工房八重の部屋

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山科図書館イベント、山科を知ろうシリーズ6「天智天皇と山科」の講演

2013年09月11日 | Weblog
9月5日に山科図書館の60周年記念イベントで山科を知ろうシリーズの第6回の講演は

「天智天皇と山科」で、講師は牛尾山法巌寺住職の田中祥雲氏でした。

法巌寺の説明などありましたが、天智天皇の話が少なくて、山科とのなどの話がなく

て残念な講演でした。

ネットで調べてみました。

626年に飛鳥で生まれる。即位前は中大兄皇子。同母弟に大海人皇子。大友皇子は天智の子。

645年、中臣鎌足とはかり、当時権力を握りつつあった蘇我入鹿を暗殺したことは有名で

蘇我入鹿・暗殺を決行した後に、一連の大化の改新を行った。

中大兄皇子には異母兄弟の古人大兄皇子がおり、謀反のかどで、この人を殺し

天皇になった。

663年、白村江の戦い(唐・新羅連合軍との戦い)で敗れた中大兄は、戦後唐の侵攻に

備えるため、近江大津宮(大津京)に遷都(667年)、

その翌年に即位し、天智天皇となった。

大津京時代、庚午年籍(日本最初の戸籍)の作成や時を告げる漏刻の設置をしました。

都を移してから、4年後の、671年、12月3日に、46歳の波乱の人生を閉じました。

その翌年に皇位継承を争う壬申の乱が勃発し、大津京は廃絶した。

弟の大海人皇子が天武天皇となり、飛鳥浄御原に遷都。


都であった大津ではなく、山科になぜ天智天皇陵があるのでしょうか?

講演ではテーマの天智天皇と山科のことがぜんぜんなくて、残念でした。


山科にある天智天皇陵





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