月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

束の間の・・・

2016-05-19 | 癌について
過ぎ去ったGWのことを振り返ると、なんだか夢のようだったなぁと思う。
手術は成功した。回復も順調だった。お酒も飲めるようになった。1日1万~2万歩近く毎日歩いても平気なほど元気だった。
さあ、そろそろ仕事も本格的に始動だ!
そう思っていた矢先、谷底へと突き落とされた。

13日は手術後の初回検診だった。
私もこれまでガンに対する知識など持っていなかったから「そうなんだ・・・」と気づかされることばかりなのだが、ガンの摘出手術というのは「治療」の意味がもちろん大きいが、「精密検査」の意味合いもある。
結局、手術中の迅速病理検査ではすべてを判断できるわけではないので、手術後に摘出した臓器を徹底的に調べ上げてくれる。
写真を見せてもらったが、何十個にも切断して、その断面を顕微鏡で調べて、ようやく「本当の病理診断」がでるのだ。

私の場合、ガンのステージそのものは「1A」。
これは筋層への浸潤がどのくらいか(半分以上か、以下か)で区別する。
幸いなことにほとんど浸潤は見られず、もっとも浅いガンだった。
グレード(顔つき)は「2」。
これはガンの性質みたいなものだ。最初の診立てのように1ではなかったが、3でなければこれもまあいいようだ。
ガンの種類も「類内膜腺癌」という最も一般的なもの。
卵巣・卵管への転移はなく、あくまでも子宮内膜にガンはとどまっていた。
2つだけ取ったセンチネルリンパ節も、10箇所も丁寧にスライスしてみてもらったが、1つも転移はなかった。
(病院によっては真っ二つにしてそこから見るだけで陰性と決めてしまうところもあるらしいので、とても丁寧だと思う)

ただ、「腹水」にガン細胞が見つかり、これは実は手術後すぐに聞いていて焦っていたのだが、「大網」という脂肪の塊のような部位を切除することで対応してくれていた。
この大網に転移していたら大変だったが、ここも無事。転移はしていなかった。

夫と一緒にドキドキしながらここまで先生の説明を聞いて、よかった、よかったとホッとしていた。
すると先生が、「ただ・・・」と言い始めた。
そして、用紙に「脈管侵襲」と書いた。
なんでも、摘出した臓器の毛細血管からガン細胞が見つかったとのこと。
それを聞いて血の気が引く。ドキドキする。泣きそうだ。もうこの先を聞きたくない。逃げ出したい。

先生は赤鉛筆を出して、これまで説明のために書いてきた病理診断の言葉の2箇所を赤で囲った。

「術中腹水細胞診(+)」
「脈管侵襲(+)」

そして、その囲みから矢印を伸ばし、「追加治療が必要と考えます」と言いながら書いた。
ぼんやりしていく頭の向こうで、「しっかりしなければ!」と自分を叱咤し、一生懸命話を聞いた。
自分のことだ。自分の命のことだ。

先生の話をまとめるとこうだ。

ガンのステージは初期だし、リンパ節や子宮内膜外への転移もないし、脈管侵襲が陽性だったと言ってもごくわずか。
総合的に見れば再発の可能性はそれほど高くはないが、再発した人の中にはこの同じ結果の人が見かけられる。
「根治」をめざすのであれば、再発する前に対処しておかなければならない。
そのために、3クールだけ抗がん剤治療をしておこう。

抗がん剤治療にもいろいろあるけれど、「TC療法」という一般的なもので、副作用も比較的軽い。
また、既にあるガンをたたくのではなく、私の場合は予防に近いので、普通は4~6クールやる人が多いが、3クールで終わり。
その後は普通の生活に戻ってよいとのこと。

ただし、「再発チェックは10年」と言われた。
よく「ガンは5年で一区切り」というが、10年!!
これから10年もの間、数ヶ月に一度は検診を受け、そのたびに再発していないかドキドキしながら過ごすのか・・・。

それに抗がん剤治療・・・。
3クールといっても、抗がん剤治療には変わりがない。
これだけは避けられたと思っていたのに・・・。

ムダだとわかりつつ、先生に聞いてみた。「これは、絶対に受けないといけないんですか?」
すると先生は苦笑いしながら、「拒否もできますよ」と言った。
「ただ、私は“受けるか受けないか、どっちにしますか?”と選択肢を挙げてるんじゃないですよ。この治療は必要なんです。私はやってくださいとしか言えません。ただ、あなたにそれを拒否する権利はありますから」

