Wilbur Harden / The King And I ( Savoy MG 12134 )
若い頃、トランペットのワンホーンアルバムばかりを集中的に買い漁っていた時期があって、その時にレコードとして発売されたものの大半を聴きました。
サックスに比べて演奏すること自体が難しい楽器だし、吹けるようになっても更に一本調子にならずに歌うように吹けるのはごく一握りの人だけなので、
トランペットのワンホーンは意外に数が少ない。 そうやって峻別された結果としてアルバムが作られるので、出来上がった作品には傑作が多く、
そこに優劣はあまりありません。 どの作品にもそれぞれ聴きどころがあるので後は好みの問題になってきますが、私が一番好きなのがこのアルバムです。
ミュージカル "王様と私" のために書かれた曲をトミー・フラナガンのトリオをバックにワンホーンで吹くというもので、こういうのはトランぺッター
にとってはよほどの覚悟がないとできないだろうと思いますが、ウィルバー・ハーデンは奇跡的な名演を残すことができました。
このミュージカルはロジャース&ハマースタインⅡが音楽を担当していますが、これがどれも素晴らしい名曲だらけです。 よくもまあ、こんなに美しく
可憐なメロディーばかり書けるものだ、と感心しますが、そのメロディーラインを崩すことなくどこまでも素直に歌うように吹いていくハーデンの
トランペットが本当に美しい。 この人のオープンホーンの音はとても独特で、その少し霞みがかりながらも輝かしく、柔らかくて伸びやかなトーンは
絶品で、この音を聴いていられたら後はもう何もいらない、と思わせてくれます。
レコード史の中でこの人の姿が見られるのは1957年から60年までの3年間だけで、自身のリーダー作は1958年に集中して吹き込まれた4枚のみ。
その後プロとしての活動からは引退し、1969年に亡くなっています。 こんなにも素晴らしい作品を残してくれただけに、本当に残念です。
このアルバムはRVGがレコーディングエンジニアを務めていますが、私が知る限りではこれが彼のベストワークの1つだと思います。 ハーデンの美音を
最高に輝かしく録っていて、G.デュヴィヴィエのクッキリとして大きな音で鳴るベースラインやG.T.ホーガンの露に濡れたようなシンバルの生々しい音も
素晴らしく、ここでの音の深みや凄みはブルーノートを超えています。 音がいい、というような単純な話ではなく、音の意匠が音楽を彫刻していくような
凄まじさがあります。
私も御多分に漏れず?聞き始め暫くでトランペットはじめ俗にワンホーンと言われるアルバムを集中的に買い漁った時期があり、ジョーワイルダーやらジョーニューマンやら、タビーヘイズやらを聴いたものでしたがこのディスクについては例外で、当時懇意にしていた函館のジャズ喫茶店主に教わり愛聴しておりました。
仰る通りtpのワンホーンで聞き飽きのしない音楽をものする困難さについては効く側として理解しておくべき事項ですね。相応の技量と、歌心と、そして素材の選別と。
今の私の同年齢で亡くなっていることにドキリとしました。
一曲目の出だしからしてその音の清冽さに引き込まれますが、RVGとは認識不足でした。ルネさんにベストワークと云われれば、帰宅し再聴してみます。「音の意匠が音楽を彫刻」するという事態は只事ではありません。
ワンホーンは初心者には最もわかりやすい形式なので、若い頃はそういうのを好んで聴いていました。 でも、こちらも手練れてくると、よくできてはいるけどこれはちょっと退屈だぞ、というのも見分けられるようになるもんです。
ベテランというのはそういうイヤらしい生き物ですが、そんな中でもこの作品は本物だと確信させられます。
ホーン奏者はみんなワンホーン録音を敬遠するといいます。 その怖さをよく知ってるからですよね。
このレコードは、単にうちの装置と相性がいいだけかもしれませんが、一般的に音がいいと言われるようなレコードたちと比べても、明らかに一線を画す鳴りを聴かせます。 演者の4人は極めて平易な演奏をしているだけですが、出来上がった音楽はある種異様な姿かたちとなって立ち現れてきます。