2018/8/12 「永遠の人」伝道者3章1~11節
はじめての教理問答16~21
夕拝では「はじめての教理問答」からお話ししています。今日はその四回目ですが、最初にお話しした問1は「あなたを造ったのはどなたですか? 答 神さまです」でした。今日は神がどのように人間をお造りになったのか、を問16から21でお話しします。
問16 わたしたちの最初の祖先はだれですか?
答 アダムとエバです。
問17 神さまはどのようにしてひとを造りましたか?
答 神さまは、ご自身のかたちにしたがって、ひとを男と女に作りました。
問18 神さまはわたしたちの最初の祖先を、なにから作りましたか? 答 神さまはアダムの体を地のちりから作り、エバの体をアダムのあばら骨から作りました。
ここで言われている事は、聖書には神さまが最初にアダムとエバを創り、神さまご自身のかたちに、神さまに似たものとしてお造りになったことが書かれています。これは、学校の理科の授業で学ぶ内容とは随分違うと思うかもしれません。
確かに、科学では神はあまり扱いません。そして、神を語らずに世界が今までどのように形作られてきたのか、宇宙の始まりから今に至るまでの出来事を研究しています。人間は、神が造られたのではなく、原始的な生物から進化して、今の姿になったのだと考えています。一方、聖書は神が世界を造られて、人間をどのようなものと見ておられるかを詳しく書いています。中には、聖書を信じる創造論が真実か、神なしの進化を語る科学が本当か、二つの意見を対立させて、裁判をしたり激しく争ったりしている人たちもいます。それはとても悲しいことだと思います。
それと同時に、神を信じるキリスト者で科学の最先端の研究をしている人たちもいます。そうした人たちの本が日本語でも読めるようになりつつあります。私は進化論だけで人間の誕生を説明することが出来るとは思えませんが、科学を十分に調べて研究している人たちのことも尊敬したいと思います。そして、科学の発見も驚いたり楽しんだりしながら、科学だけでは分からない聖書のメッセージに気づいていくことは出来ると信じています。そして、聖書は神が人間を、ご自身に似た者として、特別にお造りになったことを記しています。
人間は、神さまが特別な関係にお造りになり、神さまの形に従って創造されました。それは、男と女に作る、という在り方でした。ですから人は、男と女同士、お互いを大切にしあわなければ、神のかたちを壊すことになります。そして、神さまは人間を作るのに、何から作られたでしょうか。男性を「地の塵」から作られ、女性をその男性の肋骨から作られたとあります。これは、人間が世界との関係、世界に対する切り離せない責任や使命を持っている、ということですし、男性と女性との関係もとても強いことを教えているのです。地の塵なんて詰まらないとか、男性よりも女性の方が劣っているとか、そういう優劣や競争の関係で考えるのは、本来の神の意図では全くありません。その何よりの証拠は、神が私たちに体だけでなく、永遠に続く魂を下さるという、特別なプレゼントに現れています。
問19 神さまはアダムとエバに、体のほかに何を与えられましたか?
答 神さまはふたりに、永遠に続くたましいを与えました。
問20 あなたにも体のほかにたましいがありますか?
答 はい。わたしの魂も永遠に続くものです。
問21 どうして、あなたの魂が永遠に続くことがわかりますか?
答 聖書がそう教えているからです。
この聖書の箇所の一つが、先に読みました伝道者の書三章です。
「11神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることができない。」
神は人の心に永遠を与えられた。体は死にますが、心は永遠を与えられています。神になるわけではありませんが、神は人を永遠に続く魂、心を持つ存在としてお造りになったのです。それは私たち皆に言えることです。あなたにも体だけでなく、魂が与えられており、それは永遠に続くものなのです。いつまでも続くものです。私たちは、いつか必ず死にます。それがいつ、どんな形であるかは誰も予想できません。しかし、それは私たちにとっての終わりではありません。体は朽ちても、いつか新しい体を与えられて、永遠に歩むようになる。そう聖書は教えています。人間の魂には永遠が与えられているのです。ですから、私たちの命にはとてつもない価値が与えられています。私たちの毎日は、永遠の中での貴重な一頁です。永遠があるから、一日ぐらいどうってことない、ではなくて、一日をどう過ごしたかの記録は永遠に残るのです。それがどんな歩みだろうと変えたり消したりすることは出来ません。ただ、どんな過去であっても、それを挽回したり、反撃してもっと大きな物語の一部にしたりすることは出来ます。そして、神様はそうさせてくださるのです。
ここでも、人の心に永遠を与えられた、の前に大事なことが言われていました。それは
「神のなさることはすべて時にかなって美しい」
という言葉です。
神はこの世界を作られて後は放っておくお方ではありません。世界を長い時間を掛けて、作られて、整えて来られたお方です。科学は、その神の世界に対する壮大な関わりを発見しています。その中で、人が生まれ、植えたり泣いたり出会ったり別れたり、様々な出来事が綴られていきます。私たちは精一杯生きて、考えて、行動を起こしますが、そういう人生を与えてくださった神は神で、長い時間をかけて、神様のご計画を進めておられるのです。人間から見える世界と、神が教えてくださる世界の見方と両方があるのです。科学と聖書は、それぞれに大事なことを教えてくれます。そして、科学が明らかにするように、神は世界を長い時間をかけて作り出しておられます。
神は人に永遠を与えられました。その永遠をかけて、私たちは神がなさる
「時に叶って美しい」
御業を観ていきます。神はその永遠を賭けて紡いでいく美しい物語に、私たちも参加させるために、私たちを作られたのです。だから私たちは今を大切にします。今がどんな時でも希望を失いません。一人では難しくても、神が一緒に歩ませてくれる教会や家族や友人たちと、それを励まし合っていきます。そのような神への信頼と、お互いとの日々を積み重ねていきます。それが、長い時間をかけて何一つ無駄なくされていく。その末に、永遠をかけて神の美しい物語が作られていくと聖書は語っています。
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