遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『京都花街 舞妓と芸妓のうちあけ話』 相原恭子  淡交社

2013-10-17 18:48:51 | レビュー
 本書の副題は「芸・美・遊・恋・文学 うちらの奥座敷へようこそ」と長い。しかし、この長さが本書の内容をイメージしやすくしているだろう。また一方で、奥座敷という言葉は、『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』(文春新書)を連想させる。新書が出たとき、ちょっとおもしろそう・・・と思いながら、未読なので両書の比較はできない。本書をきっかけに、読んでみようかと思っている。本書を手にしたのは、やはり「うちあけ話」という箇所に興味を抱いたからだ。

 さて、副題のご紹介ついでに本書の構成をまずとりあげよう。
 第1章 芸
 第2章 美・礼儀・作法
 第3章 粋な遊びの世界
 第4章 恋・人生・文学
と、ほぼ副題どおりである。そして、本書は著者による舞妓・芸妓さんたちに対するインタビューのまとめと、元芸妓さん、お茶屋さんの女将さんに対する聞き書きを内容とする。だから「うちあけ話」でもある。

 京都には、多分一番よく知られている祇園を筆頭に、全部で5ヵ所の花街がある。いわゆる五花街だ。祇園には実は祇園甲部、祇園東の2つがある。祇園の南西方向、鴨川東側、京都南座の少し南に位置する宮川町、鴨川を渡った西端の通りに、先斗町(ぽんとちょう)とかなり近い距離に4ヵ所が存在する。そして洛北・北野神社の近くに上七軒がある。祇園甲部と祇園東の違いなんて、知らない、意識しない人が多いかもしれない。八坂神社石段下の西側が祇園というイメージだろうか。
 「全国的に知られている祇園町は、1881年(明治14年)、第三代京都府知事北垣国道により甲部と乙部に分けられ、乙部は昭和24年に東新地と改称し、さらに昭和30年頃から祇園東と呼ばれるようになり現在に至る」(p30)という経緯がある。分かれているのは知っていたが、この経緯は本書で初めて知った次第。比較的、関心を持っていてもこの程度だから、大方の人には祇園は祇園だろう。舞妓さんと都をどりがキーワードくらいかも・・・。

 各花街の芸と美でポピュラーなものとしてちょっと触れれば-勿論、本書で説明が出ている-、京都の東西の通りである四条通の南側、八坂神社の南西側が祇園甲部で4月の「都をどり」つまり、「都をどりは~」「よ~いやさ~」である。四条通の北側、八坂神社の北西側に祇園東があり、秋に「祇園をどり」が開催される。春に、宮川町では「京おどり」、先斗町では「鴨川をどり」、上七軒では「北野をどり」が開催される。序でに、各舞台のことは、次のところにアクセスしていただくとよい。毎年同じ時期だが、今年の開催期間をわかりやすく記しておこう。開催順に並べてみる。
  北野をどり 3月25日~4月7日 
  都をどり  4月1日~30日 
  京おどり  4月6日~21日 
  鴨川をどり 5月1日~24日 
  祇園をどり 11月1日~10日 
これら各花街での舞台とは別に、6月に京都の初夏の風物詩として、「五花街合同公演」というのが、開催されている。 

 多少の縁があって、「都をどり」はここ2年ほど前までは20有余年、お仲間と毎年のように舞台を拝見していた。鴨川をどりの1回を除くと、他の4花街のこれら舞台の拝見体験がないのが残念だ。五花街合同公演も1回だけの鑑賞体験である。

 話が脇道にそれた。本書には、聞き書きとして芸名/実名入りで、それぞれの人の舞妓・芸妓時代の体験談などを含めて、花街事情が載っている。具体的には、祇園甲部2人、上七軒2人、先斗町2人、宮川町1人、祇園東1人と計8人のうちあけ話である。
 それぞれの個人体験の目を通した花街の歴史がたりがおもしろい。戦時中の話もあれば、高度経済成長期の景気のいい話など。舞妓になるために「仕込みさん」として屋方に入り、舞妓として「お店出し」する過程での体験談や、衿替えして芸妓になった後の話、芸を学ぶ過程の厳しさや、舞妓になるための躾のあり方などが縷々うちあけられていて、こういうきらびやかさだけが表に見える舞妓・芸妓さんの生活の側面、つまり背景の話はやはり興味深い。

 女将として現役の人からの聞き書きはあるが、舞妓・芸妓としての第一線を退いた人のうちあけ話は、花街の歴史や舞妓・芸妓さんたちの時代とともに変化してきた意識・行動の側面なども窺える語りである。一方、現役の舞妓・芸妓さんのうちあけ話は、著者のフィルターを通して、その内容だけがうまく章ごとに個人聞き書きと絡めて記述されている。現役の人達の名前は出てこない。だからこそ、率直なうちあけ話ができるのかもしれない。「あとがき」に著者は、「本に書いて、よろしおすか?」と何度も確認したうえで、この本が仕上がっている旨に触れている。
 舞妓・芸妓さんたちの生活面、芸を磨く修行面、客を接待するときの失敗談や成功談、、舞妓・芸妓の社会の人間関係におけるうちあけ話である点で、きっちりとうちあけ話としての一線は画されている。


