廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

若き日のフィル・ウッズの最高傑作

2019年02月17日 | Jazz LP (Prestige)

Phil Woods / Woodlore  ( 米 Prestige PRLP 7018 )


フィル・ウッズの最高傑作はこれで決まりだけど、若くしてこんなアルバムを作ってしまうと、後はもうやることが無くなってしまったんじゃないだろうか。
この時期にプレスティッジをメインにしてたくさんレコードを作ったけれど、なぜか多管編成ものが多く、ウッズの良さはすべて殺されてしまっている。
一番よくわからないのがジーン・クイルとのコンビで、互いの良さを喰い合ってしまうこのコンビネーションの意味は未だに理解できない。

パーカーが1955年3月に亡くなった時、ニューヨーク界隈は "パーカー・ロス" に陥り、業界では "次のパーカー" はどこにいる?と大騒ぎになった。
当時のニューヨークにはウッズやマクリーンがいたが、マクリーンはまだ演奏が未熟だったし、ウッズは白人だったせいもあってか、これまた白羽の矢が
立つことはなかった。 このアルバムを聴けば当時最もパーカーに近いところにいたんじゃないかと思えるけれど、その後のアルバムを見ていくと、どうも
パーカーに近づくことを周囲が許さなかったんじゃないかと勘ぐりたくなるようなものばかりだ。

何の邪念もなく、ワンホーンですべてを出し切るような歌いっぷりには圧倒される。 若さに満ち溢れて、こんなにみずみずしい感性を感じるジャズは他には
見当たらない。 そしてアルバムの最初から最後まで1本のサックスでこんなにも豊かに歌い切っているのを聴いていて思い出すのはロリンズの同時期の作品群で、
同じような感銘を受ける。 サックスのアルバムでこれ以上の賛辞を贈る必要はないだろう。

ワンホーンのもう1つの代表作 "Warm Woods" は演奏に抑制が効きすぎていて、音楽としては消化不良感が残る。 メジャーレーベルのEPICらしい高級感溢れる
ゴージャズ&ファビュラスな音場感でオーディオ的には "Warm Woods" の方が優れているけれど、イージーリスニング的な要素が強過ぎて、まるでラスヴェガスの
高級ホテルの最上階にある豪華なバーで聴いているような感じがする。 それに比べて、"Woodlore" はバードランドやカフェ・ボヘミアの最前列でかぶりつきで
聴いているような濃厚なジャズの匂いがあって、このアルバムは結局のところ、そこがいいのだと思う。


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"Porgy and Bess" の前哨戦だったのかもしれない

2019年02月16日 | Jazz LP (Pacific)

Gil Evans and His Orchestra / New Bottle Old Wine  ( 米 Pacific Jazz WP-1246 )


キャノンボール・アダレイが全面でリードを取る"キャノンボール・ウィズ・オーケストラ"という内容で、ギル・エヴァンスのアルバムとしては珍しい建付けだ。
このアルバムは1958年4~5月に録音されているが、同年7~8月にはマイルスの"ポーギーとベス"を録音している。 この2つはオーケストラのメンバーの多くが
同じだし、全体のサウンドの色合いや肌触りが同じであること、古い素材を使って主役に自由にスケールを吹かせているところなど共通点が多い。
そう考えると、このアルバムはマイルスとの録音の予行演習だったのではないか、という推測が成り立つ。 何と言ってもマイルスとの録音は注目を集めるから、
失敗は許されない。

ビ・バップ以降、コードに強く縛られるジャズという音楽に風穴を空けようとジョージ・ラッセルやギル・エヴァンスらがスケールを重要視したスコアを書くようになり、
それがモードに発展していくのがちょうどこの時期だ。 このアルバムでもオーケストラにはスイングさせず、ソリストのために大きく空いたスペースを用意して、
自由にスケールを取らせる。 そのためには長いソロを自由自在に操れるリード奏者が必要で、そう考えるとキャノンボールしかいない、ということになった
のではないだろうか。 この頃のキャノンボールは無敵の存在だった。

広く空いた空間の中で、キャノンボールのアルトが舞う様は凄まじい。 厚みと輝くような光沢のあるアルトの音は本当に美しく、淀むことなくなめらかなフレーズは
尽きることなく流れて行く。 オーケストラのサウンドも繊細できめが細かく、キャノンボールのアルトと艶めかしく絡み合う。 ギル・エヴァンスの作品の中では
際立って密なサウンドで、キャノンボールの明快なソロが音楽をわかりやすいものに仕上げていて非常に聴き易い。

