廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

ジャック・ウィルソンを見直す

2020年02月16日 | jazz LP (Atlantic)

Jack Wilson / The Two Sides Of Jack Wilson  ( 米 Atlantic 1427 )  


傑作である。どうして誰も褒めない? 安レコだから、なのかもしれない、やっぱり。

ジャック・ウィルソンと言えばブルーノートのアルバムへの言及ばかりだが、やはりまずはピアノトリオを聴くべきだろう。尤も、録音の機会には
まったく恵まれず、レコード期のまともなピアノトリオはこれくらいしか残っていないのではないか。リロイ・ヴィネガー、フィリー・ジョーが
バックに付いているんだから、悪いはずがない。そう考えて手に取るとこのアルバムが圧巻の仕上がりであることが判り、これ、最高だよ、と
一人で小躍りすることになる。

まず、このレコードはフィリー・ジョーのドラムの風圧の凄さ、ヴィネガーのベースの轟音に殺られてしまう。この2人の音が生々しくクリアに
録られていて、ピアノトリオとしての快楽度MAXなサウンドを体感できる。特に、ヴィネガーのベースの正確無比で強い音圧は最高だ。
ベース好きなら耳が釘付けになり、身悶えするレコードになっている。

ファースト・サイド、スロー・サイド、と分けられた編集で、A面のアップテンポの楽曲でベースとドラムの快楽を味わえるが、B面のバラード集では
ウィルソンの美音に酔わされる。コードの鳴り方が美しく、レガートなフレーズも優雅で、楽曲のしなやかさが見事だ。

とにかく上手いピアノを弾く人で、その演奏力の高さには圧倒されるけれど、そこには嫌味な印象はなく、楽曲を音楽的に聴かせるのが上手い。
豊かなピアノトリオの音楽を聴いたなあ、という深い充足感が残る。もっとたくさんのアルバムを残して欲しかった。

1964年のモノラルプレスだが、このレーベルのイメージとは裏腹に音質はとてもいい。楽器の音色に艶があり、音場感も自然だ。時期的にステレオ
プレスが当然あるので、そちらも気長に探そう。レコード屋に通う楽しみは尽きない。


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マリアン・マクパートランドを見直す

2020年02月15日 | Jazz LP (Capitol)

The Marian McPartland Trio  ( 米 Capitol T-785 )


傑作である。本当に素晴らしいピアノ・トリオだ。どうして誰も褒めない? 安レコだから、かなあ。

マリアン・マクパートランドは英国人で、第二次大戦後に渡米した。当時のアメリカで女性のジャズ・ピアニストとして活躍していたのはメアリー・
ルー・ウィリアムスくらいしかいなかった。1949年に52番街のヒッコリー・ハウスのハウス・ピアニストになることができて、ようやく演奏の基盤が
確立した。ビル・クロウとジョー・モレロが彼女を支えた。

彼女は意外にレコードがたくさん残っている。つまりアメリカではきちんとジャズ・ピアニストとして評価されていたということだ。このアルバムを
聴けばピアニストとしての力量、ジャズ・ミュージシャンとしてフィーリング、ピアノ・トリオとしての纏まりの良さ、それらが手に取るようにわかる。
こんなにしっかりとした演奏、なかなかお目にかかれない。

"Bohemia After Dark" のカッコよさ、ベースのウィリアム・ブリットのオリジナル "The Baron" の優雅さなど、音楽的な聴き所は無数にある。
ジョー・モレロのドラムはこの頃から独自のキレの良さを発揮していて、後のブルーベック・カルテットでの演奏を予感させるに十分だ。
加えて、このレコードは音質がとてもいい。クリアなモノラルサウンドがとても心地よい。キャピトル盤もなかなかのものだ。

B面のラストに置かれたマリアンのオリジナル "There'll Be Other Times" の物憂げなメロディーでこのアルバムは幕を閉じる。
女性らしい繊細な気遣いに満ちたアルバムだと思う。新しくピアノ・トリオの名盤100選が編まれる時は、こういうのも忘れずに入れて欲しい。

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ウィルバー・ハーデンのことを語ろう(3)

2020年02月11日 | Jazz LP (Savoy)

Wilbur Harden / Jazz Way Out  ( 米 Savoy MG-12131 )


