「落ち込むなんて、おこがましい
落ち込むなんて、自分を過信してるからや」
明石家さんま
あるTV番組で「落ち込む事はありますか?」と質問されたさんまは、「ないないない」・・と即答。
そして、答えたのが上の言葉。
「生きてるだけで丸儲け」という座右の銘が有名なさんま。
娘の”IMARU”の名前もここからとったとか・・。
「ワクワクしながら死にたい」というのが、最近のお気に入りらしい。
常に前向きな姿勢で30年以上、トップを走り続けるお笑い怪獣は、謙虚さ?も忘れないようだ・・。
「落ち込むなんて、おこがましい
落ち込むなんて、自分を過信してるからや」
明石家さんま
あるTV番組で「落ち込む事はありますか?」と質問されたさんまは、「ないないない」・・と即答。
そして、答えたのが上の言葉。
「生きてるだけで丸儲け」という座右の銘が有名なさんま。
娘の”IMARU”の名前もここからとったとか・・。
「ワクワクしながら死にたい」というのが、最近のお気に入りらしい。
常に前向きな姿勢で30年以上、トップを走り続けるお笑い怪獣は、謙虚さ?も忘れないようだ・・。
「”経験”を教える事は出来ません。
失敗も経験のうちの一つですから、
全力を尽くした末の失敗ならば、それは貴重な経験になると思います」
ボビー・バレンタイン(元千葉ロッテマリーンズ監督)
勝ち負けではなく、成功したコトを認めて、褒めてあげる。
成功したコトとは結果ではなく、ベストを尽くしたコト。
結果よりも過程を評価する彼の姿勢は指導者として見習うべきトコロ。
逆に失敗—戒めなければいけないコトは、一所懸命、備えてやるべきトコロを手を抜いたり、状況を把握してないコト・・等。
メリハリと愛・・大事なコトやね・・。
『「いかに削るか」ということ 付け足していくのではない。
書きたいものを書いてはいけない 書かずに書く』
作家 宮本輝
先日のSWITCHインタビューで、映画監督の行定勲と対談した作家の宮本輝が言っていた言葉。
文章を書く、最初に習ったコツは「取ってしまう」というコト。
ここは何か足らんなぁ・・という時は、もっと足らんようにする。
とにかく見せすぎない、描き込まない。
描きすぎると観客がお腹いっぱいになってしまう。
余白というか、それを全部埋めてしまうと隙間がなくなって、観客の心が入っていけなくなる。
—そう語っていたのが印象的であった。
「生きるというのは人に何かをもらうこと。
生きていくというのは、それを返していくこと」
「立派な人にならなくてもいいの。
どうか、感じのいい人になって下さい」
「正しいという字は『一つ』『止まる』と書きます。
どうか一つ止まって判断できる人になって下さい」
「なんでも謝って済むことではないけれど
謝れない人は最低だ」
「他人を責める前に自分を大きくしなさい!
他人をうらやましいと思う前に、自分を育てなさい」
「あなたが言葉を覚えたのは、悲しみを語るためですか?
どうか何度も泣いてください、うれし涙に出会うまでは・・」
「相手の身になって考えられる人間になってください。
決して損得だけで物事を考える人間になるな!
それらのことが君たちの人生を築いていく、ひとつひとつの礎になっていくんです」
「努力をせずに欲望を満たそうとする。そんな人間にはどうかならないでください。
いや、そういう人間をどうか憎んでください。努力する人間を心からどうか、愛しいと思ってください。
そして不正を許すな。苦しむことをどうか愛してください」
「棚からぼたもち、楽して生きる。そんな人生は、世の中に転がっていません。
頭も使って耳も使って、目も使って、口も使って、手も足も全部使って人間は毎日毎日生きていくんです」
「幸せになろうと思わないで下さい。
幸せをつかみに行って幸せをつかんだ人は1人もいません。
幸せは感じるものです」
人生から何を
われわれはまだ期待できるか
が問題なのではなくて
むしろ人生が何を
われわれから期待しているか
が問題なのである
ユダヤ人精神医学者 ヴィクトール・フランクル
私は、「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう。」
と言っておられる主の声を聞いたので、言った。
「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」
イザヤ書6:8
知足安分
「知足」は足るコトを知る・・というイミ。
「安分」は分をわきまえる・・というイミ。
高望みをせず、自分のおかれた境遇に満足するコト。
人はないものねだりで、無い物を求めてしまう。
その前に、自分に有るものを数え、感謝するコトを忘れてしまう。
あるコトが、当たり前になってしまうからである
明石家さんまの「生きてるだけでまるもうけ」という座右の銘は、そーゆーイミでも、非常に奥が深い・・と思う、今日この頃なのである。
心すこやかにあろうとすれば、”知足安分”・・なのだけれどね。
逆境でこそ、「自分の基本」に立ち返れ!
