遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『色仏(いろぼとけ)』   花房観音   文藝春秋

2018-01-18 13:04:30 | レビュー
 著者の本は、以前に2冊読んでいる。著者は官能小説というジャンルで創作を手掛けている。本書もそのタイトルと表紙の絵に、まさに艶書ムードを漂わせている。
 官能小説ジャンルの本としては、各章が読み切り短編の体裁をもち、それぞれにエロティックな描写を抑制され気味ながら連ねらていて、その描写が主人公の思考にリンクしている。単にエロい読み物ではない。そして六編が一つのストーリーとして大きく場面を変えながら、底流でつながっていく。私は小説の構想が二重構造になっていると感じた。最初からそういう長編小説としての連載設定なのか、同一主人公の短編作品が構想が発展していき連接し、長編小説になっていったのか、どちらだろうかとも思う。読者が個別の章だけでも、十分楽しめる様にして、人間の持つ色欲という業に焦点をあてている。そこに捕らわれる人間模様を巧みにえぐり出しているなという印象を持った。奥書を見ると、2014年~2016年に「オール讀物」に掲載されたものを集成して2017年5月に単行本として出版された小説である。

 主な登場人物は、本書に収録の各編で一貫している。目次が章立てになっているので、長編小説とみるべきなのかもしれない。まず主な登場人物に触れる。
 烏  北近江の月無寺の門前への捨て子で、住職に育てられた男。生業は木彫師。
    いずれ月無寺を継ぐ前提で、京の大業寺に入り俊覚の許で修行する。
    俊覚の死後、寺を出て、仏師となることを望む。烏が彫りたいのは観音像である。
    月無寺の十一面観音像に憧れて、このような観音像を彫ることを願望する。
    仏師にはなれず、現実は女の裸体像の人形を求めに応じて制作する生業である。
 真砂 京で茶屋を営む傍ら、長屋の大家である。烏を長屋の住人に強引にしてしまう。    真砂は烏の彫刻の腕に惚れ込んでいて食事の世話もする。勿論家賃は徴収する。
    真砂の背中に沙那丸という刺青師が十一面観音像を彫っている。烏はそれを見る。
    俊覚と交接する場で、その背中を見つめる羽目になる。それは月無寺の観音像。
    真砂は見られながらの色事好き、根っからの好き者。

 猿吉 烏の人形彫刻の腕に目を付け、エロティックな姿態の裸体人形の斡旋人となる。
    世には公開できない人形需要を引き出してきて、烏に彫らせるという立場。
    この小説では、烏に客を呼び込んでくる黒子的存在。勿論猿吉がもうかる仕組み。

 この小説は、この3人を中軸にしながら、様々な客が読み切り「章」の主人公として登場するという設定になっている。
 烏は、猿吉が連れてくる客(女)については、何も聞かされていない。女の背後には立場は分からないが誰か男がおおむね居るのだろう。その要望に応じた艶な人形、淫らな女体人形を木像として生み出すのが烏の仕事。そのために、制作依頼を受けた当の女の裸体をまさに隅々まで観察し絵として紙に姿態を写しとる作業から始める。艶な人形づくりのために、女の股座の襞までも克明に写しとるということになる。出来上がった人形は実にできが良いと評判が密かな口コミで広がっているという次第。
 烏は、生活していく為に世間の表には出せない人形彫刻作品を作っている。しかし、常に子供の頃から接し、磨いてきた十一面観音像のような観音像を彫り上げたいと願い、試みている男である。その観音像を彫りたいだけで、それ以外の仏像のジャンルには一切関心がない。だから仏師の許での修行はできなかった。己の観音像を制作するために、仕事として女の裸体を見、その陰部までも克明に観察する仕事をしているのに、女を知らないという設定になっている。烏は実際の生身の女を知れば、観音像を彫ることが出来なくなるのではという恐怖感すら持っている。その禁欲さと行動を真砂は見つめている。一方で、真砂はしきりに烏をいびることも躊躇なくする女である。この辺りがこのストーリーのおもしろいところである。
 交接する男女の隠微さや艶、官能美とは別の次元でのストーリー展開になっている。そういう意味で、女体観察の比重が高まり、客観視の視点になるためか全体的に描写に抑制感があると感じるのかもしれない。