パシフィック・ジャズ・レーベルとして最終的にはリチャード・ボックらがマスタリングをしたが、録音自体はニューヨークで行われている。
ジョージ・アヴァキャンのプロデュースだから、コロンビアのスタジオを使ったのかもしれない。 このレコードは音質が抜群に良い。 


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レナード・フェザー推薦のワンホーン

2019年02月11日 | Jazz LP (Bethlehem)

Eddie Shu / I Only Have Eyes For Shu  ( 米 Bethlehem BCP 1013 )


レナード・フェザーは過小評価されていたり陽の当たらない所にいるジャズメンを擁護して広く紹介するなど、評論家としてやるべき仕事に熱心だった。
そういうところは、大物頼みだった日本の評論家と言われた人たちとはずいぶん違う。 そのおかげで今私たちがレコードを通して聴くことができるアーティストは
大勢いるわけだが、このエディ・シューもその1人だ。 おそらくは唯一のリーダー作であろうこのレコードのライナーノーツでレナード・フェザーはシューの
驚くべき多才さを詳しく紹介し、正しく評価されない状況を怒りを込めて嘆いている。 このレコードは彼の口添えがあって作られたのかもしれない。

そういう陽の当たらないミュージシャンたちの受け皿としてベツレヘム・レコードが果たした役割も大きかった。 セールスという意味では望み薄の人たちの
レコードをずいぶんたくさん作っていて、凝りに凝ったジャケット装丁などコストをかけることも厭わなかったので、後の時代のレコード・コレクターたちにも
広く愛された。 このレーベルが無かったら、中古レコードのエサ箱の中はずいぶん寂しい様相になっていただろうと思う。

そういう心強い味方をバックにしたシューの演奏はテナー・サックスのワンホーンで、その音色はスタン・ゲッツのようだ。 でもその音は力なく弱々しい。
フレーズはぎこちなく、メロディアスに聴かせるという感じではない。 各曲の演奏時間も短く、あっという間に音楽は鳴り止んでしまう。

ただ、これが本当にシューという人の実力だったのかどうかはよくわからない。 こういうのはこの時代の10インチのレコードに共通する話で、アーティストの
本当の力をどこまで上手く再現できているのかは怪しく、この1枚だけでは判断できない。 だからこそ、もっとたくさんレコードを残して欲しかったと思う。

モノラル時代の10インチは音楽を聴くという観点で言えば不十分なメディアだったけれど、ジャケットのデザインには時間やお金をかける精神的余裕があった時代
だったので秀逸なものが多い。 だから、こういうのは内容うんぬんではなく、まずはその雰囲気を楽しめればそれでいいのだと思う。 シューの場合は
これでしかまともに聴くことはできないのだから、なおさらである。 ジャケットを愛でながら、古い音をそのまま楽しく聴けばそれでいいのだろう。


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雪を溶かすような熱気に満ちた試行錯誤の記録

2019年02月10日 | Jazz LP

George Wallington Quintet / At The Bohemia (Featuring The Peck)  ( 米 Progressive PLP 1001 )


朝起きて雪が積もっているのはいくつになってもうれしい。 東京地区では今年初めての積雪で、実際は家々の屋根にうっすらと積もっていてる程度だけど、
雪国に住んだことがない私には雪というのはやはり特別なものだ。 雪が降っているのを見て思い出すいろんな光景の1つに、このレコードを初めて買って帰った
遠い日の想い出がある。 だから、雪の日はこのレコードを聴きたくなる。