サンフレッチェ広島 森保一監督
就任わずか4年で3度、サンフレッチェ広島を日本一に導いた名将、森保監督。
実は終了間際のロスタイムで同点に追いつかれ、W杯初出場の夢を断たれた”ドーハの悲劇”のあのピッチで、森保は日本代表選手としてプレーしていた。
あと一歩のトコロで夢を断たれた森保は、なぜW杯に行けなかったんだろう・・と夢遊病者のようにフラフラさまよい、頭も真っ白になった。
―あの日、心が折れた。
しかし、サッカーはやめ切れなかった。
人生は続いていく。
心が折れても、やらなくてはいけないコト、やり続けなければいけないコトはある。
結局は、自分なりの生き方を貫くしかない・・と割り切れるようになった。
自然体で。
自分らしく。
びびってやっても、いい結果は生まれない。
やるんだったら思い切って、腹をくくってやる。
短所が長所には絶対変わらない。
ウイークポイントはストロングポイントには絶対変わらない。
―そういった意味で、自分の武器とはなんなのか?
―その自分自身への問いかけこそが、サッカー人生最大の悲劇から立ち直った彼の”ぶれない”原点だという。
因果一如(いんがいちにょ)
原因と結果は同じ・・というイミ。
白隠禅師の坐禅和讃の一節にある言葉。
http://shofukuji.net/5hakuin.htm
リュック・ベッソン監督の映画「グラン・ブルー」で有名なフリーダイビングの世界。
酸素ボンベなし、素潜りで100mもの深海に潜り、その深度を競う競技である。
素潜りで水深100mの深海に到達した人間は、歴史上、たった7人しかいないという選ばれし者の世界である。
肺の中にいっぱいに吸い込んだ酸素のみで100mの深海まで潜り、また戻ってくるという、必要最低限の無駄のない動きが要求される極限の競技で、その最中、ブラッドシフトという脳と心臓に酸素が集中する現象が起きる。
人体で、最も酸素を使う臓器が”脳”なのである。
いかに平常心で、”無”になって臨まなければならないか?
”無”になろう、”無”になろう・・としている状態は”無”ではない。
日本のトップ選手である篠宮龍三は、仕事を辞めて、フリーダイビング1本でやっていこうと決意して臨んだ大会で、大ブラックアウトしてしまう。
要するに失神である。
結果を出そうと気負いすぎたあまりのミス・・。
しかし、フリーダイビングの世界では、そのミスが命取りになってしまう。
それ以来、篠宮は2年間、スランプに陥り、平々凡々とした結果しか残せなくなってしまう。
フリーダイビングの世界では、ヨガや禅を取り入れて心身統一を図る。
映画「グラン・ブルー」のモデルになったジャック・マイヨールが禅に傾倒していたコトを知った篠宮は、禅の本を読み漁り、この言葉に出会う。
「因果一如」
原因と結果は同じ・・。
原因の中に、既に結果はある。
こんなに頑張ったから、いい結果が出るだろう・・という考えだった自分は、なんと浅ましい人間だったろうか・・?
いい結果を出そうと臨んだ先の大会での失敗は必然だった。
この言葉と出会った篠宮は、自分の小ささに気付き、開眼した。
2008年には、アジア人として初の100m超えを達成。
その翌年には、ジャック・マイヨールが持つベスト記録である105mを超え、107mのアジア記録を達成。
そして、2010年には、115mの自己ベスト記録をたたき出す。
この記録は世界でも歴代5位の記録。
まさに想像を絶する世界であるが、己をなくして、”無”にならなければ、この結果は決して出せないのだろう。
「人生は実に儚いものだ。
争いや謝罪、嫉妬、責任追及などしている時間はない。
あるのは愛する為の時間だけ。
それも、わずかな時間だけだ。」
マーク・トウェイン(1835~1910;『トム・ソーヤの冒険』で知られる作家)