廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

本格派のモダン・ジャズ

2024年07月21日 | jazz LP (Atlantic)

Harry Lookofsky / Stringsville  ( 米 Atlantic Records 1319 )


ジャズの世界でヴァイオリンと言えばステファン・グラッペリやジョー・ヴェヌーティ、レイ・ナンスが頭に浮かぶが、彼らの音楽はモダンからは
距離があり、日常的に聴こうという気にはあまりなれない。そう考えると、モダン・ジャズに正面から取り組んだヴァイオリンと言うと、
おそらくはこのアルバムが唯一のものかもしれない。ハープやフルート、オーボエなんかでジャズをやっているアルバムはそこそこあるのに、
ソロ演奏に向いているヴァイオリンのアルバムがほとんどないのはよく考えると不思議だ。

このアルバムはハンク・ジョーンズ、ミルト・ヒントン、ポール・チェンバース、エルヴィン・ジョーンズがバックを務める本格派のモダン・ジャズで、
全体的に素晴らしい音楽が展開される。特にハンク・ジョーンズの演奏が光っており、"Somethin' Else" で聴けるような音数を抑えた漆黒のシングル
トーンが見事だ。ずっしりとした重量感のあるサウンドで、腰の据わった素晴らしいジャズが聴ける。

冒頭の " 'Round Midnight" がダークな雰囲気の名演で、原曲の曲想をうまく生かした展開はこの曲の数ある名演の中に列挙される。この曲はその
曲想が素晴らしいので、変に崩して演奏してもらっては困る。よく取り上げられる楽曲だがそれをわかっている演奏は意外に少ないので、これは
貴重な演奏である。

ヴァイオリンだけでは単調になると思ったか、管楽器を少し入れた演奏も含まれるが、飽くまでも軽いオブリガート程度のサポートでしっかりと
ルーコフスキーが主役の演奏となっている。演奏に重みを付けるためにテノール・ヴァイオリンも使っていて、なかなかよく考えられた構成にも
なっている。ヴァイオリンだけが目立つことなく、全体的に厚みのあるしっかりとした音楽になっているところが非常に素晴らしい。

西洋音楽の主役であるヴァイオリンもジャズの世界では肩身が狭かったのか、これだけのアルバムが作れるにも関わらず、この人のアルバムは
この1枚だけで終わった。もともとジャズという音楽はクラシック音楽の要素の流入を頑なに拒んできたようなところがあるし、当時は聴き手も
敢えてそれを望まなかったのだろう。でも、私は寺井尚子のデビューアルバムは大傑作だと思うし、決して親和性が低いとは全然思わない。
今後はもっと増えて欲しいと思う。



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廃盤レコード店の想い出 ~ 川崎TOPS編

2024年07月13日 | 廃盤レコード店

Harold "Shorty" Baker / The Broadway Beat  ( 米 King Records 608 )


ネットを見ていたら、少し前に閉店した川崎の中古レコード店TOPSのご主人だった渡辺さんが亡くなられたらしい、という話が出ていた。
本当なのかどうかは確かめようがないのでそのことにはこれ以上触れず、まだ想い出話をするには記憶が生々しいけれど、それでも楽しく
通ったこのお店への感謝を込めて私の想い出を少し書き記しておこうと思う。

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トップスのことを知ったのはもう十数年前のことで、ネットでレコード店を検索していた中でのことだったと思う。在庫の回転が遅いので
頻繁にお店に行くことはなかったが、四季の移り変わりに合わせて年に4回くらいの感じでお邪魔していた。お店のHPは大体2~3カ月に1度
くらいの頻度で更新されて、新着レコードが店頭に出ていた。最初の何年かはお店に入る時に会釈するくらいだったが、そのうちに少しずつ
お話をさせていただくようになり、後半は毎回小1時間くらい雑談をするようになった。優しく気さくな方で、レコードを買う目的が半分、
雑談する目的が半分くらいの感じでお店に行っていた。

店内の雑然として何もかもが色褪せた感じに最初は面喰ったが、いざ在庫を見ていくうちにこれは尋常じゃないということに気付く。
通ううちに、このお店は国内最高のジャズレコード店だと確信するようになった。

とにかく、各アーティストのアルバムがカタログ番号順的にほとんどと言っていいくらい順番に常時揃っていることが何より驚異的だった。
1枚売れても、いつの間にか欠番が補充されている。買い取りで仕入れたらすぐに店頭に出して、を繰り返すスタイルではなく、店頭には
常時そのアーティストの主要なタイトルは番号順に揃えておく、というポリシーのようなものに基づいてレコードが並んでいた。
もちろん、定番の人気作は何度出してもすぐに売れてしまうので欠番になっているものは多かったが、人気の有る無しや高額低額という基準
ではなく、そのアーティストの作ったアルバムにはすべて同等の価値がある、という考えに基づいて在庫が揃えられているのは明からだった。
だから、あるアーティストのとある地味なアルバムが急に聴きたくなった時にHP上の在庫リストを見るとほぼ間違いなく在庫があるという、
ちょっと他のお店では考えられない買い方ができるところで、そういう意味でここは最高のお店だと私は思っていた。在庫のラインナップは
中古レコード店というよりは、まるで図書館のそれを思わせた。

