怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

「そこからすべては始まるのだから―大震災を経て、いま」香山リカ

2015-05-12 18:52:05 | 
東日本大震災は、被災した人だけでなく日本人すべてに大きな心理的影響を与えた。
多かれ少なかれ今までの自分たちの生活を考え、見直す契機なったと思う。
この本は精神科医である香山リカが大震災から半年ほどの日本人の心象風景を記載したもの。
いつの間にか、あれから4年たっており、時とともに忘れてしまったもの、薄らいでしまった決意があるのですが、そんな気持ちを改めて思い起こされます。

あの時、被災者の秩序正しく忍耐強い姿は、日本人の伝統的な素晴らしさを改めて世界的に認識させました。これからは自己主張をしないと国際社会に通用しませんと言われていたのですが、世界こそ日本人の忍耐強い従順さを学ばなくてはいけない、日本人は変わらなくてもいいことがたくさんあると思ったのです。
最初の話は、児童虐待もどきを受け、親が亡くなっても悲しくない患者の話。親が年老いてきて死別のことを考えると不安になっていた著者は思わず「うらやましい」と言ってしまったのですが、親が死んでも悲しめないということは親に愛された思い出がないということで、それはそれで悲しいことと言われます。いろいろな別れの場面を経験して別れを悲しめるということは、それだけその人を好きだった、その人に好かれていたという意味。これはとても幸せな涙なんだろう。悲しめる私、泣ける私を誇りに思っていい。それほど悲しんだり泣いたりできるくらい、大切に思える誰かや何かがあったこと、その人や場所と強い関係が築けたことは確かであることを忘れないようにしてほしいと。
五木寛之もよく書いていますが、泣くということは笑うと同じように精神を浄化して免疫力を上げることができるそうです。
実はわたしは義理・実3人の親を送り立場上3回喪主をしているのですが、いつも喪主挨拶の時に泣いてしまいました。へたれで恥ずかしい気持ちでいっぱいだったのですが、この文章を読んで少し救われた気分です。泣ける幸せを改めて感じ、気持ちが楽になりました。私に取ってこの最初の文章だけでも読む価値があったみたいです。
私たちは有り余る物に囲まれ、健康法だの美容だのグルメだのに夢中になっていたのですが、避難所を訪ねていくと被災者たちは何もかもなくしてしまっても、とりあえず生活できていることに満足している。私たちの生活は無駄なものに囲まれていて、今日を生きるために本当に必要なものとか健康というのは、実はとても限られているのかもしれない。それよりも私たちの心の中には、譲り合う気持ち、誰かのために行動しようという気持ちがちゃんとしっかり備わっているということを確認することによって、心が温かくなり、力が湧いてくるのだろう。
震災後にはボランティアで被災地支援に行きたくてもなかなかそうもいかず、役に立つことが何もできずに安全なところで今まで通りの生活を送ることに対する自己嫌悪や罪悪感を感じる人も多かったのだろうが、「今すぐ誰かの役に立たなければ、意味はない」というのはあまりにも短絡的な考え。これまでの仕事を変わらなくてもその活動、働きが目の前の誰かの役に立つのなら、それが回りまわって必ず被災した人たちのためにも何らかのプラスになってくるはずです。まずは今ここに集中して、その中でできることはあるはずなので、やってみようということですか。
震災のような時には思いがけない人間の本性というか品格が出てくるもので、この本に紹介されている例でも、パワハラ上司の意外な頼りがいのある感じに見直したとか、不倫関係の上司が大きな揺れにパニックになって目の前で自宅の妻に必死に電話するとか、帰宅難民になっている部下を放置して自分だけ自家用車で帰ってしまう経営者とかあって、まさかの時の人間の胆力ですね。自分はどうだと言われるとその場にならないとわかりませんとしか言えないのがちょっとさみしいですが… たぶん「落ち着け!」と叫んでいるのですが、一番慌てていたりして…
それはそれとして、大震災で人と人の絆というかつながりの大切さを改めて感じました。やっぱり人間は独りでは生きていけないし、そのためには少しぐらい煩わしいことや面倒くさいことも受け入れないといけないと。激しい恋愛もいいけれど、ゆるやかに場所や時間を共有しながら育てる愛情、自分を自分として維持し、相手の中にある自分との違いを尊重しながら育てる愛情こそが「何かの時に」自分を支えてくれるものになる。う~ん、これは著者が五十路を迎えたから言える言葉かも?
いつの間にか、震災の時に受けたショックも薄らぎ、追い立てられるような世界に戻りつつあるのですが、毎日を迷いながらも、あの時に感じた原点回帰のような気持ちを忘れずに生きていけたらと改めて思わせる本です。
コメント
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