竹内貴久雄の部屋

文化史家、書籍編集者、盤歴60年のレコードCD収集家・音楽評論家の著作アーカイヴ。ときおり日々の雑感・収集余話を掲載

忘れられていたチェロ奏者、クリスティーヌ・ワレフスカの来日公演で思うこと。

2010年05月06日 11時55分23秒 | ワレフスカ来日公演の周辺
 2ヵ月ほど前のことだったと思う。私のブログに1通のコメントが寄せられた。個人的な連絡先が記載されており、その後、私とは個人的な接触が始まり様々に発展していったのでそのコメントは「公開」扱いにしなかったが、それは、以下のようなものだった。私が昨年12月にupした「ドヴォルザーク《チェロ協奏曲》の名盤」へのコメントだった。

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・コメントを書いた人
ワレフスカ来日演奏会実行委員会

・タイトル
ワレフスカさんについて

・コメント
初めてコメントさせて頂きます。
しばらく消息の伝えられていなかったワレフスカさんですが、現在アメリカ在住で今年の5~6月に来日演奏会を行う予定です。
竹内様が文章中で一番にワレフスカ盤を取り上げられていましたので、ご連絡差しあげました。
大変恐縮ですが、いちど下記アドレスまでご連絡頂けますでしょうか?よろしくお願い申しあげます。
失礼いたしました。

ワレフスカ来日演奏会実行委員会

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 つい先ごろ、4月28日付の「日本経済新聞」文化欄に「発見《幻の女性チェロ名手――情熱的スタイル掲げ36年ぶり来日へ」という記事が載ったので、ご覧になった方も多いと思うが、音楽ビジネスが困難を極めているこの時代に、個人の力でワレフスカの来日演奏会を、しかも、その存在が殆んど忘れられている中での演奏会を、全国各地で行うという難事業をやり遂げようとしている人、渡辺一騎氏からのコメントだった。その日、渡辺氏は歯科医としての学会関係の仕事で渡米しており、滞在先からの送信だったようだ。コメントの内容に驚いた――それは、彼がそうであったと告白しているように、私にとっても「ワレフスカがまだ生きていた」という驚きと、その演奏会を「実行委員会」方式で挙行しようとしている人物がいる、ということの二つに対してだったが――、私が、そこに記されたアドレスにメールを入れると、半日ほどして返信が届いた。
 まもなく日本に帰るので、都合の良い日に東京で会えないだろうかというものだった。ワレフスカの演奏を高く評価している私に、協力してもらえないかという趣旨だった。もちろん私は「自分に出来ることならば、よろこんでご協力する」とお答えした。その時、私の脳裏をよぎったのは、今から30年ほども昔のことになるだろうか? ベルギーの女性ヴァイオリニスト、ローラ・ボべスコの来日演奏会を実現してしまった人たちの情熱だった。私の友人のひとりは、そのボべスコ来日に奔走した人たちの仲間だったと聞いているが、あのころの熱気には独特のドラマがあったように記憶している。そして、今回も、そうした「熱」を感じての渡辺氏の帰国待ちだった。
 果せるかな、お会いした渡辺氏は、数年前、偶然にアメリカの地方都市でワレフスカの出演する音楽祭の開催を知って駆けつけ、楽屋にまで訪ねてしまったこと、それから始まった交流の中から、「ほんの弾みで」来日演奏会実行委員会を立ち上げてしまったことを話された。そして、渡辺氏自身が、アマチュアとしてずっとチェロを弾き続けていること、そうしたチェロ奏者仲間の輪から、多くの協力者に恵まれていることなどを滔々と話された。――想像通りの方だった。
 その時お話しした「私に出来ること」のひとつが、旧知の日経新聞文化部、池田卓夫氏に紹介することだった。前記の日経新聞の記事は、池田氏の深い理解と共感があればこそのものである。池田氏もまた、そうした「無謀な企て」を試みている渡辺氏に1時間以上もの長時間、真摯に応対してくれた。同席した私も、久しぶりに、とても爽やかな気持ちになった会談だった。そのことで私は池田氏に深く感謝している。歴史的な難事業は、いつもこうした「無謀な企て」から始まり、そのよき理解者に育てられてきたのだ、と思う。
 コンサートのチケットは、完売してしまった会場もかなりあると聴いているが、「ワレフスカ 来日」程度の文字列ですぐに「実行委員会」のホームページが見つかり、かんたんにアクセスできるので、ぜひ、来日演奏会をお聴き戴きたいと思っている。どのような演奏家であるかは、私のブログ、昨年12月15日「ドヴォルザーク:チェロ協奏曲の名盤」で少し触れている。そこで私が使用した「驚天動地」という言葉が一人歩きしていて、中古レコードサイトで「これが竹内氏が〈驚天動地〉した名演だ」などと引用されているのが少々気恥ずかしいが、まだ、それ以外、ワレフスカについて詳細を論じたものは書いていない。他の音楽評論家諸氏のものでも、ワレフスカについて正面から論じた日本語の文章は、ほとんど見かけていない。先日、チェロ奏者についての素晴らしい著書のある渡辺和彦氏と歓談した際に、ワレフスカに強い関心を示されていたのを記憶しているが…。
 私自身の「ワレフスカ観」は、今回の来日コンサートのプログラムで書かせていただくことになっているので、それをお待ち戴きたい。渡辺一騎氏のご期待にどこまでお応えできるか、少々緊張している。



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