1958年6月のセッションがまとめられたコルトレーンとのザヴォイ・セッション最後のアルバム。アルバムが違っても "Tangakyika Strut" と収録日は
同じなので、演奏の質感は何も変わらない。良質この上ないハードバップが聴ける。

おそらくこの一連のセッションはコルトレーンを録りたかったサヴォイがプレスティッジとの契約が邪魔をしてコルトレーン名義に出来なかったために
リーダーレスとして発売したのだろうと思うけれど、その際にコルトレーンがウィルバー・ハーデンをパートナーに指名したというのは興味深い。
コルトレーンはこの時期にプレスティッジに残した録音でもハーデンを指名していて、よほど気に入っていたことがわかる。彼はマイルスと同様、
共演者や取り上げる楽曲に対して慧眼を発揮した。ハーデンが病気で体調を崩さなかったら、コルトレーンが高名になっていくのと歩調を合わせて、
あのコルトレーンが共演に選んだということで注目されていったことだろう。そう思うと何とも残念だ。

この6月のセッションではハーデンの出番はいささか控え目になっている。こういうタイプの演奏では、やはり我が強い奏者が表立って目立つ。
カーティス・フラーの野暮ったいソロを聴くよりはハーデンの美しい音色を聴くほうがずっといいに決まっているけれど、ハーデンは終始控え目だ。
競争の激しいこの世界で、これではやっていくのは難しかったかもしれない。

それでも、サヴォイは最後に彼のためにソロ録音を用意してくれた。9月の終わりに、ハーデンはワン・ホーンで "The King And I" を吹き込む。
これは彼の代表作であると同時に、トランペットによるワン・ホーン・アルバムの最高傑作の1つとなった。見る人はちゃんと見ているということだ。
このアルバムは、廃盤界の並みいるラッパの超高額盤たちが束になっても敵わない、他を寄せ付けぬ孤高の存在として私の中では君臨し続ける。

ワン・ホーンで彼の美音を浴びる快楽に勝るものはないけれど、こういう多管編成の中でも彼の美音は相対化されて際立ち、彼の存在がより鮮明に
浮き上がってくる。一連のサヴォイ録音を聴いていると、本当に得難いミュージシャンだったんだなということが身に染みて感じられるのだ。

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ウィルバー・ハーデンのことを語ろう(2)

2020年02月09日 | Jazz LP (Savoy)

Wilbur Harden / Tanganyika Strut  ( 米 Savoy MG-12136 )


前作 "Mainstream 1958" セッションに引き続き、5月、6月にもヴァン・ゲルダー・スタジオでコルトレーンと録音に入る。カーティス・フラーを呼び、
リズム隊は入れ替えてのセッションだ。タイトル曲は6月のセッションからだが、残りの3曲は5月の収録になる。

冒頭の正に闊歩するような軽快なテーマ部を経て、ハーデンのフリューゲルホーンのソロが始まるとこのアルバムの素晴らしさは約束されたも同然、
という気分になる。この後にコルトレーン、フラーへとソロのバトンは渡されるが、やはりハーデンの歌うようななめらかなソロは群を抜いている。
単純な構成の楽曲と演奏だけどマイナー調の哀感のあるとてもいい曲で、映画やCFのワン・シーンで使われてもよさそうな楽曲だ。

そして、ラストの "Once In A While" でハーデンの抒情的な歌心が炸裂する。コルトレーンもフラーも、先導するハーデンの演奏をお手本にしながら
ゆったりと吹くが、クオリティーでは大きく引けを取る。サヴォイのセッションはリーダー名を特定していないけれど、演奏の内容を聴くと明らかに
ハーデンが全体を主導していることがわかる。まるでこの曲はこういう風に演奏しろよ、と全体に指示を出しているかのようだ。他のメンバーたちは
忠実にそれに従うことで演奏が纏まり、1本のスジが通るようになる。

3管になるとハーデンのソロのスペースも減るが、この人の音色とフレーズの印象は演奏時間の長い短いに関係なく、しっかりと心に残る。
そこが素晴らしいと思う。

ヴァン・ゲルダー独特の残響が効いた翳りのあるサウンド、3管の力量や演奏配分のバランスが取れた構成、わかりやすい曲想など、内容的はまるで
ブルーノートの1500番台後半の雰囲気そのままなのに全く評価されていないのは解せないが、個人的にはブルーノートやプレスティッジばかりを
有難がる世間の風潮は却って都合がいい。こういう優れた内容のレコードが安く買えるからだ。そういう風潮が続く限り、レコード屋へ行って
パタパタとめくっていく楽しみは無くならないだろう。そういう中でウィルバー・ハーデンのレコードに出会えれば最高じゃないかと思う。

