遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『初めての源氏物語  宇治へようこそ』 家塚智子  宇治市文化財愛護協会

2018-01-07 14:36:17 | レビュー
 本書は「宇治市文化財愛護協会設立40周年記念」として出版された。表紙のタイトルの右に記されている。昨年12月にネット検索していて、たまたまあるブログ記事で本書を知った。現在宇治に在住しているが、この本が出版されていることを知らなかった。平成27年(2015)3月の出版である。
 宇治市には京阪電車「宇治」駅から徒歩10分程度のところに「宇治市源氏物語ミュージアム」がある。このミュージアムは宇治に絡む部分を主体にしながら『源氏物語』とその時代を展示品と映像でビジュアルに展示し、『源氏物語』の世界に誘うという趣向である。『源氏物語』の第三部にあたる通称宇治十帖が宇治との縁が深い。ここはいわば見聞・体験的な源氏物語入門館である。
 本書の著者はこの宇治市源氏物語ミュージアムの学芸員で、現時点でも『源氏物語』の「入門講座」講師を担当されている。「はじめに」を読むと、平成22年(2010)に当館の学芸員になり、「ここ数年、入門講座と連続講座を担当している」と記してあるので、現時点では5年余入門講座の講師を担当し、連続講座を企画されてきたのだろう。源氏物語入門講座聴講者の直の反応や対話を通じてえた受講者の「初めての」源氏物語コンタクト感触が本文に生かされているように思う。本文は100ページほどのボリュームでもあり、ちょっと源氏物語を覗いてみようという初めての方には読みやすい文であり、構成もおもしろい。

 副題が「宇治へようこそ」となっている。このミュージアムの所蔵品や展示などの情報も写真と本文に挿入されていて、まさに「ようこそ」の一端を担っている。当館所蔵の『源氏絵鑑帖』の絵並びに、当館玄関口・宇治橋と宇治川・宇治十帖古蹟などの写真が各所で紹介されている。
 光源氏の栄耀栄華の象徴として、六條院での場面描写が物語の各所に出てくる。ミュージアムの最初の展示ホールの一角には六條院の邸宅が縮尺模型として制作されている。この写真も20ページに載せてある。物語での六條院は一町ずつが春夏秋冬に分けられてそれぞれの邸が設計されている。私は六条院が四季に分けられているのは知っていたが、それが五行説と関係しているというのをこのページの説明で知った。「春-東、夏-南、秋-西、冬-北」と対応するそうだ。勿論、平安京の都は条坊制で区画が設定されていたから、四季と方角には45殿ずれが生ずる形で、六条院の4つのエリアが配置されている。南東側の春から時計回りに秋、冬、夏という形だ。

 本文は、第Ⅰ部で光源氏の人生のポイントを押さえてアウトラインを記す。誕生から晩年までのイメージが簡略に頭に入る。

 その後、第Ⅱ部、第Ⅲ部は、この六条院の春夏秋冬という邸構成と本文の記述をリンクさせている。物語の四季という視点から、源氏物語の各帖に分散されて記されている内容がわかりやすく集約されている。光源氏とそれぞれの邸に住んだ人々との関係がわかりやすい。本書は源氏物語への入門書であるが、初心者の疑問に答える豆知識もところどころに散りばめられていて、おもしろい。
 たとえば、『源氏物語』には「賀茂祭」が出てくる。『源氏物語必携事典』(角川書店)や『源氏物語図典』(小学館)で「賀茂祭」の項を引くと、源氏物語に登場する同時代の祭の内容が具体的に詳述されている。現在の京の三大祭として最初に「葵祭」がくる。今は「賀茂祭」という言葉をあまり聞くことはない。なぜ? 賀茂社(上賀茂神社と下鴨神社)の祭礼の一環である華麗な行列は、応仁・文明の乱により応仁2年(1468)以降は完全に途絶えたという。神事は復興されても行列は甦らなかった。「再び脚光を浴びるのは、江戸時代に入ってからである。元禄7年(1649)、葵を家紋とする徳川幕府の肝煎りで朝廷の祭りとして復興し、江戸時代を通じて途切れることなく行われた。『賀茂祭』が『葵祭』の名で定着するのも、このころからであある」(p20)ナルホド!だ。両神社はどう対処しているのか。ホームページを見ると、「賀茂祭(葵祭)」と記されている。
 『源氏物語』の巻毎にその梗概を「初めての」人向けに説明していくのでなく、四季の視点で切り取ってわかりやすい全体像として源氏物語へと導入していく切り口がおもしろいと思う。