その日はそれ以前には記憶がないほどの大雪で、初めてこのレコードを見つけて買って帰る途中、電気系統のトラブルで路線上の電車が全て止まってしまい、
電車の中に2時間以上閉じ込められてしまった。 何とか一番近い駅まで電車は動いて停まったけど、そこで息が絶えたように動かなくなってしまった。
まだ携帯電話などなかった時代で、帰宅途中でごった返す車両内の人々の半分くらいはその駅で下車して行った。 でも、外は見たこともないくらい大量の雪が
積もっていて、バスやタクシーが走っているとはとても思えなかったし、裏がツルツルのローファーを履いていた私は雪道を歩いて帰れるはずもないので、
仕方なく電車が動くのを待つしかなかった。 車両のドアは半分だけ解放されていたので、何度も駅のホームに出て煙草を吸った。 つり革につかまりながら
疲れてウトウトしているとようやく車両が動き出し、何とか最寄り駅まで辿り着いたけど、普段は歩いて10分かからない家までの距離を靴が滑ってまともに
歩くことができず40分かかった。 手に持っていたこのレコードが邪魔で仕方なく、途中で本気で捨てて帰ろうかと何度も思ったけど、何とか我慢して家に着き、
身体を温めながらこのレコードを聴いた。 そういう状況で聴いたせいもあるだろうけど、何と熱気溢れる演奏だろうと思った。 だから、今でもこのレコードを
聴くと、外の凍えるような寒気と暖房で暖まった部屋の暖気の入り交ざった記憶が蘇ってくる。 私にとって、このレコードは真冬に聴くレコードなのだ。

ジョージ・ウォーリントンという人のピアノは、私には未だによくわからない。 こんなにスイングしないピアノは他に知らないし、フレーズも何を弾こうとしているのか
さっぱりわからない。 これでよくジャズピアニストとしてやってたな、と逆に感心してしまうけれど、ドナルド・バードとマクリーンやウッズとやったクインテットは
こじんまりとしてはいるけれど、どれもそれなりにいい出来だと思う。 それはウォーリントンがというよりは、管楽器奏者たちの手堅い演奏のお陰である。
特にこのアルバムはライヴということもあり、2管の良さが前面に出ていて楽しく聴ける。 ライヴ録音が上手くなかったRVGの録音も珍しく良好だと思う。

ウォーリントンはこの頃 "The Peck" という演奏手法を提唱していて、このアルバムではその手法を採用しているのだ、ということがジャケット裏面で短く
解説されている。 それは1930年代に流行したタップダンスからヒントを得た、ホーン奏者とリズム・セクションの間でこま切れのフレーズを挟み合うように
演奏することを言うらしく、そう言われてみればこのアルバムに限らずウォーリントンのクインテットの演奏はどれもフレーズが短く突っかかるようなギクシャクした
ものが多く、全体的に不思議な雰囲気の作風になっているし、それは遡ってみると彼のトリオの演奏なんかにも見られる特徴だ。 彼のピアノにスイング感が
見られないのはどうやらこの独自の理論の影響のようだ。 バードもウッズもマクリーンも驚くほど律儀にこの手法をこなしているのには感心するけど、
それが音楽的にどういう意味や効果があるのかは私にはさっぱりわからない。 でも、みんなこうして試行錯誤しながらもまじめに音楽をやっていたのだから、
そういうところをもっとしっかり聴いてあげたい。 これは一般的には普及することなく終わった、ある一つの大いなる試行錯誤の記録なのだ。


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世評とは一致しない自分だけの愛聴盤

2019年02月09日 | Jazz LP

Eddie Bert / Let's Dig Bert ( Eddie That Is )  ( 米 Trans-World TWLP-208 )


あの世に行く時に何枚かレコードを持って行っていいよと言われたら(そう言ってくれるといいんだけど)、これはその中に必ず入れるつもりでいる。
結局、自分にとって一番好きなレコードというのは世評とは一致しない。 意識的に音楽を聴けば聴くほど、そのギャップの大きさは拡がっていくのだろうと思う。

エディ・バートのトロンボーンはマイルドな音で、演奏スタイルも中庸で特に目立つこともない。 それが結果的に音楽そのものを前面に押し出しすことになって、
余計な雑念が沸くことなく音楽に没頭できる。 ハンク・ジョーンズやバリー・ガルブレイスらの堅実な土台の上で、トロンボーンとテナーがゆったりと泳ぐ。
Davey Schildkraut という無名のテナーがなんと魅力的なことか。 ハスキーがかった深みのある音で、音楽に寄り添うように立っている。

そういうしっかりとした演奏技術に支えられて旧いスタンダードを交えながら緩急交互に演奏が進んで行くが、全体的にはノスタルジックでゆったりとした
印象の音楽にまとまっている。 この望郷的な雰囲気は筆舌に尽くしがたい。 寒い冬の早朝、どこかで焚き火をした残り香を嗅いで、遠い故郷を思い出すような
独特の切ないムードが漂っている。 