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ウィルバー・ハーデンのことを語ろう(1)

2020年02月08日 | Jazz LP (Savoy)

Wilbur Harden / Mainstream 1958  ( 米 Savoy MG-12127 ) 


私が一番好きなトランペッター、ウィルバー・ハーデンのことを語ろう。

1969年に45歳という若さで亡くなってしまったせいもあって、リーダー作は1枚しか残っていないし、その他のレコーディングもコルトレーンの陰に
隠れてしまって表立って見えることもない。遅咲きで活動時期も短かかったこともあり、まったく陽の当たらなかったトランペッターだった。
それでも、私はコルトレーンの横で吹く彼の音を初めて聴いた時から、問答無用で惹かれてしまった。

ハーデンの美質は何と言ってもその伸びやかで美しい音色だ。こんなに美感際立つ音色を出す人は他にはいない。音程も正確で高い技術力もあった。
この人がコンボの中にいるだけで、そのサウンドは清流化されていく。

1958年3月18日にハッケンサックのヴァン・ゲルダー・スタジオで録音されたこのアルバムで、既に彼のフリューゲルホーンは美音をまき散らしている。
コルトレーンの硬く濁りのある音との対比でそれがいっそう引き立っている。ソロのスペースはコルトレーンの方が長いけれど、ハーデンのソロの方が
断然印象に残る。この時のコルトレーンは上手くはなっているけれど、まだ独りよがりなところが目立つ。

ダグ・ワトキンスのウォーキング・ベースが圧巻で、この時の演奏の要となっている。ヴァン・ゲルダーはワトキンスの音を照準にして録音していた
ような感じがする。まあ、この人の前乗りのリズム感は凄い。

スタンダードが含まれておらず、地味な楽曲が並んでいることもあって人目を惹かないアルバムだが、タイトル通り58年当時の主流派ハードバップが
凝縮された演奏で、内容は1級品だ。長年ジャズを聴いてきた人には愛される内容である。

コルトレーンとの最初の録音だったこともあり、ハーデンは少し遠慮気味な立ち位置にいるけれど、この後の数か月の共演の中で徐々にその存在感は
増していくことになる。そういう軌跡を感じ取ることができるのが面白い。この2人は相性も良かったと思う。コルトレーンはこの後の数か月で
別人のように急激な成長を見せる訳だけど、ハーデンはその様子を目の前で見ていた唯一の人だったのかもしれない。

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夜ジャズの決定版

2020年02月02日 | Jazz LP (Savoy)

Sahib Shihab / Jazz - Sahib  ( 米 Savoy MG-12124 )


サヴォイのカタログ番号の若いものはビ・バップの残り香を帯びた古いスタイルのジャズが多いが、50年代後半になると硬派なハードバップがたくさん
出てくる。その中でも屈指の内容を誇るのがこのアルバム。サヒブ、ウッズ、ゴルソンの3管が織りなす暗く重い雰囲気が最高の仕上がりだ。

よく考えると非常に珍しいメンツの組み合わせで、他では聴くことのできない色合いのハーモニーが1度聴くと忘れることができない強烈な印象を残る。
このアルバムのいいところはサヒブの無国籍感が抑えられて、ベニー・ゴルソンの都会的な夜の静寂を想わせる深い抒情感が全面に出ているところだ。
サヒブの個性はやり過ぎると鼻につくが、ここではそれが抑制されて演奏の上手さが音楽を補強している。ゴルソンが音楽全体を統率していて、それが
上手くいっている。

フィル・ウッズのアルトは都会の摩天楼のような輝きを放ち、その周りをゴルソンの深くくすんだテナーが夜の闇のように大きく覆う。ビル・エヴァンスも
素晴らしいソロを残していて、この組み合わせは成功している。全体的にゆったりとしたテンポの曲が多く、それが殊の外いい雰囲気を出している。
そういうムードを重視した音楽だけど、軟弱な音楽にはならず、骨太でずっしりとした重さが残るところはこの顔ぶれだからこそだろう。

