こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2011年5月13日 金曜日 「13日の金曜日」

2011-05-14 00:02:47 | 音楽帳
23:00帰宅。
血反吐を吐く月曜~金曜が終了し、ビールを呑む。

ここからは、きちがい特権階級とは絶縁し、これからはオレの時間だ。
勝手にさせろ、馬鹿!



ティアーズ・フォー・フィアーズの音の核を創っていたローランド・オーザバル。
アメリカの馬鹿国民芋どもにも受けてしまった2枚目のアルバム「ソングス・フロム・ザ・ビッグ・チェア」のB面にあり、シングル単独でも発売された「アイ・ビリーヴ」を聴く。



ここには、濃厚にロバート・ワイアットの影響と近しいパクリに近い敬意を感じる。
ローランド・オーザバルは、ピーター・ゲイブリエルにしろ、シンプル・マインズにしろ、影響を受けたものがモロに音楽に反映される。

こういうと批判的に聴こえるかもしれないが、私は彼らを愛している。
上記写真は、ニッポン・フォノグラムから発売された「アイ・ビリーヴ」の12インチ盤。

A面

1・アイ・ビリーブ(ソウルフル・ヴァージョン)
2・シャウト(ダヴ・ヴァージョン)

B面

1・シー・ソング(ロバート・ワイアットのカバー)
2・シャウト(USリミックス・ヴァージョン)

今夜は、ここから始めよう。(0:13記載)


5月8日 日曜日 午後、仕事場に仕事に行った証明写真





19:07 戻り道の証明写真



5月9日 月曜日 朝 草木とバラ





5月10日 火曜日 朝 目玉焼きとチオビタ



帰宅、日付変更0:21 JAPANを聴く。



5月11日 水曜日 朝 再び目玉焼き



1:00近くに帰宅



5月12日 木曜日 23:30ごろ帰宅



5月13日 金曜日 朝 3日連続の小雨 這い上がる



徹夜で作った予算が「元のデータ間違っていたので、火曜日までに作り直してもらえないですかね?」と言われて、ブチキレ、却下し「やらねえよ。ふざけんな!」と19:30憤怒と共に仕事場を去る。

20:07 末広町のお蕎麦屋で夕食 梅じゃこめし+おそばの450円セット



21:43 45分のマッサージで寝てしまう。
歩きながら写真散歩、御徒町マネキン。



22:07 歩いて猥雑な上野駅に着く。



1:23 浪人から大学1年生の頃。
ひたすらレコードがすりへるまで聞いた、墓場まで持っていくレコードの中の1枚。
コクトー・ツインズの「トレジャー」。





B面4曲目の「Otterley」という曲は、夜明け近く、空が蒼さを増す頃の川べりの描写である。



自殺直前のようでもあり、朝が来る恐怖に耐え、しばしの蒼みの中、漂う曲でもある。




1:51 JAPANの「ザ・ウィドス・オブ・ア・ルーム」を聴く。





2:22 スミスが聴きたくなる。
暴力衝動。





「イギリス女王は死んだ。」
モリッシーのルサンチマンが攻撃性を持って拡散し出した作品。

特権階級の者どもを、音楽という表明で殺していく痛快。


2:55 デヴィッド・シルヴィアンのソロ2枚目は2枚組だった。
「ゴーン・トゥ・アース」。
ジャケットは、大竹伸朗の師、ラッセル・ミルズの作品。
血や土と油絵の具が塗り込められている。



ひたすら、他人がどうあろうと関係が無い。
自らの道を突き進むデヴィッドの何も捨てることの無い生身の姿。
この人に出会い・憧れ・共に時代を生きてきたことの正しさを確信した。
それは、今も変わらない。
声、歌い方。
その美しさは、他に比較する対象は無い。

個性派で気難しいロバート・フィリップがしばらくの間、交流を続け、多くの作品を共に創ったのは、デヴィッドにそれだけの「神」的存在感を認めたからであろう。

「ゴーン・トゥ・アース」の中でも、2人の「神」が出会うべくして出会い、共作した「ウェイヴ」という名曲の素晴らしさ。
後に2人でアルバムまで創るに至る道。
永遠に残るであろう名作。



「I RUN TO YOU
NOTHING STAND BETWEEN・・・」という詞に深く心をえぐられる。

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