こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2014年5月12日 月曜日 くらしの風景 ~XTC 「イングリッシュ・セツルメント」’82~

2014-05-12 23:49:40 | 音楽帳

朝出掛けにカバンに放り込んだは、「ミュージックマガジン」の1982年6月号。長年ページをめくってきたので、傷んではいるけれども。
まだ、朝・夜は肌寒いときもあるけれども、確実に季節は夏に向かっている。

土日寝過ぎと歩き過ぎで、しんどいブルーマンデイの朝だった。
いつもどおり起き抜けにAMラジオを付けると、25℃近くにまでなる、と言っている。
案の定、作業着としてのスーツで歩いて行くと、仕事場に着くなり汗が噴き出し、うちわでパタパタ。

インターFMから、ピーター・バラカンさんの声。
高校時代から変わらない声。それは、お互いが離れずにスライドしてきたから、変わったことに気付かないせいもあるかもしれない。

帰り道。
あまりよろしくないことだが、非常事態のために服用しているQ&Pコーワ。
間もなくビンがカラカラになってしまうので、ぶらりと立ち寄ったお店で、価格と錠数とを見比べていた。
最近は、シリーズがいろいろあって、悩んだ末に「んんん~、やっぱり、明日にしよう」となる。

途中、夜に開いているスーパーに、お刺身を探しに行くが、良いモノがなくて、これまた次々に覗いて、やっぱりは「安心なこのお店」で買って帰る。
かつおのタタキ。

帰って、お米を研ぐ。どんぶりものを作るのだ。

***

かつて読んだ関川夏央さんの「中年シングル生活」。
じぶんはぼーっとして歳を意識していなかったので、自分自身が中年というくくりは、未だに他者のことと思っていた。
とはいえ、関川さんの書いた文章にうなづくことの多い最近。

暮らすうちに、幾筋ものケモノ道が家の中に出来る、というくだりなど。
本、CD、レコード、チラシなどが山積しながら、いつも居る場所に行くには細い道が出来る。
「しかし、汚すぎる!」と、このところは掃除をすることが多い。

今夜も帰るなり、無意識に雑巾がけをし出したら止まらなくなった。
「今日は1時間」とブレーキを途中から意識付けることにした。

こないだ、酔ってよろめいた際に、転んでしまい、mp3に変換するレコードプレイヤーの上に乗っかり、カバーを砕いてしまった。
今日は、その補修をビニールテープですることとした。
そんなつくろい・手作業をしているうちに、消費世界に洗脳されていた所から目覚めて我に帰る。

あちらこちらにちらばったLPレコードを、乾いた布で拭きながらラックに集めてくる。
そうしているうちに、「一体、これらは誰のために集めて、誰のために買ったのだ?」と当たり前の考えにたどり着く。
「そうだ、自分のためだった」と思い直す。
ほとんどが80年代に集中したレコードたちは、ボクが見て・聴いて・楽しむだけのために、買ったのだから。
「そんな自分が楽しむことが出来ないのなら、放棄したほうが良い」と、今更ながら思え、正気に戻る。

掃除もヒト段落する頃、外で雨が降り出した。
日曜日に鳩の街のお花屋さんで買った、キュウリとナスの苗を、掃除前に暗がりのプランターに移して、お水を上げたのだが、結果的にはお水要らずだった。

やっと一息付いて、ショーチューの薄い水割りを呑みながら、XTCの「イングリッシュ・セツルメント」を聴き出した。
想い出深いLPレコード。
イギリスでは2枚組だったが、日本盤LPは1枚に集約されていた。
自分が当時買ったのは日本盤。
その後、2枚組も聴いたが、出会いが1枚盤だったので、それは今もその方がしっくり来る。今は、CDで聴いている。

アンディ・パートリッジがひどいノイローゼで、ライヴなど人前で演奏することが出来なくなった後の1枚。
プロデューサーは繊細な音を作るヒュー・パジャム。
フィル・コリンズのソロ「夜の囁き」、ポリスの「ゴースト・イン・ザ・マシーン」などで、そのキメ細やかな音作りに魅了された。
彼の作る音は、この「イングリッシュ・セツルメント」においても、素晴らしい音像を描き出している。

「やっぱりXTCは、イギリスらしいバンドなんだなあ」と思わせるフォークロアの匂い、アコースティック感覚が漂うこの1枚を、ボクは昔も今も愛している。
聴いているうちに、ウキウキうれしくなる。
静かに始まる1曲目「ランナウェイ」から、音がかぶさりながら移っていく2曲目「ボール&チェイン」。
ドラムの音は、エスニックな匂いをさせながらも、乾いたエコーがスコーンと空にこだまする。



■XTC 「Ball & Chain」1982■
1982年の夏。千葉の海に、男同士だけで行った記憶。
こちらはオンナよりも海に行く、ということで、セレクションテープを作って持って行き、浜辺でラジカセから流れる音を聴いていた。
ホルガー・シューカイの「ペルシアン・ラヴ」、細野さん・教授・鈴木茂さん・達郎さんらが作った「パシフィック」からの曲に混じって、XTCの「ヨット・ダンス」が流れていた太陽ギラギラの日。

カラダが感じる温度や空気が脳に呼び込んだのは、1982年の春から夏への流れ。
あの年・あの季節に出会った音楽が、よく脳の中で流れる日である。
それは、実際の暮らし、というより、それはつらいけれども、新しい音楽宝庫だった日々のめくるめく想い。
レゲエ、ダブ、ハイチ、ラテン・・・あの頃聴いていた南洋音が、もうそこまで来ている。
コメント (2)
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