廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

イマドキ珍しい雄大な世界観

2017年09月30日 | Jazz CD

Kamasi Wasington / Harmony Of Deference  ( 米 YTCD171 )


楽しみにしていたカマシ・ワシントンの新作、さっそくプレミアム・フライデーの夕刻に新宿に寄って買ってきた。 前作とは打って変わって今回はミニ・アルバムで
1,000円+税である。

単純にとてもいい出来だ。 都会的な洗練さに満ちている。 たくさんの楽器を集めて分厚く雄大なサウンドを作っており、如何にもこの人ならではの音楽だ。
カマシのテナーを先頭にして、大勢のリード楽器群を従えて重厚なユニゾンでテーマをゆっくりと吹き進めていく、独特のスタイルが際立つ。 

この人はイマドキにしては珍しい総合音楽を志向する音楽家である。 テナーのプレイを追求したり、音色に磨きをかけたり、フレームワークの取り扱いに
いろいろ凝ってみたり、というようなことはせず、自分の中から溢れ出して止まらない世界観をそのまま音楽として提示してくる。 そのためには弦楽器の重奏でも
荘厳な合唱隊でも、何でも抵抗なく取り入れる。 使えるものは何だって使って、自分の音楽にしていく。 そのためにそこには巨大な楽想の塊が立ち現れるのだ。

更に新世代のジャズに通底するソウル・ミュージックの流れに腰のあたりまでつかったような艶めかしくむせかえるような濃厚な質感にコーティングされたその様が、
我々には中々手が届かないような遠い世界の音楽のように響き、憧れと諦めが複雑に入り乱れた感情を湧き立たせることになる。 そういう不安げな情緒に
耐えられなければこの音楽にはついて行けないし、そういうもやもやとも上手くやっていけるのであればこの音楽の愉しさを享受できる。

不思議と懐かしい感情を呼び覚まされるようなムードが全体を覆っているのもこの人の音楽の特徴で、我々のようなおっさん世代にはかなり取っ付き易いはずだけど、
そこは一癖も二癖もあって、そういう雰囲気をエサにして独自の世界観に引きずり込んでいく暴力的なほどの力に満ち溢れている。

ミニ・アルバムなので30分程度とコンパクトな作りで、前作のような過剰さに圧し潰されるようなこともなく、一気に聴けるところも良い。
これはきっと売れるだろうな。



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すべてがカッコいい代表作

2017年09月24日 | Jazz LP (Riverside)

Mark Murphy / Rah  ( 米 Riverside RLP 395 )


最初に聴いた時に凄い衝撃を受ける作品というのはそんなに滅多にあるわけではない。 世紀の名盤と言われる多くの作品も、大抵はじわじわと時間をかけて
自分の中で存在が大きくなっていくものだ。 私のような世代はそれがどのジャンルであっても初めはガイド本片手に過去の遺産を聴くことから始めることになるから、
予備知識が初聴きの際の感動を薄めることがほとんどだ。 そしてガイド本がいらなくなる頃には、聴く前からそれがどういう内容かがわかるようになってしまう。 
そうやって常に遠のいていこうとする感動を何とかして取り返そうとする試みを繰り返すことに、やがては飽きてくるようになる。

ところが、ごくごく稀に、初めて聴いたその時に激しい驚きを覚えることがあって、私の場合は20代半ば頃に初めてこのレコードを聴いた時がそうだった。
こんなに劇的で、伸びやかで、曲想の芯を捉えたジャズは今まで聴いたことがないと思った。 他にこんな歌い方をしたヴォ-カリストは聴いたことがなかったし、
その後にも結局いなかった。 それ以来、この人は最も好きなジャズ・ヴォ-カリストの1人になって、今もその地位は不動のままである。

"My Favorite Things" の歌詞を書き出して憶えて、よく口ずさんだ。 原曲の歌詞の中にお気に入りのジャズメンの名前を挟んでいるところにはとにかく
シビれたし、彼の歌い方も最高に好きだった。 それまでのデッカやキャピトルの作品でのお行儀良さを止め、無頼な雰囲気で歌い切っているのが素晴らしいと思った。 

ヴォーカリーズも余裕でこなしていて、それは彼のたくさんある手札の1つに過ぎないという感じにも圧倒される。 当時のリヴァーサイドお抱えのュージシャンを
集めてバックを固めたサウンドもカッコよくて、こういうのはメジャー・レーベルでは作れなかっただろう。 単なるヴォーカルアルバムの枠などとっくに蹴破っていて、
当時のジャズのカッコよさがぎっしりと詰まっていて、最高のジャズが聴ける。