 第Ⅳ部は「よむ、みる、あそぶ」と題している。『源氏物語』がどのように人々に受け入れられていったのかという観点での導入説明である。『源氏物語』がその後の人々の素養・教養の一環として根付いていった経緯のポイントが語られている。読むから詠むへ。読む助けとしての絵、挿絵から、絵巻、さらには源氏物語を踏まえた上での独立した絵画、屏風絵等への展開。また、「見立て」と「やつし」の世界という置換表現への展開が語られている。
 たとえば、『聖書』の内容を知らないと中世西洋絵画の表現内容が十全に理解鑑賞できないのと同様な位置づけに『源氏物語』があると理解した。『源氏物語』は後の様々な作品を「よむ、みる、あそぶ」上で、その背景に潜んでいくのである。『源氏物語』そのものと併せて、『源氏物語』が利用されてきた経緯の基本が説明されている。つまり、日本の中世以降の文化を知るためにも、『源氏物語』を知ることが必要なことへの誘いになっている。

 最後の第Ⅴ部は「宇治で学ぶ『源氏』」である。宇治市文化財愛護という協会視点ではこここそが眼目なのかもしれない。著者は、「宇治十帖」に焦点をあてながら、その枠内だけにとどまらず、その関連への広がりという視点を取り込んでいる。冒頭を『更級日記』から始め、藤原定家を引き出し、合戦地としての宇治橋を語り、能に登場する題材が、『源氏物語』と宇治にリンクしていく。宇治橋に関わる橋姫像のイメージの変化に触れ、『源氏物語』に関連する橋姫が「嫉妬深い女性」ではなく、元の「待つ女」のイメージであることに著者は言及する。「宇治市源氏物語ミュージアム」という視点では、当然のことだろうが、ここで「宇治十帖」が3ページに要約されている。

 最後にこの第Ⅴ部からいくつか引用しておこう。具体的説明は本書をご覧いただきたい。
*定家にとっての宇治は、何よりもそこは「宇治十帖」の宇治であった。  p81
*宇治川をはさむ右岸と左岸、此岸と彼岸、現世と来世はここで結ばれた。 p86
*宇治川の橋姫は、宇治十帖の隠されたテーマだったともいえよう。    p87
*人びとの暮らしに寄りそってきた「古蹟」に、先人たちの深い教養と鋭いセンスを読み取ってもよいと思う。  p100

 本書に掲載された写真、図がカラーであればなお一層インパクトを高め、初心者にとりよかったのに・・・・という思いが残る。制作費用の絡みがあるからだろうが、ちょっと残念。

 ご一読ありがとうございます。

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本書に関連して、関心の波及から検索したものを一覧にしておきたい。
賀茂祭(葵祭)  :「上賀茂神社」
賀茂祭(葵祭)  :「下鴨神社」
葵祭  :「京都市観光協会」
葵祭 :「京都新聞」
宇治市源氏物語ミュージアム ホームページ
  宇治十帖関連スポット
風俗博物館 ~よみがえる源氏物語の世界~  ホームページ
源氏物語  :ウィキペディア
「源氏物語」って結局どんなお話なの? 人文学部教授・山本淳子先生に教えてもらった
   :「京都学園大学」
源氏物語の世界 ホームページ(sainet) 渋谷栄一氏
宇治十帖  :「コトバンク」
源氏物語宇治十帖01~03  :「oh-cam.com」
  この続きのページにリンクしていきます。
宇治十帖散策コース  :「京都府観光ガイド」
源氏ろまん2017-宇治十帖スタンプラリー  :「宇治市」
源氏物語の舞台・六条院を再現してみよう!  : 「3D京都」
源氏物語の住文化とその受容史に関する研究  森田・赤澤・伊永共著論文 pdfファイル
        住宅総合研究財団研究論文No.37 2010年版 
宸殿造から書院造へ  文化史  :「フィールド・ミュージアム京都」
3分間で読める源氏物語 

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