遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『日本の原発、どこで間違えたのか』 内橋克人 朝日新聞出版

2012-04-17 13:40:52 | レビュー
 2011年4月に出版された本だが、実は復刻版である。30年ほど前、まさに原発一辺倒時代への初期に、『週刊現代』に連載のものが、最後に『原発への警鐘』(1986年)という文庫本になった。その一部が復刻されたのだ。この30年ほどの間に、放射能や放射線の単位も切り替わっている。(本書は旧単位のまま)
 著者は本書の序の最初にこんな文を記す。
「福島第一原子力発電所に発生した原発事故は、過去、私たちの国と社会が特定の意図をもつ『政治意思』によって常に”焼結”されてきた歴史を示す象徴である。人びとの魂に根づく平衡感覚、鋭敏な危険察知能力、生あるものに必須の畏怖心、それらすべてを焼き固め、鋳型のなかにねじ伏せて突進しようとした剥き出しの権力の姿に違いない」と。
 
 一部復刻版というが当初のどれだけの内容・ボリュームから抽出して復刻されたのかは知らない。序文は現時点の状況にリンクするように新たに書かれたようだ。
 本書は5つの章で構成されている。各章毎に概括的な読後印象を書いてみる。
第1章 福島第一原発の風景
 6基の原子炉が過去最大出力合計という記録を達成した9ヵ月後に、著者が現地でインタビューしたルポルタージュ。30年前に既にこういう発言を記録している。「ホントに原発が安全なら、東京のまん中だってできるだろうに・・・・。こんな遠いところからさ、電気送って、途中で3割もロスになるちゅうような、そんな不経済なやり方、するはずねえだろうに・・・・」。著者は、この時点で、推進派、反対派、専門家の意見を聞き、記録している。たとえば東電の社員寮が高台にあることに疑問を呈する、つまり住居地の高低が住民の放射線被曝量を左右すると素朴に考える地元の人の意見に対し、東電、専門家の意見も聴取し、「風向頻度」という観点を引き出している。一方、少数派の疑問に行政が答えていない事実を記している。この体質、今も全く同じではないか。
 そして、30年前、日米が同様に原発推進していた中で、全市民の避難訓練を実施するアメリカと、それをしない日本を対比している。その上で、その時点でアメリカが西独・イギリスと同様に、”原発・冬の時代”に足を踏みいれつつあると指摘しているのだ。

第2章 東京電力と原発
 副題が「福島第一原発はこうしてできた」である。
 昭和30年11月1日に東電に「原子力発電課」がスタートしたことから書き出している。日本の原子力発電、原子力産業がどのように成長してきたのか、その実態を具体的に知ることができる。ここには原発構想がまさに政治家主導で動き出したという事実を明瞭に活写されている。私を含めて大半の人がこういう事実について疎かったのではないだろうか。
 この章では、原子炉と循環系機器をつなぐパイプ「再循環系バイパス配管」の特殊な箇所に微細なひび割れが発生するという事実とそれへの技術対応のプロセスが記述されている。金属の破壊については、それまでに、「弾性破壊」「脆性破壊」「低サイクル破壊」の存在は周知であった。そこに、原発が稼働した以降、完璧な金属材料と溶接技術による配管であると思われていたところに、第4の破壊「粒界応力腐蝕割れ」という原因が発見されたのである。この発見と対策の事実関係をレポートしている。観点を変えると、原発の技術は未完成で未知の側面を含みながら、どんどん推進されてきたということだ。また、本書では追跡されていないが、当時の東電・原子力管理部長の発言記録に、「熱疲労割れ」という用語が別に使われていることも記録している。
 そういう負の側面の情報と実態が、一般国民には知らされないまま、専門家あるいは原子力村の範囲で抑え込まれ、一段落して初めて「実は・・・」という情報開示になっているのだ。技術的な問題は、ここに採りあげられた配管だけでなく、他の局面にも数多くあるのではないか。我々に知らされないままに・・・・。30年前のルポルタージュに記された事実、それと同じパターンが今まさにくり返されていることに、愕然となる。
 実証炉の域を出ない原発技術を実用段階、つまり実用炉の技術と思い込み安易に原発導入に踏み切り、政治主導かつ技術の後追いで対処したところを著者は抉り出している。ここから既に「間違えていた」のではないのか。