こちらは第2版で、これが一番よく見かける。 エデイ・バートという人もトロンボーンという楽器も人気はまったくないから、どちらもいつも800円くらいで転がっている。
音質はどちらもまったく同じで、マイナーレーベルにしてはまずまず良好。 完成されたモノラルサウンドが心地よい。 尤も、クールジャズでもないのに
なぜ "Cool" なのかはさっぱりわからないし、エディ・バートをDigするからと言ってショベルカーへの尋常じゃないこだわりを見せたりする感覚もよくわからない。
マイナーレーベルというのはつくづく不思議だと思う。 これじゃ、誰も買おうなんて思わないよね。 売る気があったのかどうかが疑わしい。


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短信 ~ これ、なかなか聴かせる

2019年02月06日 | Jazz LP (Jubilee)

Herb Geller / Stax Of Sax  ( 米 Jubilee JLP 1094 )



ハーブ・ゲラーの作品の中でこのアルバムは軽く扱われる、というかほぼ無視されているような感じだ。

でも、これはなかなか聴かせるのだ。

アルトのワンホーンで爽やかに吹いていて、何だか気持ちのいい風を正面から受けているよう。

嫌味のない、素直な、シンプルで感じのいいジャズ。 おまけに、値段も安い。

こういうのが、いいレコードなんだと思う。


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リヴァーサイド屈指の轟音

2019年02月03日 | Jazz LP (Riverside)

Wynton Kelly / Kelly Blue  ( 米 Riverside RLP 12-298 )


あるレーベルで、同一時期、同一スタジオ、同一レコーディング技師、同一マスリング技師、であるにもかかわらず、レコード再生時の音質の良し悪しに
大きくバラつきがあるのはなぜだろうと不思議に思う。 録音に使うマイクの種類やセッティングは毎回違うだろうから、そういうものが違いとなって現れるのかも
しれないし、エンジニアも人間だからその日の気分によって音への感度にムラがあったりしたのかもしれない。 工業製品としての品質に異様なこだわりをみせた
ブルーノートでさえ音質のバラツキは大きいのだから、他のレーベルでは何を言わんやである。 

3大レーベルの一角として名盤を量産したリヴァーサイドだが、ヴァン・ゲルダー信仰者の多いジャズマニアからは音質面で評価されず、常に3番手の扱いを
受けている。 複数のスタジオと複数のエンジニアを使ったせいでレコードの音質のバラツキが他レーベルより大きかったのは事実で、サウンド面で統一した
レーベルカラーを持てなかったのがこのレーベルの弱点だったけど、1つ1つ聴いて行けばびっくりするような音で鳴るものもあるのがわかる。

例えば、この "Kelly Blue" なんかは恐ろしく音がいい。 音楽的には世間で言われるほど優れているとは思えないけれど、とにかく音質が圧倒的にいいので、
その生々しい臨場感にジャズらしさが溢れていて、これはすごいものを聴いた、と理屈抜きに思わせられるのだ。

録音技師はジャック・ヒギンズ、マスタリングはジャック・マシューズが担当しているが、この2人は1959年前後にタッグを組んでいて、たくさんの録音を
手掛けている。 この時期の2人の録音にはグリフィンの "The Little Giant" やモンクの "5 By Monk By 5" など音のいい作品もあるが、逆に
エヴァンスの "Portrait In Jazz" のようにパッとしないものもあり、エンジニアの名前が音質の良さを担保してくれない。

この "Kelly Blue" の音の凄さはA-2の "Softly, As In A Morninng Sunrise" を聴けば一番よくわかる。 これがあのウィントン・ケリーか、と思うような
デーモニッシュな演奏で、ピアノの弾き方が普段とは全然違う怪演なのだが、それ以上にピアノの音が記憶の中のケリーの音とはまったく違う。
グランドピアノがフルトーンで鳴っていて、その残響すべてがそのまま録られていて、これは上手い録音だと思う。

エヴァンスのポートレイトもこの音で録ってくれていたら、とつくづく残念に思う。 このギャップの大きさはオーディオ機器のグレードなどでは埋めようがなく、
我々の手ではどうにもならない。


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美しいロンリー・ウーマン

2019年02月02日 | jazz LP (Atlantic)

The Modern Jazz Quartet / Lonely Woman  ( 米 Atlantic 1381 )


