コンサルタントのためのコンサルタントが、長年の経験に基づき、経営やコンサルティングに関し、毎日複数のブログでお役立ち

戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本で最初にできた「経営士」資格付与と育成の経営コンサルタント団体

◆【経営コンサルタントの独り言】 下手の横好き 910

2022-09-10 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントのひとり言09

【経営コンサルタントの独り言】 下手の横好き 910

 

二兎を追うブログ 

経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うブログで、毎日複数回つぶやいています。

 

 

■ 下手の横好き 910

 下手な絵ですが、描くのも好きです。
 水彩が主ですが、パステルやオイルもやります。
 主に風景画ですが、オイルでは静物も結構多いです。

 写生には時間がかかります。
 そこで、写真を見て、思い出しながら描きます。
 かつては、オイル調の絵の具を厚く塗る水彩でした。
 最近は、透明水彩に近いような絵が多くなっています。

 そのためにカメラは、必需品です。
 高級カメラですと、神経を使うので機動性が落ちます。
 最近は、もっぱら中級機で、レンズは2~3本位を持って出かけることが多いです。
 小型なので気軽に移動でき、被写体に機動性を持って向かえます。
 レンズ交換に時間がかかり、シャッターチャンスを逃すことが多いですね。
 その対策として、コンパクトカメラも必需品です。
 レンズ交換の代わりにコンパクトカメラのズーム機能を使って撮影するのです。
 最近のコンパクトカメラは、中級機も顔負けの良い写真が、簡単にとれます。

 私のサイトを見てくださるとお解りのように、京都が多いです。
 それでもまだアップロードしていない京都の写真は多数あります。
 近年、鎌倉にも関心があります。
 昨年鎌倉五山巡りの前半を行いました。
 まだ、整理していないうちに、今年は一泊で、残りの五山巡りをしました。
 その写真を整理して、ブログで紹介しましたところ、大変ご好評を戴いています。

 最近は、映像化してユーチューブでも紹介しています。


  鎌倉写真集
  写真インデックス

 

(ドアノブ)

 

◆ ツイッターでのつぶやき 

konsarutanto

 

 

【経営コンサルタント(志望者)へのお勧めブログ】

 ◇ 経営コンサルタントへの近道・資格取得  ◇ コンサルタントバンク人材銀行  ◇ 経営コンサルタントになろう  ◇ 経営コンサルタントQ&A  ◇ 独立・起業/転職

 ◇ 心 de 経営  ◇ 経営マガジン  ◇ 経営コンサルタントの独り言  ◇ 経営四字熟語

 ◇ 杉浦日向子の江戸塾  ◇ ニュース・時代の読み方  ◇ 時代の読み方・総集編  ◇ 経営コンサルタントの本棚  ◇ 写真・旅行・趣味  ◇ お節介焼き情報  ◇ 知り得情報  ◇ 健康・環境  ◇ セミナー情報  ◇ カシャリ!一人旅

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◆【お節介焼き情報】カシャリ!一人旅 川越・小江戸 仙波東照宮は家康が祀られています

2022-09-10 13:01:50 | 【話材】 お節介焼き情報 カシャリ!一人旅

 ◆【お節介焼き情報】カシャリ!一人旅 川越・小江戸 仙波東照宮は家康が祀られています

 
 ちょっとした情報が、私達の智慧となることは多々あります。その情報が知恵の源泉であることに気づかないで機会損失を起こしていることは、それ以上に多いのかもしれません。
 
 埼玉県川越市は、都心から30km圏内、埼玉県西部に位置し人口は34万人を有する、産業、経済、文化、観光などの中核都市です。
 
 観光の面でも、「小江戸」と呼ばれ、蔵造りの町並みや川越まつりなど魅力ある歴史的・文化的遺産が残っています。
 
 都心からのアクセスは、池袋から東武線、新宿から西武線が便利で、JRでは少々不便なところにあります。
 
 
 喜多院の南側、中院の北側に徒歩で5分足らずの所、左側に、仙波東照宮があります。
 
 元和3年(1617)、徳川家康の遺骸を久能山から日光へ運ぶ途中、喜多院で法要が営まれました。その後の寛永10年(1633)に、この地であります仙波に建立されました。
 