更に驚かされるのは、それらのレコードの多くが傷のないニアミント状態だということだった。在庫として残っているのは傷盤ばかり、という
他のお店とはまるで違う光景が広がっていた。美品であることをことさら大げさに宣伝する他のお店のようなことは一切せず、美品であることは
当たり前でそれが何か?という感じだった。

値付けは昔の廃盤店のイメージを崩さす、その時の市場価格の動向などに左右されることなく、3千円~8千円あたりが主力帯だった。
高額盤に利益を頼るような売り方はせず、飽くまでもレコード1枚1枚を大事に売っていくというスタイルだった。高額廃盤も少しだがあること
にはあって、店の奥の棚の上にジャケットだけを無造作に少し並べてあった。本当はこんな高いレコードは売りたくないんだけど・・・という
風情で、どちらかと言えば仕方なく出してあるという感じだった。ジャケットだけを古びたビニール袋に入れて立てかけてあるので、中には
湾曲しているものもあったりしたが、そんなことにはお構いなしという感じだった。

渡辺さんのヴォーカル好きを反映してかヴォーカルの在庫が特に充実していて、その物量やラインナップは圧巻だった。ここにくれば大抵の
ものは見つかった。ビッグ・バンドやオールド・ジャズも同様に充実していて、他のお店のように人気が無く売れ残ったから仕方なく在庫がある、
というのではなく、ちゃんと意図して在庫が揃えられていた。

人気のある高額盤や俗に言う「大物」ばかりを仕入れて大袈裟に宣伝して集客するということは一切せず、各アーティストの作品群をレーベル別に
できるだけたくさん揃えて店頭に並べて、それらをリストとしてひっそりと公開し、日々お客さんが来るのを待つというスタイルはおそらくこの
お店以外では見られないスタイルだったろうと思う。渡辺さんに言わせると「全部1人でやっているから大変でそこまでいろんなことはできないよ、
パソコンのこともよくわからないし」ということだったけど、その穏和な人柄の裏には寡黙な哲学が硬い岩盤のように隠れていた明らかだった。

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店を始めた頃はアメリカによく買い付けに行っていたそうで、その時の話を聞くのが面白かった。別に店をやるわけではないけれど、いつか
私もそういう旅をしてみたいと思った。東京の中古レコード屋同士の繋がりの話やお店に来るお客の話や、その他いろんな話をゆるい感じで
よくした。ジャズのレコードが好き、という共通点だけでよくもまあこれだけ話が続くものだと思いながらも、私がそろそろ話しを切り上げて
帰ろうとすると、「そういえば、」とか「ところで・・・」と引き留められることもあったりして、そんな感じだからここに行くときは休日ではなく、
平日に行くようにしていた。

数年前に癌の手術で入院してからはだいぶ気が弱くなったようで、お店を引き継いでくれる人がいないかを探していたりもした。結構問い合わせが
あったらしいけどうまく見つからず、やがては探すのは諦めたようだった。私の印象ではそんなに真剣に探していたような感じではなかったし、
ずっと黒字経営だったことがささやかな誇りだったから、簡単には手放すつもりもなかったのだろう。「どう?買わない?」と訊かれたけど、
そんなお金があるわけないし、来るか来ないかわからないお客を待って店にずっと座っているなんて私にはできないと言うと、笑っていた。

年に数回訪れる程度だったので、行く時はいつもまとめ買いをすることが多くて、毎回1割くらいは値引きをしてくれた。このお店で買ったものは
いつも携帯のメモ帳に記録していて、次に来た時に買おうと思うアルバムを備忘録として書くことにしていた。それによると、私が最後に行った
のは2023年7月1日で、19,000円分買って17,000円に値引きしてくれている。

渡辺さんはHPに簡単なブログを書いていていつもそれを楽しく読んでいたのだが、その年の12月に体調不良でしばらく休むという記事が上がった。
養生に専念するので再開は未定とのことで心配していたが、春先に店の中がすべて片付けられて店舗は空っぽになった。登るのが大変な急な階段の
先にいつも立っていたエリック・クラプトンのポスターも何もかもがきれいになくなっていた。お店のHPも削除されてしまい、もう見ることは
できない。完全に終わったということなんだろう。最後に話した時に倉庫にまだ在庫が2,000枚くらいあると言ってけど、それらを含めてお店に
出ていたあの大量のレコードはどうなったのだろう。

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ここで買ったレコードはたくさんあるが、このショーティー・ベイカーもその中の1枚。ユニオンで出れば2~3,000円くらいなのはわかっている
けれど、こういうオーセンティックで由緒正しいレコードはこういうオーセンティックなお店で買うのが相応しいので、その倍くらいの値段で
買った。盤もジャケットも新品同様である。こういうレコードは持っているだけで嬉しい。ジャケットも最高だ。

ハロルド・ショーティー・ベイカーがワンホーンで軽快に伸び伸びと吹き切る明るく穏やかなアルバムで、エリントニアンのレコードの中では
私はこれが一番好きだ。"Love Me Or Leave Me" や "Close Your Eyes" なんかでは意外とモダンな横顔が垣間見える。本腰を入れて何年も探さないと
手に入らないタイプのレコードだけど、これでしか聴くことのできない愉楽が詰まった素晴らしいレコード。