オーネット・コールマンが大手レーベルからアルバムを出すことができて、好き嫌いはともかく、世間に広く認知されてプロとして活動できるようになったのは、
ひとえにジョン・ルイスのおかげだった。 彼がコンテンポラリーやアトランティックにアルバムを作ることを強力に働きかけなかったら、ジャズの歴史的様相は
今我々が知っているものとは少し違ったものになっていたかもしれない。 大衆向けのダンス音楽だったスイングジャズの中から突如現れたカルト・ミュージック
であるビ・バップの重要なピアニストとして活動し、その次は誰一人考え付かなかったクラシックへの接近を果たし、バンドを世界的な人気者に育てて、
若手の教育にも心血を注いだこの人の生き方は十分ラディカルだった。 無調の咆哮や破滅的な生活だけがラディカルというわけではない。

オーネットの "Lonely Woman" をここまで素晴らしい魅力的な楽曲として披露した例は他にはない。 オーネットがこの曲に込めた想いを正しく理解し、
楽曲としての美しい側面にスポットを当てて、物憂げな哀しみの音楽として見事なまでにまとめた本当に美しい音楽だ。 ジョン・ルイスがオーネットのことを
どういう風に捉えていたかが、これを聴けばよくわかる。 ジョン・ルイスの耳にはオーネットはちゃんと音楽として響いていたということだ。

このアルバムはそういうオーネットへの想いに感動するだけではなく、収録された他の楽曲も素晴らしい名曲ばかりで、アレンジもクラシカルな路線からは外れて、
普段よりもグッとポピュラーなタッチになっている。 演奏の纏まり具合いと高度さも圧巻で、アトランティック時代の最高傑作と言っていい。
音質も跳び抜けて良く、オーディオ的快楽度も文句なし。 通だけの秘かな愉しみにしておくのはあまりにもったいない、陽の当たる所に引っ張り出そう。


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短信 ~ 安レコで聴くマリアーノ

2019年01月30日 | jazz LP (Fantasy)



よく転がってる安レコ、よく見たらチャーリー・マリアーノが入ってることに気が付いた。

初出の10インチにはどうも縁がないので、これを拾って来た。 この12インチはプレスが良くて、音もいい。 

マリアーノのアルトが朗々と歌う素晴らしい演奏に聴き惚れる。 

ナット・ピアースの方は凡庸なウエストコースト・ジャズで、聴いているといつの間にかウトウト・・・・



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哀感漂うクラリネットのジャズ

2019年01月27日 | Jazz LP

Jimmy Hamilton / Clarinet In High Fi  ( 米 Urania UJLP 1208 )


高名なエリントニアン達がたくさんのソロ作品を残したことを思えば、ジミー・ハミルトンの作品数は少ないかもしれない。 でもそれは彼の評価が低かったから
ということでは当然なく、バップ期以降のクラリネットという楽器の一般的な需要の低さが影響している。 パーカーの出現でバップ期におけるサックスの地位は
不動のものになり、クラリネットは片隅に追いやられた。 管楽器の演奏を習得する場合はまずクラリネットから始めるのがいいというのが教育上の定説だったので、
パーカーも高校時代に最初に手にしたのはクラリネットだったけれど、サックスに持ち帰ることで彼は "バード" になった。

ジミー・ハミルトンのクラリネットの音色はマイルドで哀感がこもっている感じで、例えば先輩のバーニー・ビガードのスーパー・プレイと比べるともっと身近で
親しみやすい。 だから、こういう小編成での音楽には非常に上手く馴染むように思う。 

ウラニアのこのアルバムは2つのセッションから成っていて、1つはジミー・ウッドとサム・ウッドヤードがバックのワンホーン、もう1つはラッキー・トンプソンや
アーニー・ロイヤルらウラニアお抱えのメンバーと演った多管編成。 どちらも穏やかな表情の上質なスイング系の好セッションで、聴いているとその心地よさに
時間が経つのを忘れてしまう。 ラッキー・トンプソンとアーニー・ロイヤルは一切出しゃばらず、ハミルトンの引き立て役に徹しているのが何とも立派。
堅牢なリズム・セクションに支えられて、音楽は流れて行く。

ベイシー楽団のソリスト達のソロ作品はテンポのいい明るいものが多いのに対して、エリントニアンたちのソロ作品はゆったりとした雰囲気のものが多いような
気がするのは無理なこじ付けだろうか。 でも、何となく母体のオーケストラの特質がある程度ソロの方にも自然と反映されているような印象がある。
ハードバップはうるさくて耳障りに感じる気分の時に、こういう音楽の存在はありがたいと思うのだ。