第3章 人工放射能の恐怖「放射線はスロー・デスを招く」
 この章では、マンクーゾ博士の警告について、博士の警告とそれが原子力推進派に抹殺されてきた経緯を明らかにしている。当博士の警告とは、「原子力発電は殺人産業」つまり、原発の生み出す人工の放射線がスロー・デスの原因になり、20年、30年後にその結果が出てくるというものだ。
 T65Dという推定値という仮定の上に、ICRP勧告が公表され、多くの専門家がこの勧告を前提にして発言しているという事実をレポートしている。このT65Dという推定値の仮定がマンクーゾ博士の被爆者追跡実証分析結果とは対立するというのだ。そして、30年前に、マンクーゾ説に対する京大原子炉実験所の今中哲二氏の発言も本書に記録されている。
 また、当時埼玉大学教授だった市川定夫氏の「ムラサキツユクサによる微量放射線の検出」もインタビュー記録として著者は押さえている。市川教授は語る。「アメリカではとっくの昔、沃素が濃縮されることはわかっていた。その後、調べていくにつれ、人工の放射性核種は濃縮するものがいっぱいあることも判明した。それにくらべ、天然のほうは濃縮するものは全然ない、やっとそういう事実がわかったんです」と。
 この章は、まさに現在ICRP勧告を大前提に論じている専門家が多数であることを踏まえると、必読なのではないだろうか。マンクーゾ説に賛成にしろ反対にしろ、まずこの事実を認識してから考えるべきだろう。30年前の過去事実の確認という問題ではなく、過去から現在、現在から将来へと、今われわれの現実問題に直ちにリンクしている局面のことなのだ。
 
第4章「安全」は無視され続けた 「公開ヒアリング」という名の儀式
 ここには、中国電力の島根原発が二号炉を増設するために行っていた「公開ヒアリング」のプロセスとそのナマ録(抄録)がまとめられている。実にナマナマしい。陳述人の質問には、ほとんど答えない答え方でまとめる。問題事項を蛸壺式に切り分けて、関連性を無視て回答する、などなど。これがヒアリングといえるのか!という進行状況だ。やはりそうか・・・・。
「原子力安全委員会は操り人形」という冒頭の見出しは、まさに的を射ているのではないか。3.11以降の実態を眺めていてもその通りなのだという気になる。その体質は不変のままで、昨年の実態があるのだろう。これは、3.11以降の様々な委員会にも当てはまる体質ではないか。
 印象深い章句を引用しよう。

*あなた方はこのヒアリングが終わったら、東京へ帰るんでしょ。9キロ離れとれば十分、というのでしたら、どうしてあなた方の東京に(原発を)つくらんとですか? p190
*タテマエに従って、公開ヒアリングはこれまで全国で合計13回開かれたと記録される(略)。
 だが、原子力発電所の立地に反対する反対派の参加は、一度として実現したことはなかった。・・・”大政翼賛会ヒアリング”と呼ばれるゆえんだ。  p192
*反対派や一般住民は科学技術に素人で、一方の安全委の学者や科学技術庁、通産省側は専門家である、との既成概念に立っている。
 だが、事実は逆であった。2~3年の短期間で、転々と所管ポストを移り変わり、出世階段を駆け上がっていくエリート官僚が専門家の名に値するだろうか? p197
*反対派陳述人たちの科学知識が、長期にわたる自主的な学習によって深められていることを、”専門家”たちは知らなさすぎたのである。  p198
*原子力発電所の進出によって「漁業」はどうなるのか? p210
 島根原発付近一帯の海岸線は、・・・・島根県東部一円をまかなう海の台所でもあった。
 それが原発の立地によって一変したのだ。海岸線近くに間断なく放出される大量の温排水によって、付近一帯の海は温度差からくる”うるみ現象”(海中の水が濁ってしまう)に襲われ、異変に取り込まれてしまったという。 p211-212
*中国電力は、(温排水の)放出口から1500mまでが、うるみ(現象)の限界といっていた。それが実際はどうですか!被害は御津に及び、2500m沖合いに離れた沖島にまで、うるみが出ている。  p214

 著者は書く。「原発によって得られるもの、失うもの、そして奪われるもの-すべてについてわれわれは包み隠すことのない情報を手にし、吟味し、国民的合意のあり方を考えるための材料とする権利を持っているはずである」。
 30年前のこの主張は、3.11以降、いまもって実現していないのではないか。たとえば、あのSPEEDのデータ一つとっても、生かされなかったという事実が歴然とある。

第5章 なぜ原発を作り続けるのか  電力会社の「利益」と「体質」
 冒頭に原発の利権という観点で象徴的な講演会の内容が、その録音テープから掘り起こされている。当時の敦賀市の現役市長の講演内容である。現ナマをめぐる「損得論議」にスリ変わっていく講演内容なのだ。原発にまとわりつく大きな問題として、この記録箇所を読み、考えるべきではないか。大なり小なり、同じ穴の狢という思考パターンが蔓延してきたのではないか。
 この章でも著者は、日米の避難訓練に対する考え方、対処の違いを明記している。
 最後に、「安い原発」の発電コストという一般国民に信じ込まされた情報の虚偽性を30年前に解明しているのだ。著者は様々な人にインタビューし、そのからくりを整理してくれている。「原発のライフサイクルにとって、最重要の柱と考えられるコストをコストとして参入せず」(p236)に原発コスト神話が広められたというわけだ。
 最近では、原発コストについて、大島堅一教授がその実証的分析をされている。
 本書での実発電単価そのものよりも、その単価算出に用いられた考え方における「手品の種」を学ぶことが、現在時点で発電コストを考えるために必要なのだ。安い単価算出のカラクリをまず知ろう!
 著者は、最後に、総括原価方式に含まれるシステム上のからくりにも言及している。この総括原価方式は、現在もそのままである。この30年、何も変わっていないのだ。

