竹内貴久雄の部屋

文化史家、書籍編集者、盤歴60年のレコードCD収集家・音楽評論家の著作アーカイヴ。ときおり日々の雑感・収集余話を掲載

自動車事故で31年の生涯を終えたピアニスト「リチャード・ファーレル」の残したレコードの超・稀少性

2011年08月30日 12時58分40秒 | LPレコード・コレクション
 




 以下は、2010年5月に発行された『クラシック・スナイパー/6』(青弓社発行)の特集「マニア大戦争」に際して併載されたアンケート「マニアが誇る一枚」に答えて書き下ろした原稿の一部です。(詳細は7月28日の当ブログをごらんください。)採りあげた3枚のLPレコードの内の1枚で、本日は、その3枚目です。

           *

■ブラームス:「ワルツ 作品39」全曲/「4つのバラード」作品10
  リチャード・ファーレル(pf)  [日本ウエストミンスター SWP-3514]

 リチャード・ファーレルはニュージーランド生まれのピアニスト。ロンドンでのデビューを果たし、アメリカでもカーネギー・ホールを初めとする多くのコンサートによって評価が高まったが、数枚の録音も果たした1958年、これからという31歳の若さで、自動車事故により世を去った悲劇の人である。私の知る限りでは、英パイに5枚のLPが残されたのみで、少なくともその内、リストの第1とグリーグの協奏曲を米マーキュリーとの提携で録音した1枚は米マーキュリーでステレオ盤が発売されているが、残りのピアノ独奏の録音4枚は、英パイのモノラル盤しか見ていない。日本では、当時、日本コロムビアとは別に活動していた日本ウエストミンスターから、5枚全てが順次発売されたが、ひょっとすると日本ではレコード・デビューが彼の死後だったかもしれない。独特の清冽なロマンの香り漂うピアニストである。4枚の独奏のアルバムが、ブラームス2種、ラフマニノフ、グリーグということからも、それが想像されるだろうと思う。
 このブラームスは1961年12月新譜である。日本では、これがファーレルの5枚目にあたるが、折からのステレオ盤の黎明期にぶつかり、これだけが何んとステレオで発売されている。この時期、本国イギリスでは、まだモノラル発売が標準だった。そして、早々に世を去ったこのピアニストのレコードは、どこからも再発売されることなく今日にいたっているらしい。
 だから、ひょっとすると、この国内盤は、世界で唯一のステレオ発売かもしれないと思っている。国内盤を軽視してはいけない。このLP、実は或るリサイクル・ショップの片隅で破棄処分寸前だったものを、私が救い出したものである。世界中でこれ一枚しか残っていないかもしれないという、大切な宝物のひとつである。購入価格105円。


【ブログへの再掲載にあたっての追記】
 この「三題噺」のように仕上げた「アンケート」への返答風の原稿。ブログでの掲載の3枚目、最終回となりましたが、じつは、『クラシック・スナイパー/6」に掲載した時は、これが冒頭、1枚目でした。「ゴミのように扱われているジャンク盤を軽視するな!」という戒めの例でした。ブログ掲載でこれを3枚目に回したのは、今村亨氏から、最近、ファーレルの英文情報に私の仮説を裏付けるような記載があったと教わったので、その確認に手間取ったためです。
 イギリスの音楽評論家が、「これほどの素晴らしいピアニストが居たことを知らなかった自分の不明を恥じる」と絶賛し、再評価を呼び掛けていたのです。リチャード・ファーレルの音楽に関心を持ってくれる人が現れたことを、うれしく思いましたが、イギリスでも最近までそうした扱いだったということを、わかってはいましたが現実として目の当たりにして、ちょっと複雑な思いです。
 この記述の中に、当録音の話があり、「ステレオ録音されたが、モノラル盤しか発売されなかった」とありました。上記の私の記述は、「推論」から「現実」になったわけです。また、英パイ盤のジャケットデザインが、私の所有している国内盤(ブログ冒頭に掲載)と同じだということもわかりました。「PYE」のマークをいじって「ステレオフォニック」の文字を入れているだけですが、これは発売元の日本ウエストミンスターで加工したものではないでしょうか? 英パイ盤で、こんなステレオ・マークは見たことがありません。
 いずれにしても、このレコードを自著『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』(洋泉社)の中で紹介してから、もう18年も経ってしまいました。謎だらけだったリチャード・ファーレルにも、文献資料が出てくるようになったわけです。レコードのコレクションは、ほんとうに「長い航海」です。
 ファーレルについては、今の段階でも一気に、様々のことがわかるようになりましたが、それらについては、ゆっくりと整理、精査してから書こうと思っています。とりあえず、その18年前の私の文章を、以下に再掲します。出典は、上記『コレクターの~』の「第4章/とっておきの愛蔵盤ファイル」中、168ページです。ただし、享年を正しく「31歳」(1926年12月30日生、1958年5月27日没)に改めました。