 本書には6編が収められている。第一章から第六章まで、そのタイトルを並べると、「姫仏」「母仏」「恋仏」「鬼仏」「女仏」「生仏」である。
 すべてのタイトルに、「仏」が付いている。つまり、烏が艶な人形像を制作するのは、観音像を彫り上げるための習作作業、修行過程にあるという意味合いだろうか。あるいは「色」の世界に耽溺する現世の柵と業を突き抜けた先に見えるものとして、観音像を具現化したいがための道程であり、「仏」に繋がる一階梯ということであろうが。観音は現背利益と衆生の苦悩に応じて33の姿に身を変えるといわれる。変化観音である故に、人形制作のために烏の前に現れた女体もまた、悉皆仏性に繋がり、観音の変身という意味合いを背景にしているのであろうか。タイトルの上の一文字が「業」の局面とリンクしていく。
 本文の冒頭に次の夢告が載せてある。
 「行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽」
そう。親鸞聖人が救世観音から告げられたという「女犯の夢告」である。

 単なる艶書ではなく、一種人間の性と業の本質を見極めていこうとする著者の習作書なのかもしれない。
 私は読み始めたとき、章立てではあるが短編作品感じたので、章毎に要約短文を綴り、この小説への誘いにしたい。

姫仏  徳川の次の将軍へ輿入れの噂のある姫が対象者。烏は誰か知らずに制作する。
    その人形が三条大橋に曝されるという椿事が起こる。そこには裏があった。

母仏  烏が子供の頃、かばってくれた茜。嫁ぐまで「あんたのお母ちゃんになったる」  
    そう言った茜が烏の前に、裸体を曝す対象者として現れる。茜自身が発注者だった。
    茜が人形制作を依頼した心理が微妙。女の心理、業の一局面を描く。

恋仏  真砂に内緒で、猿吉が女を連れてくる。名を梨久という。真砂の恋仇である。
    梨久からその肌に彫られた桜を見せつけられる。それが真砂の観音像の刺青師。
    刺青師の力量に烏は圧倒される。肌の桜の色が変化する。

鬼仏  烏は、月無寺の住職の死を知る。弔うために北近江の月無寺を尋ねる。
    篠吉が住職になっていた。篠吉の過去が語られ、その業の深さが描かれる。
    真砂がその帰郷旅に同行する。そして篠吉の本性を見抜いてしまう。

女仏  黒船来航を背景とした情勢の中での発注があった。烏に観音様を彫れという。
    そこに一つの条件を付ける。烏が美しいと思う女の裸で作ることという。

生仏  「俺が観音様を作りたいと願うのは、女という生き物を形にしたいからだ」
    烏が沙那丸にこう語る。烏は沙那丸と真砂の般若と十一面観音を見ることに。

 冒頭の夢告について、好き者の真砂の現世的解釈も会話の中に組み込まれている。
 この小説のモチーフは、烏を介して性を見つめた本質にある女の業、男の業なのかもしれない。
 人間、己の業をどのような形でアウフヘーベン(止揚)できるのかということなのだろう。冒頭の「女犯の夢告」はその象徴なのかとも受け取れる。

 ご一読ありがとうございます。

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この作品を読んで、関心の波紋を広げてネット検索したいくつかを一覧にしておきたい。
(この作品との関係は少ないが・・・・・ 言葉の連想、連鎖として・・・・)

親鸞聖人の三度の夢告   :「聞思莫遅慮」
「女犯(にょぼん)の夢告(むこく)」 :「親鸞」
観音菩薩 :ウィキペディア
びわ湖・長浜 観音の里  ホームページ
奧びわ湖 観音巡り  :「己高庵」


nude(ヌード)とnaked(ネイキッド)の違い :「ネイティヴと英語について話したこと」
ヌード NUDE ―英国テート・コレクションより :「横浜美術館」
「ヌード NUDE」展で“最もエロティック”な大理石像「接吻」日本初公開!「接吻」をテーマにしたオリジナル漫画も公開予定  :「ダ・ヴィンチニュース」
Tropical Tuesday! Alessandra Ambrosio shows off her stunning beach body in nude suit on last day of vacation with friends in Brazil   :「MailOnline」
Nude(art) From Wikipedia, the free encyclopedia
Vagina and vulva in art   From Wikipedia, the free encyclopedia
L'Origine du monde  From Wikipedia, the free encyclopedia
Nude photography    From Wikipedia, the free encyclopedia
Nude photography(art)  From Wikipedia, the free encyclopedia


花房観音 著者のホームページ
こんな特設サイトも。
花房観音『女の庭』特設サイト|Webマガジン幻冬舎


著者の作品についての印象記、こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『花祀り』 無双舎
『おんなの日本史修学旅行』 KKベストセラーズ