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サン=サーンス:『交響曲第3番《オルガン付》』の名盤

2010年02月06日 15時01分45秒 | 私の「名曲名盤選」



 2009年5月2日付の当ブログに「名盤選の終焉~」と題して詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第36回」です。

◎サン=サーンス:交響曲第3番《オルガン付き》

 サン=サーンスは練達の作曲技法で、様々な様式を巧みに取り入れて構成的な作品を書いている。時にはそれが禍いしてスタイルの品評会のようになってしまうこともあるが、この〈オルガン付き〉はサン=サーンスの最高傑作とも言うべきもので、壮大なスケールで描かれた巨大な建造物を思わせる交響曲だ。
 レヴァイン盤はベルリン・フィルの重厚さ、輝かしさをフルに引き出した雄大な演奏。レガートの効果的な多用による流麗で、しかもエモーショナルな動きの自在な音楽が滔々と流れる。全曲を貫いている濃密な気分と、緊張の持続も格別のもの。スケールの大きなロマンティシズムの手応えを感じる総合的に優れた演奏だ。
 マルティノンがエラートに録音した盤は、混濁のない清澄な響きを素地に音の輪郭をくっきりとさせた演奏。それは、全体の構造が感覚的に把握され切っているからで、幾層にも分かれた重層的な音の鳴りが魅力。第一楽章の第二部は実に美しい響きだ。第二楽章の前半のトリオでの洒脱さも好ましい。マルティノンは、この録音の五年後に「サン=サーンス交響曲全集」としてEMIに再録音しているが、オルガン独奏がアランからカヴォティに代っているだけでなく、マルティノンの指揮も感覚的な冴えが後退している。
 チョン・ミュンフン/パリ・バスティーユ管盤は、情感の大きな振幅を表現し得たチョンの、豊かな感受性と将来性を知る演奏。何よりもこれほどに熱っぽい演奏は最近では稀だ。金管の輝かしい響きなどは後退し、色彩感も少ないが、全体をトータルに包み込んで進んで行く線の太い音楽が聴こえる。レヴァインが結局のところ、ゴシック的な縦のラインの美学の中でこの曲を捉えているのに対して、チョンは横に連なるなだらかなラインを見出している。西欧音楽の伝統からは生まれない新しい個性だ。

《ブログへの掲載にあたっての追記》
 私がここで言及しかけている「タテの線」と「ヨコの線」の問題は、私が最近大きなテーマとして考えている「日本人の西洋音楽受容」にも関わっています。久しぶりに15年も昔の自分の原稿を読み返して、感慨深いものがあります。確かにこの時期あたりから、私は、おぼろげながら考えていた日本人の西洋音楽受容の特質について、一歩踏み込み始めたのです。まだまだ読み解けていませんが、これからも考察を続けたいと思っています。
 この曲では、しばしば、シャルル・ミュンシュがボストン交響楽団と録音したRCA盤を推す声が聞かれますが、あれは私は昔から、奇妙に「散らかった」響きの演奏だと思っています。当時のRCA録音がリヴィングステレオという商標の華麗な録音を売り物にしていたこともあって、最新のCD化の音では、ますます、その作り物めいた音のいやらしさが耳について困りました。ミュンシュ・ファンを任じている私をして、残念ながら「珍演」の部類に入れたくなる演奏と思っています。
 
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