こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2014年9月9日 火曜日 明日新譜「トラッド」発売

2014-09-09 23:34:50 | 音楽帳

月夜の静かな夜。
ふとよみがえったのが、(たぶん)1981年春から夏への流れの”とある日”のこと。
生まれ育ったこの家を、あと数十日で去らなければならないんだな。。。という郷愁を持ちながら、お袋が用意してくれた昼食を食べていた日のこと。

すでにコタツは片付けられ、折り畳み式の四脚テーブルだったというのは、温度が高くなりだした頃だったのだろう。そして昼に家でご飯を食べていたというのは、土曜日だったのだろう。

三ノ輪の畳のその部屋は、狭いながらも居間兼寝室であり、寝るときには四脚テーブルをたたんで床をひいていた。
部屋の端っこには、一段上がった場所があり、花を置くような配置。まるで旅館の一人向けの間取り。そこを舞台にして「たけしくん、ハイ」そのままの喜怒哀楽が繰り広げられた。

最近兄から聞いたのは、あの家はたぶん女郎宿だったんだよ、という話。
そう言われて、家のさまざまな場所が、それでああなっていたんだ、と納得した。
そんな自分の母体だった生家も、おばあちゃんが亡くなった際の遺産相続の揉め事から、絶縁した親族に奪い取られ、昨年秋潰されたことを人づてに知った。

その家は、波平さんにそっくりなおじいちゃんが手に入れた家で、その家を我が家族は借りている形となっていた。
写真でしか知らないおじいちゃんが急死し、その半年後に自分が産まれた。
ようく、おじいちゃんの生まれ代わりと言われた幼少時期だったが、もとより父にも母にも似ていない。
そこから数十年を経て、容姿はさらに、写真と話しでしか知らないおじいちゃんに近づいている。

借りている家でしょと、おばあちゃんがたびたび親父に差し込むのに耐え兼ね、異分子の親父は買っていた埼玉の土地に家を建てる決断をしてしまう。そのはざまに引き裂かれ、自分は生家から離された。

***

1981年春から夏と言えば、YMOキチガイであっただろうし、既に「BGM」を聴き・教授のサウンドストリートを聴いていたことになる。どうも一致しない感覚があるが、たぶん・その地での残る数十日の土曜の昼下がり。
外は晴れており、陽光の微妙な光が室内側に来ていた。
花を置くのであろう一角と真反対も、数十センチゆかから上がっていて、そこに当時は貴重品のテレビがあった。

ご飯を食べながらテレビを見る。
そこに映っていたのが、竹内まりやさんのドキュメント。
どこか外国の地に旅行に行き、その地の人とまじわり、再び日本に戻る。
自分はたまたま見たその番組を、食事を終えても見入ってしまっていた。

最後、その地を去る飛行機の中で、一人涙ぐんでいたまりやさんの姿に情動が動いていた。
あのときの印象は、アルバム「ポートレイト」のジャケット写真が一番近い。

まだ山下達郎さんと、あっと驚く結婚発表前のこと。
そういう自分も、初めて竹内まりやさんの音楽を聴いたのは、TBSテレビ「ザ・ベストテン」だった。
1979年の大ヒットシングル「セプテンバー」。まだ久米宏さんが居た。

英語が話せて、それまでにない洗練された曲を自分で創るお姉さんの様に、自分は憧れ、惹きつけられた。
当時は、このような音楽を”シティ・ポップス”と呼んでいたように思う。
すぐに恋してしまうのは、昔も今も変わりないが、竹内まりやに少年は恋していた。
長いまつげと綺麗な瞳が印象的だった。

その一方、同じ出雲出身だが音楽はチンプンカンプンの父は、「あれは、ここの家の出身で、ああだのこうだの・・・」と駄目親父そのままで、その末最後に”器量が悪い”と吐いたことに反目した記憶。

***

竹内まりやさんの新譜を知ったのは、島から街に出て、いつも親切な店員さんがいる電気屋さんに行った8月後半のこと。
タイトルは「トラッド」。
その広告にシャッターを切りながら、どうするかな、と思っていた。

その後、とある場所に置いてあったFM東京の9月小冊子が、竹内まりやさんの写真で、いつものクセで2部頂いて帰った。

そして、この日曜日。
安住さんのラジオ番組「日曜天国」を聴き終えて、外に出なきゃ、と思いながら、それでもルーズになっていた。
そこに追い打ちを掛けるように足止めを食らったのが、チャンネルを変えた際に聞こえてしまった竹内まりやさんの声。
達郎さんの「サンデー・ソングブック」。

まりやさんが出演した3週目で最終回、と言うことから、一時間さらにラジオに向かった。

今朝、お袋と電話で話す中、勢いで敬老の日のプレゼントに「トラッド」をプレゼントすることを約束した。
そうして、2枚買わないと、と内心思った。アルバム発売日の前夜。

毎年9月が来るたびに、ラジオから恣意的に流れる「セプテンバー」にはうんざりしていたが、今年は何ら違和感がない。
もう少し経ったら買おう、という新譜への頃合い感は、2014年もう今の自分には無い。

■竹内まりや 「駅」1987■ 
誰もが黙ってしまうだろう名曲のライヴ。



PS:ここまで綴った後、ゴミ屋敷をがさがさと探ったら、1984年作品「ヴァラエティ」当時の週刊FMを発見した。
表紙デザインは安西水丸さん。

カビがひどいので、今後は少しづつでもスキャナーを使って行こうと思っている。
筋の入る傷んだスキャナーだが。

何冊もめくって、表紙に「竹内まりや」の表記を発見し、ページをめくる。
ネコの目のような可愛さにドキッとしてしまった。





9月7日 日曜日 八広にて
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 2014年9月7日 日曜日... | トップ | 2014年9月11日 木曜... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

音楽帳」カテゴリの最新記事