<唐芋>
亜季は、胸を叩きながら、ぬるくなったお茶をすする。
「ヴィオロンのためいき?どんなんだろう、ヴィオロンのためいきって」
亜季の部屋から見える外は、最近めっきり増えたカラフルな外壁の小さな
家々。
今年は実のなる年周りらしく、庭の隅にある柿の木には、野鳥さえも寄り
付かない熟柿がたわわにぶら下がっている。
「ヴィオロンもなんだけど、あの柿がおっこったら、汚いのよ、グチャッ
て潰れて。この間なんか、私の洗濯物にぶつかっておっこったのよ。汚れ
てたもんね。さっさと切ればいいのに。ふ~、ヴィオロンねえ。」
最近は、取れすぎる柿は誰も喜ばない。豊かな時代の象徴。
「秋の日の ヴィオロンのため息の・・」
ブツブツひとりごちて暗記に取り組む亜季。
お茶を、もう一口。胸につかえているような焼き芋を飲み込んだ途端、
ため息が下半身からもれた。
<マロン>
「重装備の山登りは、もうできないわねえ」
澄子は、あきらめとも未練とも取れる含みで越し方を振り返る。
女子大に進んだ彼女は、なぜかいっつも怒ってる女だった。
「したいことなんかないわよ!」
そんな彼女が山に取りつかれたのは、どこかに体を鞭打つ事で、日頃の
憂さと、自分でもわけのわからない焦燥感からの脱却につながるような
気がしたから。
日本の山を攻略したのは大学時代。
決して幸せとは言えなかった結婚生活の期間中も、ますます山に向かう
彼女の目標は、海外の高峰。マッターホーンは断念したが、モンブラン
は踏破。おもいでの山。
彼女の結婚相手となった男性と初めてデートしたのは、銀座・資生堂。
「山がそんなに好きなんだ。じゃ、ケーキはモンブランだね」
その、2人の間にあったモンブランも、結婚後ほどなく、2人の間に聳え
立つ壁となり、今では苦い胃液と共にある過去の山。
1人身となった男は、寂しく遠い西国のひなびた病室で、酒で痛めた体を
抱いて息を引きとった。
<南瓜>
「すご~い!」
80才もとうに過ぎた姑の、相も変わらずの力に、ナミは少なからず、
恐怖感を抱く。
いつも格闘という具合に、それを切ろうとするナミに、
「寄越しなさい。ほらっ、こうでしょうが!」
って、畳に新聞紙を敷いて、俎を置き、グァシッと包丁を立て、勢いで
もって切る。 力仕事は、力だけを使うものじゃないとは言われるけど、
姑のそれは、まさに力だけのものとしか思えない。積年の、おのが人生
に起きた不条理に対する抵抗のような力のいれよう、込めよう。
ナミは、これだけは義母の仕事にしといたほうがいいのかもしれない、と
思っている。
「おかあさん、煮物でいいですよね?」
「アラッ、ナミさん。それはスープにする方がいいわ。裏ごしをシッカリ
してね。そうそう、いつものように固ゆでしてから冷凍庫よ」
私達の親子関係をそれに例えるなら、日本それとも西洋の味かしら?やっぱり
日本だわね。ちょっと水っぽく、淡白な味。でも、品がいいってね。
<タコ>
「たくよう!何度言やぁわかんだよ、このウスラトンカチのタコが!」
「え~~っと、竹は小刀でこうやって切って」
「バカ~! 違うだろ!」
「そうでした、すんません。そんでもって、糸はイカじゃないよね。
イカ糸ってえナシは、聞いた事がねえしなあ」
「あ~あ、野郎何~勘違いしてやがんだ?」
「しっぽもいったよなあ。何尺に切りゃあ、よかったっぺ?しんぶんがみ」
「オイオイォィォィ・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ウワァ~~!何なんだぁ~、前が見えないよう」
「ホラッ、鍋の湯も沸いてきだしたし、誰かヤツの顔に墨~吐いて、張り付
いてるのを取ってやんな!」
「イテ~~!!、俺は 山葵醤油より、イテテテ、塩とラー油で食いた~い!」
<こんにゃく>
結子は、腹這って、直径50センチほどの池の中をのぞきこんでいる。
水溜りじゃあない、深さはそこそこあるみたい。もしかしたら、深い泉。
何を見てるか。腹が赤いトカゲのような生き物。「いもり」。
結子が腹這っている足先には、肌色に茶色のまだら模様の植物が。
いつも遊びに行く家のバーバが、
「あれはコンニャク。好きかい?」
「ええ、だ~い好き。本当?」
大人になった結子は、もう過ぎ去りし昔の風景を思い出すこともなく、
今夜もまた、夕食「おでん」に、三角形に切ったコンニャクを鍋に入れる。
「おなかの掃除をするから、マメに食べなきゃね。砂掃除って言うのよ」
調理前のコンニャクは生臭い。そんなコンニャクを、できる限り季節を問
わず食卓に乗せたものだった。あの歯ざわりは好きだし、ダイエットに使
うカサアゲ食材にももってこいなのよ、と結子。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ギャ~~ッ、何~この痛さは~~!」
七転八倒、脂汗が滴り落ちる。
腹を掻っ捌いてみれば、もちろん外科医が。
胆嚢から出るわ出るわ大小さまざまな石に砂。手術による疲労が、再び
結子を昏睡に。その途中の脳裏に、「食べる量が少なかったのかもねぇ」
と、三角形のコンニャク達がなぜかラインダンスをしてる。
ーーーーー女が好きな食べ物トップ5-------
< 芋・栗・南瓜(かぼちゃ)・たこ・こんにゃく >
ですって。芋は「サツマイモ」のこと。
けれど、かっての薩摩おごじょは、サツマイモ大嫌い。薩摩じゃ「唐芋」
って言ったものよ。里芋は好きだから、やっぱり南の島向き女よ。タロ芋
って、里芋に近いお芋らしいからね。続いて、栗は一生食べなくていいって
シロモノ。マロングラッセ、それがどうした?程度のものでしかないけれど、
モンブランていうケーキは、栗が使われいるのよね、なぜだか。
それらにまつわる「ショートストーリー」。作:薩摩産子
亜季は、胸を叩きながら、ぬるくなったお茶をすする。
「ヴィオロンのためいき?どんなんだろう、ヴィオロンのためいきって」
亜季の部屋から見える外は、最近めっきり増えたカラフルな外壁の小さな
家々。
今年は実のなる年周りらしく、庭の隅にある柿の木には、野鳥さえも寄り
付かない熟柿がたわわにぶら下がっている。
「ヴィオロンもなんだけど、あの柿がおっこったら、汚いのよ、グチャッ
て潰れて。この間なんか、私の洗濯物にぶつかっておっこったのよ。汚れ
てたもんね。さっさと切ればいいのに。ふ~、ヴィオロンねえ。」
最近は、取れすぎる柿は誰も喜ばない。豊かな時代の象徴。
「秋の日の ヴィオロンのため息の・・」
ブツブツひとりごちて暗記に取り組む亜季。
お茶を、もう一口。胸につかえているような焼き芋を飲み込んだ途端、
ため息が下半身からもれた。
<マロン>
「重装備の山登りは、もうできないわねえ」
澄子は、あきらめとも未練とも取れる含みで越し方を振り返る。
女子大に進んだ彼女は、なぜかいっつも怒ってる女だった。
「したいことなんかないわよ!」
そんな彼女が山に取りつかれたのは、どこかに体を鞭打つ事で、日頃の
憂さと、自分でもわけのわからない焦燥感からの脱却につながるような
気がしたから。
日本の山を攻略したのは大学時代。
決して幸せとは言えなかった結婚生活の期間中も、ますます山に向かう
彼女の目標は、海外の高峰。マッターホーンは断念したが、モンブラン
は踏破。おもいでの山。
彼女の結婚相手となった男性と初めてデートしたのは、銀座・資生堂。
「山がそんなに好きなんだ。じゃ、ケーキはモンブランだね」
その、2人の間にあったモンブランも、結婚後ほどなく、2人の間に聳え
立つ壁となり、今では苦い胃液と共にある過去の山。
1人身となった男は、寂しく遠い西国のひなびた病室で、酒で痛めた体を
抱いて息を引きとった。