尚、これは余談だけれど、このプロモ盤は特別音がいい、なんてことはまったくない。 レギュラー盤と音質は変わらない。 これ以外にも、バリー・ハリスの
レコードなんかもプロモ盤はいくつか聴いたけれど、どれも同じ印象だった。 リヴァーサイドでそういう話があれば、疑ってかかるほうがいいだろうと思う。


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グループ・ヴォーカリーズの先駆け

2017年09月23日 | Jazz LP (Columbia)

Lambert, Hendricks & Ross / The Hottest New Group In Jazz  ( 米 Columbia CL 1403 )


ヴォーカリーズをグループでやった史上初めての試みで、これは大成功だった。 3人全員が上手過ぎるくらい歌が上手く、歌手としての個性もそれぞれが
ユニークでカブることもなかったため、揃って歌い出した途端に予想を大きく上回る効果が生まれている。 中庸な白人男性、アーシーな黒人男性、
英国の淑女、こういう3人を組み合わせるなんて、一体誰が考え付いたのだろう。 

ここに溢れ出しているジャズのフィーリングには興奮させられる。 "Mornin'" や "Twisted" なんて原型の雰囲気をそのまま再現していて、下手したら
こちらのほうがクールでカッコいいくらいだ。 そして一番の驚きは "Summertime" をマイルス&ギル・エヴァンスのアレンジでやっていること。 
こんなこと、どこの誰が思い付いて、そして実行するだろう。

既にある何かを模写する、というのはすべての芸術における最も原初の衝動だけど、だたごく稀に、模写する側の個性が原型を凌駕することがある。
その時に生まれる衝撃には初々しく大きな力がある。 そういう初期衝動のようなものを、このグループには感じる。 

衝撃が強い分、その感動は長続きはしないから旬が過ぎるのも早かったけれど、それはそれで良かったんじゃないだろうか。 優れた作品が残ったのだから、
それらを愉しめばそれでいい。 ヴォーカリーズの作品は彼ら以外にも素晴らしいものが少なからず存在する。 ある意味、ジャズの雰囲気が最も
濃縮しているのがこの分野かもしれない、と思うことがある。


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2種類のトランペット・レーベル

2017年09月22日 | Jazz LP (Verve)



Verve のトランペット・レーベルは、厳密に言うと2種類ある。 レーベル外周下部のロゴ名が "LONG PLAY VERVE RECORDS, INC. MADE IN U.S.A.
HI FIDELITY"(写真左側)となっているものと、"VERVE RECORDS, INC. MADE IN U.S.A."(写真右側)となっているものの2種類である。

その箇所以外にも、タイトルや曲名その他のレタリングの文字幅や行幅も違っていて、明確に2種類が別々に作成されたものであることがわかる。
問題は、この2種類のどちらが先に出されたものなのか、そして音の違いがあるのか、ということである。 一般的にはどうでもいいことの極みだけれど、
マニアにとってこれはまったくもってどうでもよくはないのである。 ちなみに、ジャケットの作りはどちらもまったく同じ。

どうもすべてのトランペット・レーベルに2種類あるということでもないようで、短いロゴの方しかない番号のものもあるようだけど、はっきりとはわからない。
ただし、経験的には長いロゴのものの方が数は少ないような印象がある。

"LONG PLAY" とか "HI FIDELITY" のような言葉をわざわざ記載するのは、それが新技術で大いに宣伝する必要があったからだと考えられる。
そういうものが当たり前になってくると、あらためて書く必要もなくなってくるだろう。 そう考えると、長いロゴのほうが時期が早いのか? と思えてくる。

いやいや、初めは普通にレーベル名だけにしていたけれど、もっと売れ行きを伸ばせ、という経営からの要請で新技術の宣伝を織り込むようになった、とか。
そうであれば、短いロゴのほうが先ということもあり得る。 ただなあ、短い期間にモノづくりのほうがそんなに敏感に反応するかなあ・・・

肝心の音質のほうはどうかというと、これがまったく同じ。 マトリクスの記載はどちらも手書きで、例えばA面は "MGV-8319-A 50,758" で、最初の「8」は
「2」と書かれた上から無理やり「8」に修正されたもので、筆跡も文字の大きさもまったく同じ。 また、盤の形状自体もまったく同じである。