RVGの完成したモノラルサウンドが見事で音響的にも素晴らしい。唯一の欠点は内容を反映しようとしないジャケットデザインのいい加減さで、これが
このレーベルの評価の足を引っ張っているのは相変わらずの残念さだ。このアルバムもジャケットが違っていれば、最高の評価を得られただろう。

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メアリー・ルー・ウィリアムスの優しいピアノ

2020年02月01日 | jazz LP (Atlantic)

Mary Lou Williams / Piano Panorama  ( 米 Atlantic LP 114 )


黒人としてのアイデンティティーを包み隠さず生きた彼女のようなタイプは日本では受けない。彼女のことをまともに聴いていて語れるコレクター
なんていないだろう。ピアニストとして影響力を持っていたわけでもないし、名盤100選に残るような作品があるわけでもないとなると、どこを聴いて
何を語ればいいのか、ということになる。

40年代にピアニストとしての形を作り上げた彼女は、地に足の着いた音楽活動を地道に続けた人だ。単なる演奏家としてだけではなく、当時の黒人ジャズ
演奏家を巡る環境の悪さを共済するために活動したりと幅広い動きをみせた。フランスに渡ってアメリカから逃避していた現地ミュージシャンと共演も
したし、大きなジャズ・フェスにも招かれて演奏した。その活動は現代の我々には何一つ評価されていないように思える。

古い10インチから流れてくる音楽の柔らかな質感は彼女の心をそのまま映し出しているように思える。フレーズは無理なく構成されていて、奇をてらった
ところもなく、打鍵のタッチもちょうどいい。疲れた仕事帰りに立ち寄ったバーでこれが流れていたら、心は癒され、思わず聴き入ってしまうだろう。
現代ジャズが失ったジャズらしいフィーリングに溢れた愛すべき小品だと思う。

女性ピアニストを語る際は、彼女のことも忘れず語ってあげて欲しい。60年代以降の彼女のアルバムに目を付けてスポットライトを当てたのがクラブ
ジャズのDJたちだった、なんて恥ずかしい話ではないか。


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Atlantic のステレオプレス

2020年01月26日 | jazz LP (Atlantic)

Phineas Newborn Jr. / Here Is Phineas  ( 米 Atlantic SD 1235 )


いつ、どの店舗に行っても、在庫が転がっているこのレコードのモノラルオリジナル。買ったはいいが、音の貧弱さにがっかりして大半の人がすぐに
手放すせいだ。アトランティックは内容の優れたタイトルが揃っている優良レーベルであるにも関わらず、マニアから褒められることがない。
モノラル盤信仰が蔓延るコレクターの世界でこのレーベルのモノラル盤の音の鮮度の無さやこもったサウンドの評価は極めて悪く、それがそのまま
作品の評価にすり替わってしまっている。まあ、これは致し方ない部分はある。

そこで以前シモキタで拾ったステレオの安レコを聴いてみると、これがモノラル盤よりも音の鮮度が高いことがわかる。ダイナミックレンジは明らかに
拡がり、ピアノの残響感も時代相応ながらもしっかりと再生される。そのおかげでフィニアスのピアノの際立ったタッチがリアルにわかるようになり、
彼がここでやりたかったことがヴィヴィッドに伝わってくる。

このアルバムは、おそらく元がステレオ録音だったのだと思う。ステレオの音場として不自然なところはなく、明らかにモノラル盤のサウンドのほうが
不自然であることがすぐにわかる。ということで、このアルバムに関してはステレオプレスで聴くのがいいと思う。

ただし、冴えない音のアトランテック・モノラル盤のすべてがステレオの方がいい、という結論ではない。それはあまりに短絡的で、正しくない。
こればかりは1枚1枚聴き比べてみて判断するしかない話なのだ。そして、仮にこのアルバムのようにステレオ盤の方に軍配が上がったとしても、
決して「高音質」ということではないことに注意が必要である。あくまでそれはモノラルと比べた場合の相対的な意味合いなのであって、それ自身が
客観的に見て「高音質」という意味では決してない。だから、レコードを買う時にはそういう文言に踊らされて高いものを掴まされることのないよう
気を付ける必要があると思う。

