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『呉子』圖國第一 序章

2020-02-06 12:50:25 | 兵書
圖國第一

序章
呉子は儒者の服装で兵法の極意を以て魏の文侯に見えた。文侯は、「自分は戦争の事は好まない。」と言ったので、呉子は答えた、「私は外に顕れた事柄によって内に隠れている真実を推測し、過ぎ去ったことに基づいて未来を予測することができます。主君の言葉と心とがどうして相違しているのでしょうか。今、主君は戦闘用の皮衣を造る為に、一年中獣の皮を剥がして衣を造り、それに朱や漆を塗り重ね、赤や青の色どりをし、犀や象を描いて立派にしておられます。しかし冬にこれを着ても温かくならないし、夏にこれを着ても涼しくなりません。又長さ二丈四尺長い戟、一丈二尺の短い戟を造り、戸をくぐれないほどの大きな車を造り、車輪とこしきを飾りのない皮で包んでおられます。これらは見た目にも美しくありませんが、さらに実際に狩などに使用しても重くて敏捷さに欠けます。私には分かりません。ご主君はこれらを何処に用いようとされているのでしょうか。もし進んでは戦い、退いては守るという戦闘に備えての事ならば、それらを上手に用いる良将を求めなければ、譬えば卵を温めている雌鶏が卵を守る為に野猫と闘い、子犬を育てている親犬が子犬を守る為に虎に立ち向かうようなもので、戦う気持ちがあってもそれに従えば必ず死ぬでしょう。昔、承桑氏の君主は文徳のみを修め武具を廃止してその国を亡ぼしてしまいました。反対に有扈氏は軍勢の多さだけを頼みとし武勇のみを好んだのでその国家を失ってしまいました。賢明な君主はこれらの失敗を教訓として内には文徳を修め外には武具を整えるのです。敵に遭遇して進んで戦わないのは義とは言えません。戦いで倒れ伏した味方の兵の屍を見て哀しむだけでは仁とは言えません。」この話に感じ入った文侯は自ら祖先の廟のまえに席をしつらえ、文侯の夫人が杯を奉げて供え、廟に呉起を将軍として起用することを報告した。そして呉起は西河の地を守り、諸侯と七十六回戦って六十四回完勝し、あとはすべて引き分けた。また四方に領土を広げ、遠く千里の地まで達した。これらは全て呉起の功績である。

呉起儒服以兵機見魏文侯。文侯曰、寡人不好軍旅之事。起曰、臣以見占隱、以往察來。主君何言與心違。今君四時使斬離皮革、掩以朱漆、畫以丹青、爍以犀象。冬日衣之則不溫、夏日衣之則不涼。為長戟二丈四尺、短戟一丈二尺、革車奄戶、縵輪籠轂。觀之於目則不麗、乘之以田則不輕。不識主君安用此也。若以備進戰退守、而不求能用者、譬猶伏雞之搏狸,乳犬之犯虎。雖有鬭心、隨之死矣。昔承桑氏之君、修德廢武、以滅其國。有扈氏之君、恃衆好勇、以喪其社稷。明主鑒茲、必內修文德、外治武備。故當敵而不進、無逮於義矣。僵屍而哀之、無逮於仁矣。於是文侯身自布席、夫人捧觴、醮呉起於廟、立為大將、守西河。與諸侯大戰七十六、全勝六十四、餘則鈞解。闢土四面、拓地千里。皆起之功也。

呉起儒服して兵機を以て魏の文侯に見ゆ(注1)。文侯曰く、「寡人、軍旅の事を好まず。」起曰く、「臣、見を以て隱を占い、往を以て來を察す。主君何ぞ言と心と違える(注2)。今、君、四時に皮革を斬離し、掩うに朱漆を以てし、畫くに丹青を以てし、爍(かがやく)かすに犀象を以てせしむ。冬日に之を衣れば則ち温かならず、夏日に之を衣れば則ち涼しからず。長戟二丈四尺、短戟一丈二尺、革車の戸を奄い、縵輪・籠轂を為る(注3)。之を目に觀れば則ち麗しからず、之に乘りて以て田すれば則ち輕からず。識らず、主君安くにか此を用うる。若し以て進戰・退守に備えて、而も能く用うる者を求めずんば、譬えば猶ほ伏雞の狸を搏ち,乳犬の虎を犯すがごとし(注4)。鬭心有りと雖ども、之に隨いて死せん。昔、承桑氏の君は、徳を修めて武を廢して、以て其の國を滅ぼせり。有扈氏の君は、衆を恃み勇を好みて、以て其の社稷を喪えり(注5)。明主は茲を鑒みて、必ず內には文德を修め、外には武備を治む。故に敵に當りて進まざるは、義に逮ぶ無し。僵屍して之を哀むは、仁に逮ぶ無し。」是に於て文侯身自ら席を布き、夫人觴を捧げて、呉起を廟に醮し、立てて大將と為す。西河を守り、諸侯と大いに戰うこと七十六、全勝すること六十四、餘は則ち鈞しく解く。土を闢くこと四面、地を拓くこと千里なり。皆起の功なり。

<語釈>
○注1、「儒服」、儒者の服装をしていること。「兵機」、「機」はかなめ、最も大事なもののことで、兵法の極意を意味する。○注2、直解:呉起、文侯に對えて言う、曰く、臣、内に隱れたる者を以て、事の既往する者を以て、其の事の未だ來たらざる者を審察す、君の為す所を以て、之を觀れば、主君の心は、軍旅を好む、而るに好まざると曰う、何の故に言と心と相違背して同じからざるなり。○注3、「革車」は、兵車、「奄戶」は戸を掩うほどの大きな車、「縵輪」・「籠轂」は車輪とこしきとを飾りのない皮で包むこと。○注4、「伏雞」は卵を温めている雌鶏、「乳犬」は子犬を育てている犬。○注5、直解:承桑氏・有扈氏は皆古の諸侯なり、昔、承桑氏の君は但に文徳を修めて、其の武備を廢し、以て其の國家を滅亡せり、有扈氏の君は但に衆を恃み勇を好みて、文徳を修めずして、其の社稷を喪失す。

<解説>
この章は呉起が魏の文侯に仕えたいきさつを記したもので、後の人が付記したものであろうと言われている。故に『直解』はこの章を本文から独立させている。一方この章を第一章とする書もある。私は『直解』に従ってこの章を序章とした。文侯は戦国時代初期の君主で名君として知られており、積極的に学者・賢人を招いた。その結果呉起を含めて田子方・李克・魏成・翟璜・西門豹等の多才な士が集まり、魏の全盛時代を築いた。