物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

日常への復帰

2012-01-23 12:19:36 | 日記・エッセイ・コラム

先週の金曜日に三原へ友人のS君と共に、友人のH君の弔問に行った。その日に子どもから連絡があって、子どものパートナーのお父さんが亡くなったというので、土曜日に高知市に行った。そして昨日の日曜にその葬儀があり、列席をした。

はじめて子どものパートナーの家族や親戚と会うことになった。それまでにはまったく機会がなかったのである。家族も親戚も知的な感じの方が多かったので、ほっと安心をした。

金曜日に生口島から三原の須波港へとフェリーに乗った。そのときに中国地方の海岸の白い砂浜が見えたときにきれいだったので、「砂浜がきれいだなあ」とつぶやいたら、それを聞いたS君がH君の死を悼んだ詩でもつくれと言ったが、そのときには「私は詩人ではないからそんなことはできない」と答えた。

しかし、その日の夕方の6時前に今治駅で特急を待つ間に30分ほど時間があったので、私にしては珍しく駅の喫茶店に入ってカプチーノを飲んだが、そのときに私の知っているシュベールトの曲、「鱒(die Forelle)」がBGMで数分流れた。それを聞いて少し私の心が慰められたように感じた。

帰宅して夜遅くS君の要請に応えるわけではないが、ドイツ語で詩らしいものを綴ってみた。これはもちろん詩の体裁をなしてはいない。だが、ここに載せておきたい。

このブログの読者の中にどれくらいドイツ語を解する方々がおられるかは想像がつかないが、ドイツ語を解しない方々はうしろの日本語の大意をみて私の気持ちを察して頂けたらよい。

      Zum Tod meines Freundes

Du, weisser Sand !

Kennst du mir die Traurigkeit ?

Mein guter Freund Gyo ist schon weg.

Seine Frau hat uns viel von ihm erz"ahlt,

aber das wollte sie nicht aufge"oren.

Man sagt, Zeit heilt uns.

Und ich erinnere mich an seine Optimismus.

Wenn ich kein Optimist w"are.

     友人の死に

白砂よ、君は私の悲しみを知っているか

親友 暁は逝ってしまった

彼の妻は彼のことをたくさん語ったが、

それを止めようとはしなかった

そして、私は彼の楽天主義を覚えている

たとえ、私が楽天家ではないとしても


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