「文學界」なんてもう何年も読んでいなかったけれど、村上春樹のインタビューが載るというので久し振りに買って読んだが、
これがとにかくつまらなかった。ファンならみんな知っているお馴染みの話をただなぞっているだけで、目新しい話が何もない。
ただ、これは本人の責任ではなく、「村上春樹とスタン・ゲッツ」という紋切り型の退屈な企画と、そこから新しい話を何も引き出せない
インタビュアーの責任である。
私が初めて村上春樹のことを知ったのは「ノルウェーの森」が発売されて、新宿の紀伊國屋書店の2Fの店内の壁一面が赤と緑の本で
埋め尽くされた時だった。今まで見たことがないその強烈なディスプレイで「一体、何事か」と驚いたのがきっかけだった。
それ以来、彼の本はすべて初版で読んできた長年のファンとしては、こういう出来の悪いインタビューが世に出るのを見るのは悲しい。
それに比べて、少し前に出版された「SWITCH」はとても面白かった。自宅のオーディオセットが観れたり、海外でのレコード漁りの話
が聞けたり、とその内容は圧倒的だった。村上春樹本人も生き生きと話をしているのがよく伝わってきて、とてもよかった。
本というのはレコードと一緒で、制作する側の質が作品の質を大きく左右する。文藝春秋もジャズやレコードのことが何もわかっていない
のならスタン・ゲッツを通して文学に切り込めばいいものを、スコープのはっきりしない仕事をしてどうするんだ?という話だ。
一方、「SWITCH」は制作側のレコード愛、オーディオ愛が本人のそれとぴったりとマッチして、稀有な素晴らしい記事となった。
村上春樹のレコード漁りのおもしろい話の原点は、例えば、こういうところに見られる。
これは、彼が30代のころに月刊「PENTHOUSE」に寄稿した5ページに渡る長文の記事だ。記事だけ切り抜いて本は捨てたから、
何年の何月号だったかはもうわからない。
これが非常に面白い内容で、どの本にも収められていない、これでしか読むことができない若い頃の文章だ。アメリカの各都市で
彼が漁った2ドル~7ドルあたりの安レコの話がふんだんに記載されていて、これはもう、我々の日常生活とそっくり同じである。
文壇の大作家風を吹かすことのない、村上春樹という人の魅力の原点がぎっしりと詰まっている。彼の書く文章に魅力があるのは、
彼の人柄に魅力があるからなのだ。
個人的にはノーベル文学賞なんてとって欲しくない。そんなものより、こういう楽しいレコードの話をもっと書いて欲しい。
村上春樹さん、もっとレコードの話を語ってください。