トップスはこういうレコードと出会える得難いお店だった。レコードを一通り見ようと思ったら1時間ではとても足りず、時間をかけて何枚か
選んで、渡辺さんと他愛もない話をして、傍のドトールで煙草を何本か吸ってから帰る、そういう穏やかな日々は失われてしまったけれど、
その想い出はレコードと共にいつまでも残るだろう。



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70年代に向けた萌芽

2024年07月06日 | Jazz LP (Prestige)

Herbie Mann, Bobby Jaspar / Flute Souffle  ( 米 Prestige Records PRLP 7101 )


プレスティッジと言えばマイルスだったりロリンズだったりコルトレーンのイメージがあり、演奏者のプレイそのものに集中して聴くことが多い
けれど、ハービー・マンもボビー・ジャスパーもフルートとテナーの両刀使いで、どちらがどの演奏なのかよくわからないこともあり、演奏の個性を
愉しもうという聴き方をするとあまり面白くないということになって駄盤扱いされがちである。ところがこういうタイプのレコードは音楽自体を
味わおうと思って聴くとまったく違った感想が湧いてきて、認識が変わるものである。

冒頭の " Tel Aviv " はハービー・マンが作ったマイナー・キーの曲だが、これがとてもいい。ほの暗く、ゆったりと大きく揺れるような感覚。
テナーはおそらくボビー・ジャスパーだろうと思うが静かに枯れた演奏で味わい深く、トミー・フラナガンのピアノが端正で穏やかで素晴らしい。
プレスティッジらしい、憂いに満ちた曲想に魅了される。この1曲で、このアルバムは名盤確定である。

B面冒頭の " Let's March" も同様にハービー・マン作だが、これもマイナー・キーの佳曲。ここでもフラナガンのピアノがエレガントで素晴らしい。
ウェンデル・マーシャルのベースがイン・テンポでよく弾んでおり、これが楽曲の良さを更に引き立ていて見事だ。

ハービー・マンは50年代からいろんなレーベルに録音があってレコードはたくさんあるけど、それらを聴いてもあまり面白くない。この人の真価が
発揮されるのは70年代に入って以降である。多作家で作品はものすごくたくさんあるので聴いていくのは大変だけど、素晴らしいものが結構あって
驚かされる。フルートという楽器はハード・バップという音楽形式には根本的に馴染まず、その良さを発揮することはなかったけど、音楽が多様化
する70年代以降になるとこの人の独特の音楽センスが花開いた感がある。このアルバムはその萌芽が感じられるところがある。



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たった1枚のリーダー作(2)

2024年06月23日 | Jazz LP

Richard Williams / New Horn In Town  ( 米 Candid Records CJM8003 )


リチャード・ウィリアムスの演奏はいろんなところで聴くことはできるけれど、リーダー作はこの1枚しかない。しかもそれがキャンディドなんて
日陰のレーベルだったこともあり、ここまでたどり着ける人はあまりいない。でも、たどり着けた人は幸いである。何と言ってもこのアルバムは
最高に素晴らしい作品だからだ。ビッグバンドを渡り歩いたそのキャリアが影響したのかもしれないけど、一時期ミンガスのグループにいたことが
あって、その縁でミンガスがキャンディッドへ紹介したとも言われているけど、その辺りの経緯はよくわからない。

共演しているメンバーも彼と同じようなタイプの人たち、つまり実力はあるのにリーダー作には恵まれなかった人たちばかりが見事に揃っていて、
よくもまあここまで、という感じなんだけど、だからこそ一層このクオリティーの高さには驚くことになる。昔はこのアルバムの良さはそこそこ
知られていたが、今では完全に忘れられた感がある。

よく鳴るトランペットだが、ただ音が大きいだけではなく、優雅で内省的な響きを帯びていて抒情感が濃厚な音色。音程も正確で運指もなめらか。
それらの美点は2曲のバラードで真価を発揮する。よく歌うメロディーで心を奪われる至高の名演だ。その他の楽曲でもトランペットの音色が
印象的で、単なるストレートなハードバップには終わらずワンランク格上げされた音楽になったような感じだ。そこが素晴らしい。

このアルバムは1960年の9月にニューヨークで録音されているが、それはこういう粋なハードバップの演奏ができるのはギリギリの時期だった。
もはや独自の個性が求められる時代であり、いくら音楽が良質であってもそれが他人を押しのけるようなものでないと生き残れないような状況
だったせいでこの後が続かなかったんだろうと思う。このアルバムを聴いていると押しつけがましさのない素直さを感じるけど、こういう人柄の
良さだけではアルバムを作ることは許されなかったのではないだろうか。そう思うと何とも切ない気持ちになる。



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複雑な思い(2)

2024年06月15日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Bud Shank / Bud Shank Plays Tenor  ( 米 Pacific Jazz Records PJ-4 )