 日光や静岡県の久能山とともに、三大東照宮といわれています。他の二つの東照宮と区別するために「仙波東照宮」と呼ばれます。現在の建物は寛永17年(1640)に再建されたもので、重要文化財に指定されています。
 
 
 

◆【お節介焼き情報】カシャリ!一人旅 川越・小江戸 仙波東照宮は家康が祀られています

 
 ちょっとした情報が、私達の智慧となることは多々あります。その情報が知恵の源泉であることに気づかないで機会損失を起こしていることは、それ以上に多いのかもしれません。
 
 埼玉県川越市は、都心から30km圏内、埼玉県西部に位置し人口は34万人を有する、産業、経済、文化、観光などの中核都市です。
 
 観光の面でも、「小江戸」と呼ばれ、蔵造りの町並みや川越まつりなど魅力ある歴史的・文化的遺産が残っています。
 
 都心からのアクセスは、池袋から東武線、新宿から西武線が便利で、JRでは少々不便なところにあります。
 
 
 喜多院の南側、中院の北側に徒歩で5分足らずの所、左側に、仙波東照宮があります。
 
 元和3年(1617)、徳川家康の遺骸を久能山から日光へ運ぶ途中、喜多院で法要が営まれました。その後の寛永10年(1633)に、この地であります仙波に建立されました。
 
 日光や静岡県の久能山とともに、三大東照宮といわれています。他の二つの東照宮と区別するために「仙波東照宮」と呼ばれます。現在の建物は寛永17年(1640)に再建されたもので、重要文化財に指定されています。
 
 
 
 
  仙波東照宮
 
  関連写真

 
  仙波東照宮
 
  関連写真

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◆【季節 一口情報】 中秋の名月は満月とは限らない

2022-09-10 08:33:00 | 【話材】 季節

【季節 一口情報】 中秋の名月は満月とは限らない

お節介焼き経営コンサルタント」が、経営やコンサルティングに関する情報だけではなく、日常生活に役に立つような情報、旅行や写真などの会話を潤滑にするために情報などもお届けしています。

「日本には四季がある」といいます。それに伴い、四季を表すいろいろな言葉もあります。二十四節気は、四季を感ずる契機となります。それらの中から、話材になるような、選りすぐりの情報を中心にご紹介して参ります。

■ 中秋の名月(年により日が異なる)


 太陰暦(旧暦)8月15日の夜の月を「中秋の名月」といいます。

「八月十五夜」とも呼ばれますが、旧暦9月13日の夜は「十三夜」です。

 旧暦の秋は7月から9月で、その真ん中の8月、8月の真ん中が15日ですので、8月15日が中秋の名月になります。

 年により、日付は大きく変動します。

 

  年       名月        望(満月)
 2021年    9月21日    9月21日08時55分
 2022年    9月10日    9月10日18時59分
 2023年    9月29日    9月29日18時58分
 2024年    9月17日    9月18日11時34分
 2025年    10月06日    10月07日12時48分
 2026年    9月25日    9月27日01時49分
 2027年    9月15日    9月16日08時03分
 2028年    10月03日    10月04日01時25分
 2029年    9月22日    9月23日01時29分
 2030年    9月12日    9月12日06時18分

    【 注 】 東京天文台サイトより

 

 かならずしも、この夜の月は満月ではありませんが、満月に近い月です。

 秋の夜に澄んだ月を愛でるというのは、いかにも日本人らしいですね。

 月を愛でる慣習は、縄文時代からあると言われています。

 すすきとお団子が定番ですが、収穫の秋、その年の収穫物を月に供える風習が各地に残っています。

 一方、月見は必ずしも私達が想像している「美しい」ということだけではないそうです。

 竹取物語も月に関係します。

 かぐや姫が月を眺めている場面で、嫗(おうな:老女)が、月を見てはいけないと注意します。

 これは、月見を忌み嫌う思想が当時あったのではないかと推測されます。

 必ずしも、これが事実であるという証拠はありません。

 物事には二面性があるということを教えられるますね。

  https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2017/10-topics02.html

 