フィニアスのピアノの腕前は鉄の剛腕という感じで素晴らしいが、同時にここが好き嫌いの評価の分かれ目になる。このアルバムも安定感抜群の見事な
弾きっぷりだが、もっとタメてフレーズを歌わせてもよかったんじゃないかと思う。これだけ上手ければ如何ようにも弾けたはずで、そこがちょっと
もったいなかったなと思う。バド・パウエルの "Celia" を入れているあたりにパウエルへの憧憬の強さが感じられるが、あと1歩踏み込んでもよかった
んじゃないかと思う。


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ブロッサム・ディアリーの残した種

2020年01月25日 | Jazz LP (Vocal)

Les Blue Stars / S/T  ( 仏 Barclay 80076 )


ブロッサム・ディアリーが1952年に渡仏して、アニー・ロスやミシェル・ルグランの姉であるクリスチャンヌ・ルグランらと結成した男女混成コーラスが
このブルー・スターズで、一般的には "バードランドの子守唄" が収録されたアルバムが知られている。オリジナルは仏バークレーの10インチで、米国の
エマーシーから12インチで切られた方がよく見かけるが、このアルバムはアメリカではリリースされていない。収録された曲にジャズのスタンダードが
入っていないからかもしれないが、詳細はよくわからない。

男女混成の場合は1人の女性を中核にして男性のコーラスが厚みを持たせるのが普通だが、このグループのように両者の比重が対等なバランスで、という
のは、それが成功しているかどうかは別にして、珍しい。立ち上げたばかりのグループということもあってコーラスとしての完成度はまだまだだが、
後にダブル・シックスへと発展するこのグループの最初の姿が捉えられているのは貴重だ。

このレコードを聴いていると、コーラスの本場はやはりアメリカだったんだなと思う。アメリカのグループの取り組み方は本腰が入っており、完成度が
まったく違う。このブルー・スターズは仲間内でちょっと集まってみて、一斉にワーッと歌ってみました、という感じで、よく言えば手作り感がある。
ただフランスでは初の本格的なグループということだったのか、こうしてきちんとレコードが残っているのはよかった。

ブロッサム・ディアリーは程なくしてアメリカへ帰国するので、このグループとしては長続きしなかった。ただし、その意志を継いで次のグループへと
発展していることから、残されたメンバーにも手応えがあったに違いない。こうしてアメリカのジャズは欧州にその種を残していったのだ。


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謎めいた雰囲気の解決

2020年01月19日 | Jazz LP (Impuise!)

John Coltrane / Coltrane  ( 米 Impulse! A-21 )


不動のメンバーが揃っての最初のスタジオ録音として知られるこのアルバムは、それまでのアトランティック時代の焦点の散漫さを脱して、ようやく
カルテットとしてのサウンドの確立と内容の方向性が決まった、ある意味ではコルトレーンの何度目かの「デビュー作」と言っていい内容だ。
ここにはコルトレーン・カルテットの音楽のエッセンスが非常に分かりやすい形で凝縮されている。この後どんどんハードドライヴしていく音楽も
突き詰めて考えれば、このアルバムの相似形による拡大だったんじゃないかと思えるくらい、このアルバムには何か象徴的なものが漂っている。

冒頭の "Out Of This World" の、如何にもこのバンドらしいハードな演奏に注目が集まるのが常だけれど、彼らがいくつかのアルバムの中で時折
見せるミドルテンポで淀んだ感情を吐き出すような瞬間を表現する "Tunji" が私には「らしい」音楽に思える。激しいだけがインパルス時代の
スタイルでは当然なく、よく見ていくと複数の多面的な側面を見せていた中の1つのムードを見事に表現している。

そして、インパルス時代のもう1つの重要な要素である硬質な抒情感の頂点として、"Soul Eyes" の決定打が入っている。コルトレーンの例の3部作は
そのわかりやすさから賛否両論あるけれど私は好きな作品群で、そういう抒情性が見事に凝縮しているのがここに収められた "Soul Eyes"だ。
こんなにも厳しく深刻に歌心を吐露したバラードが他にあるだろうか。これがコルトレーンのすべてのバラード演奏の中での最高峰だと思う。

