竹内貴久雄の部屋

文化史家、書籍編集者、盤歴60年のレコードCD収集家・音楽評論家の著作アーカイヴ。ときおり日々の雑感・収集余話を掲載

早逝したケルテスが残した1964年ライヴ盤ブルックナーに聴く「シューベルト的〈歌〉と〈舞踏〉の精神」

2011年06月30日 11時41分45秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の6枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6081
【曲目】ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」
【演奏】イシュトバン・ケルテス指揮ロンドン交響楽団
【録音日】1964年3月13日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、不慮の水難事故により1973年に、わずか44年の生涯を終えてしまった名指揮者、イシュトバン・ケルテスによる演奏が収められている。この〈BBC-RADIO クラシックス〉には初登場だ。
 ケルテスは1929年にハンガリーの首都ブダペストに生まれた。1950年代の終わり頃、ハンガリーから西側に登場し、英デッカ=ロンドンから、ウィーン・フィルを振ったドヴォルザークの「新世界交響曲」で突然、世界の音楽ファンの前に現われた。その優れた才能を高く評価していたレコード会社の英断だったが、それ以来、ケルテスは、一躍、若手指揮者のホープとなった。
 1965年からは、ロンドン交響楽団の首席指揮者に就任したが、このCDの録音は、その前年の同オーケストラとのライヴ録音だ。曲目が、当時30歳代半ばという年齢にしては意外な、ブルックナーの「交響曲第4番」という重厚な作品だが、活力のある朗々とした響きで、グイグイと推進していく音楽は、既に、当時のケルテスの大器ぶりを十分に表わしている。
 ケルテスのブルックナー演奏は、この作曲家の作品の演奏でよく聴かれる響きとかなり異なり、徐々に昇りつめて行くといった方向よりも、最初から全力投球して走り出すような、開放感にあふれたもの。全体の流れは、はちきれそうな生命力にあふれ、大きな揺れ動きに包まれた歌がどこまでも続く。リズムは活力に満ちて生き物のようにうごめいている。これは、ブルックナーの音楽の中に眠るシューベルト的な〈歌〉と〈舞踏〉の精神を信じて、高らかに歌い切ったケルテスの青春の記念碑だ。
 この曲はケルテスにとって格別の思いがあるのか、正規の録音も英デッカ=ロンドンに残されているが、このライヴ盤の、一気呵成の情熱が音楽的充実と見事に結びついた演奏ほどの魅力はない。このCDは、志し半ばで事故死したケルテスの真の実力を伝える貴重な録音だ。(1996.7.30 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 記載された執筆日でお気づきの通り、これは、「日本フィル」との来日ライヴDVDが発売されたり、長い間廃盤のままだった「バンベルク交響楽団」とのオイロディスク録音がCD化される以前に書いたものです。ケルテスは、ほんとうに「惜しい人を早くに失ってしまった」と思う指揮者のひとりです。西側への亡命直後と思われる歌劇場指揮者時代の「オテロ」の録音に関しては、以前、このブログ内で紹介しました。日フィル、バンベルク響の盤ともども、折に触れて執筆した文章は、このブログページを下にスクロールして左欄の「ブログ内検索」に「ケルテス」と入れれば、一気に出てきます。ご興味のある方はぜひご訪問ください。

【付記の訂正】
 友人に「検索したけど、日本フィルとのDVDは出てこなかった」と言われてしまいました。詩誌『孔雀船』の「リスニングルーム」欄で書いたつもりでいましたが、書いていなかったようです。申し訳ありません。ていねいな指揮姿を見ることができるということだけでも貴重な記録です。もう廃盤かもしれませんが、在庫を見かけたら買うべし、です。



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