■ 二十四節気とは

 二十四節気は、中国の戦国時代にの頃、季節を春夏秋冬の四季に等区分し、季節を表す暦のようなものとして考案されました。

 二十四節気は、一年を四等分し、さらにそれぞれを三等分し、一年を12の「節気」としました。されにそれを12の「中気」に分類し、各々に、季節を表す名前がつけられました。

 二十四節気は、機械的に等分したので、季節の現状に近い、太陰暦とも季節感がずれてしまっています。生活上は、不便ですので、暦と季節のずれを補正した太陰太陽暦を用いることになりました。

 そこで、日本では、二十四節気のほかに、土用、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日などの「雑節」と呼ばれる、日本独自の季節の区分を採用しています。 

 旧暦には、これらが記載されていますが、月例であります「1朔日間(およそ29.5日)」が太陽暦とズレるために、二十四節気の日付は、毎年異なってしまうのです。その誤差は、許容範囲といえるのか、四立や八節に加えて、各気各候に応じた自然の特徴がついかされていて、これを「七十二候」としています。二十四節気をさらに約5日ずつに分けた区分です。これらは、農事暦として今日でも使われています。

◆【季節 一口情報】バックナンバー ←クリック


【経営コンサルタントの育成と資格付与】
 
since 1951 特定非営利活動法人・日本経営士協会
 
 日本経営士協会は、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 詳しくは、サイトでご覧下さい。 
 
    ↓ ↓  クリック
 
 日本最古の経営コンサルタント団体・日本経営士協会とは
 資格取得についてや入会の手続等
 コンサルタントへの依頼、講師捜しに関する情報
 コンサルタントとして成功するための各種情報
 経営や管理などに関する各種有益情報
 経営コンサルタントによるセミナー
 お問い合わせや入会・資格取得のお申し込み

 

 会員専用のID/パスワードが必要です

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【話材】 昨日9/09のつぶやき 屋外広告の日 広告業といっても範囲は広い

2022-09-10 07:42:56 | ブログ

  【話材】 昨日9/09のつぶやき 屋外広告の日 広告業といっても範囲は広い

 

経営コンサルタントとして感じたことを毎日複数のつぶやきをブログでお届けしています。

もし、お見落としがありましたり、昨日のブログで再度読みたいつぶやきがあるというときに便利なページです。

本日も、複数のブログで、つぶやき済です。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/43fb14aee7ca10eb1a1a72a32e85894c

晴れhs5

■ 昨日は、下記のリストのようなことをつぶやきました。

konsarutanto   ◇ 昨日のつぶやき ◇ 

>> もっと見る

 【カシャリ! ひとり旅】を映像にして紹介しています。

   ユーチューブで見

 

 バックナンバー

 

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■【きょうの人】 0910 斎藤 龍興 マムシの道三の孫

2022-09-10 06:33:00 | 【話材】 きょうの人09月

 

  【きょうの人】 0910 斎藤 龍興 マムシの道三の孫

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

 斎藤 龍興 マムシの道三の孫

 さいとう たつおき
 天文17年(1548年)-天正元年8月14日(1573年9月10日)