 ======================

 夭折した演奏家にばかりこだわっているわけではないが、そうした演奏家は活動期間が短い分だけ、忘れられてしまう人も多い。この自動車事故で1958年にわずか31歳で世を去ったピアニストについて語るひとは少ないが、深く沈んだ情感をたたえて、しっとりと歌う独特のピアノは、ブラームスの控え目な音楽の優しさを、ドイツ的な響きとは全く異なった中に結実させている。ニュージーランド出身でイギリスを中心に活躍していた彼が、グリーグを得意にしていたのも頷ける。若くして、自身の世界の確立していた人だ。

 ======================

 ぜひ、この悲劇のピアニストの名を、記憶にとどめておいていただきたいと思っています。


【9月1日、追記】

「瀕死の若様」から、詳細なコメントを頂戴しましたので公開いたします。ご覧ください。この欄の右下「コメント(1)」の「(1)」をクリックすると現れるはずです。
そこでご指摘いただきましたが、私の上記「日本ウエストミンスターのオリジナル・ロゴか?」は撤回します。英パイ盤に使われていたのですね。英パイのそのマーク付き初期ステレオは、見たことがありませんでした。英盤の初期ステレオは全般的に少ないので、判断が難しいですね。ありがとうございます。
CD2枚組等のこと、テレビでの特番放送のことなど、様々、わかって来つつあるのですが、ひととおり整理してからご報告するつもりでおりました。いずれにしても、こうした再評価機運を大事にしたいと思っております。


最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
R・ファーレルとパイのステレオフォニックのロゴについて (瀕死の若様)
2011-08-31 21:53:39
 ジュリアード音楽院でO・サマロフに師事したファーレルのCDが母国の新西蘭より2枚組で発売中です。ブラームスの作品には「FIRST STEREO」との表示があります。ブックレットの表紙は英パイのグリーグとリストの協奏曲のジャケットに使用されたファーレルの写真を流用しています。
 またパイのマークの周りの→と「STEREOPHONIC」の表記は日本Wのオリジナルでは、とのご指摘はまちがっております。手元にある英パイCSCL-70019ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」(M・カッツ独奏 バルビローリ/ハルレ管)のジャケットの両面にあり、裏面は下段の左右の隅2箇所に印刷されています。但しマークの周囲を実線でほぼ正方形に囲っています。角は直角ではなくアールがついております。
 また表面は同様のデザインとサイズのシールが添付されいます。銀色のベースにマークとロゴは青色です。シールの下は通常の円形のパイのマークが印刷。何故それが判明したかというと、シールを剥がしたからではなく、同じアイテムを2枚所有しているからで、もう1枚のほうはお判りの如くシールがありません。またこのレコード以前に発売されたバルビローリのステレオ盤のジャケットにはこの仕様はありません。
 尚国内盤パイ・レーベルにはプリフィックスがSWPより前により高価なSWシリーズが発売されていました。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。