このアルバムは昔から謎めいた存在だと思っていたが、この秋に突如リリースされた "Blue World" を聴いて、その意味がわかったような気がした。
"Blue World" はこのアルバムで吐き出し切れずに澱のように沈殿して残っていた抒情感が創り上げた演奏だったように思う。この2枚には我々の
眼には映らない深いところで通底する何かがあって、硬質さと柔軟さのバランスがここでようやく取れたんだ、と私は思った。どちらか一方だけでは
常に何かが欠落しているという居心地の悪さを感じ続けることになるが、半世紀を超えてようやくこの "Coltrane" は解決したんだと思えた。


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影の主役が創り上げる傑作

2020年01月18日 | Jazz LP (Vocal)

Nat "King" Cole / Love Is The Thing  ( 米 Capitol W-824 )


このレコードの影の主役はゴードン・ジェンキンス。マイルスの "ポーギーとベス" がギル・エヴァンスであるように、それは主役と表裏一体となり
不可分の存在である。ナット・キング・コールの代表作と言われるこのアルバムも、ネルソン・リドルだったらこうはならなかったと思う。

このオーケストラはチェロやコントラバスが効果的に使われていて、それが他の弦楽器群の高音域との効果的なコントラストを産み出し、
重厚でいてシルクのような柔らかさを実現している。ナット・コールの歌はもちろん見事だが、それ以上にオーケストレーションに耳を奪われる。

決定的名唱である "スターダスト" の、天上から降り注ぐ無数の星屑を全身に浴びるような恍惚感もこのオーケストラであればこそ、である。
毎回書いているような気もするけれど、ヴォーカル作品はバックの演奏が重要である。ヴォーカリストの歌唱だけでアルバムが傑作になることは
決してないと思う。これはどちらかと言えば総合芸術の分野だ。

ナット・キング・コールの歌唱は概ねどのアルバムでも安定した歌唱を披露していて、ハズレはない。歌手としての最盛期を迎えていたのだろう。
そういう意味では、キャピトルのアルバムはどれを聴いても満足できる。平均点の高さだけで言えば、シナトラを超えているかもしれない。
裏を返せばそれは金太郎飴ということかもしれないけれど、聴く側の期待を決して裏切らないこの人の歌手としての神髄はここにある。
唯一無二のビロードのような声質は、やはりいつ聴いても素晴らしい。


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丁寧に歌った傑作

2020年01月13日 | Jazz LP (Vocal)

David Allen / A Sure Thing  ( 米 World Pacific WPM-408 )


David Allen、その後 David Allyn という綴りになるデヴィッド・アレンは意外に長いキャリアを誇る人で、1940年にジャック・ティーガーデンの
楽団で歌手として活動を始めている。それはちょうどフランク・シナトラがトミー・ドーシー楽団で歌い出した頃で、そう考えると驚いてしまうが、
本人はシナトラを意識するよりは、ビング・クロスビーから大きな影響を受けたと言っている。

第二次大戦時に北アフリカで従軍後、ボイド・レイバーン楽団で歌った後にソロで活動するが50年代中頃にはドラッグで2年服役するなど、
そのキャリアはなかなかうまくはいかなかったようだ。その後、ワールド・パシフィックから出た初リーダ作がこのアルバムになる。

ジョニー・マンデルがアレンジと指揮をしたこのアルバムは素晴らしい出来で、50年代に出された男性ヴォーカルアルバムの中でも出色の内容だ。
それまでの誰にも似ていない堂々たる歌いっぷりで、ジェローム・カーンの名曲群を珠玉の作品としてまとめ上げた。

"A Sure Thing"、"The Folks Who Live On The Hill"、"In Love In Vain"などが特に素晴らしく、これらの楽曲でこれ以上の名唱は他に
例がないだろうと思う。ビング・クロスビーよりもダンディーで、シナトラよりも男の色気があり、ナット・キング・コールよりも優れた解釈だと思う。
丁寧に歌っているところが何よりいい。

ただ残念なので、この後が続かなかったことだ。同レーベルから翌年に第2弾が出るが、これがまるで別人が歌っているかのような弛緩した内容で、
非常にガッカリさせられる。その後も数年間隔でポツリポツリとアルバムは出るが、結局、第1作を超えるものは作れなかった。なぜだかはわからない。

そういう事情も手伝って、このアルバムは余計に重みを感じることになる。1枚しかないと思うと、ことさら大事に聴くことになるからだ。
このアルバムも30年聴いているけれど、飽きない。