 戦国時代の美濃国の戦国大名、道三流斎藤家3代です。

 天文17年(1548年)、道三に刃を向けた斎藤義龍の庶子とも、生母が近江の方(近江局)ともいわれています。

 近江の方は浅井久政の養女で久政の父・浅井亮政の娘であるという説が有力です。義龍と道三の父子関係を肯定するのであれば、斎藤道三の実の孫に当たります。

 永禄4年(1561年)、父・義龍の死により14歳で美濃斎藤氏の家督を継ぎますが、家臣の信望を得ることができなかったようです。

 永禄4年の森部の戦いにおいては、戦いそのものには勝利したものの、重臣(斎藤六宿老)の日比野清実、長井衛安らを失いました。

 永禄5年(1562年)には、有力家臣であった郡上八幡城主の遠藤盛数が病没してしまいます。

 長島に亡命した龍興は、元亀元年(1570年)に始まる長島一向一揆に長井道利と共に参加し、信長に対する抵抗をしました。

 その後、三好三人衆と結託し、信長が擁立した室町幕府第15代将軍・足利義昭を攻め殺そうとしましたが、敗退してしまいました。

 縁戚関係にあったことから越前国の朝倉義景の下へ逃れて保護されたりしました。

 天正元年(1573年)に、義景が、浅井長政を支援し、信長と対決するために近江国北部に出陣した際に龍興も従軍しました。朝倉軍が織田軍に敗れ、達興も戦死しました。


 誰とタグを組むのか、選択を誤ると、惨めな結果に繋がってしまうものですね。これは、企業経営でも言えることではないでしょうか。

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■【今日は何の日】 9月10日 ■ 中秋の名月 ■ 屋外広告の日 広告業といっても範囲は広い ■ 特芳禅傑忌

2022-09-10 06:05:00 | 【今日は何の日09月】

【今日は何の日】 9月10日 ■ 中秋の名月 ■ 屋外広告の日 広告業といっても範囲は広い ■ 特芳禅傑忌

 一年365日、毎日が何かの日です。

  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

 

■ 中秋の名月(年により日が異なる)


 太陰暦(旧暦)8月15日の夜の月を「中秋の名月」といいます。

「八月十五夜」とも呼ばれますが、旧暦9月13日の夜は「十三夜」です。

 旧暦の秋は7月から9月で、その真ん中の8月、8月の真ん中が15日ですので、8月15日が中秋の名月になります。

 年により、日付は大きく変動します。

 

  年       名月        望(満月)
 2021年    9月21日    9月21日08時55分
 2022年    9月10日    9月10日18時59分
 2023年    9月29日    9月29日18時58分
 2024年    9月17日    9月18日11時34分
 2025年    10月06日    10月07日12時48分
 2026年    9月25日    9月27日01時49分
 2027年    9月15日    9月16日08時03分
 2028年    10月03日    10月04日01時25分
 2029年    9月22日    9月23日01時29分
 2030年    9月12日    9月12日06時18分

    【 注 】 東京天文台サイトより

 

 かならずしも、この夜の月は満月ではありませんが、満月に近い月です。

 秋の夜に澄んだ月を愛でるというのは、いかにも日本人らしいですね。

 月を愛でる慣習は、縄文時代からあると言われています。

 すすきとお団子が定番ですが、収穫の秋、その年の収穫物を月に供える風習が各地に残っています。

 一方、月見は必ずしも私達が想像している「美しい」ということだけではないそうです。

 竹取物語も月に関係します。

 かぐや姫が月を眺めている場面で、嫗(おうな:老女)が、月を見てはいけないと注意します。

 これは、月見を忌み嫌う思想が当時あったのではないかと推測されます。

 必ずしも、これが事実であるという証拠はありません。

 物事には二面性があるということを教えられるますね。

  https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2017/10-topics02.html

 

 

■ 屋外広告の日 広告業といっても範囲は広い


 1973(昭和48)年9月10日、「屋外広告物法」の改正法案が可決成立されました。それを記念して、全日本屋外広告業団体連合会が1974(昭和49)年に制定しました。


 屋外広告物とは、屋外にある広告物のことであることは想像つきます。風でよく飛ばされる立て看板、遠くから見え、屋上にある大きな広告看板、電信柱に取り付けられた電柱広告などが一般的でした。