 温故知新という言葉がある。30年前の本が復刻された。何も変わっていない体質、発想、思考法を、見つめ直すには有益な本だと思う。未来の世代に、負の遺産を残さないということが、サステナビリティ論議において叫ばれた。3.11以降、取り返しのつかない負の遺産を既に残してしまっている。私たちは無知でとどまることはできない。
 負の遺産を拡大してはならないと思う。30年前に関心が浅かったこと、知らなかった無知を恥じる。
 原発の事実をまず知るために役立つ本だと思う。


ご一読、ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

本書に関連して、ネット検索で得た情報ソースを一覧として記録しておこう。

破壊力学 :ウィキペディア
脆性破壊と延性破壊について :msn相談箱
応力腐蝕割れ・遅れ破壊 :「CAE技術者のための情報サイト」
「応力腐食割れ(SCC)に関する現在までの知見の総括」
  第45回原子力安全委員会資料第3号 平成18年7月6日
応力腐食割れ の画像検索結果

葬られた微量放射線の影響調査報告 :BLOGOSの記事 新恭氏 2011.4.28
放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説
:田崎晴明氏 学習院大学理学部
マンクーゾ報告が載ってるリンクってありますか?:YAHOO! JAPAN 知恵袋
「低線量被曝とその発ガンリスク」 今西哲二氏

Thomas F Mancuso :The Lancet
マンクーゾ博士は2004年7月4日、92歳で逝去。食道癌にて。

1965年暫定線量推定方式(T65D) :放射線影響研究所用語集
ICRP勧告(1990年)による個人の線量限度の考え (09-04-01-08) :ATOMICA
2007 年ICRP 勧告(Publ.103)
国際放射線防護委員会(ICRP)2007 年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れについて

ICRP勧告は、実は根拠がない!~NHK・追跡!真相ファイル「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」(2011年12月28日放送) :「てんしな?日々」
国・東電・全てのマスコミが口を揃える理由 - ICRPの欠陥 :「Moto Jazz」
福島原子力発電所事故 :ICRP ref:4847-5603-4313

国際放射線防護委員会 ICRP/欧州放射線リスク委員会 ECRR :哲野イサクの地方見聞録 このブログでは、2つの委員会について詳細な情報があり、分析がなされている。

科学技術の「発達」を考え直す必要性がある :市川定夫氏
市川定夫さんの講演録  1章・2章「放射性被曝は微量でも危険」・3章
放射能はいらない 市川定夫 :YouTube
 この動画を4本の動画でアップされているのもあります。
 その動画から要点文字起こしをしてくださっているブログが以下です。
 動画と市川氏略歴  文字起こし1  文字起こし2  文字起こし3 

自然放射線と人工放射線の違い :「原発無人列島」

原発と地域振興 :「Letter from Yochomachi」
原発と地域振興 

[図解・社会]東日本大震災・電源別の発電コスト(2011年12月13日)

コスト等検証委員会報告書 (平成23年12月19日):国家戦略室・政策
参考資料1 各電源の諸元一覧
参考資料2 発電コストの試算一覧
参考資料3 各省のポテンシャル調査の相違点の電源別整理
各電源の発電コスト比較図(2004年試算/2010年・2030年モデルプラント)

原子力発電の経済性について :原子力委員会・植田和弘氏
原子力発電の経済性に関する考察 :勝田忠広氏、鈴木利治氏
コスト等検証委員会報告書に対する情報提供資料
コスト等検証委員会報告書への意見 :石油連盟 2012.1

「有価証券報告書総覧に基づく発電単価の推計」 大島堅一氏

曲解だらけの電源コスト比較made byコスト等検証委員会 :澤 昭裕氏
その1   その2

原子力発電コストについての参考リンク :NAVERまとめ

電力料金決定の「総括原価方式」とは? : 南山武志氏
総括原価方式はでたらめ原価計算方法 :「社会科学者の時評」
電力利権を解体せよ!総括原価方式から見る原発問題 :「原発&放射能NEWS」

総括原価方式見直し、業界にも波及 東電、迫られる抜本改革
2011.10.4 07:39   :産経ニュース

核燃料サイクル :ウィキペディア
再処理工場   :ウィキペディア
放射性廃棄物  :ウィキペディア


人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


追記(2012.4.18)
再確認で市川氏の講演録へのアクセスができないのが1項目あるのに気づきました。
再検索で入手した情報と差し替え及び追加をしました。