遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・片野坂彰 国境の銃弾』  濱嘉之  文春文庫

2022-12-05 17:28:30 | レビュー
 警視庁公安部を題材にした青山望シリーズが完結し、新たに片野坂彰が登場した。
既に第4作までシリーズ化されている。この第1作は文庫書き下ろしとして2019年8月に刊行された。今のところ年1冊の発刊ペースである。

 青山望シリーズのその後として、このストーリーの途中で片野坂たちの会話で触れられている青山望を含む同期カルテットの消息をまずご紹介しておこう。青山望は警視庁警備企画課理事官となり、警察庁警備局長の指名でチヨダに永久出向(p170)、藤中克範は警察庁長官官房分析官(p181)、大和田博は参議院議員の一期目で衆議院議員の死去に伴う補欠選挙に出馬して衆議院議員に転身(p195)とそれぞれ独自の道を歩み出していた。瀧一彦は青山望シリーズの最後辺りで、家業の商社を継ぎ、実業界に転身する計画を語っていたと記憶する。
 本書の目次の後に「主な登場人物」紹介ページがあり、ここに「同期カルテット」の現状紹介が載っている。ここを読み飛ばしていたので読後にそのことに気づいた。ここに取り上げていることから逆に、この同期カルテットが、いずれこの片野坂彰シリーズの中で何等かの接点をもって登場するのではないかと、私は密かに期待する。

 さて、このシリーズで登場する片野坂彰とは何者か。
 警視庁公安部長付。鹿児島県出身、ラ・サール高校から東京大学法学部卒、警察庁入庁。キャリアである。イエール大学留学、その続きにFBI研修、民間軍事会社の傭兵、2年間のFBI特別捜査官の経験をもつ。留学後さらに帰国することなく3年間引き続きアメリカに滞在して、帰国と同時に公安部付となった。
 片野坂彰の部付への異動は、警察庁への採用時のリクルーターであり、今は警視庁公安部長である宮島進次郎の新たな組織構想による。「公安部長付特別捜査班」という名目で、情報活動組織の構築を目指す役割が与えられたのだ。警視庁に5年間出向するという形で。180cm、80kgというガッチリした体躯である。

 片野坂は当面、二人の部下を選抜した。特別捜査班は3人体制の組織として始まる。
 一人は香川潔。警視庁警部補。片野坂が新人の時の指導担当巡査。神戸出身、灘高校から青山学院大学卒。警視庁入庁。警部補のまま公安一筋に歩む。情報活動のエキスパートである。50歳。片野坂より10歳年長。仲間からは「成金趣味」と揶揄されるようなスタイルを好む。一時期は剣道教師をめざしていたという。
 もう一人は白澤香葉子。警視庁警部補。カナダで中高を過ごした帰国子女。日本の音大からドイツのハノーファー国立音楽大学へ留学。オルガン専攻からフルートに変えたという。英仏独語を話す。英独は通訳業務の資格を有する。警視庁音楽隊を経て公安部に抜擢された。白澤はこのストーリーの途中から、ベルギーのブリュッセルを拠点に情報活動に携わる立場になる。
 特別捜査班はなかなかおもしろい異色な人物の組み合わせでスタートする。

 第1作のタイトルは「国境の銃弾」。これはプロローグに由来する。対馬の北端に展望台がある。そこは「朝鮮訳官使殉難之碑」が建立されている展望所である。3台の観光バスで総勢100人近い観光客が訪れていた。その時、場違いな黒ずくめの服装をした3人の屈強そうな男たちが、1発の銃声がしただけで頭部を撃たれ殺された。対馬は日本国と韓国との国境となる。そこで起こった狙撃殺害事件。それもたった1弾で殺されたのだ。タイトルは、ここに由来する。
 ツアーで来ていたのは韓国人観光客だった。被害者も同じ韓国からの観光客と推定された。まずは地元の警察署が事件に対処するが、長崎県警から幹部以下総勢35人が現地に飛んで来る。さらに翌朝警察庁関係者総勢15人と警視庁公安部から3人が現地入りした。つまり、片野坂ら特別捜査班が関わる最初の事件となる。

 第1章は時を遡り、特別捜査班の3人が前年の10月に、カリフォルニア州北端の州境近くにある民間軍事会社に3週間の地獄の研修を受けに行くことから始まる。これは、このストーリーが始まっていく一つの伏線だろう。3人が知力体力ともに、この民間軍事会社で最先端の訓練を受けるということである。その成果が、どういう形で織り込まれていくか、読者にとっては一つのたのしみになる。

