遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『司馬遼太郎の幻想ロマン』 磯貝勝太郎  集英社新書

2012-07-01 01:39:44 | レビュー

 司馬遼太郎の長編歴史小説は何冊も読んできている。しかし、本書がとりあげた観点で言えば、かなり以前に『韃靼疾風録』と『大盗禅師』を文庫本で読んだだけだった。この新書のタイトルに惹かれて読み始めたのだが、本書の著者を知らなかった。本書奥書を読み、著者が2001年に『司馬遼太郎の風音』で第14回尾崎秀樹記念大衆文学研究賞を受賞されていると知り、ほうと思った次第である。

 さて、本書は司馬遼太郎の幻想小説の系譜について、司馬遼太郎の胸に潜む幻想ロマンがどこから来ていて、そしてそれが司馬の中で如何に熟成され、各種作品に結実していったかを論じている。私は司馬のこの分野には深く入り込んでいないので、本書が今後読み進めるための良きガイドブックとなる。早速、興味を抱き始めた。

 本書を読み興味深くて面白い点は、著者が、司馬文学は原点が幻想世界にあり、司馬の生地と幼少の生育環境に深く関係していると論じている点だ。第1章で、その点を司馬文学の原風景として克明に書き込んでいる。司馬の生誕地が大阪市ではなく、現在の奈良県葛城市竹内だということを本書で知った。生家河村家は竹内街道沿いにあり、ここ竹内村の環境で幼少期に生育したことが、後に幻想小説を生み出す母胎となったと論じている。竹内街道は、飛鳥時代の推古天皇21年(613)に設置されたわが国最古の国道ともいうべき大道のルートと大部分が重なっていて、大和朝廷の外港であった難波の津(港)と結ばれていた。そして、海のその先にシルクロード、西域があり、それらつながっていくという想像が司馬の心に幻想ロマンを醸成していったのだという。司馬の生地あたりは、かつては蘇我氏一族の本拠地だった土地であり、司馬自身、「私の母方の祖母の実家というのは蘇我氏の直系と称してきた百姓です」と語っていると記す。
 もう一つ、第1章でおもしろいと思ったのは、海音寺潮五郎が司馬の「ペルシャの幻術師」でその才筆を認め、司馬ファンになったこと、この海音寺の推すところから「ペルシャの幻術師」が第8回講談倶楽部賞受賞作に、そして、「梟の城」が第42回直木賞に結実したということ。この選考過程の裏話が語られている点だ。著者は「海音寺のつよい支援がなければ、落ちるところであった。司馬は海音寺のおかげで世に出たのだといえよう」(p38)と記している。
 
 第2章では、司馬が大阪に移り、小学校5年ころから父や姉の地図でアジアの部分に興味を抱き、渤海や韃靼などの文字に興味を持ち始めたことが、後に司馬の「辺境史観」を生み出す起点になったとする。その興味が、国立大阪外国語学校の蒙古語部入学、学徒出陣で戦車第十九連隊への入営、東満州の辺境に駐在する戦車第一連隊への赴任、辺境の地での実体験に連なっていったのだ。この経緯から司馬の幻想ロマンが深まっていくことになる。
 「モンゴルの小説を書きたかったけど」(p65)という想いが司馬にありながら、まず「韃靼疾風録」を書いたのはなぜかという背景が書かれていて面白い。
 「ペルシャの幻術師」(1956)→「モンゴル紀行」(1973~1974)→「韃靼疾風録」(1984/1~1987/9)→「草原の記」(1991~1992)という司馬のロマンの大きな流れがこの章で語られている。こういう流れを理解した上で作品を読むと読み方に奥行きが加わるような気がする。

