廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

村上春樹さん、もっとレコードの話を語ってください

2020年10月10日 | Jazz Book



「文學界」なんてもう何年も読んでいなかったけれど、村上春樹のインタビューが載るというので久し振りに買って読んだが、
これがとにかくつまらなかった。ファンならみんな知っているお馴染みの話をただなぞっているだけで、目新しい話が何もない。
ただ、これは本人の責任ではなく、「村上春樹とスタン・ゲッツ」という紋切り型の退屈な企画と、そこから新しい話を何も引き出せない
インタビュアーの責任である。

私が初めて村上春樹のことを知ったのは「ノルウェーの森」が発売されて、新宿の紀伊國屋書店の2Fの店内の壁一面が赤と緑の本で
埋め尽くされた時だった。今まで見たことがないその強烈なディスプレイで「一体、何事か」と驚いたのがきっかけだった。
それ以来、彼の本はすべて初版で読んできた長年のファンとしては、こういう出来の悪いインタビューが世に出るのを見るのは悲しい。

それに比べて、少し前に出版された「SWITCH」はとても面白かった。自宅のオーディオセットが観れたり、海外でのレコード漁りの話
が聞けたり、とその内容は圧倒的だった。村上春樹本人も生き生きと話をしているのがよく伝わってきて、とてもよかった。

本というのはレコードと一緒で、制作する側の質が作品の質を大きく左右する。文藝春秋もジャズやレコードのことが何もわかっていない
のならスタン・ゲッツを通して文学に切り込めばいいものを、スコープのはっきりしない仕事をしてどうするんだ?という話だ。
一方、「SWITCH」は制作側のレコード愛、オーディオ愛が本人のそれとぴったりとマッチして、稀有な素晴らしい記事となった。

村上春樹のレコード漁りのおもしろい話の原点は、例えば、こういうところに見られる。





これは、彼が30代のころに月刊「PENTHOUSE」に寄稿した5ページに渡る長文の記事だ。記事だけ切り抜いて本は捨てたから、
何年の何月号だったかはもうわからない。

これが非常に面白い内容で、どの本にも収められていない、これでしか読むことができない若い頃の文章だ。アメリカの各都市で
彼が漁った2ドル~7ドルあたりの安レコの話がふんだんに記載されていて、これはもう、我々の日常生活とそっくり同じである。
文壇の大作家風を吹かすことのない、村上春樹という人の魅力の原点がぎっしりと詰まっている。彼の書く文章に魅力があるのは、
彼の人柄に魅力があるからなのだ。

個人的にはノーベル文学賞なんてとって欲しくない。そんなものより、こういう楽しいレコードの話をもっと書いて欲しい。
村上春樹さん、もっとレコードの話を語ってください。


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サン・ラーの謎を解く鍵

2014年12月13日 | Jazz Book
数日前のYahooニュースに、衆議院選挙の広島の立候補者の演説応援にデーモン閣下の真似をした男が現れて、当の閣下ご本人がご立腹だった、という
記事が出ていました。 ニヤニヤして読みながらも、あなたはご自分のことを地獄の都 Bitter Valley 出身の悪魔教教祖だと公言しているけど、
でも、そういうのって結局は Sun Ra (サン・ラー)が60年前にやってたことの真似なんじゃないの? と思ったのは、きっと私だけではないはずです。

ジャズの深みにハマればハマるほど、サン・ラーの名前が目についてくるようになるものです。 でも、一体どこから手をつけたらいいのかさっぱり
わからないし、そもそもこの人って一体何? という感じで、敬遠されていることが多いというのが実態ではないでしょうか。
私もこれまで3作ほど聴いてきてよかったのはそのうちの1作だけという状態のまま、うーん、どうするかな・・・、と長らく手をこまねいていました。
そんな時、この本が出版されたのでした。


てなもんや SUN RA 伝 / 湯浅 学

"森羅万象にサン・ラーは宿る”として、「未来という文字を見るとサン・ラーを思い出すことがある」「木の根が外気にむき出しになっているのを
見るとサン・ラーを思い出すことがある」というフレーズで必ず始まる各章はどれも面白く、アルバムの内容のレビューも時系列に網羅されており、
これがサン・ラーを理解するうえで最高の道案内をしてくれる稀有な本となっています。

なぜ "土星からやってきた古代エジプト人の末裔"と公言するのか、なぜ、"Sun Ra" という名前なのか、なぜああいうへんちくりんな格好を
しているのか、なぜオーケストラではなく"アーケストラ"なのか、なぜ無数の録音が存在しオリジナル盤が稀少なのか、というこれまで抱えていた
積年のモヤモヤがこれを読めばすべて解決するし、それらが解決すれば一気にサン・ラーへの音楽の世界に入っていけるようになります。

自分の知らないことで本当に知りたいと思っていることをきちんと教えてくれるし、純粋に書き物としても優れているし、読み物としてもとても面白い、という
これは素晴らしい "書物" です。 (敢えて、本、とは言うまい。)



Sun Ra / Sleeping Beauty  ( Saturn / P-Vine Records PCD-93849 )

2014年はサン・ラー生誕100年ということで、上記の本の上梓や稀少盤の復刻が行われていて、これもその中の1枚です。
サン・ラーの作品の中では最も美しい作品といわれる79年の音盤の紙ジャケット初復刻。

2曲目の " Door Of The Cosmos" がグルーヴィーでソウルフルでとてもカッコいい曲で大好きになりました。 サン・ラー自身は自分のことを
ジャズ・ミュージシャンだと思っていたし、エリントンとフレッチャー・ヘンダーソンがアイドルだったので、彼の音楽をジャズとして
カテゴライズするのは問題ないのですが、その中での適当な席が見つからず、大抵はフリージャズのコーナーに置かれてしまいます。

これがこの人を一般リスナーから遠ざける原因になっていますが、これはちょっとマズいと思います。 トリッキーさやゲテモノさを好む人も
少なからずいるのでそういう人向きには好奇心を刺激するのでいいのかもしれませんが、どちらかと言えばチャーリー・ミンガスなんかのほうが
近いような気がするので、普通にモダンのコーナーでいいと思うし、何ならビッグ・バンドのコーナーでもいいんじゃないかと思います。

てなもんや~を読んでしまった私なので、これからはもっと気さくにサン・ラーと付き合っていきたいと思っています。




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