バド・シャンクのレコードはたくさん残っていていろいろ聴いてきたが、いいと思えたアルバムは非常に少ない。アルバム作りが下手だったという
ことなんだろうけど、そんな中でこのアルバムは出来がいいと思った数少ない一枚。

まず、楽器の持ち替えをせず、サックス1本でじっくりと吹いたところが何よりいい。正直言って、この人のフルートには良さは何もないと思う
けど、本人は気に入っていたのか、アルバムの中で多用した。でも、これが聴いていてまったく面白くない。早く次の曲に行ってくんねえかな、
と思いながら聴くことになり、面白くないからそのアルバムは聴かなくなるのだが、このアルバムにはそれがない。

そして、意外にもテナーの演奏に味わいがある。音色はズート・シムズに似ていて、フレーズはスタン・ゲッツによく似ている。イメージしやすい
ように説明するとそういうことになるが、それらの物真似をしているということではなく、この人独自の個性として演奏によく表れている。
音色に深みがあり、リズムによく乗る演奏で素晴らしいと思う。ズートやゲッツのワン・ホーンアルバムを聴いた時と同様の満足感が残る。

バックのトリオは当時の常設メンバーで "Quartet" と同じだが、こちらの演奏は悪くない。クロード・ウィリアムソンも別人のような陰影感のある
演奏をしており、音楽全体が上質な仕上がりになっている。このアルバムはワン・ホーン・テナーの傑作と言っていい。

でも、それがアルト奏者だったはずのバド・シャンクのアルバムだと言うところがなかなか複雑なのである。たくさんのアルバムを作る機会があり、
実力も十分あったはずなのに、なぜアルトでこれが出来なかったのかと文句の1つも言いたくなる。これは57年の録音で、彼は60年代に入っても
アルバムを作ったがイージーリスニングの色が濃くなり、ジャズの主流からは遠のいていく。渡欧せずアメリカに残って音楽で食っていくには
そうするしかなかったわけだが、おそらくそれは本意ではなかっただろう。50年代後半のごく限られた短い時期にどれだけの傑作を残せたかで
その後の評価が決まったこの世界で決定打が出なかったのは何とも惜しいことだった。



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複雑な思い

2024年06月08日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Bud Shank / Bud Shank Quartet  ( 米 Pacific Jazz Records PJ-1215 )


バド・シャンクと言えばまずはこれなんだろうけど、このアルバムを語るのは難しい。

バド・シャンクを素晴らしいアルト奏者だと認識したのは、とある動画を見た時だった。(https://www.youtube.com/watch?v=P-keeHBoz8A
ワンホーンで前傾姿勢と取りながらひたむきに疾走する演奏がカッコよく、なんて素晴らしいんだろうと思った。そして、この素晴らしさが
彼のレコードには収められていないのが残念だなあとも思った。

退屈なアレンジものを量産した西海岸のレーベルの中でこのレコードは目を引く存在だ。アンサンブル要員の1人に過ぎなかった彼が群れの中から
抜け出してワンホーンで臨んだ作品で、ジャケットの意匠も素晴らしく、本来であれば名盤となるはずだっただろうけど、そうはならなかった。

まず、バックのピアノ・トリオの演奏が単調過ぎる。クロード・ウィリアムソンの悪いところが出ていて、抑揚も陰影もなく一本調子な演奏は
単調で味気ない。ベースとドラムの演奏も弱々しくて覇気がなく、音楽に厚みがない。この凡庸さが悪目立ちしていて、バド・シャンクの演奏の
良さを感じる上で障害物になっている。

選曲もあまり良くなくて、音楽的魅力に欠ける。演奏仲間のボブ・クーパーやウィリアムソン作の曲を取り上げる気持ちはわかるけど、楽曲と
してはつまらないし、そこにエリントンやマイルスの曲を入れても喰い合わせが悪い。せっかく "All This And Heaven Too" なんていうメル・
トーメも歌ったいい曲を取り上げているんだから、そちらに寄せてもよかったのではないかと思う。曲が良ければ他の欠点をカバーしてくれる
場合もあるのだが、それがここではなかった。

このアルバムは1956年の録音で先の動画の6年前ということもあり、バド・シャンクの演奏は上手くてきれいな演奏ながらもその1歩先の力強さに
欠けていて、演奏の力で聴き手を説得するようなところがまだない。観賞する上では申し分ないけれど、あと少し訴求力があればもっといいのに
と思わずにはいられないところがあるのが惜しい。

まだ若い頃の演奏だから多くは望まず、もっと寛容な気持ちで聴けばいいのはわかっているけれど、退屈な演奏が多いウェストコースト・ジャズの
中では「これは」と期待させる条件が揃っているレコードなので、つい、ぜいたくなことを言ってしまう。そういう複雑な気持ちになるのが
このレコードなのではないか。



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小ネタ集(国内初期盤の音質はどうなのか)

2024年05月30日 | Jazz LP (国内盤)

ケニー・ドーハム / しずかなるケニー  ( 日本ビクター株式会社 RANK 5086 )

音圧が低くこもっているので、ボリュームを上げて聴くことになる。音量を上げると、音像は立ち上がってくる。各楽器の解像度は悪いが、
ドラムの音色が空間に響く様子は再現されている。ただ、全体的に薄いベールをまとったような音質で、お世辞にも音がいいとは言えない。
やっぱりこのタイトルはステレオプレスに限る。