 青山望シリーズが主として日本国内の裏社会、暴力団撲滅をテーマにした展開だったのに対して、片野坂が関わる事件は日本国内の枠を超えて、事件解決のためには国際的な情報活動が必要になってくるという形で、そのフェーズがシフトしていくことである。発生した事件の解明と解決のためには、海外での行動も柔軟に組み込んで行かざるを得ないという状況が展開する。片野坂はそれを見越して、国際的な情報活動を拡げるために、白澤をブリュッセルに駐在させるという布石を打っていく。片野坂は「ブリュッセルは今やワシントンDCに次ぐ世界第二のロビー活動のポイントです。様々な情報が入ってくるでしょう。しかも彼女なりのやり方でやらせてみます」(p80)と香川には意図を告げる。

 対馬で発生したライフル使用による3人殺害事件捜査の進展は芳しくなかった。しかし、片野坂らが、3人の頭部を貫通した弾の着弾地域を捜査に行き、その銃弾を発見したことが重要な糸口となって行く。それは白い強化セラミクス製で5.5ミリNATO弾の応用弾と判断された。製造元が絞られていく。
 対馬で殺害されたのは外国人、使われた銃弾も特殊なもの、事件はグローバルに考えて取り組まねばならなくなる。被害者は韓国人とは限らない、北朝鮮系の人物かもしれない。事件の捜査範囲は広がっていく。 

 「第5章 敵国スパイ」では、時を少し遡り、片野坂が運用している李星煥と北海道で面談する場面が挿入されている。
 「第6章 諜報天国」では、対馬で香川が秘撮した画像に、ロシア政府のエージェントの疑いがある女スパイが写っていたことが明らかになる。ストーリーはますます状況が複雑化し、広がって行く様相を見せる。

 さらに、今度は東京大学構内でもう一つの狙撃事件が発生する。被害者は元文部科学大臣の竹之内利久代議士と上野紘一経済産業副大臣である。警視庁に一報を入れたのは同行していた経済産業大臣政務官の北条。彼は狙撃されるのを免れた。現場に向かった片野坂は、想定した方向の壁に刺さっている銃弾を見つけた。それもまた、ファインセラミック製でNATO弾仕様と推定された。事件は思わぬ方向に進展していく。
 さて、どのように展開するかは本書を開いてお楽しみいただきたい。

 片野坂と香川の関係が絶妙である。このシリーズでの白澤の活躍を期待したくなる。

 このストーリーの興味深い特徴がいくつかある。
*国境の対馬で外国人が殺害され、東京で日本人の国会議員が殺害された。政治の辺境地から中心地へと事態が拡大する。両者はライフルによる狙撃であり、そこに特異な銃弾が使われているという共通項がある。一見異質な事件が繋がって行くというおもしろさ。
*国内の捜査範囲だけでは事件の解明できないという状況。国際的な情報活動が機能的に働く体制/態勢が構築出来ているかという警鐘を含んでいるように思う。
*世界情勢を考えると、警察組織体制における縦割り組織並びに地域分割体制の現状に問題が潜む点をフィクションの形で問題提起しているのではないかと思う。
*片野坂、香川、白澤の会話を介して、現在の世界情勢、政治情勢など、リアルタイムな情勢分析が続々と織り込まれていくこと。情報小説という側面が大きな特徴でもある。
 特に、近隣諸国の情勢分析が大きく織り込まれている点は考える材料にもなる。
*リアルタイムな事実情報とフィクションが実に巧妙に融合されていくストーリーのおもしろさ。

 最後に、印象深い文をいくつか引用し、ご紹介しておこう。
*管理職が耳にする情報というのは、ほとんどが二次情報、三次情報だろう? これに慣れてしまうと自ら一次情報を取ろうとする意欲がなくなってしまう。
 情報はセンスだ。しかし、このセンスは継続することに意義があり、その中断は感覚の放棄を意味してしまう。  p124
*情報マンは情報の本質を知っている。
 まず知るべき人は誰かだ。情報の伝達というのは危機管理と同じでトップダウンですむことなんだ。
 知るべき人に知るべき内容を迅速正確に伝えるのが情報の本質なんだ。  p162
*悪がこの世からなくなることはない。それがどのくらいまでの社会悪となるか・・・・そこをきちんと押さえておく必要がある。  p283
*情報はセンスであり人なんです。   p311

 やはり、この新シリーズも情報小説の側面が濃厚だと感じる。私はその点に魅力を見出しているのだが。

 ご一読ありがとうございます。

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===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2022.12.6現在 2版 32冊


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