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ジャケットの酷さは忘れて

2019年01月26日 | Jazz LP (Verve)

Bill Evans Trio with The Symphony Irchestra  ( 米 Verve V-8640 )


ビル・エヴァンス最高の美音に溢れた傑作にも関わらず、おそらく一番まともに評価されず、聴かれることのない作品だろう。 とにかくジャケットが最悪で、
これが人を寄せ付けさせない。 おまけに素材がクラシックで交響楽団がバックとくれば、普通のエヴァンス・ファンでも避けて通る。 エヴァンス・ファンの
熱心さというのは本当に凄くて、ネットを見ているとその探究度合いには驚かされるけれど、そんな中でもこのアルバムへの関心はあまり高くないようだ。

ジャズのピアニストがクラシックへ接近しようとするのは珍しいことではなく、レーベルが要求するピアノ・トリオ物をある程度作り終えると、腕に自信のある者は
そういうことを考えるようになる。 ただ、今まで聴いたこの手のアルバムで感心したものはあまりなかった。 やはりクラシックのピアニストと比べると
技術的に大きく劣るのはどうしようもなくて、そういう粗ばかりが目立つし、作品の解釈もちょっと違うんじゃないかという違和感を感じることが多い。
純粋なクラシックじゃないんだからというのはわかっているし、そんなに厳格な聴き方をすることはないんだけれど、でもどうしたって本流と比べてしまう。

その点、このエヴァンスのアルバムはそういうジレンマを感じることがまったくない。 なぜなら、これは根本的にクラシックのアルバムではなく、まっとうなジャズの
作品だからだ。 主題は原曲のものを使っているけれど、その後は普通にビル・エヴァンス・トリオの音楽をやっている。 だからディズニーの楽曲を演奏しているのと
何ら変わらない。 バックのオーケストラもトリオの演奏を邪魔しておらず、全体のバランスがとてもいい。 クラウス・オガーマン指揮のオーケストラも
一糸乱れぬアンサンブルで硬質でスマートなスコアを演奏し、ダレるところはまったくない。 このオケは一流だ。

取り上げられている楽曲はどれも美メロで物憂げな曲想のものばかりなので、翳りのある優美な音楽となっている。 エヴァンスの中では "Waltz For Debby"と
互角の甘美さを誇る出来で文句なく素晴らしい。 録音はRVGで、ピアノの音はくっきりとしていて音質も良好。 決して企画先行のお仕着せの内容ではなく、
エヴァンス自身が真剣に取り組んだヴァーヴ時代の傑作だと思う。

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短信~気長に探して

2019年01月23日 | jazz LP (Atlantic)

The Modern Jazz Quartet / One Never Knows ~ Original Film Score for No Sun in Venice  ( 米 Atlantic 1284 )



気長にMJQを探して、安いのがあれば拾って聴いている。 別に慌てる必要もないし。

MJQは聴けば聴くほどジャズだ、と思う。 昔はこんなのジャズじゃない、と思ってた。

あの頃はジャズの何たるかが全然わかっていなかった。 


アトランティックは、びっくりするくらい綺麗なのがよく転がっている。 まるで新品のような。

こういうのは、他のレーベルじゃ考えられない。 よっぽど人気がないみたい。

この「たそがれのベニス」、アトランティックの中では珍しく音もまずまずの仕上がり。


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レイ・エリス・オーケストラの美しさが乗り移った最高傑作

2019年01月20日 | Jazz LP (Columbia)

Billie Holiday / Lady In Satin  ( 米 Columbia CL 1157 )


ヴォーカル・アルバムの成否はバックの伴奏の出来で決まる。 歌手の歌唱がどんなに良くても、伴奏の演奏がつまらないとアルバムとしての魅力は無くなる。
更に、バックの演奏は歌手に大きな影響を与える。 伴奏が雄大であれば歌もそうなるし、バックが薄っぺらいと歌唱も自然と表面的なものになる。
そういう意味で、ヴォーカル・アルバムは総合芸術的色合いが強い。