ケニー・ドーハム五重奏団 / ケニー・ドーハムの肖像  ( 日本ビクター株式会社 RANK 5063 )

こちらの音質はまずまずといったところで悪くない。オリジナルと比較してもさほど大きくは遜色ない、と言ってもいいのではないか。
これが出ているならモンテローズの方も出ていておかしくないはずだが、見たことがない。出なかったのだろうか・・・




カール・パーキンス / イントロデューシング  ( 日 JAPAN SALES CO., LTD. TOKYO LPM 20 )

音圧が低く、ボリュームを上げて聴くことになる。音質自体は精彩があるとは言えない。ジャケットはオリジナルに忠実だが、パーキンスの
顔が写真そのままではなく修整されていて、それがなんだが作るのに失敗した人形のような顔になっていて怖い。ただ、盤のほうはフラット
ディスクになっていて、しっかりとした作りになっている。発売元の会社は当時は芝公園に居を構えていたらしい謎の会社で、そのカタログを
見るとファンタジー・レーベルのレコードを主に再発していたみたいだが、なぜかこれやアーゴの "ZOOT" なんかも混ざっている。
これが出ているのであればデックスの方も出ていてよさそうなものだが、見たことがない。




マイルス・デヴィス五重奏団 / シネ・ジャズ/マイルス~ブレイキー  ( 日本ビクター株式会社 FON-5002 )

音質は頑張っていて、オリジナルとさほど変わらない。複数のジャケットデザインがあるが、私はこのジャケットが1番好きである。
このタイトルは10インチで聴くのには向いておらず、12インチか、若しくはCDで聴くのがいい。CDは音が良くて、未発表トラックも
多数含まれていて素晴らしいと思う。元々が端切れのような断片のような楽曲たちなので、未発表トラックと並べても特に違和感なく聴ける。



最近、中古市場でペラジャケを見ることがめっきり減ったような気がする。処分する人が減ったのか、海外に流れているのか、それとも
お店が抱え込んで出し惜しみしているか。いずれにしても、漁盤はずいぶんとやりにくくなった。最後にペラジャケを拾ったのがいつだったか、
値段は覚えていても時期は思い出せない。

以前は仕事帰りに時間が早ければ店に寄って小一時間くらい遊んで帰るのが楽しかったが、それも今は昔。特にユニオンは少し前から
利益追求型へと露骨に舵を切っていて、以前のいい意味での緩さやいい加減さがなくなり、店舗の魅力が色褪せた。今は店舗に行っても、
「おお、これは!」というのがなく、何となく足も遠のきがち。


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たった1枚のリーダー作

2024年05月19日 | Jazz LP (Time)

Tommy Turrentine / S/T  ( 米 Time Records T/70008 )


トミー・タレンタインのリーダー作はこの1枚しかない。40年代からプロとして活動していたが、そのキャリアはビッグ・バンドのメンバーとしてが
メインで、ソロ活動にはあまり積極的ではなかったようだ。トランペットの腕はしっかりとしているのでポツリポツリとサイドマンとして参加
しているアルバムはあるのだが、そのどれもが印象は薄い。弟のスタンレーとは違い、性格的に前に出ようとするタイプではなかったのだろう。

ただ、ここでの演奏をあらためて聴くと、その輝かしい音色や安定したフレーズに「こんなに上手かったっけ?」と驚かされることになる。
瞬発力で聴かせるのではなく、じっくりと長いフレーズで聴かせるタイプなので聴き手に強い印象を残すことがないのだろうが、よく聴くと
演奏力の高さはすぐわかる。でもリーダー作の割には第1ソロは弟に吹かせたりゲストのプリースターにやらせたり、と自身の演奏スペースは
さほど長くなくて、そういうところも彼の印象が前に出てこない要因になっている。

ビッグ・バンドでの経験からの影響か、3管編成で重奏するテーマ部を持つ曲が多く、アレンジの仕方もビッグ・バンドがよくやる処理になっている
箇所が所々見られる。ハードバップの疾走感を表現するよりは管楽器の重奏パートで音楽に厚みを持たせようとするアプローチになっている。
それがここでの音楽をマイルドな印象に仕上げていて、そういうところにもこの人の人柄が反映されているのではないかと思う。

それでも音楽の基調はハードバップで、トミーが作曲した "Time's Up" や "Two,Three,One,Oh!" などは哀感が漂う名曲で聴き惚れる。
スタンレー・タレンタインは後年のアクの強いプレイとは違ってストレートに重い音色を鳴らしていて見事な演奏を聴かせるし、普段は田舎臭い
雰囲気のプリースターも明るめの音色でクッキリとしたソロを取っていて、演奏全体の纏まり感や質感は非常に高く素晴らしい。
タイム・レーベルらしく音質も良く、これはいいレコードである。



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Kevin Grayは現代のRVGになれるか

2024年05月12日 | Jazz LP (Milestone)

Joe Henderson / Power To The People  ( 米 Craft Recordings / Concord CR00655 )