 第3章と第4章で、著者は司馬の幻想小説の多くがその基盤を密教に置いている点を論じている。第3章は雑密(雑部密教)と役行者が司馬に与えた影響とその作品群について記し、第4章は純密(純粋密教)を軸に雑密を合わせて論じていく。この二章で言及された司馬の作品名を列挙してみよう。
 第3章:「神々は好色である」「睡蓮 花妖譚六」「梟の城」「外法仏」「牛黄加持」「空海の風景」の第5章。特に「空海の風景」第5章が主要題材になっている。
 第4章:「牛黄加持」、「外法仏」、「伊賀者」。これら3作品を掘り下げている。「牛黄加持」からの引用及び解説を読むと、まさに怪奇艶妙な幻想的イメージが伝わってくる。こういう類のジャンルを司馬が書いているとは思ってもいなかった。「外法仏」もおもしろそうだ。
 司馬の作品を論じるために、著者は密教についてかなり研究されているようだ。密教について門外漢の私にはそういう加持祈祷が密教にあるのかという認識レベルでしかないので、著者の論点をまずは素直に読むばかりだ。司馬の幻想小説をその気になって読んでみようと動機づけられたのがこのガイドブックを読んだ収穫である。
 著者の密教のとらえ方を理解し判断するためにも、密教そのものに関心が湧いてきた。著者が密教の怪奇さの側面を強調しすぎていないかという疑念が心に留まっている。密教の思想って何だろう・・・・。

 第5章は、山伏、忍者、幻術師との関連で描き出された幻想小説が対象になっている。採りあげられている作品名を列挙してみよう。
 忍者関連:「梟の城」「下請忍者」「飛び加藤」。本書では、まず山伏について説明し、修験道が忍術の源流と説く。
 幻術師関連:「妖怪」「大盗禅師」「果心居士の幻術」「ペルシャの幻術師」「黒色の牡丹 花妖譚三」「匂い沼 花妖譚五」
 この章の最後で、「戈壁の匈奴」に触れている。著者はこの小説を「情感あふれた、みずみずしい幻想小説である」と評価する。いずれ原作を読んでみよう。その評価が妥当かどうかを感じ取るためにも。

 最終の第6章で、著者は散楽雑伎(戯)の関連から司馬の作品を眺めている。そして、「兜率天の巡礼」の内容を詳しく語り、さらにこの作品を理解し楽しむためには、英国人のエリザベス・アンナ・ゴルドンを詳しく知る必要を説く。彼女は日本を拠点に東洋の宗教研究に専念し、「古代(原始)キリスト教と仏教は同根である」「”秦氏=景教徒”説」を持論とした人だという。彼女の名前がこの作品に出てくるようだ。
 そして、著者はふたたび「ペルシャの幻術師」その他の作品に戻っていく。マジックの語源についての説明が出てきた。語源がそんなところにあったのか。なるほど・・・。

 最後に、あらためて「はじめに」に戻ると、著者編纂による『ペルシャの幻術師』(文春文庫)の8作品を本書に網羅し、これを基軸にしながら他の長編幻想小説及び短編と総合して論じていたことが理解できた。つまり編纂本を読むための導入でもあったのだ。
 そして、本書は、司馬の内に醸成された幻想ロマンが司馬の創作意欲の中で如何にウエイトを占めているかを顕かにする、つまり司馬文学の重要な要素として位置づけ直すための評論なのだ。


ご一読ありがとうございます。

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本書に出てくる語句について、本書の理解を深めるためにネット検索してみた。以下はその一覧である。関心の広がりによる項目も含めている。

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竹内街道歴史資料館 :「邪馬台国大研究」
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葛城一言主神社 :「玄松子の記憶」
葛城坐一言主神社 :「御所市観光HP」
推古天皇 :ウィキペディア
蘇我氏  :ウィキペディア
崇神天皇 :ウィキペディア
崇神王朝 → 王朝交替説 :ウィキペディア
崇峻天皇 :ウィキペディア
文武天皇 :ウィキペディア
後醍醐天皇 :ウィキペディア
歴代天皇一覧 :「歴史日報」
  一覧から個別データにリンクされています。
渤海  :ウィキペディア
高句麗と渤海の歴史 :「サロン吉田山」
韃靼 → タタール :ウィキペディア
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東大寺修二会 :「東大寺」のHP
ツングース系 → ツングース系民族 :ウィキペディア
モンゴル民族 → モンゴル :ウィキペディア
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