 昔は、映画ポスターがあちらこちらに貼られていましたし、チンドン屋やサンドイッチマンがあちらこちらで見られました。最近は、移動広告車があまりにも派手すぎると言うことで、自治体で条例を規制するところもでてきました。


 ヨーロッパを訪問したことのある人は、街を歩いていても何となく落ち着くことがあると思います。屋外広告の規制が厳しい都市が多いからのように思えます。


 日本でもこの屋外広告物法の施行により、屋外広告業が明確に定義づけられ、屋外広告業者の届出制度が創立されたこともあり、多少問題は少なくなりました。

 

■ 特芳禅傑忌


とくほうぜんけつ
1419年(応永26年)- 1506年10月5日(永正3年9月10日)

 禅傑は、室町時代の臨済宗の僧で、妙心寺四派の一つである霊雲派の開祖です。後に大寂常照禅師と諡されました。

 尾張国熱田(現・愛知県)に生まれ、幼くして出家し、京都の東福寺で、瑞岩について修業しました。龍安寺で義天玄詔の下に参禅したり、行脚したりして龍安寺に戻ると雪江宗深により1473年(文明5年)に印可を受けることになりました。

 大徳寺や妙心寺の住持を務めました。

 その後、細川政元の庇護のもとで龍安寺の再建に取り組み、1488年(長享2年)に中興開山となりました。龍安寺の石庭はこの時に作庭されたとされたのです。

 

■ 【今日は何の日】その他

◇ 旧地蔵盆

 

(ドアノブ)

趣味・旅行のブログ

 

 

(ドアノブ)

 

趣味・旅行のブログ

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■【今日は何の日】 9月10日 ■ 屋外広告の日 広告業といっても範囲は広い ■ 特芳禅傑忌

2022-09-10 00:03:00 | 【今日は何の日09月】

 

  【今日は何の日】 9月10日 ■ 屋外広告の日 広告業といっても範囲は広い ■ 特芳禅傑忌

 

 一年365日、毎日が何かの日です。

  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

■ 屋外広告の日 広告業といっても範囲は広い


 1973(昭和48)年9月10日、「屋外広告物法」の改正法案が可決成立されました。それを記念して、全日本屋外広告業団体連合会が1974(昭和49)年に制定しました。


 屋外広告物とは、屋外にある広告物のことであることは想像つきます。風でよく飛ばされる立て看板、遠くから見え、屋上にある大きな広告看板、電信柱に取り付けられた電柱広告などが一般的でした。


 昔は、映画ポスターがあちらこちらに貼られていましたし、チンドン屋やサンドイッチマンがあちらこちらで見られました。最近は、移動広告車があまりにも派手すぎると言うことで、自治体で条例を規制するところもでてきました。


 ヨーロッパを訪問したことのある人は、街を歩いていても何となく落ち着くことがあると思います。屋外広告の規制が厳しい都市が多いからのように思えます。


 日本でもこの屋外広告物法の施行により、屋外広告業が明確に定義づけられ、屋外広告業者の届出制度が創立されたこともあり、多少問題は少なくなりました。

 

■ 特芳禅傑忌


とくほうぜんけつ
1419年(応永26年)- 1506年10月5日(永正3年9月10日)

 禅傑は、室町時代の臨済宗の僧で、妙心寺四派の一つである霊雲派の開祖です。後に大寂常照禅師と諡されました。

 尾張国熱田(現・愛知県)に生まれ、幼くして出家し、京都の東福寺で、瑞岩について修業しました。龍安寺で義天玄詔の下に参禅したり、行脚したりして龍安寺に戻ると雪江宗深により1473年(文明5年)に印可を受けることになりました。

 大徳寺や妙心寺の住持を務めました。

 その後、細川政元の庇護のもとで龍安寺の再建に取り組み、1488年(長享2年)に中興開山となりました。龍安寺の石庭はこの時に作庭されたとされたのです。

 

■ 【今日は何の日】その他

◇ 旧地蔵盆

 

(ドアノブ)

趣味・旅行のブログ

 

 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする