きみどりの窓

通りすがりに窓から覗いてみてください。

南武線川崎河岸線跡

2010-06-07 | 散歩
一昨日の土曜日、所用で矢向に行くことになりました。
初めての場所なので、地図で目的地を確認していると、
矢向駅から延びる怪しげな家並みを発見。

ネットで調べてみると、南武線・川崎河岸支線の廃線跡だということが判りました。
廃線になったのは昭和47年に廃線になったそうで、廃線後40年近く経過しています。

そこで所用のついでにこの廃線跡を歩いてみることにしました。
起点は南武線矢向駅です。

写真1. 矢向駅付近から川崎駅方向

写真中央のレンガ色の建物の向きが他の建物とはちょこっと違っています。
どうやらあの辺りから分岐していたようです。

まずはそのレンガ色の建物を目標に進みます。
廃線跡には、すでに市営(?)住宅が建っていました。
写真1のレンガ色の建物の奥に見える白い建物です。

写真2. 建物の裏に回ってみた

ここには矢向地区センター・矢向地域ケアプラザがあり、
廃線跡をなぞるようにアプローチが設けられています。
残念ながら、ここに線路があった痕跡はありません。
(写真は矢向駅方面を向いています)

いや、振り返るとそこには枕木で作られた柵がありました。

写真3. 枕木だ

見た感じでは右の駐車場が廃線跡のように思えますが、
地図で確認すると、柵の左側が線路敷だったようです。

写真4. 近づいてみる

この柵はその当時のものか、後になって作られたのかは判りません。

さらにこの先を見るべく、一区画先に進みました。

写真5. ありました

廃線跡があるとわかっていれば、すぐに分かります。

写真6. 緑道から

写真5の裏側から見た写真です。矢向駅方面を向いています。

緑道の終端部が川崎市と横浜市の市境のようです。
恥ずかしながら今まで、矢向は川崎市だと思っていました。
今回初めて横浜市(鶴見区)だということを知りました。

写真7. 市境に

市境には立ち入り禁止の黄テープがありました。
私有地への立ち入りを禁止しているだけですが、
川崎市から横浜市への侵入を拒んでいる形です。

ここにも枕木製の柵がありました。

写真8. さいわい緑道

川崎市に入ったところから整備されている緑道は「さいわい緑道」と名付けられています。
さらに裏側に回ってみると、廃線跡地が緑道として整備されています。
地図でも確認できますが、廃線跡地をそのまま緑道にしているようです。

写真には写っていませんが、土曜日の朝ということで多くの人が散歩していました。
線路跡ですから、細くて長く散歩道として最適なんでしょうね。

一方、かつてここが線路敷であったことを示すような痕跡は見つけられませんでした。

が・・・・

写真9. 汽車だ

緑道(公園)のコンクリート壁に機関車が描かれていました。
かつてここに線路があったということを知らせるためでしょう。

写真10. 駅名票

機関車の隣には駅名票が描かれています。
ホームの上に駅名票という構図ですが、
「川崎河岸駅はあっちだよ」と言うように矢印と駅員(?)も描かれています。
となるとこの駅はどこなのでしょうか?

写真11. 国道1号線

市境の緑道の始点から400mほどで国道1号にぶつかります。
ネット上の情報によれば、かつてはここに踏切があったようです。

国道1号を横断して、緑道(=廃線跡)はまだまだ続いています。

この先については、またの機会に。

最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
廃線跡 (梅屋敷)
2010-06-07 23:29:36
この線路のそばに住んでいた人から「昭和45年ころは 貨物が走行していた」と聞いたことがあります。

蒲田電車区から 多摩川にかけて廃線跡あります。
返信する
廃線跡 詳細 (梅屋敷)
2010-06-08 07:08:00
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.550385&lon=139.71183278&ac=13111&az=38.1.14.5&v=2&sc=3

大正時代 多摩川そばに 鉄道のための火力発電所がありました。そこへ 資材運ぶ線路の後です。現在は 公園/緑道です。
返信する
Re: 廃線跡 (ぐりれ)
2010-06-08 21:33:36
梅屋敷さん、こんにちは。
蒲田の廃線跡の情報をありがとうございます。
最近は地図サイトの航空写真を見ることで、廃線跡も一目瞭然ですね。
返信する

コメントを投稿