 聞き書きの中から、きらりと光る語りをご紹介しよう。
*「うちも、芸で知られるような芸妓になろう」と自分に言い聞かせた。 p24
*趣味の会とは違うて、あんたらプロなんや。人さんからお金を出して、舞台を見てくれはります。それに答えよし。   p28
*芸妓ならではのサービスをして、お客さんに満足してもらう遊び方をすることを、忘れてはあかんおどす。  p49
*ぼんやりしていたのでは、美しくなれない。「気をくばれへんと、あかんのどす」。 p56
*叱られ慣れることが大切どす。 p56
*おかあさんに「背中に目を付けて歩きよし」と躾られた。 p64
*人は誰でも裸で生まれてきたということと、健康で暮らせることに感謝する心を忘れてはあかんのどす。若い人たちには、口で諭すのではのうて、自分から先に立って、ええ見本を体で示さないと、覚えてもらえしまへん。  p68
*最初は舞妓になって注目されて嬉しいかもしれへんけども、毎回写真を撮られたり、話しかけられるのは苦痛になるもんや。それでも、そのお人は、舞妓さんに会った記念にと、写真を一生アルバムに貼って置かはるのかもしれへん。たった五秒・十秒の時間どっせ。愛想よくしてあげよし。   p71-72


 本書を読んで、なるほどと参考になったり、おもしろいと感じた事項を箇条書きにしておこう。詳細は本書を手にとって、お楽しみいただきたい。

*都をどりの歴史的変遷と井上流が祇園甲部の唯一の踊りの家元となった経緯がわかったこと。「おどり」でないのは明治5年に「都をどり」と表記したからだそうである。
*五花街、いずれも、芸の修得過程や躾のあり方は似ているものだということ。
*モルガンお雪という名前だけは知ってはいた。しかし、それだけだった。祇園町で世間の注目を集め、その後の波瀾に充ちた人生行路を辿られた事実を知らなかった。本書で初めてその概略を知ったこと。 p77-83
*幾岡屋の店主・酒井さんが経験から語るかつての祇園町の雰囲気が興味深い。p86-97
*テレビの京都特集番組で、お座敷遊びのシーンを何度か見ている。本書に、著者の体験と取材結果のまとめとして、「いろはのいの字」から始まり「都々逸」まで18種のお座敷遊びの概略がきされている。他愛ない遊びだが、けっこうおもしろい。
*幕末の京都花街の歴史を作ったことにつながる奥座敷エピソードが愉しめる
 こんなエピソードが採録されている。知らなかったことばかり。
 ・井上聞多と芸妓”君尾”の鏡。その鏡が後の井上馨の命を救うことになる話
 ・桂小五郎の危機一髪に手助けした”君雄”と”幾松”の話
 ・西郷隆盛が祇園で遊んでも、好んだのは二人の豚姫と呼ばれた仲居だったという話
*近衛文麿と芸妓藤喜久の話を含め、書生の出世払いというおおらかさがあった話
*芸妓磯田多佳と文豪たちとの交流話。白川端にある吉井勇の歌碑や、御池大橋の近く、御池通端にある夏目漱石の句碑などから、「大友」の多佳女に関心を持っていたので、その一端がまた理解できたこと。
*京都の花街の情景が登場する文学作品がけっこうあるということ。
 メモが代わりに列挙しておこう。
 長田幹彦の作品  長田幹彦が「祇園小唄」の作詞者! 作詞者には無関心だった。
  『祇園小唄』所収・「夜櫻」、『祇園夜話』所収・「祇園」「鴨川」「薄雪」
  「舞妓殺し」「野分のあと」「淡雪」「地主櫻」「祇園しぐれ」「祇園小唄」
  「舞扇」
 菊池寛の作品 『藤十郎の恋』
 水上勉の作品 『北野踊り』、『京の川』
 川端康成の作品 『古都』

最後に、本書にも引用されている歌と句をご紹介しておこう。それらの歌碑、句碑がどこにあるか、現地を訪ねてみてほしい。

 吉井勇   かにかくに祇園は恋し寝る時も枕の下を水の流るる
 夏目漱石  春の川を隔てて男女哉
 
 月は朧に東山 かすむ夜毎のかがり火に 夢もいざようふべにざくら
 しのぶ思ひを振袖に 祇園恋ひしやだらりの帯よ 

  祇園小唄も一番は覚えているが、夏、秋、冬の情景が2番から4番に歌い込まれ
  いずれも、祇園恋ひしやだらりの帯よ、の詠嘆的なフレーズで統一されていること
  を再認識した次第。こんなこと、ご存知でしたか?


ご一読ありがとうございます。

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本書に関連する語句などを少しネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

都をどりの歴史 :「都をどり公式ウェブサイト」
先斗町 :「先斗町鴨川をどり」
 先斗町の町並み形成と由来についての説明ページ
上七軒の歴史 :「上七軒歌舞会」
祇園東 :「京都風光」
宮川町 町並み形成の沿革、歴史 
 
祇園甲部歌舞練場 :「都をどり公式ウェブサイト」
先斗町歌舞練場 :「先斗町鴨川をどり」
上七軒歌舞練場 :「オカムラ」
宮川町歌舞練場 :「JRおでかけネット」
祇園会館 :ウィキペディア
 
おおきに財団Website   京都伝統伎芸振興財団
  五花街紹介
お茶屋って何どす? :「祇園・畑中」
祇園と舞妓はん :「家傳京飴 祇園小石」
宮川町 芸妓さん、舞妓さんのページ 
 生きている「廓」を見つめて
 小糸の部屋
京の花街ネットワーカー後援会(新版)
 
京都の花街で「舞子さんとお茶屋遊び」は大好評でした! :「Ryoma21」
あなたも楽々、舞妓さんといい関係! 祇園・お茶屋遊びのABC:「産経ニュース」
 

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