体の働き促す“指揮者”=當瀬規嗣解説
人の体は細胞でてきています。そもそも細胞は、遺伝子や酵素など 人のからだの働きに不可決なものを入れた、袋のような構造をして います。そして、遺伝子や酵素などを保護し働きやすくするために、 カリウムやナトリウムなどの塩分を含む塩水で満たされています。 こうしてできている細胞をむき出しで空気中に置くと、たちまち乾燥し てだめになってしまいます。ですから、細胞の乾燥を防ぎ、保護する ために、細胞の回りにも塩水があります。ちょうど、イクラのしょうゆ 漬けを冷蔵庫に保存しているときの様子に似ています。この細胞の 周りの塩水は、組織液とよばれます。すりむいたときににじみ出る水 や、関節を痛めたときにたまる水は、この組織液です。ところで、細 胞の中と外の塩水の成分は同じではなく、大きく異なっています。 たとえば、細胞の中はカリウムが多く、細胞の外はナトリウムが多い のです。でも、細胞の内外で一番濃度が違っているのはカルシウム です。カルシウムは、電解質の一種で塩分として水に溶け込みます が、その濃度は細胞外が細胞内の2000倍以上もあります。ですか ら、細胞外から少しだけカルシウムが細胞内に入っても、細胞内では 濃度が何十倍にも増えることになってしまいます。実は、細胞はこれ を利用して、細胞の働きを引き起こす合図、シグナルに使っています。 血管や内臓が動くとき、心臓の拍動、唾液の分泌、脳内で神経が活 動するとき、それぞれの細胞の中にカルシウムが入ることが合図と して使われているのです。たとえて言えば、カルシウムシグナルは、 「生きる」しくみの“指揮者”なのです。 (とうせ・のりつぐ=札医大医学部長)