Kevin Gray がリマスターして再発されるレコードの勢いがすごい。筆頭はブルーノートのシリーズだが、それだけにとどまらず、痒い所に手が届く
ようなタイトルも手掛けていてなかなか目が離せない状況となっている。本当なら片っ端から買って聴いてみたいところだが如何せん値段が高過ぎて
簡単には手が出せず、大抵は指をくわえて見ていることが多いのだが、このタイトルだけは反射的に手が出た。

数年前にジョー・ヘンダーソンのアルバムを聞き直そうといろいろ物色した時にこのアルバムはどうしても見つからず聴けず仕舞いだった。
最近海外のジョー・ヘンダーソンの値段高騰が凄まじく、右に倣えで国内の中古価格も異常な値段が付けられるようになっており、もう聴けない
かなあとあきらめかけていたところだったので、これには小躍りした。元々60年代末の作りが安っぽくなった時期のレコードだからオリジナル盤
にこだわる必要はなく、却って現代の丁寧な作りのものの方がいい。音質もケヴィン・グレイが関与しているのだから大丈夫だろうと思ったが、
これが大当たりだった。

このアルバムの肝はハービー・ハンコックのエレピで、幻想的で浮遊感溢れるサウンドが凄い。ハービーはエレピを従来のジャズピアノのような
使い方ではなく音楽の背景を描くように使っていて、こういうところがロック的な発想で音楽の建付けが根本から違っている。そういう中を
ヘンダーソンのサックスが硬質に引き締まった音色で切り裂くように鳴っており、快楽的である。全体的には叙情的な雰囲気ながらも芯は非常に
硬派なジャズが展開されていて、そのバランス感が絶妙で素晴らしい。

そういう音楽的な感動を支えるのがこのレコードから流れてくる音質。楽器1つ1つの音が丁寧に磨かれたかのように輝いていて艶やかで、
この音楽の実像がありありと浮かび上がってくる。オリジナル盤は聴いていないので比較はできないが、この音質であれば変にオリジナルなど
聴かない方がいいのではないかと思えるくらいに生々しく仕上がっていて、これは素晴らしいレコードだと確信できる。

日本が復刻する場合はいかにオリジナルに近づけるかという発想になりがちだが、それだと結局オリジナルを探せばいいじゃんということになる。
しかし、Tone Poetシリーズに代表される海外の最近の復刻は既存の音源からまったく別の良さを引き出そうとしていて、根本的に発想が違う。
そこには新しい価値が提供されており、かつてのジャズが別の魅力を携えて蘇えるという創造的な仕事をしている。それは、古いSP録音の音源に
磨きをかけてまったく新しい録音であるかのように仕立て上げたヴァン・ゲルダーのやったことに似ている。今まさにその中心をケヴィン・グレイが
担っているのだろう。彼は新しい時代のヴァン・ゲルダーになれるだろうか?



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小ネタ集(Savoyのセカンドレーベルはダメなのか)

2024年05月06日 | Jazz LP (Savoy)



Curtis Fuller / Imagination  ( 米 Savoy Records MG 12144 )


結論から言うとダメではなく、全然アリである。なぜなら、音がまったく同じだからだ。

上段があずきレーベルでセカンド、下段がマルーンレーベルでオリジナルということになるが、どちらにも手書きでRVGとX20の刻印がある。
盤の違いはオリジナルには浅い溝からあることと貼られているレーベルの種類が違うというだけで、それ以外は特に違いはない。
ジャケットのデザインは大幅に変更されているがどちらもなんだかなあというデザインであるところは一緒で、頼りない感じの作りも同じだ。

音は、当たり前ながら、どちらも同じ音が出てくる。典型的なサヴォイのヴァン・ゲルダーの音で、鮮度のいい音で聴ける。
ヴァン・ゲルダー・サウンドと一口で括られることが多いけれど実はそうではない。ブルーノートのRVG、プレスティッジのRVG、サヴォイのRVG、
インパルスのRVGは皆それぞれ音が違う。ヴァン・ゲルダーはレーベル毎に音質を変えており、且つ同一レーベル内では音質を揃えている。
意図してレーベル・カラーというものを作っていたということで、こういうところにこの人の感性と技術力の卓越性があった。

セカンド・レーベルをきちんと聴いていくと「オリジナルが1番音がいい」という言説は正しくないということがわかってくる。



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小ネタ集(Riversideのセカンドレーベルはダメなのか)

2024年05月03日 | Jazz LP (Riverside)



Wes Montgomery / The Incredible Jazz Guitar Of Wes Montgomery  ( 米 Riverside Records RLP12-320 )


結論から言うとダメではなく、全然アリである。なぜなら、音はまったく同じだからだ。

ウェス・モンゴメリーの "インクレディブル" を例にすると、上段が青大レーベルでセカンド、下段が青小レーベルでオリジナルだが、青小レーベル
には BILL GRAUER PRODUCTIONS の後にINC.ロゴの入るものがあってそれが青小レーベルのセカンドプレスになるので、厳密に言うと青大
レーベルはサードプレスくらいになる。

