遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『瓦に生きる 鬼瓦師・小林平一の世界』 小林平一 駒澤琛道[聞き手] 春秋社

2021-03-19 13:54:07 | レビュー
 寺社探訪を継続してきて、その一環で鬼瓦の写真を撮るようになった。探訪記録写真レベルにすぎないが、このコロナ禍でのステイ・ホームで過去に訪れた寺社探訪の記録写真から鬼瓦の写真を抽出してみようという気になった。
 やり始めて、ふと「瓦」についてほとんど考えたことがなかったことに気がついた。そこで調べてみると、少なくとも数冊は瓦についての書籍が出版されている。
 

 最初に読んだのが森郁夫著『東大寺の瓦工』(臨川書店)である。

 東大寺で使われてきた瓦に的を絞って、歴史的に瓦自体の変遷を詳述するとともに、東大寺に関わった瓦工、造瓦所とその組織などについて論述している。考古学を専攻された研究者の立場からまとめられた本である。瓦の形状と種類、瓦の歴史の基礎、東大寺における瓦についての知識を学ぶのに役だった。

 一方、本書はインタビューによる対話をまとめたものである。その点でも読みやすい。副題に「鬼瓦師」とあるように伝統を継承する瓦製造の世界で活躍してきた小林平一氏に写真家・エッセイストであり臨済宗建長寺派建長寺徒弟として僧籍をもつ駒澤琛道氏がインタビューした対話記録である。
 小林氏は姫路市にあって、文化財修理用瓦製造・葺き上げの瓦職人として生きた人。瓦職人であった父の仕事を継承し小林伝統製瓦という会社の経営者でもあった。
 大阪にある四天王寺の修復に父親と共に従事し、飛鳥様式に復原するという古建築分野でのトップの博士3人の要求に対応しながら瓦を造り葺いたという。松山城・姫路城・二条城・熊本城の修復用瓦の製造、また兵庫県にある円教寺・鶴林寺・太山寺・光善寺や京都の東福寺・清涼院・妙心寺、岡山県の本蓮寺・眞光寺など、数々の寺院の瓦修復を手がけてきた人物だ。
 
 本書は二部構成になっている。第一章は小林氏の「半生」について駒澤氏が聞き出した様々な話がまとめられている。第二章は小林氏が文化財に指定されている城や寺社の瓦の復原を試みて製瓦を葺き上げてきたことにまつわるエピソードを交えた瓦そのものについての話である。

 第一章は人生譚であり実に興味深い。文化財修復用の伝統的瓦の職人一筋に生きてきた人かと思いきや、実にいくつかの顔を持つ多才な人物だった。
 第一は父の技を継承して更に独自に技術を発展させた瓦職人の顔である。
 第二は「トリバアネアゲハ」という蝶を専門とするコレクターであり研究者の顔である。いくつもの新種を発見し、学会で発表されているという。その分野では知る人ぞ知るという人。世界最大のアレキサンドラアゲハの標本を収蔵されている。
 本書を読むと蝶のコレクション自体について、将来のことを検討されている側面に触れられた箇所が出てくる。読後に調べてみると、小林氏は2002年に鬼籍に入られた。そしてその蝶のコレクションは、「小林平一コレクション」として姫路科学館に収蔵されている。ここでそのコレクションの蝶の同定と整理が継続されているという。
 第三は、鳥の研究でみせる顔。昭和15,6年ごろからコウノトリを調べ続けてきたという。聞き手の駒澤氏曰く、世界の学会でも有名人だそうである。
 第一章には蝶と鳥にまつわるおもしろいエピソードがいくつも語られている。
 小林氏は昭和19年11月に招集令状を受けて戦地・満州に送り込まれシベリア虜囚となった。この時の過酷な体験が語られている。その話は昭和史の一面として貴重な記録になっている。また、メタセコイアの木について語る話はおもしいろい。