<南瓜>
「すご~い!」
80才もとうに過ぎた姑の、相も変わらずの力に、ナミは少なからず、
恐怖感を抱く。
いつも格闘という具合に、それを切ろうとするナミに、
「寄越しなさい。ほらっ、こうでしょうが!」
って、畳に新聞紙を敷いて、俎を置き、グァシッと包丁を立て、勢いで
もって切る。 力仕事は、力だけを使うものじゃないとは言われるけど、
姑のそれは、まさに力だけのものとしか思えない。積年の、おのが人生
に起きた不条理に対する抵抗のような力のいれよう、込めよう。
ナミは、これだけは義母の仕事にしといたほうがいいのかもしれない、と
思っている。
「おかあさん、煮物でいいですよね?」
「アラッ、ナミさん。それはスープにする方がいいわ。裏ごしをシッカリ
してね。そうそう、いつものように固ゆでしてから冷凍庫よ」
私達の親子関係をそれに例えるなら、日本それとも西洋の味かしら?やっぱり
日本だわね。ちょっと水っぽく、淡白な味。でも、品がいいってね。
<タコ>
「たくよう!何度言やぁわかんだよ、このウスラトンカチのタコが!」
「え~~っと、竹は小刀でこうやって切って」
「バカ~! 違うだろ!」
「そうでした、すんません。そんでもって、糸はイカじゃないよね。
イカ糸ってえナシは、聞いた事がねえしなあ」
「あ~あ、野郎何~勘違いしてやがんだ?」
「しっぽもいったよなあ。何尺に切りゃあ、よかったっぺ?しんぶんがみ」
「オイオイォィォィ・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ウワァ~~!何なんだぁ~、前が見えないよう」
「ホラッ、鍋の湯も沸いてきだしたし、誰かヤツの顔に墨~吐いて、張り付
いてるのを取ってやんな!」
「イテ~~!!、俺は 山葵醤油より、イテテテ、塩とラー油で食いた~い!」
<こんにゃく>
結子は、腹這って、直径50センチほどの池の中をのぞきこんでいる。
水溜りじゃあない、深さはそこそこあるみたい。もしかしたら、深い泉。
何を見てるか。腹が赤いトカゲのような生き物。「いもり」。
結子が腹這っている足先には、肌色に茶色のまだら模様の植物が。
いつも遊びに行く家のバーバが、
「あれはコンニャク。好きかい?」
「ええ、だ~い好き。本当?」
大人になった結子は、もう過ぎ去りし昔の風景を思い出すこともなく、
今夜もまた、夕食「おでん」に、三角形に切ったコンニャクを鍋に入れる。
「おなかの掃除をするから、マメに食べなきゃね。砂掃除って言うのよ」
調理前のコンニャクは生臭い。そんなコンニャクを、できる限り季節を問
わず食卓に乗せたものだった。あの歯ざわりは好きだし、ダイエットに使
うカサアゲ食材にももってこいなのよ、と結子。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ギャ~~ッ、何~この痛さは~~!」
七転八倒、脂汗が滴り落ちる。
腹を掻っ捌いてみれば、もちろん外科医が。
胆嚢から出るわ出るわ大小さまざまな石に砂。手術による疲労が、再び
結子を昏睡に。その途中の脳裏に、「食べる量が少なかったのかもねぇ」
と、三角形のコンニャク達がなぜかラインダンスをしてる。
ーーーーー女が好きな食べ物トップ5-------
< 芋・栗・南瓜(かぼちゃ)・たこ・こんにゃく >
ですって。芋は「サツマイモ」のこと。
けれど、かっての薩摩おごじょは、サツマイモ大嫌い。薩摩じゃ「唐芋」
って言ったものよ。里芋は好きだから、やっぱり南の島向き女よ。タロ芋
って、里芋に近いお芋らしいからね。続いて、栗は一生食べなくていいって
シロモノ。マロングラッセ、それがどうした?程度のものでしかないけれど、
モンブランていうケーキは、栗が使われいるのよね、なぜだか。
それらにまつわる「ショートストーリー」。作:薩摩産子