これは、つまり、レーベルは最初から2種類用意されていて、盤の製造後に同時に貼っていったものだと考えるのが常識的に思える。 
完全に腑に落ちた訳ではないけれど、音の質感が同じである以上、このレーベル違いにはこだわる意味はまったくない、というのがここでの結論である。
そして、そういうことが気になる私は手の施しようがない阿呆である、というのもこれまたどうにも動かしがたい真実なのである。

まあ、それはそれとして、何度も聴き比べてみたけれど、この作品はやっぱりとてもいい演奏だった。 繰り返し聴いても、飽きるということがない。
力をセーブして弾いているところが、結果的に良かったんだろうなと思う。





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エンリッチメントな音

2017年09月18日 | Jazz LP (Columbia)

Ray Bryant / Little Susie  ( 米 Columbia CL 1449 )


このレコードがこんなびっくりするような高音質で鳴るなんて、まったく知らなかった。 だから、今更だけどこのレコードにハマっている。

音のいいレーベルはたくさんあるけど、コロンビアの音の良さはその背後にたっぷりとお金をかけて時間とノウハウを積み上げたエンリッチメントさ。
楽器の音の生々しさだったり、空間表現の上手さだったり、深みのある残響感だったり、という他レーベルで褒められるタイプとは全く違う種類の
音の良さがある。

そもそもがクラシック音楽を録音するために大量の設備投資と人財投入をして録音技術を磨いてきたわけだから、マイナーレーベルが勝てるはずがない。
お金のない中で知恵を絞って素晴らしいサウンドを作ってきたマイナーレーベルは立派だった。 だからどちらがどうこうという話では決してないけれど、
コロンビアの音の良さにはやはり基礎工事のしっかりした高い剛性感があるのは事実だと思う。

このアルバムもピアノの音は手で掴めそうなくらいのソリッド感があり、ベースはブンブンと鳴り響き、ブラシさばきが生み出すザラザラした感じも
あまりにリアル。 それらが全くの無音な空間の中で鳴っていて、音の実存感の強さが際立つ。

但し、ただ音が良いだけでは聴く価値はない。 この作品のいいところは、レイ・ブライアントのアルバムの中でも群を抜いて出来が良いという点にある。
録音の良さが後押しして彼の打鍵タッチの正確さと音の余韻のコントロールの上手さ、フレーズのセンスの良さに思わずため息が出る。 
曲想の生かし方も上手く、"So In Love" が魅力的に弾かれていて嬉しい。 前に出てくるベースの音の良さやドラムの存在感の高さが絶妙な
バランスで保たれていて、音楽の生命感がハンパない。 レイ・ブライアントはそのピアノの技術的な上手さ、ジャズのフィーリング、
楽曲の取り扱いの上手さ、それらが上手くブレンドした稀有なピアニストであることを再認識させられた。 音の良さがそれを教えてくれた。


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こちらの方が優れたピアノレス・トリオ

2017年09月17日 | Jazz LP

Sonny Rollins / In Paris  (伊 Jazzway LLL-1501 )


ブルーノートのヴァンガードは相変わらず好きにはなれないけれど、同じピアノレス・トリオのライヴならこちらのほうが圧倒的にいい。 1965年に渡仏した際に
行われたライヴで、ベースは地元のジルベール・ロヴェール、ドラムはアート・テイラー。 

数曲のスタンダードを素材に延々とメドレーでロリンズが切れ目なく歌い繋いでいく圧巻の内容だ。 吹いても吹いても、まだ吹き足りない、そういう感じで
ノン・ストップで演奏が続いていく。 ロリンズにとってアドリブを吹くということはもはや特別なことでも何でもなく、天気がいいから少し歩いて遠出しようか
という感じにすら思えてくる。 そのくらい楽器を操ることが自然な振る舞いになっている。 こんなことを感じるのは、唯一、この人だけで、ここがコルトレーン
なんかとは決定的に違う。 ロリンズを聴いていると、コルトレーンが気の毒になってくる。