もっともだ。
またバカなことを聞いてしまったと恥ずかしくなる。

誠実なお医者さんだ。もちろん抗がん剤治療の辛さも知っている。それでもこの先生が「必要だ」と言うのだから、必要なんだろう。
別に私を苦しめるために提案しているわけでもないし、金のためにやってるわけでもない。

覚悟は決まった。

覚悟、というと勇ましすぎるな・・・。仕方ないとあきらめたというか、腹を括ったというか。
その後、別の先生(執刀医も含めて5名関わっている)から詳しい説明があった。
治療は3週間おきに3回。
そのたびに3泊4日の入院。
初回はなんと5月22日に入院とのこと。もうすぐやん!!

それから一番気になる副作用についても詳しく話してくれた。
2つの抗がん剤を組み合わせているのだけど、1つが神経系なので、必ず起こるのは「脱毛」。
覚悟はしていたけど、やっぱりイヤだなぁと思う。
投与後、2~3週間で抜け始めるらしい。頭髪、まつ毛、眉毛、体毛すべて。

骨髄抑制も必ず起こる。
白血球が減少し、免疫力が低下するので、発熱することも。
感染にも注意しなければならないそうだ(人ごみを避ける、マスク着用等)。
最初の1、2週間は白血球の減少が続き、そこから上昇していくので、毎週採血しながら様子をチェックし、白血球の数が戻れば次の投与。
その期間がだいたい3週間ということなのだが、それはチェックしながらなので延びることもあるそうだ。

あとは手先・足先のしびれ、筋肉痛、吐き気、貧血、爪の変色・変形など。
これは投与後2、3日後から数日間起きるが、個人差があるという。
仕事に行けるくらいの人もいれば、起きられないほどキツイ人も。
何にしろ、「ゼロ」ということはなく、多少はこれらの症状が起こる。

若干やけっぱちな気持ちで説明を聞き、入院の申し込みと会計に並んだ。
夫はいつまでもそばにいたがったが、無理やり会社に行かせた。

GWのことを思い出し、ちょっと涙が出た。
楽しかったなぁ・・・
もう治ったと思って安心してたよなぁ・・・
また病院に逆戻りか・・・
いろんな人に元気になったと伝えて、快気内祝いまで送った人もいたのに、また報告しないといけないなぁ・・・
また両親にも心配かけるなぁ・・・

いろんなことを考えながら、とぼとぼ歩いて帰ってきた。
私はあんまり長生きできないのかもしれないな、とも思った。
抗がん剤治療をやめて、再発したらその時は寿命とあきらめるほうがいいんじゃないかとも。

私は抗がん剤を「薬」などとは思っていない。あれは「毒」だ。
健康な細胞が、自然にDNA合成や細胞分裂しようとするのを阻害する毒だ。
自分の体に毒を盛りますよ、と言われて平気な人間がいるだろうか?
それも、目に見えているガンを叩くためならまだしも、「外からの画像レベルでは写らない」「あるかどうかもわからない」「あったとしても再発するかもわからない」、そんな不確かな存在のために、健康な細胞を全部痛めつける。
なんだかそれは、とても間違ったことのように思えるし、とても恐ろしい。

だけど、その後、夫と話し合って決めた。
先生を信じて、覚悟を決めた。

「10のもの(再発したガン)をゼロにするのは難しいけど、1のもの(現状)をゼロにするのは簡単」
結局は、先生のこの言葉に納得した。

あの苦しい手術や痛みも乗り越えたんだ。
今度もきっと乗り越えられるはず。

3クール目が終わるのは7月後半。
痛みや体調不良は、たった3ヶ月の辛抱だ。
髪の毛は2年も経てば、ウィッグなしで外に出られるようになる。
とにかく「生きる」ことに決めたのだから、前を向くしかない。

入院までの時間がなく、今週はバタバタと慌しい。
打ち合わせが2件、取材が2件。
土曜日までに8ページパンフの企画提案書を作成し、最低限の原稿を書いて、いろんな家のことも済ませておかなければ。
ようやく仕事も本格的にスタートしたところ、仕事先の人に挨拶も済ませたところで、治療再開なので、いろいろ面倒だ。

抜けると掃除が大変なので、明日は髪の毛をショートカットにしてくる。
大人になって初めてのショート。
今のようなロングに戻るには5年くらいかかるかなぁ・・・
まあ、仕方ないね。

ホント、やれやれな2016年だ。