遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『東京ブラックアウト』  若杉 冽  講談社

2016-01-06 10:02:30 | レビュー
 タイトルにある「ブラックアウト」(blackout)を手許の『リーダーズ英和辞典』(研究社)で引くと、「1.(完全)消灯、灯火官制、停電、[劇]舞台暗転、暗転で終わる小喜劇。2.黒くらみ、暗黒視症(急降下などの際に操縦士が陥る一時的視覚[意識]喪失、(一般に)一時的視覚[意識、記憶]喪失。3.抹殺、削除、(戦時などの)ニュースの公表禁止、報道管制、(ストライキ・検閲などによる)放送中止、(スポーツ行事などの入場者確保のための)テレビ中継停止、<法律などの>(一時的)機能停止、ブラックアウト(宇宙船が大気圏に突入するとき、地上との通信が一時的にとだえること)」と説明されている。

 つまり、この小説の結論がタイトルに明示されているのだ。東京が完全消灯の状態、停電に遭遇するという事態の想定、近未来小説と言える。なぜ、そうなるのか? その直接原因はフクシマとは別の原因により引き起こされた第二のフクシマの再来による。新崎原発でメルトダウンが発生し、東京が大停電になる。華やかな東京という舞台が、暗転して終わる蒼然とさせる結末の到来である。そのプロセスの悲喜劇が描き出される。この近未来小説は決して「想定外」ではない。そこで何が起こるか、フクシマで既に発生している局面を踏まえてかなり緻密に事実情報やデータを外挿して描き出されたシナリオである。リアル感に溢れている。
 この小説、第二次世界大戦前の日本のセンスで推測すると、戦前なら出版直後にブラックアウト(出版中止、抹殺)されていたと「想定」できる類いのもの。政府官僚・政界・電気業界の内部状況告発本といえる。現象・状況認識などの外形的美辞麗句に騙されるなという警鐘本とも言えるのだから。
 法律の制定目的に対して、条文の規定の運用解釈という観点からシュミレーションすると、真の法律のねらいがブラックアウト(機能停止)することがかなり「想定」される可能性も描き込まれている。それは法律が経済界を背景にして、省庁間の綱引きによるいわゆる”霞が関文法”で条文化され規定されたものだからである。制定された法律は、究極のところ抜け道が必ず組み込まれていて、運用面で無責任体制の状態にあるものという側面を、原子力絡みの法律に関連してアイロニカルに緻密にそのプロセスが書き込まれていることから窺える。
 著者は現役キャリア官僚だという。霞が関の内部から現場省庁を眺めていないと見えないと思える局面をこの小説に書き込んでいると思われる部分がいろいろありそうだ。ある種の内部告発的側面を、フィクションという形で問題提起しているようにも思える作品である。トップクラスの官僚や政治家の多くは、決して国民のことを主眼に考えて奉仕する「公僕」ではない。己の利欲と栄達の観点から、建前として国民を口にしているにすぎない。そこにあるのは、自己保身である。我欲が組織を動かしている。そんな醒めた辛辣な視点で、官僚・政治家群を描き出しているように感じる。
 勿論、これは官僚・政治家だけでなく、産業界のトップ群像にも通底することは、昨今の報道の事実をみれば、同じ穴の狢ということになるのだが。

 「想定外」というコトバが濫発されたフクシマ問題の発生とその後の経緯、現状を顧みるにあたっても、またフクシマの再来がこの近未来小説のように起こらないためにも、この小説は一読の価値がある。

 中表紙の後に、著者はリヒャルト・フォン・ワイツゼッカーの一文「過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目となる」を引用する。
 この引用文がこの小説の構成ではうまく生かされている。
 つまり、1988年9月2日の北海道新聞・朝刊五面の記事を最も古いものとして、2011年と2014年に毎日・日本経済・朝日・読売・スポーツ報知・西日本・福島民報の各新聞報道記事やAFPBB NEWS、週刊現代の記事および原子力規制委員会委員退任記者会見(抜粋)を適宜各章の冒頭に引用提示して、近未来のストーリーが展開するという形になっている。つまり、各報道記事の事実が詠み込まれ、分析され、その連想が近未来に外挿されていくことで、大参事が起こりうるシミュレーションがなされているのだ。
 著者は荒唐無稽な絵空事を想定しているのではない。かなりの確度で起こりうる状況をフクシマで生じた事実と重ね併せた上で、想像を展開している。ペシミスティックなシナリオであるが、相当にリアル感のあるストーリーである。

 本書は、東京ブラックアウトの起こえる原因をフクシマとは別の要因を想定していることの意味、そして、フクシマの再来がなぜリアル感を抱かせるものとして想定できるのかを描き込んでいるそのプロセスの意味を考えるところに意義があると思う。結論は最初からタイトルに出ているのだから。著者は「過去に目を閉ざす」こと、既に起こったことはしかたないと安易に「水に流す」感覚に陥り、「温故知新」しないことの怖さをここに提示している。
 「現在に対しても盲目となる」事実の一端は、既に立証されているのではないか。なぜなら、フクシマの真実の復興が完了せず、フクシマ問題の分析解明が曖昧な状態で終焉したかに見える、見せているのが現実なのだから。一方、「対策」の信頼性が不明瞭な中で、原発再稼働がスタートしているのだから。私たちが「盲目」になっていないか、という点に警鐘を鳴らす書ともいえる。