ビリー・ホリデイ晩年の最高傑作であるこのアルバムを聴けば、この音楽的感動はレイ・エリスのオーケストラの素晴らしさに依るところが大きいのは明白だ。
そして、この伴奏がやつれたビリー・ホリデイの歌唱を前へ前へと強く引っ張っていっているのがよくわかる。 そういう相互作用が働いている様子が生々しく
捉えられているところに、このアルバムの深みの1つがある。 単にビリーの歌声や40人編成のフル・オーケストラの弦楽の重奏の美しさだけでは、ここまで
感動させられることはなかっただろうと思う。

それにしても、彼女のしゃがれた歌声とオーケストラの美しさの対比の凄さは壮絶すぎる。 オーケストラの美しさが彼女の声を際立たせながらも、
その美しさが彼女に乗り移っていく様が凄すぎる。 ビリー・ホリデイ自身の人格やその背景の物語を大きく超えた力がこのアルバムには働いている。
そしてコロンビアが最高の音質でこれを録音した。 圧倒される音場の広さと深さで、すべてを録り切っている。 この音の良さはちょっと次元が違う。
この録音がコロンビアで本当に良かった。

このアルバムは1958年2月の録音で、彼女は翌年の7月に亡くなる。 この録音時の彼女の酷い衰え様にレイ・エリスは驚いたそうだし、マイルスは1959年の
初め頃に彼女に会ったのが最後だったそうだが、その時のクスリを買う金を彼に無心してくる彼女は見るに忍びない様子だったという。 そんな状態で録られた
というのがとても信じられない、傑作という言葉だけでは表現しきれないアルバム。 これは何があっても外せない1枚である。

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日本人にしか作れないレコード

2019年01月19日 | Jazz LP

Duke Jordan Acoustic Trio / Kiss Of Spain  ( 日本 3361*Black No.3363 )


国内盤をバカにする人は、きっとこういうのを見逃している。 このレコードは国内盤の中古コーナーの中でいつも静かに眠っているからだ。 
そして、心ある人に貰われていって、いつの間にか静かに在庫から姿を消している。 

これは正真正銘、日本人にしか作れないレコードだろう。 デューク・ジョーダンから哀感を100%引き出していること、日本の至宝である富樫雅彦がドラムを
奏でていること、アコースティックにこだわった究極の音質で録音していること、この3点を実現できたのは日本人だからこそだ。 海外レーベルのステレオ録音で
これを凌ぐ満足感を味わえるレコードは、"Live In Japan" を除いて、1つもない。 言っちゃ悪いけど、"Flight To Denmark" なんてこのレコードの足許にも及ばない。

富樫雅彦の謳って語りかけてくるドラムが圧巻だ。 ジョーダンのピアノを聴かせるユニットであることを十分に踏まえた大胆で且つデリケートを極めたタッチは
まるでもう1台のピアノのよう。 この感じはドラムを聴いているという感覚ではない。 こんな風にドラムを奏でられる人が果たして他にいるだろうか。

山中湖畔にスタジオを構える3361*Blackというブランドのアコースティック・サウンドへのこだわりはHPを見ればよくわかる。 そのコンセプトの結晶である
純度100%の深みと透明度はまさに深い山間に佇むカルデラ湖の湖水のよう。 高音質を誇るレーベルは数あれど、そのどれとも異なる空間表現と楽器の音を
聴かせてくれる。 ウッドベースの音が生々しい。

デューク・ジョーダンもゆったりと無理のないプレイをしていて、その余裕が自身の持つ哀感をうまく解放できているような感じだ。 相変わらず素晴らしい旋律の
表題曲も含め、ありふれたスタンダードがまるでジョーダンのオリジナル作のように響いている。 日本人が愛したこの寡黙なピアニストの最も美しい表情が
最大限に引き出されているのは、愛したが故の仕事だったからだろう。 我々が日本のプロダクトを誇りに思わなくて、一体どうするのだ。





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短信~ そんな虫のいい話はなかなかないけれど

2019年01月16日 | Jazz LP (RCA)



相変わらず素晴らしいピアノを聴かせる、バーバラ・キャロル。 RCA盤は出れば必ず安レコで綺麗なんだけど、これが意外と出てこない。

RCA以外のレーベルにも録音は少しあるけど、結構いい値段が付くからそちらには手を出す気になれない。

だから、手がすべって安くしちゃった! というのが転がってないかなあ、などと虫のいいことを考えながらエサ箱を漁る日々。

でも、エサ箱の前ではみんな同じことを考えてるよね、きっと。


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