廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

違和感の正体

2022年11月20日 | Jazz LP (Verve)

Bud Powell / Jazz Giant  ( 米 Norgran MG N-1063 )


私はこのレコードの音にずっと違和感を覚えていた。買ったのは10年前だから、10年の間、違和感を抱き続けてきたことになる。

違和感の正体はピアノの音。このレコードから流れてくるピアノの音は潰れていて、平面的だ。まるで壁に投げつけられて潰れたトマトのように。
その音は濁っていて、輪郭も滲んでいる。全体的な音場感自体はSP録音の割にはいい方なのだが、如何せん、ピアノの音がピアノらしくない。

古い録音でもちゃんとピアノらしい音で鳴るものはいくらでもあるので、本来は録音時期はあまり関係ない。このレコードの音には少し人工的な
操作が感じられて、そこがどうも引っ掛かる。

バド・パウエルのような人、つまり、美しいメロディーの曲が書ける感受性があり、体重をかけて打鍵し、煌びやかな運指で速いパッセージを
弾く人がピアノをどんな音で鳴らすかについて、私には大体のところは想像ができる。もちろん楽器は弾く人によってみんな違う音が出るから、
ぴったりと正確にではないとは思うけど、それでもおそらくこういう感じの音を鳴らしていたんだろう、ということは見当がつく。だから、この
レコードから聴こえる音はそのイメージからはほど遠く、私は長らくそのギャップを乗り越えられなかった。

だから、このレコードのことは語る気にはなれなかった。ここに収録された演奏は、パウエルが残したものの中では間違いなく最高の出来である。
"Tempus Fugue-It" や "I'll Keep Loving You" に感じる、激しく溢れて止まらぬ情感とその裏に潜む冷たく何かを見つめる目線が危ういバランスで
均衡を保っている様が恐ろしい。にもかかわらず、このピアノの音への違和感がこの演奏を語ることにこれまでずっとブレーキをかけ続けてきた。

ところが、最近手に入れた10インチの方を聴いて、ようやく霧が晴れて視界がはっきりとしたような気がした。




Bud Powell / Piano  ( 米 Clef MG C-502 )


33回転としては、これは4th プレスくらい。初版はマーキュリー・レーベルの102で、短い時期に何度かプレスし直されている。おそらく当時はまだ
33回転の制作技術が未熟で品質が安定せず、試行錯誤を繰り返していたのだろう。だから10インチのマーキュリー盤は数が少なく、材質も粗悪で
現存するものは劣化が激しい。私はそんなマーキュリー盤が嫌いなので(スカ盤だから)敢えてクレフ盤を探す。クレフはマーキュリーとは違い、
硬質で重い材質で溝が深く切られているので、多少傷があってもノイズが出ない。

こちらの盤から出てくるピアノの音は古いながらもちゃんとグランド・ピアノの音だ。12インチよりもピアノがピアノらしい音で鳴っている。
そのおかげで、"I'll Keep Loving You" のロマン的曲想がより明確になっているし、パウエルがこの曲に込めた想いがもっとはっきりと伝わってくる。
こちらで聴くほうが、私には音楽的に豊かに思える。

この10インチはピアノの音が前面に大きく立ち、ベースとドラムの音は後ろに引っ込んでいてあまり聴こえない。それに比べて、12インチは
ベースとドラムの音を前に出しており、マスタリングがやり直されていることがよくわかる。だから、ピアノ・トリオとしての一体感を聴くので
あれば12インチ、パウエルのピアニズムを聴くのであれば10インチ、ということになるだろう。私がパウエルのレコードを聴くのは、この
孤独なピアニストの奏でるピアノそのものが聴きたいからなので、これからはこの10インチで聴いていくことになるだろう。こちらのほうが、
彼のことをより近くに感じることができるような気がする。



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