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シューマン『ピアノ協奏曲』の名盤

2009年10月27日 14時55分52秒 | 私の「名曲名盤選」




 5月2日付の当ブログに「名盤選の終焉~」と題して詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第24回」です。

◎シューマン:ピアノ協奏曲

 シューマンの唯一のピアノ協奏曲だが、これは、初め「ピアノと管弦楽のための幻想曲」として一八四一年に書かれたものを第一楽章に転用し、それに二つの楽章を加えて三楽章構成の協奏曲としたもの。それほど厳格な構成感は持たず、むしろ全曲に一貫して流れる幻想性が美しい。
 ルプー/プレヴィン盤は、まだルプーが二〇歳代の一九七三年の録音で、その瑞々しくてしなやかなピアノがこの曲に盛られた幻想味あふれる夢を、豊かな情感で伝える演奏だ。軽やかなピアノのタッチは終楽章では羽のようにふわりと舞い上がる瞬間をさえ生み出している。プレヴィンの伴奏も感性の豊かなシャープさで、ルプーの音楽を支えている。
 R・ゼルキン/オーマンディの六四年録音は、端正で淡泊な表情で、この曲の抒情を均衡感のある音楽の中に再構築して聴かせる一方の名演。
 リパッティの桁はずれに自在なピアノは、心の襞に沁み入るようなこまやかな響きで、録音の古さを忘れさせるほどの詩情あふれる演奏だ。伴奏は若きカラヤン指揮フィルハーモニア管。
 グルダ/アンドレーエ盤の懐かしさに溢れた甘い情感、アルゲリッチ/ロストロポーヴィッチ盤の無防備な情熱も、それぞれに興味深い。
 最近登場した盤では、新人ラルス・フォークトがサイモン・ラトルと録音した演奏が新鮮な魅力にあふれている。非常に粒立ちのよい美しく鳴るピアノで、力強さ、スケールの大きさも合わせ持っているが、何より驚くのは、この曲のイメージを一変させてしまう独特のアーティキュレーションが確信に満ちて堂々と聴かれることだ。ラトルの反応の良さももちろんで、独奏と一体になった動きを聴かせる。奇を衒ったところなどひとつも感じさせず、説得力のある演奏で音楽全体を大きくわし掴みする本格派の新人の登場だ。このCDは、この曲の演奏史の転換点となるにちがいない。

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 この文章を書いたころには新人だったフォークトも、すっかり大家になりつつあります。いささか気負いが感じられる古い文章を読み返して、すこし気恥ずかしくはありますが、ここで言っていること自体は、今でも変更する必要を感じません。ただ、フォークトに続く「何か」が、まだ見えてきていません。
 アルゲリッチ盤の「無防備な情熱」という表現はアイロニーです。おわかりいただけますか?

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