 第二章は小林氏の本職、瓦の話である。瓦職人という視点から瓦の歴史と瓦の種類をまず語る。読者にとっては瓦に関する基礎知識を学ぶ機会となる。ここから始まるので、私にとっては、まず知りたいことが満たされた。上記の『東大寺の瓦工』と併せて、まず基本知識の幅を広げることができた。
 その先に、学者先生との共同作業としての文化財修復に絡んだ裏話、苦労話がエピソードとして語られている。この部分は興味深いし実におもしろい。瓦職人ここにありという感を抱かせる。次の一節はその一例の結論部分である。「屋根には結露という大きな問題がありますし、重い瓦は地震のときに木部の力を分散することも忘れてはいけません。机上の理論だけでは絶対うまくいかんのです。木も生きている、土瓦も生きている、共に生かすも殺すも用法次第。それを知っているのが匠であり、それが一千四百年の伝統技能でしょう。」(p122-123)
 鬼瓦の歴史について小林氏は語るとともに、代表的な瓦の事例が本書に収録されている。この点、歴史を知るうえでもいい勉強になる。要点を簡略に一部ご紹介してみよう。
 *最初の鬼瓦は単弁蓮華紋。蓮華紋は飛鳥時代~平安時代。単弁から八重の複弁へ変化。
   最も古いとされる単弁蓮華紋(四天王寺)
 *獣面の鬼瓦は奈良時代~鎌倉時代後期。平安時代は意外と少ない。
   白鳳期の鬼(兵庫・来栖廃寺)、わが国最初の一角獣面鬼(四天王寺、鎌倉初期)
 *二本の角を持つ鬼瓦は室町期~現在。鬼瓦は室町時代が全盛期で最高のものが多い。
   兵庫・弥勒寺本堂:額に月/日を頂く鬼瓦(室町後期)、鬼門の鬼瓦(明応7年)
   岡山・弥勒本蓮寺:舌をのぞかせた鬼・鬼門(明応7年)、十字三鈷杵を頂いた鬼(室町後期)
   兵庫・鶴林寺:三面の鬼(室町) など。
 
 鴟尾についても興味深いことが語られている。4尺(1.2m)を超える大きな鴟尾を作るという経験話が興味深い。「最も重要なのは粘土の上手な錬り法と接着法なのです」(p132)と語る。
 勿論、その続きに鯱についても語られて行く。姫路城大天守閣大棟鯱の原寸復原を小林氏が手がけている。「やはり姫路城の初代の鯱が、上に上げたときいちばん立派ですね。下に下ろすと不細工だけれど、高いところに置いてつくづく見ると、勇壮で心打たれます」(p158)と語る。姫路城大天守の鯱は初代から六代まできちんとわかったと言う。
 復原について、小林氏は持論を語っている。「単に写真や図面からアウトラインを再現するのは真の復原ではありません。発掘品や在来の現品を横において、正確に時代様式をならうのです。ですから、私たちの保存している各個体は、十年、三十年、五十年にわたり、時によると親の代が当時復原した品もあり、近年できたいわゆる『コレクション』ではないのです。」(p138-139)と。

 第二章の最後に、小林氏が手がけたロンドン平和仏舎利大塔の屋根工事の話と、モンゴル・アマルバヤス寺院の修復工事を指導したときの経験が語られている。この経験談もおもしろい。

 伝統的な瓦について知るには、読みやすさの点を含めて、一読の価値がある。
 本書は1999年2月に出版された。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
小林平一氏死去/鬼瓦師 2002/09/20 :「SHIKOKU NEWS 四国新聞社」 
小林伝統製瓦
鯱瓦~棟込瓦の端部に取り付ける守り神~ Photo Gallery :「鹿島」
町のしごと 小林伝統製瓦  :「三川屋」
姫路城の鯱瓦  :「姫路城が見える風景写真」
London's peace pagoda LONDON :「BBC」
THE PEACE PAGOTA: AN INSIDE LOOK INTO THE BATTERSEA LANDMARK
小林平一コレクションについて :「姫路科学館」
トリバネチョウ  :ウィキペディア
アレクサンドラトリバネアゲハ :ウィキペディア
ゴライアストリバネアゲハ :ウィキペディア
コウノトリ  :ウィキペディア
兵庫県コウノトリの郷公園  ホームページ

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