物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

ハイゼンベルク

2023-02-06 12:50:09 | 物理学

 これは雑誌『燧』という雑誌に「ドイツ語圏世界の科学者」というタイトルで掲載したものの(9)である。

 

         (9) ハイゼンベルク (W. K. Heisenberg 1901-1976)

 5月にふさわしいドイツ語圏世界の科学者としてハイゼンベルクを紹介しよう。一般に天才というものは早熟である。ハイゼンベルクもこの例外ではない。彼が量子力学への正しい一歩を踏み出したときまだ23歳であった。

 量子力学はパウリによって少年の物理学(Knabenphysik)とまさしく呼ばれたように、ボルンやシュレディンガーのような例外はあるが、若者のための、若者によって創られた物理学であった。このときハイゼンベルク、パウリ、ディラックらの天才はすべて20歳を少しでたばかりであった。

 ボルンがパウリに会ってハイゼンベルクの量子力学の構想をはっきりと数学的に定式化するのに協力してほしいと申し出たとき、パウリは毅然としてこれを断ったという。当時すでに40歳を越えていたボルンのような「老人」は量子力学のような若者の物理学に首を突っ込むべきではないというのがパウリの考えであったという。パウリの強烈な個性に辟易するボルンの姿が目に見えるようだ。

 それはともかく、ハイゼンベルクが彼の正しい量子力学、すなわち行列力学へのきっかけをつかんだのは1925年5月のことであった。彼はひどい枯草熱にかかったためにそれを避けるために休暇を申し出てヘルゴランド島に出かける。ここで彼は自分の研究を仕上げたのであった。

 枯草熱(Heufieber)とはどんな病気なんだろうと私は長年疑問に思ってきた。山崎和夫訳のハイゼンベルクの自伝『部分と全体』(みすず書房)にもユンクの『千の太陽よりも明るく』(文芸春秋新社)の訳にも枯草熱と訳されているが、枯草熱とは花粉症のことらしい。天才ハイゼンベルクも我々と同じ花粉症に悩まされていたと聞いて、ぐっと身近に感じるのは私だけではあるまい。

 彼が1967年に日本にやって来たとき、私も彼の英語での講演を聞いたが、内容はよくわからなかった。プラトンとかイデアとかそんな言葉のみが頭に残っている。がっしりした体格で頭の前の方が禿げ上がっていたのを記憶している。晩年の写真としてよく見かけるあの風貌であった。伝記等にある写真でよく見かける、あのさっそうとした若者の姿はどこにもなかった。

 その講演のつぎの日は雨で私は大学に行かなったが、ハイゼンベルクは宮島への観光をキャンセルして、私の先生のO教授と物理の話をしたらしい。O教授の部屋からニコニコと上機嫌(in guter Laune)で出てくるハイゼンベルクを見たと友人の小林正典君(故人、岐阜大学名誉教授)から後日聞いた。

 1976年4月から1年間ドイツで研究生活をすることとなった私はモスクワ、コペンハーゲンを経由して、この年2月1日にフランクフルトに着いた。後で知ったことによると正にこの日にハイゼンベルクは死去したのであった。そのことをその後、知ったとき、なんだかドイツの科学のロマンの時代が終わってしまったと感じたものだ。

 ハイゼンベルクの業績は多岐にわたっている。量子力学の創設は彼の一番大きな業績であろうが、その他に不確定性関係(不確定性原理と普通呼ばれている)や場の量子論、原子核の構造、強磁性体の理論、非線形場による素粒子の統一理論等どれ一つとってもすばらしいものである。(1989.5.5)

 (2023.2.6付記)

 北海の島でリゾート地のヘルゴラント島はいつだったかテレビで見たところでは海岸の崖が赤くてそれが印象的な島であった。岩がごつごつしていてあまり草花が咲かないので枯草熱が悪化しない理由であるとか聞いた。

枯草熱とは、春先の草花とか木の花とかが咲くころに40度近い熱が出て体調が不調になるのだということをアメリカに長く留学していたことのある、元同僚から教えてもらった。

この方も春先には鼻の頭を赤くされるほどの花粉症であった。日本では花粉症は鼻汁がすごく出るのが普通かと思うが、枯草熱は鼻汁が出るとはあまり聞かなかったような気がする。むしろ高熱が出て気分がとてもわるいのだという。

 私も花粉症なので、花粉症の悩ましさはわかっているつもりだが、私の花粉症は高熱が出ることはない。2月のいまごろから4月終わりまでの花粉症は毎年悩ましい。

(2024.4.1付記)
Heisenbergの行列力学を知るには朝永振一郎の名著『量子力学 I』(みすず書房)を読まれるといいだろう。促成栽培的に量子力学を学ぶためにはこの書はちょっと遠回り的なので、はばかられるが、それでも読んでわくわくする書である。

純粋の科学書でこういうわくわく感を他の書では残念ながら、感じたことがない。こういうわくわく感を読者に感じさせる本を書ける人はどんな方なのであろうか。

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