この2つを比べてみると、違いがあるのは盤の材質というか仕上げが少し違っていることと貼られているレーベルが違うくらいで、ジャケットは
まったく同じものが使われている。だからレコードを実際に手に取って見てみると、その質感はほとんど同じで何も変わらない。青大は2年後の
リリースということになっているが、製造自体はそんなには離れていないんじゃないかと思う。

で、肝心の音質だが、これがまったく同じ音。注意深く聴き比べてみるけど、まったく同じ音質だ。タイトルによっては違うものもあるかも
しれないが、エヴァンスの "ポートレート" も以前青大を持っていて聴き比べていたがまったく同じ音だったから、おそらくは多くのタイトルで
同様だろうと思う。これはプレスティッジのN.Y.CレーベルとNJレーベルでも同じことが言える。

この2つの価格差はおよそ7~8倍。今はオリジナルの価格が以前の2~3倍になっていて、すべてのタイトルをオリジナルで聴くのは不可能だから、
セカンドであっても躊躇することなく聴けばいいと思う。50年代のレーベルは概ねどれもオリジナルとセカンドの製造時期は隣接していて、同じ
マスターテープを使い、同じ技師がカッティングしているケースがほとんど。現在ネットやSNSでさかんに語られている "オリジナル神話" は
レコード人口の増加に伴い話の内容が雑になってきていて質も劣化しているので、自分の耳で確かめるのが1番いい。



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ミルト・ジャクソンとワンホーン(2)

2024年04月28日 | Jazz LP (Savoy)
Milt Jackson, Frank Wess / Opus De Jazz  ( 米 Savoy Records MG 12036 )
 
 
ミルト・ジャクソンとワンホーンによる代表作ということになると、やはりこれが筆頭ということになる。フルートをホーンという言葉で扱っていいのか
どうかは微妙な気もするけれど、ジャズの世界では毛嫌いされるフルートでここまで素晴らしい作品となったのはほとんど奇跡のように思える。
 
その成功の原因はとにかくフランク・ウェスがフルートを丁寧に静かに吹いたことに尽きる。そしてなぜフランク・ウェスがそんな風に静かに吹いたかと
いうと、収録された全曲が静かで穏やかなテンポで設定されたからだ。こういう雰囲気の中ではフルートでがなり立てる必要がそもそもなかった。
 
フルートは大きな音を出すようには設計されていないので、元々ジャズには向いていない。なのでジャズの中で大きな音で感情的に吹こうとすると
風切り音になってしまう。それはこの楽器本来の音ではないから、耳障りで不快な騒音としか感じられなくなる。それがわかっているから、ここでは
フルートがその本来の美しい音色を発揮できるよう静かな楽曲が選ばれている。
 
その最たるものが "You Leave Me Breathless" で、この曲を初めて聴いた時の衝撃は凄まじいものがあった。深淵の奥底から立ち昇ってくるその幽玄さは
ジャズというにはあまりに異質で、それでいて目が眩むような美しさを放っている。Opus という単語を使っていることからもわかるように、音楽的な
質の高さに制作側も驚いたのだろうと思う。
 
そして、ここで展開される音楽の総仕上げをするのがヴァン・ゲルダー。クールな残響感で全体を大きく覆い、楽器の音色の美しさを最大限に引き出した
録音と再生は単なる技術論で語るにはあまりに芸術的で、ここでの彼は録音技師としてではなく音楽の創造に携わった芸術家の1人として語るに相応しい。
 
 
 
 
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ミルト・ジャクソンとワン・ホーン(1)

2024年04月22日 | Jazz LP (EmArcy / Mercury)

Milt Jackson / In A New Setting  ( 米 Limelight LM 82006 )


繊細で上質でブルージーなミルト・ジャクソンは、意外とワン・ホーンがよく合う。本来であればそういう持ち味を味わうにはシンプルな構成の方が
良さそうなものだが、管楽器が1本入ることでその分音楽に幅ができるからかもしれない。リード楽器でもあり、和音楽器でもあるこの不思議な
音色を持つ楽器はある時は背景として、ある時は相方として管楽器に寄り添う。その理想形の1つがミルト・ジャクソンのアルバム群の中にある。

マッコイ・タイナー、ボブ・クランショウが参加しているところがいかにも60年代だが、メインストリーム・ジャズながら音楽が古臭くないところが
こういうメンバーに依るところなんだろう。でも、音楽が60年代の箍が外れた感じはなく、しっかりとメインストリームに漬かっているのは
ジミー・ヒースという中庸のサックス奏者のおかげだろうと思う。誰一人尖ったことをやろうとはせず、ミルト・ジャクソンという大物を立てながら
足並みを揃えて演奏を進めていく。

静かな楽曲ではマッコイのピアノの音色が美しく、まるでコルトレーンの "Ballads" のような雰囲気があるし、マイナー・キーのアップテンポな
楽曲ではまるでルパン三世のサントラかと思わせるような粋な演奏を聴かせる。そんな風に、このアルバムは何より音楽が素晴らしい。
おそらくはロックの影響か、各楽曲の演奏時間が短く設定されており、途中でフェイド・アウトするような編集を施されたものもあったりして、
もっと聴きたいという気持ちを搔き立てながらもダレることなく小気味よくサクサクと進んでいき、これも悪くない。