 本書の章立てをご紹介しておこう。
 プロローグ  
 第1章 避難計画の罠  
 第2章 洗脳作業  
 第3章 電力迎賓館
 第4章 発送電分離の罠  
 第5章 天皇と首相夫人と原発と
 第6章 再稼働に隠された裏取引
 第7章 メルトダウン再び
 第8章 50人の決死隊
 第9章 黒い雪
 第10章 政治家と官僚のエクソダス
 第11章 無法平野
 第12章 裏切りの国政選挙
 終 章 東京ブラックアウト

 第1章~第6章では、フクシマの後の現在~近未来時点における原発再稼働へのプロセスが描かれる。そこにあるのは、関連省庁の動きと霞が関文法による法律の取扱いであり、中央官庁と地方自治との関係である。
 プロローグは、第7章にリンクしていく。第7章~終章は新崎原発がメルトダウンして、放射性物質が放出された結果、放射性プルームが東京に蔓延するプロセスと大停電の発生までがシュミレーションされていく。その中で、トップ官僚、政治家がどう対処するのか。この近未来小説でも、やはり的確適切な情報を知らされず「黒い雪」の犠牲になるのは一般国民ということになる。そして政治家と官僚は、もっともらしい建前でまず「エクソダス」(脱出)を合理化正当化する。そして、・・・・。実にリアルである。

 プロローグで、経済産業省資源エネルギー疔次長日村直史が危機再来の直前にとる私的行為にも関わらず、「日村は経済産業事務次官を経て、近畿電力の代表取締役副社長に天下っていた」という将来が描かれる。
 この小説の結末は、次のとおりである。
 「二度の原発事故を起こしても原発推進は止まらない。それが『電力モンスター・システム』の復元力だった。」

 近松門左衛門は演劇について虚実皮膜の論を語ったという。小説はフィクションだが、大抵の小説の創造には、なにがしかモデルになる人物がいる。社会経済小説の分野もそうである。この近未来が現実的であるほど、その背景にはモデルとなる人物や組織の実が取り入れられ、それがデフォルメされて虚に変容され、虚と実のあわいでフィクション化される。つまり、虚から実に戻り、モデルとなる対象の人や組織に還元していき、検分する「実」と思える部分に立ち戻って、「現実」を再考するというのも、実態を見きわめていく基いなると思う。この小説を読んだ後、モデルを現実に引き戻しつつ原発問題を考えるのも必要な気がしている。
 「過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目となる」 厳しい箴言だ。


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本書に関連して、気になる事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
原発事故直後、政府が作成した「公表されなかった最悪のシナリオ」
  :「みんな楽しくHappyがいい」
福島第一原子力発電所の付則事態シナリオの素描  
   平成23年3月25日 近藤駿介氏
福島原発事故の“核心”を見つめ直す・5/首都圏5000万人退避の切迫  高野孟氏
福島原発事故は今も謎だらけ!“東日本壊滅“が避けられたのもただの偶然だった...
  田部祥太氏  :「livedoor'NEWS」
原発事故避難シミュレーションに問題あり  上岡直見氏に聞く:「東洋経済ONLINE」
原発避難計画の検証と、原発に依存しない地域への道  上岡直見氏:「Greenpeace」
避難指示区域の状況  :「ふくしま復興ステーション」
原子力発電所はテロが起きても大丈夫ですか?  :「NAVERまとめ」
「生ぬるい」 日本の“原発テロ”対応に元自衛隊トップが警鐘 :「日刊ゲンダイ」
発送電分離と電力自由化の関係とは?  :「エネチェンジ」
発送電分離4類型のメリット・デメリット(総括表)  :「経済産業省」
発送電分離に関する最近の研究のレビュー 後藤美香・服部徹氏 
改正電気事業法が成立、2020年に発送電分離へ 2015.7.1:「インプレスSmart Grid」
炉心溶融  :ウィキペディア
メルトダウン :「コトバンク」
メルトダウン 動画で見る炉心溶融 事故前熟知、事故後隠蔽テロ  :YouTube
佐藤暁:無責任なメルトダウン隠蔽   :YouTube
福島メルトダウンの背後にある衝撃的事実  :「マスコミに載らない海外記事」
放射性プルーム 
放射性雲  :「Weblio辞書」
放射能プルームのルートとタイミング。セシウム汚染マップ :「モノの見方」

電気事業連合会  ホームページ 
電気事業連合会  :ウィキペディア


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著者の作品で以下の読後印象記を書いています。
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『原発ホワイトアウト』 講談社