これくらい楽器を楽器として意識せずに扱えるようになると、もう演奏する楽曲なんかは何でもよくなってくるんじゃないだろうか。 ここでも、一応は曲目が
記載されているけれど、演奏の中では他の様々な曲のフレーズが頻繁に挟み込まれて、思い付くままに口ずさむようにして曲が進んで行き、一体いくつの曲が
コラージュされているのかもわからなくなってくる。 そうやって音楽はどんどん多層化し多重化していく。 優れたサックス奏者、例えばコルトレーンにしても
エヴァン・パーカーにしても、そういう人たちはみんな最終的にはこうやって単音性のサックス1本で音楽を重層化してしまうようになるのかもしれない。
ヴァンガードのライヴではそういうところは全く見られなかったのとは対照的に、ここでのロリンズは大きな力で音楽全体を支配しているのを強く感じる。

このレコードは85年にイタリアの掘り起こし専門レーベルからリリースされたものだからか、一般的には相手にされない気の毒なレコードだけど、内容は
非常に優れている。 音質もナローレンジながら全く問題のない品質で、ロリンズの素晴らしい演奏をじっくりと愉しむことができる。



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フリーな安レコ

2017年09月16日 | Free Jazz
モンクのレコードにうつつを抜かしていた間にも、安レコ漁りはボチボチとやっていた。 モダンの合間を縫って、フリーにも偶に出物がある。
フリーも有名どころになるとオリジナルの値段は高く、バカバカしくてそんなのは買えないから聴くこともなくこれまではやり過ごしてきたけど、
足で探せば拾い物が見つかる。



Cecil Taylor / Indent  ( 日 King Records K18P 9393 )

ずっと聴きたかった盤だけど、初版はそこそこの値段が付くので手を出しあぐねていたところに国内盤がワンコインで転がっていた。 この時代の作品は
CDの音がダメなので、レコードで聴きたかった。 セシル・テイラーがソロに転向したのは菅野沖彦氏が録った日本録音が契機と言われることがあるけど、
それは間違いで、これが本格的なソロ活動の第一弾になる。

ミディアムテンポのシックな演奏から始まり、やがて激情と抒情が入り乱れる打鍵の舞へと進んで行く。 圧巻の演奏で素晴らしい。
国内盤でも音質は良好で、何の問題もなく愉しめる。




Anthony Braxton / 3 Compositions Of New Jazz  ( 米 Delmark Records DS-415 )

ブラクストンのデビュー作で、訳の分からないタイトルの曲名が並ぶ。 現在の耳で聴くと、時代を先取りしなきゃ、という強迫観念に囚われているようなところが
透けて見える感じがする。 うるさいところはまったくなく、非常に聴きやすい。 でも、これはブラクストンの本音じゃない、と感じる。




Steve Lacy / Lapis  ( 日本コロンビア YQ-7014-SH )

これもオリジナルは1万円を超える値段が付いて、買う気にはなれず放置してきた。 レイシーがフランスで一人ソプラノやパーカッションやテープ録音された
素材を使って作り上げた。 孤独な意識家の内省的な作品で、繊細な演奏に終始する。 ジャケットはこっちのほうがいいと思う。




Francois Tusques / Free Jazz  ( 英 Cacophonic 20CACKLP )

初めてレコードで再発になったとのことなので、昨晩仕事帰りにユニオンに寄って買った。 これは長らく聴きたいと思っていたけれど、オリジナルは
恐ろしい値段になるので、聴くのは無理だなと諦めていた。 

これは最高にいい。 チュスクは、やっぱり根っからのフリージャズ奏者じゃなかった。 これはどう聴いても、新しい感覚で演奏された普通のジャズである。
バス・クラ、サックス、トランペットの3管セクステットによるインテリ感の強い真っ当なジャズが展開されている。 なぜ、これがフランス初のフリージャズと
言われているのか、私にはよくわからない。 

音質もとても良好で、オリジナルがどんな音なのかはもちろん知らないけれど、これ以上のものを求める必要なんて特にないんじゃないだろうか。


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モンク・トリビュート ~最終章~

2017年09月10日 | Jazz LP (Blue Note)

Thelonious Monk / Genius Of Modern Music Volume One  ( 米 Blue Note BLP 1510 )


スティーヴ・レイシーによると、モンクが "Round About Midnight" を作曲したのは彼が18歳の時だったらしい。 他にも諸説いろいろあるみたいだけれど、
いずれにしてもそういう若い時期に書かれたのはどうやら間違いないようで、これは驚くべき話だろう。 ジャズという音楽の中で最も優れた楽曲の1つである
この曲を作った、というこの1点だけでモンクの「ジャズの殿堂」入りは確定だと思う。