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クルーナーの草分け

2020年01月11日 | Jazz LP (Vocal)

Earl Coleman / A Song For You  ( 米 Xanadu 147 )


男性クルーナーの元祖はビリー・エクスタタインと言われることが多いけれど、クルーナーというのは本来は静かに歌うイメージで、ああいうド派手な
エンターテイナーに冠するのは少し違和感がある。そういう意味では、クルーナーの草分けはこのアール・コールマンの方だろうと思う。
40年代にアール・ハインズ楽団付き歌手としてSP録音したのを皮切りに、ダイヤル・レーベルなど、活動は地味ながらも徐々に拡がっていった。

ただ、男性ヴォーカルはショー・ビジネスの世界に身を置かない限りは地味な活動にならざるを得ず、それは彼も例外ではなかった。忘れた頃になって
ポツンと録音が残っている程度で、余程好きな人を除いて誰からもまともに認知されることはなくそのキャリアを終えている。

私はこの人がとても好きなのでその音源はSPも含めて主要なものは手許に置いているけど、その中で最も優れているのがこのアルバムだろうと思う。
アル・コーンのワンホーン、ハンク・ジョーンズのトリオをバックにした素晴らしいアルバムで、ジョニー・ハートマンがコルトレーンとやったアルバムを
彷彿とさせる。私が知る限りではアル・コーンの最高の演奏はこのアルバムでの演奏だし、ハンク・ジョーンズのピアノも最高の出来で、バックの4人の
演奏だけを聴いても凄いことになっている。

クルーナーの中では最も低い声で歌う歌手で帯域が広くないので向かない曲での歌唱には難があるけれど、うまくハマると他の歌手には出せない良さを
見せる。このアルバムでもタイトルになったレオン・ラッセルの名曲での歌唱は素晴らしい。ラッセル本人の歌よりもこちらのほうがずっといい。
そして間奏で見せるアル・コーンの演奏の深み。

アルバムの数が少ないのが残念だ。ヴォーカルの世界はいい歌手なのにアルバムが少ないという人が多い、なかなか難しい世界なのだと思う。





パーカーと共演した2曲は33回転で聴けるが、こちらのファッツ・ナヴァロらとの共演はこれでしか聴けないので、しかたなくSPで聴いている。
SPはとにかく面倒臭いので嫌いなんだけど。


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最近のプレスの優秀さ

2020年01月05日 | Jazz LP (復刻盤)

Bill Evans / Green Dolphin Street  ( EU WAXTIME 950675 )


昨年4月に180gカラーワックスとしてリリースされた最新のステレオプレスということで、どんな感じなのか興味があったのでAmazonで入手してみた。
結果から言うと、大変良好だと感じた。

A面のトリオは59年の録音で、ラ・ファロやモチアンと組む前の古い音源だが、音質がビクター盤と比べるとすっきりとしている。B面のズートが入った
62年録音もビクター盤よりも音質がクリアになっていて、音場感の空間の拡がりもより自然になっている。フィリー・ジョーのドラムの音でそれが
顕著にわかる。私は録音当時は未発表だったこのクインテットの演奏がとても好きなので、これは嬉しい驚きだった。

これを聴きながら、改めて最近のプレスは非常に優秀だと思った。音質が非常にナチュラルなのだ。そして何より演奏者の音が何のバイアスもなく、
まっすぐにこちらに飛んでくる。エヴァンスの音は紛れもなくあのピアノの音で、本当にエヴァンスらしい音で鳴っている。これは音楽を聴く上では
非常に大事なことだと思う。リヴァーサイドのオリジナル盤で聴くエヴァンスの音色がそのまま鳴っている。

プレスの品質も良く、とにかくノイズがまったく出ない。従前のレコードは溝を擦る物理的な音が多かれ少なかれあったけれど、イマドキのレコードは
溝と針先がまるでぴったりとフィットしているかのように、何のノイズも出ないのだ。無音部分は本当に無音で、ノイズがイヤならCDを聴け、とよく
言っていた話も今は遠い昔話に思える。

ステレオ感が特に際立っているということはないけれど、これも極めて自然な感じで、人為的な匂いはない。サウンド面で引っ掛かるところがないので、
音楽のみに集中できる。これがなによりだと思う。

