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『中庸』第十三節

2014-07-16 10:18:10 | 漢文
                   
             http://www.eonet.ne.jp/~suqin  春秋戦国時代関連

                 『中庸』第十三節
孔子が言われた、「武王・周公は天下万民の誰もが認める孝徳のある人と謂うべきであろう。」いったい孝というものは、父祖のなそうとした志、その基を築いた事業を善く継承し、父祖を善く稱述して、初めて孝であると稱せられるものである。其の最も重要な事としては、四季の時節ごとに必ず行う宗廟の祭祀が有る。その祭りには、宗廟を清掃して清潔にし、祭器を並べ、先祖が残された衣装を御霊が依り付く所としてて立てかけ、時節ごとの収穫物を供えてお薦めして、祖先にお仕えする者である。そしてこの宗廟における禮は、昭廟穆廟の順序を明らかにして、祭る側の一族の秩序を正す意義を持っているものである。その祭りの際に身分により席順を分別するのは、貴賤を明らかにして正しい秩序を意識させるためである。その祭りのための仕事を重い軽いで順位を付けるのは、その事を行わせて賢者愚者を明らかにする為のものである。身分の低い者が目上の人に盃を差し上げる旅酬の禮は、祭祀を行うことに因って齎される祖先の加護を、身分の低い者にまで与える為のものである。更に其の後の身内だけの宴会で、髪の毛の色で席次を決めるのは、年齢に因って長幼の序をたてて、年長者を尊ぶためのものである。このように宗廟の祭祀は、先祖が築き上げられた位を、守り受け継いで、教え遺されたことを実践し、音楽を奏でて一族の和合を図り、先祖が尊ばれた人々の子孫を変わらずに尊び、親愛された方々の子孫に親しみ、死亡された方々を祭り、お仕えすること、生前にお仕えしたのと変わらずに精神誠意お仕えすることこそが、孝の至りと言えるのである。それだけでなく、天子にとって最も大事な祭礼は、天と地を祭る郊社の祭礼である。それは万物の祖である上帝にお仕えして、四時の序が正しく五穀豊穣と平安を祈念するためである。それは宗廟の禮に於いて、一族の長が、先祖を祀り、一族の反映を祈念するのと同じことである。それだから天子は郊社の祭禮や、宗廟の春秋の祭礼の意義を善く理解し、明らかにしてそれを行うならば、國を治めることは、国家を掌上に置いて扱うようにたやすいことである。

子曰、武王・周公其達孝矣乎。夫孝者、善繼人之志、善述人之事者也。春秋修其祖廟、陳其宗器、設其裳衣、薦其時食。宗廟之禮、所以序昭穆也。序爵、所以辨貴賤也。序事、所以辨賢也。旅酬下為上、所以逮賤也。燕毛、所以序齒也。踐其位、行其禮、奏其樂、敬其所尊、愛其所親、事死如事生、事亡如事存、孝之至也。郊社之禮、所以事上帝也。宗廟之禮、所以祀乎其先也。明乎郊社之禮、禘嘗之義、治國其如示諸掌乎。」

子曰く、「武王・周公は其れ達孝なるかな。」夫れ孝とは、善く人の志を繼ぎ、善く人の事を述ぶる者なり。春秋に其の祖廟を修め、其の宗器を陳ね、其の裳衣を設け、其の時食を薦む。宗廟の禮は、昭・穆を序する所以なり。爵を序するは、貴賤を辯ずる所以なり。事を序するは、賢を辯ずる所以なり。旅酬に、下の上の為にするは、賤に逮ぼす所以なり。燕毛は、齒(よわい)を序する所以なり。其の位を踐み、其の禮を行い、其の樂を奏で、其の尊ぶ所を敬し、其の親しむ所を愛し、死に事うること生に事うるが如く、亡に事うること存に事うるが如くするは、孝の至りなり。郊社の禮は、上帝に事うる所以なり。宗廟の禮は、其の先を祀る所以なり。郊社の禮・禘嘗(テイ・ショウ)の義に明らかなれば、國を治むること其れ諸を掌に示(みる)るが如きか。

<語釈>
○「人」、ここでは父祖を指す。○「修」、鄭注:「修」は掃糞を謂うなり。掃除すること。○「宗器」、鄭注:「宗器」は祭器なり。○「裳衣」、鄭注:「裳衣」は先祖の遺せし衣服なり。「設」、鄭注:之を設けるとは、以て尸に授くべきなり。「尸」はかたしろで、祭りで神霊の依るところ。衣装を並べてそれを先祖の御霊の依り所とした。○「昭穆」、宗廟の席次、中央に太祖の廟を置き、左側を昭廟とし、右側を穆廟として、二代目は昭廟の先頭に、三代目は穆廟の先頭に、四代目は昭廟の二番目に、五代目は穆廟の二番目に配置し、以下それを繰り返す。周禮では、天子は七廟、侯は五廟、大夫は三廟と決まっており、それを超えたときは、上から順に太祖の廟に入れて、下を空ける。○「爵」、鄭注:爵は、公・卿・大夫・士を謂うなり。○「序事」、事は、薦羞(お供え)を謂うなり。以て賢を辯ずるとは、其の事を以て能ある所を別るなり。○「旅酬」、祭祀が終わって慰労の宴が開かれる時の盃のやりとりの禮、身分の低い者が、先ず起って盃を挙げて、長者に盃を差し上げ、お返しをいただくやりかた。○「逮賤」、鄭注:賤に逮ぼすとは、宗廟の中に、事有るを以て榮と為すなり。○「燕毛」、「燕」は「宴」に通じ、旅酬の宴が終わった後に、身内だけで行う宴会、「毛」は髪の色のことで、其の色に因って宴会の席次を決める。○「死亡」、死亡して日数がたっていないものを「死」と言い、日数がたっているものを「亡」と言う。○「郊社」、「郊」は天の祭り、「社」は地の祭り。○「禘嘗」、「嘗」は秋の祭りであるが、「禘」は夏の祭り、春の祭り等の説が有り、定かでないが、この節に「春秋に其の祖廟を修め」とあることから、春の祭りと解するのが適当だと思う。

<解説>
この節では祭礼の重要性について述べられている。宗廟の祭祀、郊社の祭祀における禮は、単に祭祀における禮義でなく、そこから派生する禮義の思想は、治國、治民、日々の暮らし等、全ての物事の根本を為すものである。「其の位を踐み、其の禮を行う」とあるように、禮が正しく行われるとは、身分、貴賎、賢不肖を明らかにし、それぞれの分にあった禮をが行われることが大事であると説いている。そうして国中が禮義で満たされるならば、国を治めることは簡単なことであると結んでいるが、現実的には不可能であることは誰もが知っていることである。儒教はあくまで建前の学問である。