得浄明院は華頂宮御殿跡とのことです。
知恩院の北にあり、同じ名前の華頂高校、短大、大学が門内にありました。
1911年(明治44年) - 浄土宗総本山知恩院が宗祖法然上人の700年遠忌を記念して、
「華頂女学院」を開校し、現在に到っているとのことです。
得浄明院は、信州善光寺大本願の京都別院で、本堂には善光寺本尊・
一光三尊阿弥陀如来の分身が祀られており、参拝しました。
開山は明治27(1894)年。
信州善光寺大本願第117世であった誓円尼が、京都の人々も善光寺如来と結縁できるよう
にと、発願した寺だそうです。
誓円尼は伏見宮邦家親王の王女で、兄弟の知恩院門跡、華頂宮尊秀法親王の御殿跡を
寺に定められました。 それで華頂宮御殿跡といわれるのですね!
本殿をお参りしてから、他の参拝客が、階段の下を下っていくので、
それについていくと、周りは、真っ暗です。
係りの方が「手を壁にそわせて、壁を伝いながら歩いてください!」 との指示!
真っ暗でなにも見えなくて、不安でしたが、出るためには、床下の戒壇を、闇の中で
一周するしかありません!
出口の明かり見えたときには、ほっとしました。
板壁にある鍵を触り、念仏を唱えると、本尊と縁が結ばれる「戒檀めぐり」をすること
が出来ました。
現当両益、減罪生善の功徳が、得られるますように!!
寺内には、寺宝や盆石など特別展示されていました。
外の門 門内には華頂短大などの校舎がありました
門
境内
境内
本殿
看板
看板の写真 一光三尊阿弥陀如来
看板による見所
椿
知恩院の北にあり、同じ名前の華頂高校、短大、大学が門内にありました。
1911年(明治44年) - 浄土宗総本山知恩院が宗祖法然上人の700年遠忌を記念して、
「華頂女学院」を開校し、現在に到っているとのことです。
得浄明院は、信州善光寺大本願の京都別院で、本堂には善光寺本尊・
一光三尊阿弥陀如来の分身が祀られており、参拝しました。
開山は明治27(1894)年。
信州善光寺大本願第117世であった誓円尼が、京都の人々も善光寺如来と結縁できるよう
にと、発願した寺だそうです。
誓円尼は伏見宮邦家親王の王女で、兄弟の知恩院門跡、華頂宮尊秀法親王の御殿跡を
寺に定められました。 それで華頂宮御殿跡といわれるのですね!
本殿をお参りしてから、他の参拝客が、階段の下を下っていくので、
それについていくと、周りは、真っ暗です。
係りの方が「手を壁にそわせて、壁を伝いながら歩いてください!」 との指示!
真っ暗でなにも見えなくて、不安でしたが、出るためには、床下の戒壇を、闇の中で
一周するしかありません!
出口の明かり見えたときには、ほっとしました。
板壁にある鍵を触り、念仏を唱えると、本尊と縁が結ばれる「戒檀めぐり」をすること
が出来ました。
現当両益、減罪生善の功徳が、得られるますように!!
寺内には、寺宝や盆石など特別展示されていました。
外の門 門内には華頂短大などの校舎がありました
門
境内
境内
本殿
看板
看板の写真 一光三尊阿弥陀如来
看板による見所
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