オリジナル盤にのめり込むきっかけは音質の問題が第一だったわけだけれど、こういうプレスを聴いているとだんだんオリジナル、オリジナルと騒ぐ
感覚が後退していくのを感じる。目に見えない、目立たないところで少しずつ物事が変わってきていることを感じるのは私だけなんだろうか。


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廃盤専門店の想い出 ~ Last Chance Record 編

2020年01月04日 | 廃盤レコード店

The Modernaires / Juke Box Saturday Night  ( 米 Harmony HL 7023 )


Harmonyレーベルはコロンビアの傍系廉価レーベルで、基本的にはコロンビアの古い音源を大衆向けに再編集して安い値段でレコードを提供していた。
その際にリマスターしていたようで、オリジナル音源よりも遥かに高音質で聴けて、尚且つ安く買える。これも300円だった。昔よく聴いたレコードで、
懐かしいなあ、と思いながら聴いている時に当時の記憶がぼんやりと蘇ってきた。


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私が20代後半だった頃(つまり、30年くらい前)、井の頭線の池ノ上駅近くに Last Chance Record という廃盤専門店があった。改札を出て線路を
渡って、商店街を3分ほど歩いた先にその店はあった。外観はレコード屋という感じではなく、普通の雑居ビルの1Fをちょっと間借りしてます、
という風情だった。

中に入ると、店内の右半分はクラシックの中古、左半分はジャズやソウルの中古が置かれていた。一応、レコード棚は並んでいたけど、店の内装自体は
コンクリートが打ちっぱなしのままで、かりそめに店をやってます、という感じだった。当時、クラシックとジャズの組み合わせの店は珍しく、
初めて訪れた時は驚いたものだ。レジ・カウンターの背面にはバリリQtのウェストミンスター盤が飾ってあったりした。

店員は若い感じで、ロックの店みたいな感じだった。並んでいるレコードも他店のように丁寧にパッケージされているわけでもなく、傷んだビニールに
無造作に入れられていた。如何にも海外のレコードフェアで箱ごと買付けて来ました、という感じで、そういう何もかもが海外の中古レコード屋の
雰囲気を醸し出していた。

そういう日本の感覚からは大きく逸脱した雰囲気が私は大好きだった。値段も概ねリーズナブルだったと記憶している。当時の正統派の廃盤店、つまり
ヴィンテージ・マインやコレクターズ、トニーのような老舗店へのアンチ・テーゼとして、店が始められたような感じだった。そこには暗黙の反骨精神が
感じられた。そういうところも私は好きだった。

まだ自由に使える小遣いも少なかった若輩者としては、ここはありがたい店だった。ブルーノートの4000番台のレコード、ジョー・ヘンやハバードや
ハッチャーソンなんかのレコードは大体5~6千円で転がっていたし、定番の名盤からちょっと珍しい稀少盤なんかもたまに出たりして、行くたびに
おっ!といううれしい驚きを感じることができた。壁に掛かっている高額盤もあったが、大体ほどほどの値段だったように思う。

ヴォーカル物も充実していて、上記のモダネアーズもここで拾った。確か、1,500円くらいだったと思う。高額盤ばかりを執拗に売ろうとする感じは
なく、できるだけ幅広く在庫を仕入れていたようで、とにかく掘ることが楽しい店だった。給料日には定時退社し、よく立ち寄ったものだ。

ただ、さほど長くは営業しなかったように思う。数年後のある雨の日、久し振りに店に行くとシャッターが閉まったままになっていて、それ以来、
シャッターが上がることはなかった。それは寂しい風景だった。

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下北沢周辺は今も昔も若者が独自の感覚で店をやる雰囲気が続いていて、私は好きな街だ。飲食店にしてもファッションの店にしても、ふらりと
入ると色々面白い。新しい店舗が開店し、一方でひっそりと閉店するものもある。その回転率は結構早いみたいだけど、そういうことも含めて
ブラブラと散歩するのは楽しい。それは中古レコード屋も同じで、かなりコアでマニアックな店が現れては消え、を繰り返している。

この街の移り変わる季節の中で、Last Chance Record に通うことができたのは幸せなことだったと思う。もし、自分が中古レコード屋をやるなら、
この店のような感じにしたいなあ、と思うのだ。そういう中古レコード屋だった。


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