モンクのレコーディングデビューがこのブルーノート・セッションで、彼が30~35歳の5年間に計6回に分けて録音されている。 既にこの時点でモンクの代表作の
ほぼすべてが収録されていて、作曲家としての天才性は明らかだ。 その多くがSP期の録音だったが、後にこうして12インチLP2枚に纏められたのは幸運だった。
後のミュージシャンはみんなこれを聴いて、モンクの楽曲を勉強したに違いないからだ。

短い演奏時間ながらも様々なフォーマットで演奏されたこれらの楽曲は聴いていて楽しく、飽きることはない。 時代感のある古めかしい録音をRVGがリマスターした
音場感も適度な残響を施されたなかなかいいムードに仕上がっていて、ノスタルジー感すら漂っている。 

モンクは既にモンクらしい演奏をしていて、遅いデビューのせいで楽曲も演奏も完成した形でお披露目されたのは却ってよかったんじゃないかと思う。
徹底した不協和音の層を積み上げながら最終的にまとまった1つの楽曲に仕上っている驚異。 B面の最後に置かれた "Humph" なんて、後のフリージャズの
原始の姿としか思えない。 オリジナリティーという言葉で括っていいのかすらよくわからないこの戸惑い感。 それが40年代終わり頃には既に完成していた
ということの凄さ。 そんな中でひときわ美しく響く "Ruby My Dear" の旋律。 

解釈や批評を拒み続けるモンクス・ミュージックは、既にここから始まっている。 その後の快進撃はこれまでに見てきた通りだ。 
なんと凄い、孤高の音楽家だったのだろう。 そういう感想しか出てこない。       <終わり>


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モンク・トリビュート ~その10~

2017年09月04日 | Jazz LP

Thelonious Monk / Piano Solo  ( 仏 Swing M 33.342 )


私が初めて聴いたセロニアス・モンクのアルバムがこれだった。 生まれて初めて聴いたジャズのレコードがロリンズの "Vol.2" だったのだが、その中で
モンクが客演した "Reflections" が気に入って、モンクのレコードでこの曲が聴けるのはどれかと探して最初に目に付いたのがこれだったからだ。
もちろん、その時聴いたのは国内盤の"ソロ・オン・ヴォーグ"というタイトルが付いた黒いジャケットのヤツだった。

レコードから出てきたのは古めかしいピアノの音で、それは寂し気に響いていた。 聴き入っているうちに目の前に浮かんでくる風景はモノクロの色合いで、
人の気配もなく静かだった。 "ソロ"という言葉は「孤独」という意味なのかと思うような風景だった。

この演奏には何か強く訴えかけてくるものがある。 私が普段ジャズという音楽に対して無意識のうちに取っている距離感を無遠慮に無視してこちらにやってくる。
そして、私に向かって何事かを伝えるのだ。

曲のメロディーを軸にしながら装飾的なフレーズが行ったり来たりする。 でも、脇道に逸れたか思うとすぐに本線に戻ってきて、曲は淡々と進んで行く。
感覚的にはフレーズの半分近くは「モンクの音階」の中で戯れている感じだけれど、不思議と曲の原メロディーはしっかりと頭の中に残される。
そう考えると、モンクが弾く「音との戯れ」はそれ自身が元々原曲の一部であるかのように思えてくる。 ただそこには複数のヴァリエーションがあるに過ぎない。

モンクの主要な楽曲が網羅され、彼の持ち味である音との戯れが整然としたリズム感の中で淡々と披露されるこの演奏は、そのわかりやすさも手伝って多くの人から
支持されている。 だから、レコードを入手するのは中々難しい。 オリジナルを見かける頻度はさほど少ない訳ではないけれど、人気があるので値段が高いし、
国内盤も最近はエサ箱の中で見かけることすらなくなった。 でも、それでもこれは探す価値のあるレコードである。 私たちにとって、セロニアス・モンクの
イメージに一番ぴったりとくる演奏を聴くことができるからだ。 

ジャケット表紙の綴りは間違っているし、記載されている曲名も間違っているし、で当時のフランス人にとっては完全なる初物だったにも関わらず、
母国では異邦の人のような扱いだった彼の一番素朴な姿を録ることができたのがこの異国の地であったことは、当然といえば当然だったのかもしれない。


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