怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

「開店休業」吉本隆明・ハルノ宵子、「なるほどの対話」河合隼雄・吉本ばなな

2018-03-29 06:50:29 | 
今週はなぜか吉本隆明親子の本を2冊。

「開店休業」は吉本隆明が「danchu」に連載した職に関するエッセイに長女のハルノ宵子が追想を書き加えたもの。
戦後の知の巨人と言われ、新左翼の思想的バックボーンにもなっていた吉本ですが、この本によるとブントの島成郎夫妻もよく家に出入りしていたとか。
私自身は学生時代は何やら小難しそうで理解しがたいと思ってほとんど読んだ記憶がない。最近は目につくと読みやすそうな親鸞などに関する本を読んだ記憶ですけどね。
このエッセイは最後の自筆連載だそうですが、晩年のこのエッセイは普通の年寄りの食と家族に関する思い出話。あの吉本と言う名前の看板にみんな感心して読むのでしょうが、内容はこれと言って思想的なものは全くなく、どうってことありません。
この本の面白いところは、長女の追想です。いろいろと吉本家の内情が分かっていささか品がないですが、ゴシップ話として読むと結構興味深く読めます。因みに次女は当然あの吉本ばなな。時折登場してくるのですが、ふふんとなってしまいます。
長女によると吉本は30代の頃から糖尿病を患っていて、食事制限をしなければいけなかったのだが、これがなかなかできない。血糖値は300を超えていて何とか100以下に戻そうと奥様が一生懸命カロリー制限食を作っても、それでは我慢できないのか、どこかほかで食べてきてしまう。レシートなどからばれてしまい奥様は怒ってそれ以来食事を作らなくなったとか。吉本にしても欲望のコントロールはこんなものなんです。
そんな具合ですから糖尿病はどんどん進行してインシュリン注射を打たなければいけない状態に。老いては尿漏れにも悩んで掃くタイプの紙おむつを愛用していたとか。目も見えなくなってきて晩年は口述筆記が多くなったのですが、この連載はなぜか自筆で書いたそうです。
朝食はいつもおかゆに温泉卵にトマト、小鉢と梅干だったそうですが、一人で食べていると見えないからか醤油をテーブルにかけていたり、何かしら食べ忘れていたりだったとか。
そうは言っても、なくなったのは88歳。晩年まで執筆していたりして糖尿病を患っていたにしてはご長寿です。
因みに吉本の最後の食事はカップ麺のキツネどん兵衛に温泉卵とゆでほうれん草を入れたもの。う~ん、これが最後の食事と言うのもと思うのですが、病院の制限された味気のない食事より良かったのかも。
吉本隆明が書いていなければ読むこともない本でしたが、どことなくほっこりするエッセイでした。
「なるほどの対話」は次女の吉本ばななと河合隼雄先生の対話。
人の話を聞くのが仕事の河合先生にうまくのせられて、吉本ばなながたぶん人には話したことがないようなことをたくさん話しています。吉本ばななの作品は、初期のキッチンとか白河夜船とかツグミとかは読んでいるのですが、最近ではとんとご無沙汰。さくらももことお友達なのかエッセイに時折名前が登場しますが、話題になった近刊の本はありましたかね。
この本の中で吉本ばななは自分の小説の書き方を話しているのですが、基本的なテクニックと言うのはあるのですが、前もって組み立てるものではなくて「偶然性に頼る」のが全てとか。ひらめきをパッと捕まえなくてはいけないのですが、捕まえられるかどうかは自分の感度の問題。そこではいざとなったら自分が何とかするだろうという「自分を頼みにする心」がとても大切で、それがあれば結局最後は勝つ…不安で下調べをいっぱいしても下調べ通りのものが目の前にあるだけでは意外性もなくかいてもつまらないし、小説にはならない。
何となく分かります。
ある小説があって、こういうテーマを訴えたい、と言うことだけが決まっていてでも自分の中でどうしても深くならなかったり、テーマとかみ合わない時に、現実にふっとした出来事が起こって、自分の中でぱっとつながって書ける時がある。その小説が自分に対して求めていることにこたえられるのかという部分が合致すれば、絶対大丈夫。「こんなもの書いてやれ」と思ったら何も偶然が起こらなくて堅苦しい空間ができて広がりがなくなっちゃうから、絶対だめ。
小説の技術と言うのは偶然にアクセスする最低限のもので、それがないと偶然にさえアクセスできない。「思うように書ける」「リズムを取る」「ここは薄く、ここは濃く、というように強弱をつける」とかを自分の筆で自由にできないと、本当に何かが降ってきた時にそれを表すことができない。
何かが降ってくるのをちゃんと見つけるというのは天賦の才能と思うのですが、吉本ばななの創作の秘密です。吉本ばななファンの人は絶対読むべきです。
一方の河合先生も聞き役に徹していた訳ではなくて結構いろいろ話しています。クライアントと対する時は1対1の真剣勝負なのですが、1000人に講演する時には原稿もつくらず気楽に話ができるというのは、聴衆の真剣さの違い?
色々なクライアントとの対応の様子とか心構えとか真剣さが伝わってきます。いつもの河合節かもしれませんがこれもファンには必読ですね。
それにしても写真の二人の笑顔は素敵です。
ところでもう1冊池井戸潤の本がありますが、この本ははっきり言って若書きです。
この作品で江戸川乱歩賞を受賞しているのですが、ミステリーに引きずられて、銀行の内部のリアルさとか人間の深みが乏しくなっています。でっもまあ、受賞作なのでそれなりに楽しめますけど、もう一皮むける前の池井戸作品でした。


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする