遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『孤狼 刑事・鳴沢了』  堂場瞬一  中公文庫

2016-01-03 23:17:43 | レビュー
 ともに身長が約170cmほどで、若い頃に肉体を鍛え上げよく似ている二人の男が冒頭に出てくる。大きな違いは、一人は死んでいた。もう一人はその死体現場を確認した上で、「この男は、死ぬべくして死んだのだ。・・・・俺は、必要な法的手続きを大幅に省略したにすぎない」と認識していて、その場を去る。去った男は、一点見逃したことがあった。それは死んだ男が右手に隠し持っていた小さく折り曲げた紙片。そこには「鳴沢了」と書き付けられていたのだ。
 鳴沢は、常習窃盗犯の新藤、通称「ノビの新さん」を青山署で取り調べ中に二田刑事課長に呼び出される。三軒茶屋にある世田谷東署に出向き、そこで沢登理事官に会えと指示される。それが契機となり、鳴沢は特異な特命事案の捜査を担当することになる。

 沢登が命じたのは、揉み消しの可能性のある事件を追えという捜査だ。死んだのは刑事・堀本勝彦、そして行方不明の刑事・戸田均。この事件の揉み消しに加担した人間が警視庁内にいるという。信頼できる少数の人間が、絶対に他言無用で捜査にあたる必要がある。任務は行方不明の刑事を探し出し沢登理事官に直接報告することなのだと。

 鳴沢は、本当は殺された遺体を自殺として処理したのではないかと、問い掛ける。沢登はその可能性を否定はしない。警察の自浄作用が最近は当てにならなくなってきているとだけ言う。そして、二人の刑事と利害関係のない刑事を選んだのだと。
 この特命の極秘捜査で、鳴沢は練馬北署の刑事・今敬一郎と相棒を組むことになる。身長は180cmある鳴沢とほぼ同じだが、縦横がほぼ同じサイズという体型で、頭は綺麗に剃り上げた坊主頭なのだ。体重115kg。実家は寺であり、いずれ既定路線として僧侶になるのだと公言する。この小説で楽しいのは相棒となる今のひょうひょうとしたキャラクターである。剛直球型思考の鳴沢に対し、ある局面でどこか達観した感じで、蝶々のようにひらひらとし、美味しいものに目がないという今。それでいて、今流に急所となるところは押さえている。この二人の関係が実にたのしい。

 翌日から、世田谷東署の会議室が鳴沢・今の拠点となる。そこに出向くと、沢登理事官から二人のために全部コピーの資料が準備されていて、亡くなった堀本の葬儀の情報も記されていた。
 二人は、まず資料ファイルの読み込み、意見交換から始めて行く。それは常套手段だろう。だが、コピー資料には、紙片の件については触れていないのだ。
そのあと、鳴沢と今は葬儀の場にそれとなく臨む。葬儀が終わったあと、彼ら二人を尾行する者がいることに鳴沢が気づく。具体的な捜査は、遺体の発見者であり、腰が抜けて入院しているアパートの管理人・石沢を病院に尋ねて、聞き込み調査から始め、行方不明の戸田の妻・玲子に対する聞き込みもする。だが成果は得られない。
 その二人に、やはりまたも尾行者が現れる。

 堀本のアパートの部屋を鳴沢と今は訪れ、二人は手分けして現場を調査する。その結果、天井裏から覚醒剤と思えるものが見つかる。この捜査のルール通り、鳴沢は沢登理事官に報告をする。沢登が現場にやって来る。彼は覚醒剤のことを薄々知っていたらしい。そして、警察組織の中に規律が緩んでいる部分があることを匂わせる。真相がわかれば、腐った部分は断ち切れると。沢登の説明に対し、二人は納得できないものを感じる。そして、覚醒剤が出て来たこと自体にも疑問を呈し始める。

 鳴沢と今が捜査の定石を踏んで調べ始めると、疑問な点が次々と断片的に出てくるのだった。堀本と覚醒剤がトリガーとなり、捜査が進展しいく。尾行していた連中が鳴沢と今の前に姿を表す。そして鳴沢に沢登理事官の指示を受けて動くことはろくなことにならないとわざわざ忠告する。
 そんな矢先に、鳴沢の携帯電話に、行方不明の戸田に関連して、戸田の相棒だった刑事のことについて、タレコミの電話が掛かってくる。それが鳴沢と今を新潟県に向かわせることにもなる。

 この小説の展開のおもしろいところは、堀本刑事が殺された被害者であることには間違いないが、真の被害者は誰なのかということ。それが曖昧模糊とした中で捜査が始まる。極秘捜査を前提にした沢登理事官の狙いがどこにあるのか不明瞭な状態に置かれた状況で、鳴沢と今が捜査を推し進めなければならないという点にある。一言でいうなら、きな臭さがつきまとうという興味深さに引き込まれて行く。
 もう一つは、警察組織内の人間関係がテーマとなっている点が興味深い。公式組織としての指示命令系統の中で、一理事官の裁量で極秘捜査をさせることがそもそもできることなのか? この小説では、外形上は沢登理事官の命令で鳴沢と今が動かされる訳なのだ。公式に命じられれば刑事は動かなければならない。一方、非公式組織の存在が問題を投げかけていく。タレコミを元に、鳴沢と今が戸田刑事の元同僚だった植竹を新潟に訪ねたところ、「十日会」という言葉が出たのだ。謎の組織が浮かび上がる。

 一方で、鳴沢の捜査活動は、鳴沢が交際し始めている優美・勇樹親子にも影響が及び始める。勇樹に不審な男が声を掛けてきたというのだ。警察を辞めた後、探偵をやっているという小野寺冴に協力を依頼することで、冴を巻き込む事にもなる。
 小野寺冴と今がかつて職務上の関わりがあったというおもしろいエピソードも登場する。

 戸田について調べ始めることで、新たな情報が得られてくる。戸田の義父・篠崎の口から「シキカイ」という言葉も出る。
警視庁内では不正からは縁遠いと鳴沢が信頼する防犯の横山に連絡を取っていた結果が鳴沢にもたらされることで、鳴沢自身が己の立ち位置の理解を深めて行くことになる。
 そして、遂に行方不明だった戸田の居場所を突き止める。

 そこには、仕組まれた思わぬ展開が待ちうけていた。
 この小説、二重三重に仕掛けを埋め込んでいるところが、実に巧妙である。
 そして、警察組織というその組織内の自己完結型事件にしたてているストーリー構成も刑事ものとしては、ユニークだと感じている。

ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『熱欲 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』   中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