリースということで、古い4ビートに縛られることのない、この時代の空気に沿った音楽が展開されるが、ギター、ベース、ドラムス
という好ましいフォーマットで、しっかりとジャズの雰囲気が感じられる。70年代のジャズがそれまでのジャズと違う雰囲気になるのは
ひとえにドラムスの演奏の仕方が変わることに拠るところが大きい。ここでもいわゆる4ビートは登場しない。

エリオットのギターはびっくりするほど上手いというわけではないが技術的にはしっかりとしていて、聴き応えがある。
数曲のスタンダードで聴かせるヴォイシングも上手く、音楽的にも不満はない。

ガッツリとギターを堪能したい時にはうってつけのアルバムだ。高名なギタリストのアルバムにはこういう弾きまくっている演奏が
あまりないので、そういう時のカタルシスになる。ギターという楽器はボディーが小さいので元々音が小さいし、構造的にも音の表情付けが
難しいので、延々と弾いていると単調になりがち。だから巨匠たち抑制されたプレイで陰影感が出すが、若い演奏家のデビュー作らしく
そんなことはお構いなしでガンガン弾いている。このアルバムはそこが気持ち良くて、とてもいい。


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彼女はおそらく誤解されている

2022年02月13日 | Jazz LP

Joanne Brackeen / New True Illusion  ( 蘭 Timeless SJP 103 )


ジョアン・ブラッキーンと言えば、スタン・ゲッツのバンドで無骨にガンガン鳴らしていた人、というイメージが一般的ではないかと思う。
私もかつてはそう思っていたし、「アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズに参加した唯一の女性ピアニスト」という現代では
間違いなく問題になるであろう紹介のされ方をするのがお決まりで、とにかく男勝りというイメージだろうが、これは明らかに誤解である。
ろくに聴きもしない上に、更に前時代的な冠を付けるもんだから、一向にそのイメージは回復しない。

1938年生まれだからチック・コリアの3歳年上だが、そういう世代の人で、プロとして活動を始めたのがハード・バップがピークを越えた頃だから、
そういうものが身体に染み付いていない次世代のピアニストだ。そのピアノは一聴すればわかる通り、チック・コリアの影響が濃厚だ。
打鍵がしっかりしていてピアノがよく鳴っていて、基礎がしっかりとしていることがよくわかる。ただ、やみくもに弾くようなことはなく、
優雅にレガートするところはするし、可憐な音でわかりやすい旋律を歌わせることもできる。

このアルバムはベースとのデュオということもあり、彼女のそういう本来的な姿がヴィヴィッドに捉えられている。マッコイの "Search For Pease"
なんて、まるでECMの耽美派ピアニストたちの演奏を大きく先取りしたような感じで驚かされるし、"My Romance" で聴かれる彼女のピアノは
ビル・エヴァンスのよう。ベースのクリント・ヒューストンもそうだが、この演奏ではエヴァンス・トリオの演奏の物真似をしようという魂胆が
あったんじゃないだろうか。そう思わせる演奏になっている。

しかし、何と言っても冒頭の "Steps - What Was" が本作の白眉で、チック顔負けの演奏を聴かせるのが圧巻。彼への敬愛の念がほとばしる
見事な演奏で、以降、全編彼女の美しいピアノの音色にガツンとやられる傑作となっている。チックの "Now He Sings~" が好きな人には、
このアルバムは非常な好意をもって迎えられるだろう。


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