遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『洛中洛外をゆく』  葉室 麟   角川文庫

2022-04-12 14:25:23 | レビュー
 2017年12月に葉室麟が急逝、享年66歳。これから先の活躍をさらに期待していた読者の一人としては痛恨の思いだった。翌年(2018)6月にKKベストセラーズから葉室麟&洛中洛外編集部として、『洛中洛外をゆく。』が発刊された。
 今年(2022)2月に、角川文庫から掲題の書が刊行された。タイトルは基本的には同じ。タイトルの最後に句点を付けているかないかの差異だけである。
 カバーも撮影場所は同じである。KKベストセラーズの方は、著者が縁で正坐して建仁寺の庭に対している。この文庫のカバーは同じ庭に面して縁にて、片膝を立てて樹木と空を見上げている少しくつろいだ場面の方が使われている。

 前著を意識せずにまず文庫本を読んだ。その後で奥書を読み、本書が文庫オリジナルとして編集されていることを知った。
 ならばKKベストセラーズ発刊の前著とこの文庫本との違いは何か。
 本書の第1章・第2章・第3章は前著の内容が継承されたようである。つまり、この部分は既に読後印象としてご紹介しているので、重複を避けるために前著『洛中洛外をゆく。』をお読みいただきたい。
 前著にはコラムが3本載せてあった。本書ではコラムが2本となっている。

 本書はその後に第4章「現代のことば」へと移っていく。葉室麟が「京都新聞」夕刊に連載したエッセイが収録されている。そのタイトルと日付をまずご紹介しよう。
 <心に訊く 2015.7.1> <国家暴力と呼ぼう 2015.10.5> <竜一忌・番外編 2015.12.3> <モラルの喪失 2016.2.16> <活字モンスター 2016.4.14> <熊本地震 2016.6.16> <沖縄の痛み 2016.8.12> <女城主 2016.10.5> <譲位を考える 2016.12.2> <ジャパニーズデモクラシー 2017.2.2> <詩に学ぶ 2017.3.27> <女性宮家 2017.6.2> <わたしには敵はいない 2017.8.7> <明治革命 2017.10.5> である。合計13のエッセイ集となっている。
 
 <心に訊く>では、冒頭に著者の好きな言葉が『言志四録』から1つ引用され、そこから、フランス人ジャーナリスト、アントワーヌ・レリスが綴ったテロリストへの言葉「君たちに憎しみという贈り物はあげない。君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈することになる」に言及していく。そして「いまのわたしの心は正しいだろうか」と投げかける。
 <国家暴力と呼ぼう>は、「近頃、『戦争』と呼ばずに『国家暴力』と読んだほうがわかりやすいのではないかと思っている」という一文から始まる。これは正に現在進行形のロシアの行為に当てはまるのではないかと感じる。
 <竜一忌>の竜一とは大分県中津市で豆腐屋を営み、歌人であり市民運動家だった松下竜一さん。松下さんを簡潔に紹介しつつ、「世の中が少しも変わっていないという意味で悲しいことなのかもしれない」と著者は問題提起している。
 <女城主>は来年の大河ドラマに引っかけて井伊直虎を取り上げ、戸次(立花)道雪の娘、誾千代と対比する。そして「少なくともふたりが、女城主としての気概と誇りを胸に生きたことは確かだ」と述べ、「現代の女性たちにも通じるものがあるのではないか」という。著者の女性への眼差しがうかがえる。
 <ジャパニーズデモクラシー>では、吉田松陰の「言路洞開」という言葉の紹介から始め、戦後の民主国家について独自所見の一端を述べている。急逝することがなければ、この辺りの見方に関連した小説も執筆されていたのではないかという思いがした。
 <詩に学ぶ>では、茨木のり子さんの詩をとりあげている。私はこの詩人をこのエッセイで初めて知った。
 <譲位を考える> <女性宮家>では、天皇家・天皇制について著者は一石を投じている。
 
 葉室麟自身がたぶん想定外だったろう早い晩年において、どういう事象に関心を抱いていたのか、その一端をここから想像することができる。
 
 第5章は「葉室麟との対話」と題して、以下の対談4つが収録されている。括弧内は葉室麟と対談した人の名を示す。その後に対談日を記した。
 <歴史の中心から描く   (澤田瞳子)>  2015.4.16
 <歴史小説の可能性を探る (諸田玲子)>  2016.9.21
 <歴史は、草莽に宿る   (東山彰良)>  2017.10.4
 <小説と茶の湯はそれぞれ、人の心に何を見せてくれるのか。(小堀宗美)> 2016.4.20 この章もまた、著者の考えや晩年の状況、当時の抱負を知るのに役立つ。

 末尾に澤田瞳子さんによる「解説」がある。これは、KKベストセラーズの前著において、「巻末特別エッセイ」として寄稿されていたものだ。この文庫には「解説」の位置づけで収録されている。

 第5章の対話の中には、葉室麟が執筆に当たってどんな思いを抱いていたかを語っている箇所がある。最後に、作品と著者の思いを抽出しご紹介しよう。葉室作品を味わう上で役立つことだろう。要点を簡略にまとめる。
『秋月記』 小藩にも政治がある。政治の中で個人が翻弄される。
      その中で自分の生き方を貫いた人はいるはずだし、いてほしいという思い。
『蒼天見ゆ』 大きな流れの中で、いかに自分を見失わないで生き抜くか。
『孤蓬の人』 なぜ茶人は非業の死を遂げるのかを考えた上での反問。
       普通の人が共感できる等身大の美。それは本当は恰好いいことで大切。
       普通の人たちが社会を作っている。自分を活かしながら生き延びる道。
       お茶が好きで大事にしてきたというなかに日本人の心があるのでは・・・。
『橘花抄』  黒田騒動はどう書いても面白くならない。第二黒田騒動を題材にした。
『鬼神の如く 黒田叛臣伝』 事件の裏に隠謀があることにして、黒田騒動を描いた。
『緋の天空』 古代には何人も女性天皇が誕生。きちんと歴史に向かえば姿が見える。
『影踏み鬼』 内部粛清があった新選組で篠原は生き延びた。それが最大の執筆理由。
葉室作品を再読する機会には、改めて著者の視点を押さえながら読んでみたいと思う。

 お読みいただきありがとうございます。

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『約束』  文春文庫
葉室麟作品 読後印象記リスト(著作の出版年次順)   2020.3.1 現在 68冊 + 5


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