頑固な50年代のジャズに固執することなく、もっと軽やかにステップを踏むような感じが何とも爽快で、それでいて注意深く聴くととても高度な
演奏力に支えられていることがよくわかる、素晴らしい内容だ。ライムライトはいいレコードを作った。このレコードは私のお気に入り。



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選曲の良さに見る天才

2024年04月13日 | Jazz LP (RCA)

Bud Powell / Swingin' With Bud  ( 米 RCA Records LPM-1507 )


レッド・ロドニーの演奏する "Shaw Nuff" を聴いていてすぐに思い出したのがこのパウエルの演奏で、私の中ではこの曲の基準はパウエルのこの
レコードになっている。もちろんパーカー&ガレスピーの演奏がマスターピースで、管楽器で演奏するのが正道だろうと思うけど、ピアノで弾く
この曲の良さには独特なものがあるのを証明している。ピアノ奏者が演奏している例は少ないようだけど、ビ・バップを作った面々の一人である
パウエルならではということなのだろう。

バド・パウエルはモダン・ジャズ・ピアノの演奏スタイルを作った人なのでその路線で語られることがほとんどだけど、私はそういう話にはあまり
興味がなくて、この人の音楽センスにシビれて心酔している。このレコードはたくさん残っているパウエルの記録の中でもそういう彼のセンス、
つまり作曲能力や素晴らしい楽曲を選ぶセンス、そして音楽の良さを大事にする演奏という点で筆頭に挙げられるものだと思っている。

彼は素晴らしい曲を書ける人で、ここでは名曲 "Oblivion" や "Midway" が収録されている。"Oblivion" はマーキュリー盤が初演であちらはソロ演奏
だけど、こちらはトリオでより豊かな雰囲気に仕上がっている。いくら演奏力が高くても、楽曲がつまらなければ聴いていても面白くない。

また、演奏する楽曲を選ぶセンスにも長けていて、このアルバムではジョージ・シアリングの "She" やトミー・フラナガンがムーズビル盤で冒頭に
置いた "In The Blue Of The Evening" 、ジョージ・デュヴィヴィエの "Another Dozen" のような名曲を選んでいる。マイルスやキース・ジャレットが
選曲力の良さで知られているけど、その元祖はパウエルだったのだと思う。これらの知られざる名曲があるあかげで、このアルバムは上質な香り
が濃厚に漂う仕上がりになっている。

そして、こういう優れた楽曲たちの原曲が持つ良さを最大限に生かすように旋律を大事にしながら驚異的なアドリブを混ぜて弾くところに
バド・パウエルのバド・パウエルたる所以がある。演奏力の凄さだけではなく、総合的に豊かな音楽を生み出す天才を感じるのだ。

そして、このジャケットの写真はバート・ゴールドブラットが撮影している。写真の構図としては平凡だが、なぜか心に残る写真ではないか。
そういういろんな面を持った素晴らしい1枚となっている。


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数少ない作品の中の1つ

2024年04月08日 | Jazz LP (Argo)

Red Rodney / Returns  ( 米 Argo LP 643 )


40年代からプロとして活動し、パーカーの傍にいることができたという僥倖に恵まれたにも関わらず、ドラッグで身を持ち崩し、50~60年代は
その足跡がまともに残せなかったレッド・ロドニー。アルバムは12インチは3枚しか残っておらず、上手いトランペッターだっただけに何とも
残念なことだ。

シカゴのローカルメンバーをバックに録音されたこのアルバムはハードバップの豊かな香りが立ち込める名作。ビッグバンドや裏方の活動が主で
自己のリーダー作を持たないビリー・ルートを迎えた2管編成の王道で、このレーベルのイメージにはそぐわない程の本格的なハードバップを
聴かせる。パウエルの名演を想い出す "Shaw Nuff" で幕が開き、緩急自在な曲を並べる構成も見事でこのアルバムは非常によくできている。

テナーのビリー・ルートの存在感が大きく、この人抜きにはこのアルバムは語れない。太くマイルドな音色、適切な音量とスピード感、自己主張を
控えた演奏なのにそういう美点が彼の存在を大きく前に押し出す。この優れたテナーを軸に、無名のバックのトリオも堅牢な演奏を聴かせて
音楽を支える。メンバーに恵まれたロドニーも非常によく歌う見事な演奏に終始する。どこからどう聴いても、これは傑作だとわかるだろう。

これほどのアルバムが作れるのに、アルバム数が少ないというのは惜しいことである。「リターンズ」というタイトルが付くアルバムは例外なく
麻薬禍でシーンから一時消えたミュージシャンの復帰作に付けられるもので、本来は不名誉なものだ。アート・ペッパー、デクスター・ゴードン、
ハワード・マギー、と数え始めればキリがないが、ジャズが一番よかった50年代後半に本来であればもっとたくさんのアルバムを出せたはずなのに
と悔やまれる人は多い。貧しく、教養もなく、モラルも低い層がこの音楽をやっていたということだけど、そういうことが信じられないくらいに
残された音楽は素晴らしい。ジャズというのは不思議な音楽だとつくづく思う。



コメント (2)
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