土曜の朝、溜まる疲れが一気に押し寄せた。
6:30起きたあとも白痴のまま、ブログなぞを更新していたのだが、まったり感は続いた。
9時すぎ、ゴミをかき集めて外に出しに行くと「これって、春のきざしか?」
と思えるような、奇妙キテレツな生あったかい陽気。
ゴミを置いたあと、そのままポケットに入れたカメラ片手に、歩き出す。
近所にシャッターを切り続けながら、街をくねくね。とはいえ、30~40分もして戻ってくる。
10:30お腹がギューッと鳴るので、パスタを茹でてたらふく食べる。
さすれば、再度、眠りの渦の中に舞い戻る。
起きると21時を過ぎている。。。
「また、やってしもうたな」と思いつつ、伊集院光さんや久しぶりの爆笑問題のラジオmp3を聴いて過ごす。洗濯も掃除もする気力も無い堕落の極みで。
すると、午前0時近くに「あっ、来たな」と地震がやってくる。長く、気持ちの悪い揺れ方。
また、眠っていた何かが目覚めだしたか?と悟ったが、地震はやんだ。すぐにネットとNHK・TVでチェック。
北海道震度5強。釧路で起きた地震が、この東京下町まで来るとは。
気象庁の図は、東日本全体だけに震度マークがある。
思えば、31日につくばで朝観た空の奇妙な模様によぎるものはあったが、雲は自由に織り成すから、それも私のトラウマが成せる過敏症に過ぎないのだろうが。
深夜1時頃、再度パスタを茹でて食べたら、またもや睡魔の渦へ。
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時折おとずれる「夢から覚めたくない病」。土曜も日曜も、途中途中起きていながらも「起きたって、何も良いことがあるわけじゃないし」と夢に戻ろうとする病気の発症。
素浪人の暗黒時代に、じぶんが精神病であることを肯定出来なかった中、昼夜逆転し、眠りから逃げられなくなったスパイラルがついよぎった。
思い出してはいけないネガティヴな時代。
結果、なんとか立ち上がったら13:40。「このままではイカン!」
そう思い、全てを投げ打って、ミニバックに7つ道具を詰めて、14時出発。
何はどうあれ、脱出するのじゃ!
と、外に出るとお向かいの優しい奥さんにあいさつ。ようく、
うちに遊びに来るミケちゃんとワンちゃんが居る。
長いお話しをしたことが無かったので、2人と遊びながら、奥さんにお話しを掛けてみる。
生き物好き同志では会話は成立するはず、と。
ずいぶん、いろんなお話しが出来た。ミケちゃんが捨てられたネコだったことを知る。
てっきり相棒クロちゃんと兄弟で、それは産んだお母さんネコが居るものだと思っていたのに。
奥さん「お出かけのジャマだから、そろそろこっち来なさい。」
かたちんば「大丈夫ですよ。」
そうして、2人にバイバイして、14:30。歩き旅に出た。
結果、18:30までの4時間に、向島・曳舟界隈を迷走し、900枚・8200歩の旅となった。
今日は、新たに並行で使うべく衝動買いした「某カメラ」のテスト運用もしてみた。
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ついつい社会の中で生きていると「2月になれば、節分だ・・・そのあとはバレンタインデー・・・だ、ふざけるな」という気分になってしまう。
それは、巨大食品店・コンビニエンスストア・CMなどの「資本主義」へのアレルギーから来るものだが、実態は異なっていた。
写真を撮りながらぶらぶらしているうちに、人の流れから「ああ、そうか」と思って、その流れの源へと流れていった。
地元の守り神・白鬚神社にたどり着く。すると、偶然、それは15:00。舞台に鬼、境内には狭い所に大勢の家族や人々。
舞台の演出も楽しかったが、それが終わったあとに、みんな壇上から蒔かれる豆やお菓子や福のモノたち。
みんな、まるで子供のように手を上げて、その蒔かれたものを手に取ろうとしている。
2012年10月22日のコチャコ
じぶんは、コチャコが亡くなったので、喪中で初詣はしなかったが、この節分の中、地元に根付いた市井(しせい)の人々が、地元の守り神に集まり、日々の社会的仮面を脱いで、子供のように自由奔放に・うれしそうに・素(す)の姿で居る様に、言い得ない想いと幸福の瞬間を観た。
「節分」さえも色眼鏡で見ていたじぶんから、メガネが砕け散った。
幸福とは語ってしまえば逃げてしまうけれども、些細なところに宿っている。
写真を撮り、そんな想いで居たじぶんのところにも「福たおる」が飛んできて、キャッチした。
ついついニンマリしてしまった。
■Connie Francis 「My Happiness」1958■
(「日立サウンドブレイク」1985年1月・イン上野公園より)
みんなで、もらった「福」をくらべっこ。
幸福に法則もマニュアルもない。
生きる瞬時の組み合わせに過ぎない。
出会うか出会わないかもダーツのようなものに過ぎない。